第52話 君が教えてくれたこと⑦食べ物の力

 ご馳走にしようと思っていたのに、アジトに帰った途端、強烈な眠気に襲われ、なんと眠ってしまった。なので、ご馳走は翌日へと持ち越された。肉持ってたのわたしだからね。寝ちゃったからバッグから出せなかったのだ。


 うー、ごめんなさい。なんてだらしないんだ、わたし。

 やっぱりいつも相当モードさんにお世話になってたんだね、気づかないだけで。

 ひとりの時は疲れを感じたら休み、ゆるゆる過ごしていたので、自覚がなかった。自分のペースでないだけで体力は削られ、眠らないと復活できない。ほんと体力なくて嫌になる。ごめんなさい。


 みんなにはあまり怒られなかった。トーマスが具体的な数値は避けたが、わたしのステータスが呆れるほど低いことを暴露したらしい。小柄でわたしと同じ髪と瞳の色のルシーラから肩を叩かれる。


「ステータス低いって本当?」


 なんだかとっても嬉しそうなんですけど?



 解体場のゴミ運びは2回目だから、気が楽だ。

 班長さんが頭を撫でてくれる。ちょっと怖かったけれど、よろしく頼むなと言われて、わたしたちは張り切って返事をした。


 ラオスもいるから、焼却場でメイのことを見ていてもらう。

 ソレイユも本当にやるというから、4人でジャンケンをした。ソレイユもジャンケンをすぐに覚えた。

 ベルンが勝って、一番距離のある列を選ぶ。次にクリスが勝ったので、真ん中。次に勝ったソレイユが近い列となり、わたしはバケツを空にする作業担当となった。それもラオスが手伝ってくれたので、前回よりも全然疲れなかった。ソレイユも含め、軽いフットワークで運んでくる。

 ただ運ぶだけなので頭を働かせる必要はないし、下から持ち上げて上に持ち上げるみたいな屈伸運動があるわけでもないから、とても楽な仕事だそうだ。

 うわ、これが楽な仕事って。でもそうだよね。自転車も車もないんだもんね、こちらは。とにかく人の手足が必要になる。向こうでは機械で補われているところも全部人の手でやるんだものね。まぁ多少は代わりとして魔法が使われているのだろうけど。過酷な仕事も、緻密な作業も、頭を使うことも山ほどあるだろう。でも、そうか、これで楽なのか。ため息しか出ない。


 わたしが何かをやろうとすると必ず誰かが目を光らせていて、止められる。

 とにかく疲れないで、今日はご馳走を!と。

 そういうことか!



 申し訳ないことをしたからね。今日は気合を入れて作るよ!

 といっても、肉はガンと食いちぎる感じで味わいたいだろうから、トラジカの肉を大きめに切って塩だけで焼く。

 まだまだあるから、ガーリック醤油につけておいたのも、焼くよ。

 子供だから大丈夫だと思うけど、消化を助ける野菜も食べて欲しい。大根おろしにちょろりと醤油をかけ、タレとして用意しておく。おろすのもミキサー機能でできるからわたしの手は疲れない。

 ああ、これ元の世界でもめっちゃ欲しかった! おろし専用の何かに変えたりパーツを増やすことなく、釜に大根をポイッと入れるだけでおろせちゃうんだよ。便利すぎだ、この釜。手前味噌すぎるけど。

 野菜の串焼きと、大根サラダ。

 それとぺちゃんこピザ。イーストもベーキングパウダーもないからね。小麦粉と脂と塩でこねて水で様子を見ながらまとめ生地を作る。丸めて少し休ませてから、木皿を裏返して、上に生地を置く。お皿ごとひっくり返して、まな板に押し付けるようにして厚みをなるべく均一にする。

 あー、めん棒欲しい。蜂蜜とお醤油の照り焼きソースを塗って、サイもどきのお肉と丸ねぎこと玉ねぎとニンニクを散らし、上にはたっぷりチーズを散らして焼き上げる。わたしはこのためにダッチオーブンの蓋の定義でお鍋に合わせた大きさで蓋を作った。ふふふ、これでオーブン機能いただきだ。

