第51話 君が教えてくれたこと⑥弱さの強さ

 小さな子供たちが働いても、毎日お腹いっぱいのご飯は食べられない。これはものすごく悲しいことだ。採集や魔物を狩れればいいのだろうけど、それだって危険と隣り合わせだし。森に行きスライム以外の魔物を狩ったことがあるのは、トーマスとアルスだけみたいだ。

 わたしが鑑定の助けを借りて薬草など教えることができれば、少しは足しになるかと、森に行こうと提案した。ソレイユもついて行きたいと言い、トーマスがそれを許可した。ラオスはお留守番だ。


 トーマスに尋ねられる。森に行くと自分から名乗りをあげるとは、強いのか、自信があるのか。それは全くないと言っておく。とにかく生命力は低いから、すぐ死ぬ弱っちいことを強調しておく。それでも、採集を教えてもらってるから、そこは自信があるとも言っておく。

 トーマスはダガーを持っていて、アルスは魔法、ソレイユも自分の身は自分で守れると言っている。



 森に入ってすぐに探索をかけた。

 青葉が眩しい。湿った土の匂いが濃くて、森全体が生き生きしている。若い葉のいい香りがした。胸いっぱいに吸い込んで、決意を新たにする。


 今日はお肉を獲るよ、絶対。みんなに美味しいの食べてもらいたい。アルスとトーマスに仕事を休ませ、ソングクにちびちゃんたちの引率頼んだから、いつもより3人も働いてないのだ。


「ランディの武器は、ずいぶん変わった形だね」


 ソレイユに言われて、そう?と首を傾げておく。


「あ、陽月草」


 さすが錬金術師、陽月草を見逃さない。アルスがかがみ込んだ。


「その隣の、葉がギザギザのも取っておいた方がいいよ。それが毒消しになるミニカだ」


「これがミニカ?」


 毒消しにしなくてもミニカは素材として高く買ってもらえる。


 その時、アラームが鳴った。ソレイユが強いのは知っているけど。どうしよう。


「ランディ、どうかした?」


 ソレイユってよく周りを見てるな。


「なんか音がしない?」


 何も聞こえてないけど、注意をして欲しくて言ってみる。アルスが立ち上がる。

 3人が耳を澄まし、一斉に同じ方向を見た。

 え? マジで何か聞こえたんですか?

 アラームは鳴っているけど、わたしには他の音は聞こえない。


「でかそうだな」

「ソレイユはどれくらい動ける?」

「ランディを守ろうか?」

「それで頼む」


 はい? なんの会話ですか?


 ぐわっと何かが喉を鳴らすような音がした。みんなが見ていた方向だ。

 4本足の獣がいた。こちらに気付いているわけではなく、縄張りを闊歩中というところか。背中に楕円の小さな模様が流れるようにあり、頭にツノがあることからもひたすら太った鹿みたいに見える。足があそこまでぶっとくなければ。鑑定をかけて思わずまくし立てるように言ってしまう。


「トラジカだ。お肉も美味しいし、素材としても高い! アルス風魔法で攻撃して!」


 ちょっと大きいから、わたしの風魔法では頼りない。


「ええっ?」


 アルスが悲鳴のような声を上げる。


 トラジカがこちらに気づき、体の向きを変えた。突進してこようとしたのをトーマスが土魔法で足止めをする。トーマスは魔法においても勘がいいようだ。


「攻撃ってどうやって?」


 アルスに聞かれる。


「エアカッターとかウインドーなんとかで、スパッとやるんじゃないの?」


「えあかったーって何?」


 問われて驚く。


「えー、ごめん、よく知らない」


 ホントごめん。読んだ小説では、カッコよくそう唱えられると、魔法が発動していたんだよ。

 と言ってる間に迫ってきているから、ラケットバットを構える。


「アルス、風で首をスパッと切ってみたら? 血抜きも同時にできるし」


 恐ろしいことを平然と言ってのけたのはソレイユで、アルスはそれに頷き。

 スパッとトラジカの首が!

