第26話 ブルーノイズ②冒険者登録
モードさんに背中を押される。
わたしは前だけをみつめて、冒険者ギルドに足を踏み入れた。
ギルド内は適度な混み合いを見せていた。
受付は?……キョロキョロしながら足を進めていくと、急に現れた何かにわたしは飛ばされた。ぺたんと床に座ったまま、状況把握を試みる。
「おい、坊主、大丈夫か?」
脇に手を入れて立たせてくれる。ニワトリのような人だった。スキンヘッドに、頭のてっぺんにだけ真っ赤な髪が生えている、トサカみたいに。強面で、大人の意識があるわたしでもちょっとビビってしまうぐらいだが、その奇抜に見えた髪型に気をとられて怖がらずにすんだ。
「ありがとうございます。大丈夫です」
わたしが言った途端、ふたりの大人が吹っ飛んだ。瞬きした間の出来事だが、かろうじて残像で把握できたのは、このトサカの人がふたりの屈強の男の人を投げ飛ばしたんだろうということだけだ。
「何すんだ、テメェ!」
「表へ出ろ!」
投げ飛ばされた方も、さすが冒険者というべきか、すぐに立ち上がって、投げ飛ばしたトサカ人にふっかける。でもそれは当然だよね。
「おめーら、子供にぶつかっといて、謝りもしねーとはどういうわけだ? あああん?」
うっ。わたしのためだった。
投げ飛ばされた人たちは、そこでわたしの存在に気がついたみたいだ。
「何かに当たった気がしたんだが、坊主だったのか。そりゃ悪かった」
「悪りぃな、俺がこいつを押したんだ。怪我ねぇか?」
「いえ、大丈夫です。あの、ありがとうございます」
トサカの人にもお礼を言う。
「いいってことよ。そんでボーズはギルドに何しにきたんだ? お使いで依頼か?」
「いえ、冒険者登録を」
「「「「「「「登録ぅーーー?」」」」」」」
なぜかギルドにいた人たちが、一斉にこっちを見た。
やっぱりモードさんに一緒に来てもらえばよかったかも。
それを断ったのは、わたしだ。モードさんが近くにいると思うと、甘えてしまうと思ったからだ。でも早くもそれを後悔し始めていた。
「こ、こちらでは登録はやってないのでしょうか?」
「いや、やってるぞ。こんなちっちゃいのが、この街から冒険者になるなんて!」
なんか沸き立ってる。
「ほら、お前ら、開けてやれ」
さぁっと受付までの道がひらけた。すっごい視線を集めている。目立つのイヤなのに。
「どうぞ、こちらに」
笑顔で促してくれたのは、受付のお姉さんだ。
もうこれは行くしかない流れ?
わたしは周りの人たちにお礼を言って、受付へとたどり着いた。
「冒険者登録をお願いします」
カウンター近くまで行ってしまうと、チビなので見えなくなってしまう。少し離れたところからお姉さんに告げた。すると、浮遊感。
「うわぁ」
「ギルマス、それ、捕獲です」
ものすごいゴツイ人に抱え込まれていた。
受付のお姉さんが、静かにツッコミを入れる。ギルマス? ギルドマスター? ここの偉い人か。
「人聞きの悪りぃこと言うな。おめーら静かにしろや。チビの声が聞こえねーじゃないか」
すごい音量で、思わずビクッとなってしまう。
モードさんみたいに、腕に腰掛けさせてくれる。でも、これってどうなの?
「あの、大丈夫です。一人でできます」
もぞもぞ言うと、頭を撫でられた。
「ほら、ツグミ、とっとと作業しやがれ」
受付のお姉さんはツグミさんと言うらしい。こめかみに青筋を立てながら、わたしにはにっこり微笑む。
「7歳になっていますか?」
「はい」
「こちらに、お名前の記入をお願いします」
抱っこしてくれているギルマスさんに字はかけるか聞かれたので、大丈夫と答える。ギルマスさんがうまいこと屈んでくれたので、カウンターで名前を書くことができた。
渡された紙に日本語でティアと書いて返すと、お姉さんたちは何も言わずに受け取ってくれた。なめらかな口調で話し出す。
「冒険者ギルドとは、冒険者のみなさんが、魔物の討伐や人々を助けたりすることが負担にならず、円滑に事が運び、生きやすくあるように支援することが目的の団体です」
最初に冒険者ギルドとはというところから説明は始まった。魔物がいるこの世界では、魔物と戦うことを生業とする人材が必要である。なくてはならない存在でもあるが、腕っ節が強いだけに、ひとつ間違えれば、脅威になることもある。そんな冒険者を支援し、ならず者にならないよう指導したり、円滑に生きていくための手伝いをする機関であり、また脅威になった堕ちた冒険者には制裁をくわえることができる組織でもある。冒険者ギルド、商業ギルドなどは国の干渉を受けない独立した機関である。
ギルドに登録すると、身分証が発行され、これにより各種恩恵を受けることもできるが、制約も出てくる。登録をするということは制約も制裁も受け入れることとなる。
子供、やばい。単語がいっぱい入ってくると飽和状態になる。
でも、ちゃんと聞かなきゃ。
冒険者カードは5000Gで発行できる。紛失の再発行には50000Gかかる。
5000G。ちっちゃい巾着から銀貨を5枚取り出す。