 作りたてをバッグにどんどん入れておけば、19人分作ってから一気に出せる。これは素晴らしい。


 肉は皆無心で食べていた。トラジカはクセのある牛肉みたいな感じだ。サイもどきの肉もおいしいけど、わたしはやっぱり豚肉が一番好きだ。豚肉ないのかな。

 塩も大根おろしもガーリック醤油も甲乙つけがたくおいしかったらしい。あっという間になくなった。野菜の串焼きもタレをつけながらしっかり食べていた。

 そしてぺちゃんこピザも大好評だった。甘じょっぱいは大好きだね、みんな。

 あまりにも喜んでくれるので、いろいろ作りたくなる。子供に大人気のもの。ハンバーグとか、カレーとか、オムライスとか。絶対喜ぶだろうなぁ。



 昨日素材を採取できたので、アルスはポーションづくりを決めてたみたいだ。食事やお風呂が終わってから、アルスにポーションを一緒に作ろうと誘われ、作るのは辞退した。けれど、作るところを見ていてもいいかと尋ねると、いいと言ってくれた。太っ腹だ。錬金術師は自分のレシピを見せたくないはずだから。しかも、わたしは作らないのに。アルス、本当にいい人だ。


 作り方を見て、真似てできるものではないとわかった。

 まず、すべて秤で計っている。これは予想はしていた。秤も買わないとだなと最初は呑気に思った。

 陽月草を葉、茎、根に分けて、さらに部分により『する』回数が違うと見た。

 マジか。錬金、緻密すぎ!

 お湯を沸騰させ、温度を計っているから、何度って指定があるってことね。

 そして調合するにも順番と量があり、魔力も量がいちいち違うんだろう。

 わたしとは決して相入れない何かがある。

 こんな手間暇かけて、400Gはキツイね。

 もっと割にあうものを作らないのか尋ねると、失礼な質問だったにもかかわらず、アルスは答えてくれる。

 こんなに手間暇かかるのに、安い。でも必要なものだから需要があるのだと。望まれていて、手間はかかるけれど、ちゃんと手順を踏めばお金になるのだから、自分は厭わないと。

 すげー、アルス。わたしには絶対無理だ。

 やっぱり、錬金術師を名乗るのはやめよう。うん、わたしのはあまりにインチキすぎる。



 わたしはアルスに気になることを聞いた。


「ナッシュはまた怪我したの? ポーションで治したの?」


 お風呂の後、アルスがナッシュの手当てをしているのを見かけたのだ。


「本人はケロッとしているんだけど、いつもどこか怪我をしているんだ。今日は指先に傷が。トゲのある木を触っちゃったみたいなんだけど。あれぐらいをポーションで治すのはかえってよくないからね。水で洗って、今日は布を巻いてみたんだ。少しでも気をつけてくれるといいんだけど」


 やっぱりな。

 ナッシュは少し落ち着きのないところがあり、おっちょこちょいなのも確かなんだけど、怪我することを当然っていうか、躊躇いがなくて、むしろ怪我してもいいと思っているんじゃないかと思えるようなところが気にかかっている。