 と、わたしの意識は暗転した。




 揺すられて目覚めると、全ては終わった後だった。

 トラジカは解体され、水魔法で血なども清められている。

 でも匂いで他の魔物を呼び寄せてしまうかもしれないので、すぐに移動しようとわたしを起こしたらしい。


 マズイ。しまった。


「ごめん」


「こっちこそ、ごめん。大丈夫?」


 魔物が倒されるところも、解体されるところも見たことはあるが、いつもモードさんの何気ない一撃だったし素早かったので、あんまりこう胸にくることはなかったのだが。

 今回の首が飛んだのはインパクトが強すぎて。


「お前、今までよく生きてこられたな」


 トーマスは手厳しい。

 でもその通りだ。森みたいな危険なところで意識を失くすのは、自分はもちろん、仲間も危険に晒すのだ。

 いっぱいゲットする、絶対。それで挽回するしかない。

 座り込んだまま、置き去りにされた毛皮を指差す。


「毛皮、持って帰ろう。高くつくよ」


「肉持ったらもてねーよ」


 何言ってんだという顔をされる。


「わたし持つ。バッグに入れるから貸して」


 3人とも呆然とした表情だ。


「マジックバッグ?」


 ソレイユに聞かれたので頷く。


「一応、内緒で」


 お肉も素材となる毛皮もバッグにしまう。魔石も入れて。


 あ、スライム。木の根本に5匹。枝を拾ってきて、ためらいなく突き刺す。

 アルスも手伝ってくれて、魔石5個ゲット。



 高いもの鑑定をかけたら、右のほうでチカチカ点滅しているので、みんなをそちらに誘導する。茂みの向こうを覗き込む。存在感たっぷりの花が咲いていた。ポインセチアのような、それでいてもっと大きな花。背丈はわたしと同じぐらいで、葉なのか花なのかわからないが、真っ赤な花のように見える部分はわたしの顔より大きいかも。鑑定をかける。


 アグレシ:植物属性の魔物。花の子房に蜜を溜めている。蜂蜜より軽く、砂糖より重たい舌触りで甘味の原料にもなる。根は、フロキシング症候群を抑える薬の原料になる。

 苞が刃物より切れ味が良く、それを飛ばしてくる。袋など被せて、根っこから引き抜くのが一般的な討伐の仕方。



「アグレシだ」


「嘘だろ?」


 トーマスがわたしの横から茂みを覗き込んで声を上げる。


「ほんとだ」


 同様に覗き込んだアルスもソレイユも信じられないと言う顔つきだ。高級な素材になるアグレシはよく知られている魔物らしい。


 わたしはバッグから、みんなのいらない服から作ったつぎ当てだらけのズタ袋を出す。


「袋なんか出してどうしたの?」


「苞、あの花びらに見える赤いのは刃物より鋭くって、飛ばしてくるって聞いたよ。あと、根も高く売れるから傷つけないように。袋を被せて根っこから引き抜くらしい。誰がやる?」


 花に気づかれないよう、小さな声で話す。3人はなぜかため息をつく。


「敏捷性と回避ジャッジな。俺は83と108」


 と、トーマス。


 敏捷性と回避の数値を言い合って、決めるっぽい。

 83に108? 13歳すげー。


「72と98」


 アルスも高い。


「138に63」


 ソレイユ素早すぎ。


 これはみんなが高いんじゃなくて、わたしが低すぎるのか?


