第2章 自由時間の過ごし方
第35話 ひとり歩きする噂
地下鉄のホームから地上に出る。その時に登り階段から見上げる出口は、四角く切り取られているように空しか見えない。わたしはその切り取られた空を見上げるのが好きだった。
わたしの職種は始まる時間が遅いのが一般的で、わたしの仕事場も始業は12時。気候がいい時は特に、そのお昼前の水色の空を見上げて、このままどこかに行きたいなんて思いもした。仕事は楽しく好きだけど。それとまた別問題で、ふと思いつくままに、見たい景色を見に、自由に行きたい時に、行きたいところに行けたら素敵だろうなーなんて考えていた。
今、それができるようになったわたしは、若干自由を持て余している。
モードさんが強制依頼に旅立ち、薬草を採集しポーションを作る生活は1日で終了させた。
モードさんと一緒に採集に行き、ポーションを作ったりごを飯作ったり、買い物に行ったりは、過ぎる時間を忘れるほど楽しかったのに、ひとりになるとそれほど心踊らなかった。
ギルドに行った時に緊急強制依頼の内容を尋ねた。詳しくは教えられないとのことだったけれど、師匠が行って心配なのだというと、危険区域で瘴気が多くなったらしく、そのせいで凶暴化する魔物たちの討伐に向かったのだと教えてもらった。
いろいろわからないことばかりだけど、何を聞いて怪しまれるかもわからないので、聞けただけでも良しとして、わたしの胸に収めている。
危険区域ってどこなんだろう? 瘴気が多くなったってなぜ?
凶暴化した魔物と戦うなんて。そりゃモードさんは強いけどさ。大丈夫かなぁ。
でも、どんな危険なところにいるとしても、わたしの方が生き延びられる確率低そう。
自分で考えて落ち込んできた。
うん、やめよう。考えて暗くなることは、考えるのやめよう。
わたしはトロいけど、せっかちだ。独り立ち、自立なんてどの口が言ってた?って言われても仕方がないぐらいに、次の日にはもうころっと、エオドラントを目指すことを決めていた。
『一度離れたらもう二度と会えないと思え』。
それはそうなんだけど、モードさんのお家のある街を教えてもらっているし、また会おうと言われているのだから、会える確率は少しは高くなるはずだ。
一応、もう一度出会えた時に、わたしは自立した冒険者でいられたらいいと思う。ちゃんとこちらの世界で地について立っていて、こうして生きられる礎をあなたが教えてくれたからだと胸を張りたい。モードさんは、存在が怪しいわたしが一人でも生きていけるよう、教え込んでくれたのだから。
わたしはギルドで買った地図を見て計画を立てた。すぐ隣のセオロードという国に入り、首都を通ってハーバンデルクに入国。さらに北を目指しモードさんが拠点とするエオドラントへと向かおう。
わたしは身の丈にあった冒険を心がけながら、やりたいことをやって、のんびりこの世界を楽しみながらエオドラントに向かおうと思っていた。
その噂を聞くまでは。
旅先で聞こえてきた噂は2つあった。
ひとつはアルバーレンの側室の後日談だ。逃げた側室は実は聖女であった。子を産み落とし、生まれた女の子もなんと浄化の力を引き継いだらしい。
宿ってもない子供が生まれている。しかも聖女という価値までついて、噂、暴走中だ。
そしてもうひとつは不思議な祠の噂。祠は小さな池の真ん中にある。その池が風もないのにさざなみだって、時折、水面に不思議な景色が見えるという。いくつも天にまで届くような箱型の塔が見え、人々がその箱の中に出入りをし、そこで暮らしているようだ、と。魔物よりも硬く強そうな四角い動物がすごいスピードで行き交う。人々はキレイな色の清潔そうな服をきて、その動物の中に入っていったり出てきたりする。衣装は暖かそうなものから、驚くぐらい肌を露出したものを着ている者もいて、そして誰もそれを気に留めたりしない。明かりにもいろんな色があり、天が暗いときも、光が満ち溢れ昼間のような明るさらしい。全てはとても美しく目を奪われる。そんな景色を映し出す、と。
それって、もしかして、異世界なんじゃない?
それって元いた世界なんじゃない?
元の世界とリンクする何かがあったりするんじゃない?
そう思ったら居ても立ってもいられなくなり、その祠に向かうことにした。
メリストの隣の、港町のあるセオロード。ハーバンデルクに近い首都に向かうところだったが、そこからちょっと反対方向の、祠のあるレイザーという街を目指す。
体力がないので旅するのにはキツイこともあるが、生活魔法が充実しているので、街の外で生きていくのもそこまで不便ではなかった。お金があったので『結界石』を買えたことが大きい。
この結界石とは、名の通り、結界を張ってくれる石で、ちっちゃな家くらいまでの大きさなら、その四隅に石を置き結界を張ることができる。その結界である程度の魔物は弾くことができるのだ。
わたしは寝不足が一番堪えるタイプなので、外での暮らしはそこが心配だったが、この結界でしっかり眠れるようになった。お風呂がないのはネックだが、街や村があったら寄ることにしていて、宿のお風呂や共同浴場に行ったりしている。
普段は自分にクリーンをかけている。清潔をキーワードに検査でするCTのように自分にスキャンをかける感じで。生活魔法の8番目、モードさんも知らないと言ったやつ。わたしはこれが無属性じゃないかと思ったんだよね。生活魔法他7種に属さない、無属性。そうだとしたら、死角なしってことだ。わたし、すげー。なんて。
同僚とよく話していたことを思い出す。
仕事で使うパソコンのソフトがものすごく優秀なことを知っている。使えるやつだといつも思っている。だけど、きっとその性能の3%もわたしたちは知らなくて使いこなせていないのだろう、と。わたしの魔法も同じように感じる。多分、本気で、かなりすごい事ができるんじゃないかと思う。でも、使い方を思いつかなければ、知らなければ、あのソフトと同じように3%も使えてないのだろう。それでも十分便利で有能だけどね! わたしが思いついて、頼りにさせてもらっているのが、このクリーンだ。気分的にはお風呂に入りたいが、この魔法のおかげでいつも清潔でいられるし、服にもありがたい。
歩くときは探索をかけて危険は排除だ。
鑑定をかけながら、良さげのものは採集していくスタイルで、地道に歩いていく。
街に寄ったら、作ったポーションを売ったり、採集した素材を売る。そしてだいたい次に目指す街や村までどれくらいか尋ねる。教えてもらった日程の3倍ぐらいでわたしもたどり着く。
あと2日歩けば、その祠があるというレイザーに着くところで、わたしはものすごく怖くなってしまった。その噂は不思議な景色が見えるというものだ。元の世界じゃないかとは、わたしが勝手に思っているだけ。ただの思い違いだったらどうしよう。いつの間にか希望で膨らんでしまった思いを、勘違いだったと笑い飛ばせるだろうか。
どこにでも自由に行って歩める時に、わたしは自分を持て余していた。
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