第50話 君が教えてくれたこと⑤学び
なんと年少組に仕事のオファーが来た。
ひとつは解体場のゴミ運び。試しにやった午前中だけだけど、驚くほど回転率が良かったらしい。そこで試しにひとつテーブルを潰して、ゴミ運び部隊を作ったそうだ。テーブルは減らしたのにそれでもいつもより効率が良かったのだとか。週に2回の午前中だけでいいから、わたしたちにやってくれないかというものだ。わたしたちだと現物支給で間に合っちゃうし、空にしたバケツを水でキレイにして返したのが、評価されたようだ。
農家さんからも週に1回、午前中だけでいいから手伝ってくれないかという話をもらって、私たちは快諾した。
風の日と聖の日が解体場のゴミ運びで、水の日が農家さんのお手伝いだ。明日から週に3日午前中だけとはいえ、仕事だ! ソレイユとラオスがついてきたいというので、トーマスがそれを許した。今日は、トーマスたちの仕事に挑戦するそうだ。
いろいろ当番制になりわたしも手が空くようになったので、みんなにお弁当を作ることにした。
今日はなんちゃって肉まんもどきだ。
小麦粉とレモンとミルクと蜂蜜ちょっぴりと脂と塩でコネコネ。パン生地みたいに叩いてしめて、ちょっとベンチタイム。その間に、とろプルスジ肉を細かく刻んで醤油と蜂蜜で甘辛くして玉ねぎもどきと一緒に炒める。食欲をそそるいい匂いだ。休ませた生地に具を包み込んで成形する。大きなお鍋にお湯を張り、上にお鍋を重ねて肉まんをおけば、15分ぐらいで完成だ。それをトールに包んでみんなに渡す。
お昼に食べてというと、すっごい感激している。
ふふふ、作った甲斐があるというものだ。
野菜とスジ肉が定期的に手に入るようになれば、随分ご飯をしっかり食べられるようになるんじゃないかな。
ゴロツキがいなくなったのはわかっているんだけど、何となく年少組だけで川原に行こうという気になれない。魚の仕掛けはクリスとベルンと年長組の誰かが時々行って、魚を獲ってきてくれるようになった。野菜もあるので、川に行かないでも済むのだ。どうしようかな。悩んでいるとベルンが尋ねてくる。
「ねぇ、ランディは字が読める? オレに教えてくれない?」
あ。その時わたしはものすごく恥ずかしくなった。わたしは学ぼうと思えばそうできる環境にありながら、怠ってきたのだ。覚えていたら、ここで教えることができたのに。
「ごめん、ベルン。わたし少しなら読むことはできるんだけど、教えることはできないんだ。ここではどうやって子供は文字を教わるの? 親から?」
ベルンは首を横に振った。
「教会に習いに行くんだ」
よくよく聞いてみると、学校みたいな感じらしい。でも有料だ。
「じゃぁ、教会に行ってみよう」
「お金ないよ。だからランディに教えてもらおうと」
「どんな仕組みなのかちゃんと教えてもらおう。それで何かわかるかもしれないから」
わたしは嫌そうなベルンとクリスをつれ、メイの手をひき、教会に行ってみることにした。
礼拝堂への扉はいつでも開いている。まずはそこに入って、神様に挨拶をする。
わたしはお会いできた神様を思い浮かべる。
神様。神様にいただいた力でなんとか生きています。素晴らしい力をいただいて、本当にありがとうございます。
クリスやベルンもわたしを真似て、真摯に祈っている。メイも手を組んでキョロキョロしている。
あ、シスターだ。灰色のワンピースに灰色のベール。白い大きな襟の上にロザリオが見える。
わたしは3人を連れて、シスターに近づいた。
「こんにちは。すみません、少しお尋ねしたいことがあるのですが」
「こんにちは。スラムで暮らしている子たちよね。あなたは初めてみるわ」
「はい、少し前にこの街に来ました。今スラムで世話になっています」
灰色の瞳のシスターは、優しく頷いた。
「何のご用かしら?」
「こちらで子供たちに読み書きを教えているのですか?」
尋ねると、シスターは頷いた。
「ええ、火の日と土の日の午前中に、読み書きや計算を教えています」
「それは有料でしょうか?」
シスターは申し訳なさそうに頷いた。