「一応、ランディは?」


「誰よりも低い」


 抵抗してみる。


「だからいくつだよ?」


「……××××」


「聞こえない」


「ひと桁」


「「「え?」」」


「ひ、と、け、た」


 アルスに両肩を持たれた。


「ランディ、本当のことを言って。いくつなの?」


 9歳になって、アップしたのに。敏捷性も回避も3から4になったのに。


「両方とも、4」


 3人がひいた。見事に、あからさまに。


「お前さ、嘘つかないで言えよ。お前のHPいくつだ?」


 トーマスが真剣な目でわたしを見る。


「……40」


「なんで、お前、森に来たんだよ。って言うか、なんでそんなステータスでひとりで旅してるんだよ」


「そうだよ、無茶苦茶だよ。その数値、赤ちゃんレベルだよね」


 アルスが何気に失礼だ。


「僕はあんまり驚かないたちなんだけど、これは流石にびっくりしたよ。そんなステータスの人間っているんだね」


 うっさいなー。


「お前、それやべーよ」


「うん、すぐ死んじゃうよ」


「そのステータスで、誰彼構わず突っかかれるのも凄いね」


 言いたい放題だ。


「うっさいなー。これでもちゃんと生きていける。じゃあ、わたしがやるよ。砂糖ゲットだ」


「砂糖げっと?」


「蜜が砂糖みたいに使えるらしい」


 トーマスに袋をひったくられる。


「お前じゃ無理だ。これを被せて根っこごと引っこ抜けばいいんだな?」


 頷く。


 トーマスが近づこうとすると、一見ゴージャスに見える花びらを飛ばしてきたけれども、トーマスは見事に避けて、袋を被せた。そして焦った様子もなくおもむろに根っこごと引き抜く。袋の中で花がおとなしくなったのが見てとれた。トーマス、スゴイ。わたしぐらい背丈のある花だったのに。


 念の為少し待ってから袋を外すと、綺麗な状態で、普通に花の咲いた植物に見える。

 わたしは飛ばしてきた花びらのような苞も回収した。本当に鋭い刃物みたいだ。これなんかに使えそう。   

 その後も順調に高いものを倒したり素材をゲットすることができた。


「こんな効率いいの初めてだ」


「うん、すっごく利益率いいね」


 アルスとソレイユが不思議がっている。


 それにしてもトーマスとアルスもなかなか強かった。ひとりじゃ心許ないけど、ふたり揃うと息が合ってるってこともあり、安心感がある。


 休息日とか森に入らないのか聞いたところ、ふたりともちょっと浮かない顔。

 前のボス、リーダーが、よく森に行く人だったらしい。

 トーマスと世代交代してすぐのことだった。そのリーダーは、平日は仕事をし、休息日は森に入り、その稼ぎを惜しみなくアジトに捧げてきた人だという。そのリーダーが、ある日街から消えた。みんな願った。自由になって、どこか他の街に行ったのだと。照れ臭くて言わないで旅立っただけだと。そう願いながら、心の片隅に影を落とす思い。森で何かあったのではないか、と。


 ふたりはアジトで最年長なので、ふたり揃っていなくなるのも厳しく、森に入れば稼げるのはわかっているのだが、難しいところがあるのだと。


「もしかして、来たくないのを無理やり連れてきた?」


 顔が引きつるのを感じる。


「無理矢理じゃないよ」


 アルスが笑ってくれる。

 悪いことしちゃったなぁ。


「んー、思うことはあった」


「思うこと?」


「危険だから避けようと思ってきたけれど、やっぱり実入りはでかいしな。危険だからって避けるんじゃなくて、危険度を低くするように心掛ければいいのかもしれない。みんなにも、嫌じゃなかったら連れてくるべきなのかも。森がどんなところか知ってから、来るか来ないか当人に判断させればいいんだ。

 慎重に何人かで組んで、油断しないで、時々なら採集を中心にやってもいいかもしれない。お前みたいなHPでも森に来るんだもんな、生きるために」


「僕も思った」


 ボスと副リーダーは、いつでも仲間のことを考えているんだね。


 と、アラームが鳴った。ちょっと嫌な音だ。


「なんか来る」


 反射的に言っていた。


 わたしの耳にも届く、咆哮だ。誰か襲われている。バサバサバサと鳥が何十羽も飛び立つ。そのざわざわが近づいてきている。

 森が一気に騒がしくなる。


 わたしの前にソレイユが出る。土埃。何人かの大人だ。そのうち一人は頑丈そうなアーマーを着ているが、血だらけで、肩を貸してもらっている状態。というか、よく逃げられているという方が正しそうだ。

