第40話 アジト⑤野菜が欲しい

 ご飯効果はすごい。みんなが受け入れてくれて、ちびちゃんたちには懐かれた。

 今日は、水回りの整備と、街のもう少し広い範囲を探索したい。


「じゃあ、仕事に行ってくるから、チビたちを頼むな。外に行った時は人目のあるところにいろよ。絶対ひとりになるんじゃないぞ」


 そうだった、すっかり忘れていたが、ゴロツキにお金を持ってると思われていたんだっけ。

 神妙に頷いておく。大丈夫、自分の敏捷性を把握しているから、無理はしない。

 今まで朝ごはんも食べてなかったみたいだから、クレソンもどきと小麦粉だけのすいとんスープだけど、大変喜ばれた。そうだな、出かけたら朝ごはんの材料も確保しないとだな。


 みんなが仕事に出かけると、年少組でお掃除だ。ホウキで軽くホコリを掃いて、こっそりクリーン。

 みんな驚くほど手が器用だったから、このあたりに棚をいくつか作ってもらおうかな。釘がいるな。トイレの仕切りなんかは今まで拾って集めていた曲がった釘なんかを上手く使っていた。釘かぁ。釘がないと難しいか。

 食器棚と、みんなの洗濯するものを入れてもらう籠と、洗った衣類を置く場所がほしいな。

 洗濯はちびちゃんたちの仕事になるだろうなー。なんか楽にうまくできる方法を考えよう。

 あ、スライム狩って魔石が欲しい。いろいろ道具を作らないと。



 出かける前に、街がどんな感じか教えてもらうことにする。

 アジトを出たところで、枝を拾って、地面に三角を描く。アジトのつもり。昨日歩いたところを描き入れていく。ジャガモのあった畑は格子状を描いてみる。井戸はマルの中に井戸の井の漢字を書いちゃう。井戸のつもり、それから川。


「ここがアジトで、これがジャガモがあった畑ね。で、ここが井戸で、これが川。こっちには何がある?」


「ここは市場が立つよ」


 とクリスが言えば


「こっちはギルドだ」


 ベルンも教えてくれる。


 ふたりとも枝を拾ってきて、描き足してくれて、街の感じがなんとなくわかった。貴族の住むところと、平民との住み分けがはっきりしている。そしてこの廃墟の立ち並ぶスラム街は忘れられた存在のようだ。中央に市場ができ、スラム同様の反対側の街の外れでは作物を作っているらしい。


 10歳を過ぎると賃金をもらえるようになるので、年長組はその日その日で仕事をもらってきているそうだ。ギルドに登録していないのか聞いたところ。トーマスとアルスだけが登録済みということだ。

 森での採集の方がリターンは多いけれど、リスクが高いし、地道なのが一番なのだろう。

 でも、13人が働いて、あのパン半分しか食べられないのは、厳しいな。


「ふたりとも凄いな、よくわかったよ、ありがとう。今日の予定を決めました。今日はまず、街外れに行きます。作物を作っている人たちのところに行って、何か手伝えることがないか聞こうと思います。3人とも、働けますか?」


 3人とも真剣な顔で頷いた。


「終わる時間にもよるけど、午後はご飯を食べたり、ご飯の材料をいただきに川原に行きます。できたらお昼寝もして、夕方前にはアジトに帰ってきて夕飯を作ります。いいかな?」


 3人は同時にうんっと頷いた。揃ってる。かわいい。


「ねぇ、ランディ。作物作ってる街外れに行くんだよね?」


「そうだよ」


 ベルンに言われて、頷く。


「じゃぁ、そっちじゃなくて、こっちだよ」


 あれ? こっちだっけ。


「おお、ありがとう。わたしはこの街に不慣れだから、案内よろしくね」


 ふたりは嬉しそうに頷いた。




 わりと歩いた。メイに辛くないか聞いたが、全然大丈夫とのことだ。わたしはへばる直前だ。一番体力ないかも。そのうち、畑が見えてくる。おお、いろんなものがなってるね。かなりの土地。広い畑を旦那さんと奥さんとやっているみたいだけど、回せているみたいだ。どこも手入れが行き届いているように見える。アテが外れたか。



