第25話 ブルーノイズ①夜泣き
わたしの異変に気づいたのはモードさんだった。
体調、大丈夫か? と確認された次の日、体がだるくなり始めて。成長するアレだと気づいて、早々に街を出た。
宿屋の女将さんが残念がってくれた。冬はこの街で越せばいいのにと。
街を出てすぐに熱で動けなくなり、またモードさんに運ばれることになる。
ふたつ隣の街に入った。わたしは5日間寝込んで、7歳ぐらいの見かけになっていた。
街の名前はルベラミ。湖がイチオシの観光地だそうだ。
熱が下がり動けるようになって、宿の一階へと降りていくと、宿の人が頭を撫でてくれる。みんな心配してくれてたみたいだ。
さすが観光地。宿といっても元の世界のペンションに近い小洒落た感じで、年若い夫婦が地元のものを生かし、素朴な素材ながらも洗練された手作り感を押し出してやっている宿だった。
ご主人も奥さんも、濃いブルーの髪で瞳は蜂蜜色。二人ともこの地で育った幼馴染だそうで、ルベラミはブルーの髪と蜂蜜色の瞳の人が多いそうだ。一人息子のジフ君は7歳で、やっぱりブルーの髪と蜂蜜色の瞳をしている。同じぐらいの歳だから仲良くしてねと言われたが、向こうにその気が1ミリもないのに、どうして大人ってのは適当なことを言ってしまうのだろう。わたしは本当の年齢を棚に上げて、そう思った。
ジフ君がいるからだろう。わたしにぴったりな椅子があり、モードさんと向かい合わせでご飯をいただくことができる。
焼きたてパンに、野菜のスープに、ゆで卵。卵だ!
「モードさん、これ」
「ん? どうした? 魔鳥コッコの卵を茹でたやつだな。どうかしたか?」
魔鳥コッコ。鶏きたー!
「この卵とか、魔鳥コッコのお肉って簡単に手に入るもの?」
「まぁ、市場で売ってるぞ」
やったー!
「モードさん、市場行きたい」
「新しいメニューか?」
コクコク頷く。オムレツかな? オムライスも食べたい。まずはチーズオムレツだ!
「いいぞ、行こう!」
モードさんも笑顔だ。
焼きたてパンは美味しい。けどやっぱり堅い。柔らかいパンも食べたい。いつか作りたいなー。
朝ごはんの後は市場に行った。時間が悪かったのか、あまり活気がなかった。種類は豊富。前の街より値段が高めだ。
目的の魔鳥コッコの肉と卵はゲットした。トマトは見つけることができなくて、オムライスはまたの機会にしようと思う。オムライスのケチャップライスは外せない。
店側とお客さんの小競り合いなんかを見かけて、気分が重たくなる。観光地なのに、今まで見た中で一番治安が悪そうに感じる。逆に観光地だからなのかな?
わたしたちは市場を早々に切り上げて、観光の目玉という、美しい湖に行ってみることにした。暑い時期に水辺にくるのがスタンダードだそうで、今の時期は観光客はほとんどいない。
というわけで、その神々しい景色をわたしたち二人じめできた。
でも、これ寒い時の方が絶対綺麗だと思う。空気が澄んでいる方が、ずっと神秘性が増す。〝キレイなものを好む神獣が水を飲みに来る美しさ〟とうたっているそうだが、広告文句に偽りはなく、美しく大きな湖だった。周りの木の高さとか配置が絶妙なんだと思うんだけど、陽の入り方がオーロラのカーテンみたいに見えるのだ。水面は陽の光でキラキラと輝いている。なんかここだけ切り取られた世界っていうか、雰囲気が違う。
そんな神秘的な場所で申し訳ないのだが、人もいないし、ここでご飯の作りだめをしようと思う。黄虎も呼んだ。黄虎は『気』を食べるそうで、食物を摂る必要はないのだが、わたしのご飯を気に入ってくれたのだ。
街の中では滅多に呼ぶことはないが、森の中で採集の時などは黄虎にきてもらって、もふらせてもらったりしていた。
今日はチーズオムレツだ。
それとご飯の残りが少なくなっていたから、炊いておきたかったんだよね。アイテムボックスがあると、出来立てをそのまま残しておけるので、本当に助かる。ひとメニュー作るときは相当な量を作ることにしている。
黄虎は果物の入ったサラダが好き。醤油ベースに、塩とレモンもどきをかけたドレッシングで食べるのを、とっても気に入っている。あ、油は入ってないから、ドレッシングじゃなくてタレというのかな。
