第24話 冒険に必要なこと⑤信頼

 飛ぶように毎日が過ぎていく。モードさんに習いながら森を歩き、採集をし、時に魔物を倒し、ポーションを作って、お金に換えて、食材を買ってご飯を作って。だいぶその生活が馴染んできた頃には、外は寒くて買ってもらったコートなしでは歩けないぐらいの寒さになっていた。真っ白な雪がはらはらと舞う日もあった。この辺りは雪で閉じ込められるようになるぐらい降り積もることはないらしい、ちょっとホッとする。モードさんの故郷は雪深く、吹雪やそうとう積もって家から出られなくなることもあるそうだ。今のわたしの身長だと、簡単に埋まる気がするよ、うん。


 雪の日は付与をつけたり、街の中の買い物にいく。

 わたしの冒険道具もだいぶ揃ってきたんじゃないかと思う。テントとか毛布とかランタンとか。タオルとか石鹸とか洗剤とか。日用品も揃えていく。冬着は新調した、モードさん持ちで。この世界にも手袋もあったので助かった。ほんと寒くて、指がちぎれるかと思ったよ。


 稼げるようになってきて、今までお金を使ってもらっていたのを、どう清算すればいいのか聞いたところ、モードさんに作ったマジックバッグは売ったとしたら5000万Gはくだらないそうで、もらいすぎだから、これからも一緒にいるときはモードさんがお金を出してくれるということになった。守ってもらって、教えてもらっていることはお金で換算できないぐらいのことで、バッグ以上のことをしてもらっていると思う。本当に甘えていいのだろうかと思ったが、そう決めているみたいだし、他のことで返していけたらと思っている。


 錬金にしがみついていたけれども、あまりにもインチキで申し訳ない気がするので、付与師にジョブチェンジしようかなと考え中だ。まぁ、付与も嘘っぱちで、創造力で素材に何かを付け加える、これをわたしの場合の付与と定義している。できたものを鑑定してみると、付与されたものって出るから、その考えで間違いはないはずだ。あの時、錬金術に固執しなくて本当によかった。付けれる付与の系統は多くても3つまでと言われたので、使える魔法と付与は、水と土と風にしようと思っている。


 ポーションは上級ポーション、中級ポーション、ポーション、毒消しなど揃えてアイテムボックスに収納済みだ。もちろんモードさんにも持ってもらっている。エクスポーションは売っているものではないそうで、まだ持っていない。それをモードさんがえらく心配している。わたしのHPは低いからポーションで問題ないと思うんだけどね。


 わたし用のマジックバッグも作った。何もないところからものを出すと目立つらしい。両手を自由にしておきたいのでリュックが欲しかったのだが、その形状のバッグがなかったので、自分で作ることにした。布と紐を買って、巾着を縫った。針と糸も買ったが一般的に売られている針がまるで布団針でおののいた。小さな手だと何をするのも大変なので、もう全てなみ縫いだ。なみ縫いを2、3回繰り返して補強はしておいた。

 布は長方形。裏返しにして半分に折る。リュックにしたいので、下側に紐を通して結ぶための布を輪っかになるよう挟み込んで左右部分を縫う。底にする角の部分を三角にして三角部分の底辺のところを縫い、マチを作っておく。上は、紐が通るぐらいを見越して三つ折りして縫う。裏返して紐を互い違いに入れれば、巾着の出来上がり。紐口や他の縫い代? 自分のだからこだわらない、うん。巾着でも使え、紐の先を挟み込んだ布に結べば、簡易リュックにもなるバッグの完成だ。これをモードさんと同じ条件の容量だけ少なめ、街が3個入るぐらいのマジックバッグにしてある。ちっちゃい巾着も作って、これはお財布がわりだ。