「スラムの子だよね? 小綺麗やけど。こんな外れまで何しにきたっと?」


 少しだけふくよかな奥さんは、独特なアクセントにゆったりした喋り方で、わたしたちに声をかけてきた。感じからスラムの子がうろつくなって怒っているわけではなさそう。


「こんにちは。何かお手伝いできることがないかなと街を探索しているんですが、手は必要なさそうですね」


 わたしが答えると、クリスもベルンもメイも真似して「こんちはー」と頭を下げた。


「お前は見ない顔だな」


 イカツイ顔した旦那さんがやってきて、わたしを見ていう。


「はい、一昨日この街に来たばかりです。みんなに助けてもらって、しばらく厄介になるつもりです」


「10歳にならないと金は払えねーぞ」


 見たところ、みんな10歳未満だよなと表情で言っている。


「あ、はい。なので、報酬は現物支給でいただけないかとお願いするつもりでいました」


 旦那さんは少し考える。


「売り物になるようなヤツはやれねーぞ」


「はい、もう捨てるしかないと思ったもので十分ですので。お手伝いはしっかりやります」


「そうだな。じゃぁ、この畑のこっち側の半分。タネを撒こうと思っているんだ。タネを撒けるように、雑草を取って、土を柔らかくしてうねを作って欲しい。できたら、クズ野菜をやろう。結構きつい作業だが、どうする?」


「ぜひ、やらせてください。お願いします」


 わたしが頭を下げると、3人も倣って頭を下げた。

 それならやってもらおうと、わたしたちは敷地に入れてもらえた。



 作戦会議をする。


「メイはどうする? 休んでる?」


 どうしたいか本人の意向を聞いてみる。


「メイもやる!」


「じゃぁ、メイとわたしは同じチームね。クリスはベルンとチームを組んで。これから雑草をとる競争をします」


 わたしは畑のだいたい半分のところに足で線を引いた。

 仕事に遊びを入れるのは良くないけれど、3人はまだ小さいからね。遊びの延長っぽくしないと。


 ジャンケンを教えて、陣地とりのジャンケンをする。

 各代表のクリスとメイの勝負でメイが勝ったので、メイにどちらを陣地にするか選ばせる。


 畑仕事をしたことがないので、本当のところ、どうすればいいのかよくわからない。だからズルをして、土魔法でいい状態に導く予定だ。やることは3つだ。

 1、雑草を取る。

 2、堅くなった地面を掘り返して土を柔らかくする。

 3、水はけを良くするために畝を作る。

 一番大変な部分を魔法でやってしまおうと思う。雑草を取るのって地味に大変な気がする。でも地面を掘り返すのが一番大変だよね、多分。あ、土を掘り返した時に雑草も掘り起こしちゃえばいいんじゃない? で、ふかふかにして盛り上げておいて、水はけの道筋作ればいいんだよね?


「では、土魔法で耕します。わたしの魔法はレベルが高くないので、ひとつぐらいしかできません。雑草とりと耕すのと畝作り、一番大変なのが耕すことだと思うから、これを魔法でやろうと思います」


 3人が頷いてくれたので、魔法で下のしたーの方から土をグルングルンと空気を入れてかき混ぜるようにして、雑草は根っこごと掘り返すイメージ。がごんがごんと音を立て、ふかふかした一面になる。

 境界線が消えてしまったので、もう一度跡をつける。


「はーい、では雑草取りの競争です。雑草はこのザルに入れる。土はなるべく払ってね。先に雑草がなくなった方が勝ち」


 クリスとベルンの闘争心に火がつくのが見て取れた。クリスとベルンは意外と負けん気が強いみたい。

 掘り起こされた雑草を鑑定したところ、いくつか食べられるものがあったので、後で、いただいてもいいか聞いてみようと思う。


「では、用意、スタート!」


 わたしは手を叩いて、勢いをつけてしゃがみ込み雑草を引っ張り上げた。そんなに力を入れずとも根っこに土をつけた草花を取ることができた。根が抱え込んでいる土を手でつぶしたりなんだりして取り除く。二人もゲームが始まったことに気づいて、慌ててしゃがみ込み、雑草を拾い始める。