ご飯も炊けて、スープも用意できた。サラダの準備も整ったので、最後に熱々のチーズオムレツだ。
チーズは前の街で大量に買っておいたからね。コッコの卵は、鶏の卵よりちょっと大きい。お椀に割ってみると、透明の白身は弾力がありもりっとしていて、黄身も色鮮やかでプルっと盛り上がっている。新鮮で良さそうな感じ。フォークでチャッチャッとかき混ぜて、ほんの少しお塩を足す。熱くしたお鍋に脂身を入れて溶かす。バター欲しい。鉄板も欲しい。
脂身が溶けたら卵液を注ぐ。オタマの背を使ってかき混ぜる。菜箸、欲しい。木で作るか。
上にチーズをのせて、卵で包むようにする。包めたらお皿に返して出来上がりだ。全部モードさんがね。わたしは指導だ。
ヤギのチーズはクセがあり濃厚なので、合わなかったらどうしようとちょっぴり思っていたのだけど、コッコの卵も力強い味だったので、めちゃくちゃ美味しく仕上がった。モードさんも大興奮だ。黄虎はやっぱりサラダが一番好きらしい。
宿に帰ると、市場はどうだったか聞かれ、買いたいものが買えました!と言っておいた。
明日は冒険者ギルドに行くと告げると、ジフ君に睨まれた。
なぜに?
何かを思い切り噛んでしまった気がして、目が覚めた。
わたしが噛みついていたのはモードさんの指で、ものすごくびっくりした。
とりあえず口を開け。
モードさんがわたしを見ていた。カーテンの隙間から届く月明かりが横向きのモードさんの長いまつ毛の影を際立たせていた。
「起きちゃったか?」
小さい声でモードさんが言う。
「モードさん、ごめんなさい。わたし、指噛んで」
猛烈にお腹が空いて、人の指かじっちゃったとか?
わたしはパニクっていた。冷たさを感じて、顔を触る。よだれ? じゃなくて、涙?
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないのはモードさんで、指!」
モードさんは指を隠して、なんでもないと笑った。
「ん、お前さ。夜泣きするんだよ」
!
「ビャービャー声上げるんじゃなくて、唇噛みしめて、声押し殺して泣くんだ」
モードさんは言いながら、わたしの顔の涙を手で拭う。
「最初に会った日は、かーちゃんと、ねーちゃん呼んでたぞ」
言われた瞬間、熱いものがぶあっと目から溢れ出した。ああ、だから。
「声押し殺して泣くから、最初は起きてるのかと思ったんだが、お前、意識ないんだよな。ぎゅっとしてやると、安心するのか泣き止んで眠るから、ずっとそうしてきたんだ」
最初に熱が出てお医者さんにみてもらった時、モードさんは夜泣きについても相談してくれたそうだ。保護者と別れたばかりの子供にはあることらしい。子供じゃないけど。
食事が取れなくなるようだと問題があり対策を立てないとだけど、そうでなければ、いつか自然に泣かないようになると。とにかく安心させてあげてくださいと言われたそうだ。
この頃は歯がしっかりしてきたため、唇を噛みしめると血を出すようになってきたので、気づいたときはモードさんは自分の指を噛ませていたらしい。
うううううううう。
そっか、そうだったんだ。
朝起きると、モードさんにいつも聞かれていた。
大丈夫か? 痛いところはないか?と。いつも心配性だなぁと思っていたんだけど、そうではなくて。泣いていたからだったんだ。泣くのは、心が痛いのか、他に身体にどこか痛いところがないか、いつも気にしてくれていたんだ。あといつもぎゅっと抱きしめて寝ていてくれるのも、だからだったんだ。
「モードさん、ありがとう」
それしか言葉を思いつけなかった。
とんだ拾い物しちゃったね、モードさん。
「ほら、いいから、ちゃんと眠っとけ。明日は冒険者登録するんだろ?」
わたしは頷いて目を瞑る。わたしはいつも周りが見えていない。どうしようもなく見えてない。森にひとりきりでいるならともかく、今はモードさんと一緒にいてこんなに安心なのに、わたしは何を不安に思い、怯えているんだろう?
ダメだ、本当にダメだ。何をどうしたらいいのか見当もつかないが、ひとつだけ、わかることがある。手のかかる子供から、早くモードさんを解放してあげなくちゃね。
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