 モードさんのマントは買った日に付与づけして贈っている。とっても喜んでくれた。ラッキーをつけたことは内緒だ。次の日から早速着込んでくれている。


 ラケットバットは思わぬ副産物となってしまった。

 わたしのイメージでは、何度も魔物をラケットバットで叩くとラケットが消耗してしまうので、そのダメージを受けないと定義したつもりだった。だって、バトミントンのラケットのガットのメンテが面倒だったんだよ。メンテしなくてもいいように定義したつもりが、実際はラケットが受けたダメージをそのままカウンターで返しダメージを受けないと定義されてしまったようだ。したがって、より強い魔物の方が、自分の攻撃のカウンターによって倒されていくという事象が発生した。


 隠蔽はうまくいった。モードさんとあーでもないこーでもないと考えて、ちょっと魔力が多いぐらいの子供にしてある。シリさんにはわたしが話しかけたときだけ、反応してもらうことにしている。


 買い物は大好きだ。2日に置かず行っている気がする。食材はかなり買い込んでいる。アイテムボックスが大きくてよかった。

 日本の調味料に似ているものがあるイースターはずっと東にある島国で、そこまで大きな国でもないことから、主要都市にある転移場にしか物資が届かないらしい。モードさんも、お家のある街では買えず、3つ先ぐらいの街まで行かないとダメらしい。

 それで、買いだめしているみたいになっている。だけど、商人さんは大喜び。今まで商品の良さをわかってもらえなくてというので、調味料を使った試食品を出してレシピを教えてあげれば売れるよ絶対とアドバイスしておいた。市場を広げて、どこででも買えるようになってほしい。わたしのために。

 わたしも相当買ったけど、モードさんもお家にも持っていくとかなり買っていた。宿の女将さんも、今や米、醤油、味噌の虜だ。お弁当とか作らせてもらっていたら、匂いにつられて味見を迫られ、一緒にご飯を食べたり、作ったりするようになった。それもまた楽しかった。


 市場のフレッシュジュースのお店でわたしたちは休憩を入れる。

 ミリョンという果実を絞ったものがお気に入りだ。オレンジジュースに似ている。


「だから嘘なんじゃねーかってさ」


 後ろのテーブルの人たちの声が一際大きい。


「俺もエリュシオンに行った時、アルバーレンの商人が詰め寄られているのを見たぞ」


 アルバーレンと聞こえてきて、耳をそばだててしまう。

 どうやらアルバーレンは、聖女召喚を成功させたというのを、世界に向けて発表したらしい。

 もう何百年も聖女は召喚されていないのに、嘘ではないかと。

 嘘でないなら浄化をしに来てほしいと、他大陸の国からも、問い合わせが殺到している、と。


 聖女ちゃん、ファイト!

 わたしは心の中で声援を送った。


 が、アルバーレンは動かず、大陸同士の喧嘩になりそうな勢いだということだ。その喧嘩って、ひょっとしなくても戦争ってこと? 身がすくむ。


 商人さんたちは声を小さくする。


「ところがさ、聖女様を見たやつに聞くと、どうも伝えられてきた聖女様と違うらしいんだ」


「ああ、俺も聞いた。確かに魔王に手記は消されてしまったが、ジジババたちが言ってたみたいだからな、聖女様は黒髪に黒い瞳だったと」


「そこで、だ。ほら、少し前にあっただろう側室騒動」


「ああ、あの女の足見せろってあれか?」


「その側室が黒髪に黒い瞳だったそうじゃないか。実はその逃げ出したのが聖女じゃないのか? 聖女はそっちなんじゃないか?って噂が出て、大陸違いの国の奴らまでその側室を探しにこっちにきているらしいぞ」


