第36話 アジト①子守
なんでわたしは、こんなところで寝ているのだろう?
薄暗く汚い石造りの広間のようなところで、直置きで雑魚寝している。埃やすえたようなニオイもしている。おまけに子供たちの塊で潰されかけているし。なんでこの子たちは、人の上に乗っかった状態で眠れるのかな? かくゆうわたしも、今の今までこの状態で眠ってたけどさ。
夕暮れ時に街についた。レイザーという街に向かい歩いてきたのに、ついたのはトントという大きな街だった。
なぜに?
祠のある街に行きつかなかったのは残念だが、ホッとした自分もいた。安定な残念さだ、自分。まあ、せっかく街に来たので宿に泊まろうと思った。急ぐ旅でもないのだ。ギルドにポーションを売り、宿屋を探そうとしたら
「僕、アルス。君も錬金術師なの?」
声をかけられ、振り返ったら、今のわたしと同じ年ぐらいの赤毛の少年がいて。
「走るよ」
って強引に手を引かれて走り出し。がくんと衝撃を受けて転んで。
その後の記憶がない。
「おはよう、起きた?」
目をこすりながら挨拶してきたのは、赤毛君だ。
「……おはようございます」
とりあえず挨拶は返す。
「あの、記憶が飛んでいるのですが、昨日声をかけてきた方ですよね?」
潰されたままの会話ではないと思いつつ、この塊から抜け出すことができない。
「同じ子供じゃん、そんな堅っ苦しい話し方しないでよ。あ、ここで話すとみんな起こしちゃうから、向こうに行こう」
と、塊から救い出してくれた。ちゃんと向き合うと、わたしより上かもしれない、と思う。わたしよりかなり背も高いし、しっかりした体つきだ。やせ細ってはいるけれど。
あたたかくなってきているといっても、朝晩は冷え込む。
子供たちの体温でずいぶんとあたたかかったようで、抜け出すとくしゃみが出た。
「そんな軟弱で、一人旅して大丈夫なの?」
大きなお世話だ。
「昨日、走り出したのはなんで?」
「君さ、子供ひとりでポーションなんか売りにきてバカなの?」
腰に手をやり、言動がいささか芝居染みているように感じる。
「お金をこれ見よがしにぶら下げてるようなもんだろ。この街のゴロツキに身ぐるみ剥がされそうになってたんだぞ?」
え。
「助けてくれたんですか?」
「そーだよ。僕が連れて逃げる予定だったんだけど、君の足が遅いから追いつかれて、奴らに転ばされて。君、気を失っちゃったんだ。それで、みんなで奴らを追い払って、トーマスが君をおんぶしてきた。アジトには大人は入れないからね」
え。
「それは、ご迷惑を。すみません、ありがとうございました」
わたしが頭を下げると、赤毛君は目をしばたいた。
「信じたの?」
「え、嘘なの?」
「いや、本当だけど、ちょっと、君心配だなぁ」
子供に心配されてしまった。
信じたというより、子供がここでわたしみたいな子供を騙しても、何の利益もないだろうと思うからだ。
「ずいぶん、のんびりした奴だな」
こちらに歩いてきたのは、赤毛君より、さらに大きな体格のいい子だった。
「俺はトーマス。このスラムのボスだ」
スラム? ボス?