 その後ろにサイもどきだ。前にモードさんが倒したのとは桁違いに大きさが違う。


「逃げろ!」


 大人に言われて、わたしは手を引かれそうになったけれど、振り切って、バットを構える。


「ランディ!」


「大丈夫。この武器、最強なんだ」


 だって、逃げてそっちに行ったら、街に連れて行っちゃうよ。

 街にはみんながいる。ちびちゃんたちがいる。

 大丈夫、サイもどきのどこかがバットに当たれば止められる。バットをただただ握りしめる。

 土魔法で走りにくくして速度を緩め、風魔法で防御する。


「来い!」


 サイもどきの体当たりだ。


 ラケットバットへの衝撃はそのままサイに跳ね返るからバット自体には何もないが、その跳ね返した反動が全てわたしの身にかかる。後ろに吹っ飛ばされて、わたしはどこかに体が当たるのを覚悟した。ぎゅっと体を縮こませるようにして衝撃に備える。

 ぐっとかかった衝撃は、予想していたのより随分小さい。目を開けると、ソレイユに抱え込まれていた。そのソレイユがお尻に引いているのがアルスで、木とわたしたちに挟み込まれているのはトーマスだ。


「え?」


「え、じゃねー。弱いくせにお前、何考えてるんだ」


 3人の顔が疲れている。

 3人は吹き飛ばされた衝撃の緩和材になってくれたんだ。


「ごめん、ありがと。だけど、倒さなかったら街に行っちゃうと思って。みんな怪我は? 大丈夫?」


 3人は大丈夫だと頷いた。


「何をした?」


 ソレイユに鋭く尋ねられる。


「おばーちゃんの形見の武器がすごいんだ。攻撃を跳ね返した」


 3人は目を見開く。


 論より証拠に、サイもどきは白目をむいて倒れている。屍だ。


「だからお前、強気だったんだな」


 納得したようなトーマス。


「怪我してないよね?」


 アルスにあちこち確かめられる。


「でも、じゃあなんで吹っ飛んだんだ?」


 トーマスの眉根が寄った。


「武器はすごいんだけど、わたしの力がそこまでないからその反動を支えきれなくて」


「今まではどうしてたんだ?」


 今までは吹っ飛ぶ前に、モードさんが抱え込んでくれたりしたからな。

 思い出して、わたしは言葉を濁す。



 それより。

 少し先で倒れこんで動けない大人たち。

 近寄ってみると、一人が重傷に見える。

 これじゃあ、ポーションでは治らないぞ。

 話を聞いてみると、これはサイもどきにやられた傷じゃなくて、その前にあった魔物にやられたんだそうだ。傷を負ったので、聖水を使った。

 今、売り出されている、聖女様が作ったという聖水だそうだ。エクスポーション並みに、生命力も魔力も使わずに治癒できる力のある特別な水らしい。ひとつ5万G。エクスポーションは売っているものではないし、そんな効果のあるものなら5万Gは安いものだと。ただ、聖女の力を信じてない人には効かないことがあるそうだ。


 そんなの詐欺じゃん。典型的なヤツ。

 彼らは信仰が薄かったのか聖水が効かず、さらに悪化した、と。


 わたしはバッグから中級ポーションを出して、血が出ているところにドバドバかけた。あまり意味はないだろうが、傷口が酷くて見ているのも嫌だ。HPが低くなっていると、治るのは遅くなるけれどポーションが命を削ることはない。今はとりあえず、命を守らないとだけど。

 基礎体力があるのだろう、血が止まるとみるみるよくなっていったので、大人たちには感謝され、勝手にやったのにポーション代もくれた。遅くなるとみんなに心配をかけるので、サイもどきをバッグに入れ森を後にした。



 帰り道で、今日の戦利品をどうするか話し合う。

 まず、ソレイユは辞退した。宿代だと。さすが王族、がっついてない。

 庶民のわたしは主張する。


「お肉はみんなで食べようよ。アグレシの蜜は半分でもいいから欲しい。料理に使うから! そんでできたらなんだけど、スライムの魔石は個人的にもらいたい」


 わたしの主張は全て通った。よっしゃ!


 ソレイユとわたしでギルドに素材などを持ち込んで、びっくりの金額になった。これで食費はもちろん、みんなの下着や夏服、冬服、予備の服まで買える。調味料なども買いたい。お肉も甘みも手に入ったから、今日は奮発したいな。アルスとトーマスと合流してから、金額の報告、今度市場に行きたい、調味料も買いたいとお願いをした。

 今日の稼いだお金の使い道は、みんなもソレイユもそれでいいと言ってくれた。

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