 誰だよ、そんな大間違いの噂を流したのは? まあ、でも聖女ちゃんを鑑定すれば、浄化の力を持っているからすぐわかるだろうしね。


「子供ごと手に入れりゃあ、国は安泰だろうさ。どこの国でも喉から手が出るほど欲しいだろうよ」


 スッと背筋が寒くなる。いるわけのない人なのに、そんな風に狙われることを不憫に思う。


「ディアン、どうした? 腹でも痛いのか?」


「あ、モードさんなんでもないよ。ただ買い忘れないかなって考えてただけ」


 とモードさんの顔を見て驚く。


「モードさんこそ、顔色が青いよ。具合悪いんじゃない?」


「いや、なんでもないぞ」


 モードさんはゆったりと微笑んだ。


 まだ続くか、側室話。そしてさらなる展開を見せている。

 もうどこにも、ヤマダハナコはいないのに。




 次の日、雪は少し積もっていたけれども、空は晴れて、私たちは採集と魔物のお肉を求めて、森に入った。積もっている白い雪が陽の光でますます白くキラキラに輝く。眩しいぐらいだ。


 ステータスを見るようになってわかったこと、鑑定には魔力を1使う。それが対象がひとつでも、そこらへん全体でも同じ1。そのことに気づいてから、ほぼ全体にかけるようになった。危険なものチェックとか。危険が範囲3キロに入ったらアラームで教えてと森の中に入るときには唱えている。


 魔物が近づいたことをモードさんに教えると、不思議そうなので、鑑定のバージョンをいろいろ話したら、それも隠した方がいいと言われた。そんな融通がきく鑑定は聞いたことがないそうだ。

 それにわたしのやっていることは『探索』だという。ふーんと思っていると、スキルに『探索』が増えた。シリさん、柔軟だ。増えたことを告げるとモードさんが笑う。


「お前、相変わらず無茶苦茶だな。末恐ろしい」


 軽口なのはわかっているけれど、たまらなく不安になる。


「無茶はすると思うけど、わたしが死なないためだけにしか使わないから」


 モードさんが振り返った。

 わたしの鼻をつまむ。


「いいんだ、そんなの。お前はお前のやりたいようにやれ。お前みたいな奴は、無意識の時に魔力使ったって、とんでもねーことは決してしないから」


 なんでそんな信じてくれるんだろう? 長く一緒にいたわけでもないのに。

 モードさんが屈みこんで、わたしと目の高さを合わせる。


「初めて会った、キトラに咥えられてきた時、お前、すっごい困ってただろ。見かけがガキで、一文無しで、途方に暮れてた。

 そんな状況なんだから、ただ一緒に街に連れて行ってくれって言えばいいのに、お前、依頼してくるんだもんな。俺が上位ランクで金がかかると知って、自分の能力で金を払うことを考えた。じゃぁ上位ランクを雇いたいぐらいの何かがあって、どんな依頼をふっかけてくるのかと思えば、街に連れていけってだけ。お前には驚かされたぞ。

 甘えた自分は許せないんだろ? そんなお前だから絶対大丈夫だ」


 モードさんはさらに続ける。どんなに追い込まれた状況でも、甘えなかったお前の自尊心は本物だ。絶対に道に外れたようなことをすることはない、と。言葉がみつからない。


「まぁ、不安か。じゃぁ、約束だ。お前が道を外れそうなときは、俺が絶対止めてやる」


「……うん」


 モードさん、いい人すぎる。その約束を守っていただくには、ずっと一緒にいることが前提で、是非そうしていただきたいけれど。もちろんそれが虫の良すぎる考えなことはわかっている。

 モードさんはわたしの心を軽くする天才だ。


「それにしても、お前こそ俺を信用しすぎだ。俺にだって何があるかわからない。今はそうじゃなくても、いずれお前に害をなす存在になるかもしれない」


 モードさんは少し哀しげな顔をしている。


「……それでも、いいよ」


 どん底にいるときに手を差し伸べてくれたことの意味は、手を差し伸ばされた側にしか、永遠にわからない。わたしはモードさんがどんな存在になっても、万が一にでも何かあったとしても、わたしにしてきてくれたことが無くなるわけはないのだ。


 何があったとしても。何かがあったのだとしても。わたしのモードさんへの想いは変わらない、絶対。

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