 ナッシュの青い瞳をなぞり青い刺繍糸を何本か取り出す。灰色の髪から白と、その配色に合いそうな水色と。


「ランディ、何しているの?」


 眠そうな目を擦りながら、メイに尋ねられる。


「思い出す腕輪を作ろうかと思って」


 面白いことが始まったと思ったのか、クリスとベルンもわたしの隣に座り込む。

 そっか。ちびちゃんたちに手伝ってもらう方が効果があるかもね。

 わたしは三色の糸を束ねて結び目を作る。


「手伝ってくれる?」


 と問いかけると、3人が頷いてくれたので、結び目はわたしが持ち、クリスに青い糸を、メイに白い糸を、ベルンに水色の糸を持ってもらう。


「3つの糸を編み込んで紐を作りたいんです。いう通りに紐を編んでください」


 3人が頷いてくれるのを待ってから、指示を出す。


「ベルンの糸をメイの白い糸の下にくぐらせてクリスに渡してください」


 ベルンは言われた通り、メイの糸の下からクリスに糸を手渡す。


「クリスは水色の糸はそのままに、水色の糸の下から青い糸をくぐらせてベルンに渡して」


 クリスも言った通りに糸をくぐらせてベルンに手渡した。


「メイは白い糸をクリスに渡して」


 3人を巻き込んで三つ編みの紐を作る。

 ミサンガとか作っておけばよかった。興味なかったからなー、作ったことがない。他に編み方とか知らないから、ただの三つ編みだけど悪くない感じの紐になった。


「ありがとう、助かったよ」


 編み上がったところで、引き取って、最後にまた結び目を作って留める。


「これをどうするの?」


「ナッシュにつけてもらおうと思って」


「ナッシュに? 何で?」


「ナッシュが怪我したっていうからさ。これを見て、いつも思い出して欲しいと思って」


 3人とも眠そうだ。3人を連れて急いでナッシュの元に行く。



「ナッシュ、怪我したんだって?」


「あ、これ? いつものことで、ほんのかすり傷だよ」


 いつもと同じ笑顔。怪我することに慣れ切っている。


「ナッシュ、手出して」


「手?」


 ナッシュが首を傾げながら手を出してきた。


 その手首にみんなで編んだ紐を結ぶ。


「これ、何?」


「みんなで編んだんだよ」


 ベルンが告げる。


「この紐を見たら思い出して。わたしたちが怪我して欲しくないと思っていること」


 ナッシュから一瞬表情がなくなった。


「怪我は痛いよ」

「痛いのはやだよ」

「メイ、痛いのキライ」


 ナッシュは無意識にか自分を大事にすることを避けている気がする。

 3人を巻き込んで良かったと思った。純粋な気持ちはまっすぐ届く。

 ナッシュは今にも泣き出しそうな、いや、笑いそうな?不安定な表情だ。

 誰かが心配している、そのカードでも、まだ弱いみたいだ。

 ナッシュは『神様に捨てられてなかったんだ』と納得したようだけれども、そう普通に思えるまでには時間がかかるのかもしれない。彼はもしかしたらここの中の誰より『捨てられた』と思っていて、それに傷ついているのかもしれない。


「ナッシュ、今日のご飯どうだった?」


 ふと、目に力が戻る。


「おいしかったよ、とっても」


 にっこりと笑う。


「よかった。おばあちゃんが繰り返し言ってたんだ。人は食べ物の命をもらって命を繋いでいくって。生かしてもらっているのだから、命をくれた食べ物に感謝を忘れてはいけない、って。粗末にしてはいけない、って」


 わたしがいうとナッシュは頷いた。


「うん。感謝だよね。食べ物を粗末になんかしないよ」


「うん、その食べ物を食べているわたしたちも同じなんだって。自分を粗末に扱うのは食べたものを粗末にすることと同じだからね」


 そうおばあちゃんは教えてくれた。食べ物も粗末にしてはいけないし。それを食べている『人』も、粗末にしてはいけないのだと。食べたものでできているわたしたち。その自分を粗末にするのは、食べたものを粗末にするのと同じことだから、と。『自分』も決して粗末に扱われてはいけないものなのだ。人からも、自分からも。


 どんな理由でもいい、ナッシュに怪我をしないよう気をつけて欲しいから。傷つくことを『当たり前』に思わないで。痛みに慣れないで。辛さに鈍感にならないで。


 ナッシュはわたしが結んだ組紐をじっと見ている。


「怪我に、気をつけてね。それじゃあ、おやすみ」


 メイが大きなあくびをした。

 挨拶を交わして、ナッシュが小さく呟いた。


「……ありがとう」


 いつもの笑顔で、ほっとした。届いたとは思わないけれども、少しでも怪我が少なくなるといいな。


 後日、みんなが組紐を羨ましがるので、刺繍糸を買い込んで、みんなにもそれぞれの色を見立てて組紐を作った。器用なマッケンが木を細工して留め具を作ってくれたので、腕輪っぽい立派なものになった。ブラウンはこれは売れる!と。いつか売ろうと約束させられた。

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