「1回につきひとり100Gで教えています。……学びたいのですか?」
「はい、この子が文字を覚えたいと」
わたしはベルンの肩を押し出す。
「それを聞いて、わたしも習いたいと思いました。スラムの子も文字や計算を覚えれば、やれる仕事が増えるし、いいことだと思ったんです。でも有料だと聞いたので、どれくらいか知りたかったんです。教えてくださってありがとうございました」
わたしは頭を下げて、ベルンを促して外に出ようとした。
「少し、お待ちなさい」
シスターの長いスカートがふわりと翻る。
そう言い残して、シスターは礼拝堂の奥へと行ってしまった。
少ししてから、年配の男性と一緒に礼拝堂に入ってくる。おそらく神父様だろう。神父様とシスターの後ろには小さな子供たちがわらわらとついてくる。
慈愛に満ちた瞳というのはこういうのをいうんだろうなと思った。
「学びたいというのは君たちかな?」
こんにちは、と頭を下げる。
「こんにちは。スラムの子が教会に来てくれるのは初めてだね、嬉しいよ」
クリスが言った。
「おれたち、親からも神様からも捨てられたと思ってたから、教会には来たくなかったんだ。でもランディが神様はおれたちにも丈夫な体と、いろんな贈り物をくれたっていうから、お礼を言いに来たんだ」
はっとしてクリスを見る。そっか、今まで教会は来たくないところだったんだ。
「そうなんだね。ランディというのは、君かな」
「あ、はい」
わたしはぺこりとする。
「有料なのは決まりごとだからそれを崩すことはできない。けれど、そうだね、礼拝堂の掃除を手伝ってくれたら、その対価で文字を教えてあげられるよ」
それを聞いてベルンの顔がパァっと明るくなった。
「ランディ、おれ掃除を手伝って文字を教わりたい」
わたしは頷く。
「リーダーに確認を取ってからになるのですが、いいと言われたら、火の日の午前中に掃除のお手伝いに来ます。そうしたらこの子に文字を教えていただけますか?」
「君たちみんなじゃないのかね?」
「ひとり100Gですよね? 4人で掃除のお手伝いをしたぐらいではひとり分だと思いますので、この子にだけ教えていただければ、わたしたちは彼から習います」
「こちらはそれで結構ですよ」
「ありがとうございます」
「ランディ、いいの?」
「言い出しっぺだから。みんなに教えるんために、しっかり覚えないとだよ?」
「うん」
そんな感動的なシーンに水を差したのは、わらわらついてきた子供たちだ。
「えーー? スラムの子が来るの? 臭いのやだよ」
「これ!」
シスターが声を上げる。
「お風呂も入って、洗濯もしているから、メイ、臭くないよ」
「なんでスラムのやつが風呂なんか入れるんだよ?」
「作ったからだよ」
「風呂を作った?」
小さな子が飛び出してきて、メイの匂いを嗅ぐ。それはもう、思い切り鼻をつけて。
子供って……。
その子は、次にクリスの匂いを嗅ぎ、ベルンの匂いを嗅ぐ。わたしも嗅がれた。
「やめなさい、失礼ですよ」
「ほんとだ。臭くない」
「嘘!」
女の子たちが飛び出してくる。そして一通りわたしたちはクンクンと匂いを嗅がれた。
女の子に匂いを嗅がれて、クリスとベルンが顔を赤くしている。
「ほんとだ、臭くない。どころか、なんかいい匂いがする」
石鹸は高いの使ってるからね。モードさんが好きだったやつを。アレは使っている時はキツイ匂いだけど、そのあとは自然ないい香りとなるのだ。
「もう、あなたたちは」
「ねー、臭くないでしょ。メイたちきれいだもん」
「臭くないなら、来てもいいよ」
「うん、あなたカッコいいし」
小さくても女だな。くるんとした金髪の巻き毛の子はベルンが気に入ったようだ。
わたしたちは挨拶をして教会をでた。
その日、トーマスにそのことを伝えると、許可が下りたので、火の日は勉強の日となった。
「ランディ、ありがとう。きれいにしていてよかった」
わたしは頬を紅潮させたベルンの頭を、ひとしきり撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます