第38話 アジト③土魔法
子供たちがここで安心して暮らしていけるのは、廃墟の出入り口が崩れかけていて、子どもしかそこを通れないからだろう。こんないつ潰れてもおかしくないところで暮らすしかないなんて。
わたしは密やかに土魔法を使って、廃墟が崩れないよう補強をかけた。Fランクなので、大それたことはできないけれど、こういう小さいことは得意だ。
ここにずっといたり、わたしが子供たちの未来を引き受けることはできないから、せめてこの子たちが暮らしていけるように、できる限りのことをしようと思う。わたしが居なくても、わたしの魔法やらがなくても、この子たちだけで暮らせて、ご飯が毎日食べられるぐらいの礎は築きたい。モードさんがわたしにしてくれたみたいに。
いつもは掃除をどうしているのかを聞くと、大きなゴミを拾うだけだそうだ。まぁ、そうだよね。ホウキ買うぐらいなら、食べられる物、買うよね。
アジトは崩れかけた隙間の出入り口から入ると、まず崩れきっていて天井のないスペースがある。その先に小さな仕切りがあり、大きな広間へと続く。そこでみんなで雑魚寝している。
トイレはどうしているのか尋ねると、年長組は外でしてきて、小さな子たちはツボでしていた。
いやーーーーー。これは嫌。トイレは作ろう、うん。できればお風呂場も作りたい。水魔法が使える子がいるといいんだけど。
わたしはリュックから、正しくはリュックのマジックバッグと見せかけてのアイテムボックスの中から、ホウキを取り出す。なんでホウキ持ってるかって? テントを張る時に地をならすものが必要だからだ。土魔法でもできないことはないんだけど、そんなところで魔力を使ってしまって、いざってときに魔力が足りなかったらと思うと、アナログなところに行き着くんだよね。
「なんでそんなちっちゃいバッグに、こんな長いのが入るの?」
「さっきもそうだった。お鍋とかいろいろ出てきた。中、どうなってるの?」
ベルンとクリスは今までも聞きたそうにしていたけど、とうとう我慢できなくなったようだ。
「マジックバッグって知ってる? バッグの中が違う空間に繋がっていて、見かけよりずっといろいろ入るんだ。おばーちゃんにもらったんだ。価値のあるものだから、バレると狙われたりするかもしれない、だから内緒にしといてくれる?」
そういうと、ふたりは神妙に頷いた。
ベルンに小さな桶を持たせて水を撒くように言って、枯れ草を少しだけ撒きそれを水ごとホウキで掃き出すようにクリスに指示する。
わたしはメイの手を引いて、アジトの隅々までチェックする。
カマドを作るのは天井がないスペースが危険がなくていいが、出入り口で火の事故があった場合、奥にいて逃げられないなんてことがあったらシャレにならない。石造りだから燃え広がるってことはないにしても、ねぇ。
と、広間の横に少しだけ区切られたところがあった。メイに広間の方にいるように言って、区切られた中に入る。この板とかどかしたらスペースを作れるね。
やっぱり。出入り口とは別に、こっちからも風の音や鳥の鳴き声が聞こえた気がしたんだ。見上げると崩れた合間から、ちょこっとだけ空が見えている。ここにカマドを作ろう。台所だ。もうちょっと空気穴を広げたいな。それで崩れないように。そろりそろりと土魔法で操作する。
左上の石がもうちょっとだけ崩れて穴が広がるよう定義をする。おお、いい感じ。真上に穴があると雨が降ってきたとき困るから、このちょっと外れたところに穴があるのがいい。あ、雨。そっか。大雨が降った時の排水も。
水は排水溝から外に流れる。排水口は、ここ、と。少しだけくぼんでいるところを排水口と名付ける。そこから管を通って、外に排出されるから、水が溢れることはない。
地面がボコって動いたから、きっと定義は定着しただろう。
この板とかをどかすのは、年長組に手伝ってもらおう。
ここで火を焚いて、空気穴OK、雨の心配も大丈夫。
ええと、あとは? 水場が欲しい。水と土魔法使えることはバラしてやっちゃうか?