 メイは雑草を拾い上げて、それを報告に来てくれる。たまらなくかわいい。

 目のつくところに見つけて、また突進して行って、雑草を引っ張っている。

 この作業って足腰にくるんだけど、子供だとずいぶんマシだ。

 陣地の半分の雑草が見当たらなくなった頃、メイの目がトロンとしてきた。

 いや、5歳の子が遊ばずに、むずがりもせずこの集中力、大したものだ。


 わたしは手を打った。


「一休みしよう」


 クリスとベルンの額には汗が浮かんでいた。顔のあちこちに土が飛んでいる。みんなで手と顔を洗い、コップにちょうどいい葉を3人に渡す。見本としてわたしの葉っぱを一点を支点にしてくるくるして簡易コップを作ってみせると、3人とも真似してコップを作った。そこに水魔法でお水を入れる。3人はごくごくと音を立てて水を飲む。

 もう一枚葉っぱを出して、塩をのせる。原始的だけど、これを指につけてちょこっと舐めさせる。


「なんでしょっぱいの舐めるの?」


「ん? 汗かいて体の中のしょっぱいのが出て行っちゃったから、足してあげるんだよ」


 3人とも凄い顔をしているので、ミリョンの皮の蜂蜜漬けを一欠片ずつ口に入れる。雛鳥にあげてるみたいな気持ちになって、笑ってしまいそうになった。

 手を綺麗にし、畑の外に毛布マントを敷いて、メイにそこに横になるように言った。

 10秒もたたないうちにメイは寝てしまった。


「ふたりは大丈夫? キツイ?」


「キツイけど、にーちゃんたちはもっとキツイことやって、いつもご飯持ってきてくれるからな」


「うん、おれも大丈夫。キツイけど、楽しい」


 背中を見て育つって本当なんだな。


「そんじゃ、勝負再開しますかっ」


 あんまり休むと嫌になっちゃうからね。


「メイは寝ちゃったよ」


「わたしは君たちより年上だからね。ひとりでも大丈夫」


 それから猛スピードで雑草を引き抜きまくった。

 ほんの少し早く、クリスとベルンのチームが先に終わり、勝ちを譲ってしまった。

 ちっ。勝って、デコピンを教えてあげようと思ったのに。デコピンはわたしが勝った時に教えると決めている。

 雑草が消えたので、土の色しか見えない。ふかふかした土になっている。



 あとはくわを借りてきて、畝作りだ。メイも起きてきたので、予備のロープをバッグから出して端を持たせる。反対側をベルンに持たせた。ロープを目の高さに持っていかせて片目をつぶり、ロープの先にお互いの顔が見えるよう誘導する。

 ただまっすぐ線を引くだけなんだけど、大げさにやると面白いかなと思って取り入れてみた。だからロープがまっすぐにピンと張れていれば良かっただけなんだけど、ふたりはものすごく真剣だ。まっすぐになったら、そのままロープを下ろして、土にロープの線をつけさせる。次は他の畑の畝の幅ぐらいのところに、わたしとクリスでまっすぐの線をつける。順番にやって下準備は終わり。


 鍬でその線をよりはっきりさせるように植える部分との段差をしっかりとつける。疲れたら入れ替わってサクサクやっていったのがよかったのか、お昼前には作業を終わらせることができた。夢中でやっていたら、4人ともいつの間にか泥だらけの顔で、わたしたちはお互いの顔を指差しながら盛大に笑った。水魔法で土を落とす。火照った体に冷たい水が気持ちよかった。


 旦那さんと奥さんにも驚かれた。仕事も丁寧だったことから評価が高い。

 土魔法が使えるのかを聞かれて、レベルは低いし魔力もそうないけれど、少しだけ使えると言っておいた。ふたりは仕事ぶりを感心して、いっぱいのくず野菜をくれた。


「こんなにいいんですか? それに状態がすっごくいいですけど」


 育ちすぎでか割れちゃったりはしているけど、ぜんぜん傷んでないんだけど。


「今日の働きに見合ったものだ。こっちも自然との兼ね合いでいつどうなるかはわからないから、定期的に雇うことも、いつも仕事があるわけではないが、お互いの都合が合えば、今後も頼みたい」


 わたしたちは顔を見合わせてから、喜んで頭を下げた。


「ありがとうございます。また、よろしくお願いします!」


 奥さんがしきりにメイの頭を撫でていた。ちなみに食べられる雑草もいただけた。




「凄い! おれたちが働いて、食料をもらえた!」


「スッゲー嬉しい。また頼むって言ってくれた!」


 ふたりとも大興奮だ。


「疲れたし、お腹空いたでしょう? 川原でご飯にしようね」


「ご飯ね!」


 メイが嬉しそうに笑った。

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