「おんぶしてくださった方ですね? すみません、ありがとうございました」
頭を下げると
「名前は?」
と尋ねられる。
9歳、大きくなったからな、名前を変えよう。ええと、ええと。
ディアン、ディアン、ディアン、ディラン、ディラン……。
「……ランディだ」
「ランディは一人旅なのか?」
「そうだ」
「そうか、少しの間、ここにいた方がいいぞ。奴らお前を諦めてないだろうから、ひとりになったら狙われるぞ」
マジか。街から出ても、……余計狙われるよね、そういう輩には。
「……いてもいいんですか?」
一瞬、ふたりは驚いたような顔をする。
図々しかったか。じゃぁ出て行くと言おうとすると、トーマスに頭を撫でられた。
「いつまででも居ていいぞ。できたらチビの面倒見ててくれるか? ひとりでも働ける奴が増えると食べられるものの量が増えるからな」
5歳の子がいるので、年長組からひとり、順番でここ、アジトで子守をしているらしい。
一息入れて、気づく。転んだからか、ズボンに穴があき膝を怪我している。ポーションで治しておこうと思っていると、赤毛のアルスがポーションを持ってきてくれた。自分で作った物だという。売りものだろうからと断ったが、怪我は怖いからと問答無用でかけられてしまった。
貴重な収入源だろうに。わたしは自分のは昨日売っていたし、もう持っていないと思ったのだろう。
……悪い子たちじゃない。
ああ、モードさんに買ってもらったズボンに穴が空いてしまった。悲しい。幸い裁縫道具はあるから、後で繕うことにする。
わたしが面倒を見るのはわたしより下の3人のようだ。
ふたつ下の7歳と3つ下の6歳、4つ下の5歳の子。他は10歳より上で、街のあちこちで仕事の手伝いをして食いつないでいるらしい。
明らかに栄養が足りていなくて、動いているのもダルそうだ。それは彼らだけではなく、ここに住んでいるみんなにいえることだ。それなのに、たまたま街に来たカモにされそうなマヌケを助けてくれたんだ。
……これはまずご飯をなんとかしなくては。
ここの掃除もしないと、病気も怖い。
「水場は?」
ひとりに連れて行ってもらうと、アジトから出てかなり遠い。これは辛い。
途中には小さいけど、畑になりかけてならなかったような跡がある。あれ、ジャガイモかな? 土に埋もれるようにして、見たことのあるフォルムの片鱗がある。
「川は近くにある?」
頷くのでそこに3人を連れて行くことにする。一番小さな子と手を繋ぐ。
5歳ってものすごくちっちゃくて驚いた。わたしも少し前までこれぐらいだったのかな?
3人ともつぎ当ての多い古着を着ていて、裾なんかは破けているに等しい。生地もぺちゃんこでこれで冬を越したのかと思うとなんとも言えない気持ちになった。わたしはモードさんと出会えたから、お腹を空かすこともなく、あたたかく冬を越すことができたけれど。
3人は新参者のわたしに反発心はないようだ。いや、お腹が空いていて朦朧としているだけかも。
簡単に声をかけるだけで、ちゃんと従ってくれるので、それは助かる。
行きがけに、先ほど発見したジャガイモを収穫していく。
陽の光の中を歩くと、ちょっと汗ばむぐらいにはあったかくなる。
川の水は清くてキレイに見えた。確かエビとかいるとキレイで飲める水って聞いたことがあるような。あ、鑑定すればいいのか。
鑑定をかけるとかなりキレイな水で、飲み水にしても問題がなかった。小魚や川エビが生息しているという修飾語があったので、これは獲らないと。
覗き込んでみると、小魚と、あ、あの石の横で見え隠れしているのはエビっぽくない?
「落ちないように見て、小魚とエビがいるのわかる?」
3人はしゃがんで、川の中を探るように見た。
「魚、いた」
7歳の子はすぐにわかった。
「わかんない」
6歳の子はやる気がない感じ。
「おしゃかにゃ、どこ?」
5歳の子はみつからない感じ。
3人とも素直だ。
よし! 自分に気合を入れて、明るい声を出してみる。
「わたしはランディ。まずはみんなの名前を教えてくれる?」
「クリス」
7歳の濃い茶色の髪の子だ。瞳も優しい茶色。ソバカスがチャーミングだ。
「ベルン」
6歳のカラシ色の髪に、青い瞳。綺麗な顔立ちの子だ。
「メイだよ」
5歳の子はわたしに抱きついてきた。薄い葉っぱ色の髪に青い瞳。ここのボス、トーマスと同じだ。軽そうに見えたので抱えあげてみたが、なんとか抱えあげられるだけ。歩いたりは無理そうだ。このままぎゅーっとしていたい。わたしは人恋しかったんだな。ひとりで旅して、気ままにできたけれども、淋しかったんだ、きっと。あたたかいメイを放して、なんとなく頭を撫でる。
「クリスにベルンに、メイだね、しばらくの間、よろしく。今日の予定を話すね。これから君たちには体を洗ってもらいます。で、食事の材料を獲って、作ってご飯にして、お昼寝です」
「ご飯は夜だけだよ。みんなが働いて持ってきてくれないと、食べるものはないよ?」
不思議そうな顔をしているクリスの頭を撫でる。
「大丈夫、街中でも自然には食べられるものが割とあるんだ。ちゃんと覚えて、正しく調理すれば、口にできるものもあるんだよ」
「「ご飯?」」
ベルンとメイの声が重なる。
わたしはリュックから大きいお鍋を取り出した。
「この中で生活魔法を使える子はいる?」
「おれ、火使える」
ベルンが小さい声で言う。
「でも、火をつけられるだけ」
「そうか、助かる。後でつけてもらうから」
石を集めて簡易カマドを作る。もう慣れたもんだ。
今は拾いに行くのは可哀想なので、リュックから薪も出す。
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