まあ、スペースを空けてからじゃないと作業できないから、後から考えよう。
「メイ、ここは台所にする。みんなが帰ってきたら手伝ってもらおう」
「だいどこりょって何?」
「ん? ご飯作るところ」
「ご飯、作るの?」
「そ、ここで作って、みんなで食べるの」
メイの瞳が輝いた。嬉しそうだ。
感心なことにクリスとベルンは広間の半分の掃除を終えている。
本当なら濡らした新聞紙とか、もっといっぱいの枯れ草を濡らしたものとかを撒いて、ホウキで掃く気がするんだけど、そこまで枯れ草もないし、まだ小さなふたりには、その作業はキツイしね。気持ち分だけ枯れ草と水を撒いて掃き出してもらっている。
こんなことになるってわかっていたら魔石を買ってきたのに。今持っているのは普通サイズが数個とスライムのちっちゃい魔石が20個ぐらいか。魔物が魔力を溜め、核でもある魔石。討伐するとこちらが手に入る。これはギルドなどで売ってもいいし、買うこともできる。魔法を付与してもらって魔道具にしたりする。一人でいる分には自分の魔法で事足りるので、魔石や魔道具を使用することはあまり考えていなかった。でも人のいるところだと魔法をほいほい使えるわけでもないから、魔石を魔道具にして持ち歩いたり、予備の魔石があると今後いいかもしれない。
さてと、トイレ。どうしよう。この世界のスタンダードなところでは、スライムトイレだよね。
「メイはスライム見たことある?」
尋ねるとメイは神妙な顔で頷いた。
「つるんとしててふるふるしてるのに、ビュってするんだよ」
言わんとすることはわかる。
「近くにいる?」
メイは首を横に振った。汚物処理には『はぐれスライム』が向いているそうだ。討伐対象でもあるスライムだけど、何でも溶かす能力は人々の生活にわりと使われたりしている。
はぐれスライムとは群れを嫌うスライムのことだそうだ。半透明が多いスライムだがこのはぐれは茶色っぽい色をしているらしい。木の根のそばとかで擬態していることが多いそうだ。一匹オオカミタイプなので、合体したり、増えたりするのを嫌うという。だから間引いたりすることもしないで、安心して処理のお仕事を任せられるらしい。
でもそもそもスライムが近くにいないんじゃ、スライムの好みの場所がないということなのだろうし。絶対数がいないのなら、はぐれだけに余計みつからないだろう。
空間魔法的なことができるから、空間をつなげて汚物をどっかにやっちゃうってこともできるかと思うんだけど、やっぱ、やりすぎだよね、それは。
水洗にして川に流すにしても、キレイな水にして返すべきだし。トイレって奥が深いな。
元の世界の昔のトイレはボットンだった。汲み取り式だ。その汲み取り式にスライムの力を借りて、汚物を堆肥にするを組み込んだのがこちらの世界のスライムトイレだ。
「終わったよ」
「お疲れさま。ありがとう」
二人をねぎらうと、メイも真似をする。
「おちゅかれさま。ありがとう」
ふふ、かわいい。そして言われてちょっと頬を染めているふたりもかわいい。
「休憩しよう」
水魔法で出した水で手を洗ってもらい、ミリョンの皮の蜂蜜漬けを一欠片ずつ口の中に入れてあげる。
3人とも甘さに驚いて、ほっぺを押さえている。
うっ。差し込みにぐっとくるほど、かわいい。
思わず、ぎゅっと抱きしめたくなり、行動してしまう。3人をまとめてぎゅーっとするとふたりは驚き、ひとりは喜び。それが広がって、4人でぎゅっとし合った。
ふたりが汚れを清めて掃き出してくれたところを、風で乾かし、こっそりクリーンをかける。空気が清潔になった気がする。毛布マントを敷いて、3人にちょっと休んでいてもらう。
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