ギルド構成員として、どれだけ仕事をしたかでランクが位置付けられる。下はHから上はSS。ランクによって、定期的に受けるべき仕事の量と期間が決められている。構成員はその中から自分に見合う仕事を探し、請け負うことができる。
長い間、ギルドの仕事をしないものは規定に従いペナルティーがあり、冒険者カードの剥奪もあり得る。上のランクに行くに従い、自由度は高くなるが、リスクは大きくなる。ペナルティーのひとつが、再登録にあたり、50000Gの罰金がかかる。
不測の事態が起きたときには緊急召集がある。ギルドに習い、それに従事すること。パーティを組むさいの決まりごと、犯罪を起こしたときのギルドの制裁など一通りの話があり、何かわからないことがあったら相談窓口へと結ばれた。
そして問われる。
「登録をすることは、ギルドの規範全てに、承諾していただいたことになります。冒険者ギルドに登録されますか?」
「はい、お願いします」
わたしは握りしめていた銀貨5枚を、お姉さんに差し出した。
お姉さんは笑顔になった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
ぽっと胸の奥で、何かがあたたかくなった気がした。
「では、カードを発行しますね。お時間がかかりますので、ギルド内でお待ちください」
「お願いします」
ずっと抱えてくれていた、ギルマスさんにもお礼だ。
「ありがとうございました。腕、大丈夫ですか?」
腕の心配をすると、カラカラと笑われた。
「坊主はひとりで来たのか?」
「いえ、外で待ってくれています」
そう言うと安心したようだ。おろしてくれた。
「命を大事にするんだぞ」
頭を撫でてくれる。
「新規登録の方、お待たせいたしました」
ツグミお姉さんが、カウンターからわざわざ出てきて、わたしに手渡してくれる。
「では、こちらに血を一滴流していただきます。それで発行手続きは完了です」
それは大人の人差し指一本が第二関節ぐらいまで入るような長方形の物だった。
見た瞬間、あんないたずらおもちゃがあったことを思い出す。
板のチューインガムというものがあった。10枚入りで一包みになっているんだけど。
それそっくりの模倣品があって、ガムどうぞ?と何枚か入った状態に見えるパッケージごと傾けられ、そこから1枚いただこうとして指でガムを掴むと、指が挟まれるというドッキリおもちゃがあったのだ。挟まれた人のリアクションを楽しむための、娯楽である。
「チクッとするけど、そんなに痛くはないですよ?」
痛みに怯えて佇んでいると思わせてしまった。
わたしは人差し指を中に入れる。指の腹がチクッとして、わかってたのに、やはり驚いてビクッとなってしまった。
どういう仕組みなのかはわからないが、お姉さんが手にしていたわたしのカードが一瞬発光した。わたしの血とカードがリンクしたっぽかった。
人差し指の腹に一点血が見える。でもちっちゃい穴だから、すぐに治るだろう。
「はい、これがあなたの冒険者カードよ。今日からあなたは冒険者。あなたにたくさんの祝福がありますように」
ツグミお姉さんが額にキスをくれる。
「よかったな、坊主。エルフの祝福はご利益があるぞ」
成り行きを見ていた人が教えてくれる。
エルフ?
見上げたわたしに、お姉さんは髪を入れ込んでいた帽子を取った。すると特徴ある尖った耳が現れた。エルフだ。すごい、ファンタジーきた!
「ありがとうございます」
ここは観光地だからか、ここを出発点にする人はめったにいないらしく、子供の冒険者自体も見かけることは少ないらしい。
だからかなり目を引き、エルフの受付のお姉さんから祝福までしてもらった。
本当にここでは、登録だけをするつもりだった。
ギルドは各地に散らばってあるのだが、初登録のギルドにその時のステータス情報が残されるそうなのだ。ステータス情報は見られてもいいようなものになっているが、自身での登録のため、年齢は見かけ通りにするしかない。ここで情報が残っていると、スキップで成長した場合、年齢の齟齬が出てくる。
バレたそんときはそん時で、小さくなる呪いにかかったとか、適当に言い訳をするつもりだけど、再登録でステップアップを考えていた。初登録のステータス情報は、ギルド自体に接触がなければ3ヶ月で破棄される。それもシビアな理由。なりたて後3ヶ月ギルドに音沙汰がない場合、死亡している確率が高いからだそうだ。それを利用しようと思った。だからここで登録はしておいて、破棄されるように3ヶ月何もしない。その後、ギルドには必要なことがある時だけ行って再登録をすることにしようと思っていた。ペナルティーや罰金の50000Gは痛いけれど、年齢の疑惑は免れる。それなのに、土地柄、ここで登録する人が滅多にいないこと、子供がほとんどいないという点で、思わぬ記憶に残ることをしてしまったようだ。
でも、ま、よくしてもらって、素直に嬉しい。だから、いっか。
わたしはモードさんの待つ、ギルドの庭へと走り出した。できたての冒険者カードを一番に見てもらうために。今日だけ限定の冒険者の証を見せるために。
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