第27話 ブルーノイズ③ふたりの関係

 採集に行くときは、必ずお弁当を作っている。モードさんがお米を気に入ってくれてよかった。パンより腹持ちがいいそうだ。


 こちらでは街外に出た時食べるのは、携帯食が主になるそうだ。干し肉とかね。


 わたしは『食事』って気がする物を食べたいし、食べて欲しいからお弁当を作っている。作りたてをマジックバッグやアイテムボックスに入れておいて、それを食べればいいのだけれど、なんとなく。雰囲気っていうか、すりこみされている考えなのかも。外で食べるのはお弁当って言ってしまう。


 ご飯をお鍋いっぱい炊いて、おにぎりにする。まとめて作っておき、残りはアイテムボックスに入れておけばいいから、多すぎる分には困らない。

 わたしの手が小さすぎて、わたしのおにぎりだとモードさんがいくつ食べてもなかなかお腹がいっぱいにならないので、自分で握ってもらっている。うまく握れないというので、秘策を教えてあげた。


 ふたつのお椀を用意する。ひとつのお椀にご飯と具を入れまたご飯をよそう。もうひとつのお椀で蓋をするようにして、シェイク。気分はカクテルを作るバーテンダーで。モードさんぐらい力があれば、これだけで握り直さなくても、立派なおにぎりになる。面白い形ではあるけど。


 これはわたしの父がやってくれたことだ。小さい頃、ご飯の途中で飽きてしまうと、父が食べ終わった自分のお茶碗でわたしのお茶碗に蓋をして、残ったご飯をシェイクした。バーテンダー風だったり、よくわからない即席の呪文を作ったり、踊りながらやって、食べられなくなったご飯をおにぎりにしてくれる。そうすると気分も変わって、同じご飯なのに美味しく感じて、完食できたりしたのだ。

 そんな父と同じ動作を、異界でイケメンがやってるよ。そんなしようもないことが、なんだか嬉しくなる。


 わたしは大葉に似たやつに味噌を甘辛く絡めたものとかの中身が好きだが、モードさんはお肉とか野菜炒めとかがっつりおかず系を中身にするのも好きで、お椀にモリッとよそっては、自分の好きな具材のおっきなおにぎりをこしらえている。


 コッコのお肉が手に入ったので、唐揚げには程遠くはあるものの〝揚げ焼きコッコ〟を作ったら大好評。油がないので、お肉の脂身を使ったり、塊肉を茹でて、冷ましたときに固まる脂を集めておき、使ったりしている。揚げ焼きコッコは味がしっかりついているので、冷めても美味しい。お弁当にぴったり。

 おにぎりと、野菜の味噌炒めと、揚げ焼きコッコと、ちょっと甘い卵焼き。こちらを『トール』という日本でいうおにぎりとか包まれる竹の皮のようなものに包んで出来上がりだ。これを外で頬張るとまた違った美味しさを味わえる。 

 市場でミリョンも手に入れた。夏みかんみたいなオレンジもどきだった。中身はそのままいただき、皮は、はちみつで煮る。わたしはこれにお湯を入れてゆず茶のようにして飲むのが好きだ。


 お弁当もできたので、採集に向かう。

 森に入ったら『探索』をかける。

 3キロ以内に危険が迫ったら、アラームを鳴らすようにしている。


 モードさんに昨日のことを話した。子供で甘やかされたこと。規約とか頭に入ってこないで、よくわかってないこと。面白い髪型の人がいたこと。大人ふたりが吹っ飛んだこと。ギルマスさんに抱えられたこと。登録をするって言ったら、いっぱいの人に驚かれたこと。受付のお姉さんが優しかったこと。祝福をしてくれて、なんとエルフだったこと!


「嬉しいのに、なんで沈んでんだ?」


「名前、ティアだし、ステータス見ればわかるのに、何も言わないでいてくれたんだよ」


「そりゃ守秘義務あるし。誰だって隠すことぐらいある。特に女が男のふりするなんて普通にあるぞ」


 そんなによくしてもらうのに、わたしここでの情報が破棄されるの待つんだ。酷いよね。


 そこまでは前置きで、言えないのが一番言いたいことだが、酷くないと否定して欲しくて言いたいだけなので、心に留めておく。


 モードさんの手が頭を優しく撫でてくれる。癒しだ。


「あ、なんか来る」


 言ったときは、モードさんも気配に気がついたみたいだ。


「バタバタしてるな」


「2人が何かに追いかけられているみたい!」


 モードさんは目を細める。


「ディアン、俺から離れるな」


「はい」


 モードさんの後ろにつき、ラケットバットを構えて、近づいてくる方向を見る。

 茂みの向こうに赤い何かが見え隠れ。トサカ?みたいなあの毛は!

 すっごい勢いで飛ぶように走ってきたのは、昨日ギルドで会った変わった髪型の人と、魔術師っぽい格好をしている男性2人だった。


「グスコングスだ、逃げろ!」


 元の世界とこちらと名前がリンクしていることがあって、コングって名前が入ってることに嫌な予感しかしない。けれど、モードさんは微動だにしない。


「おい、あんた」


 汗びっしょりの魔術師っぽい人が、モードさんを引っ張る。


「お前らのランクは何だ? 街に連れて行ってどうする。……牙を剥かれたんだな?」


 モードさんが確認した。


「我を忘れてる」


 トサカの人が叫ぶように返した。


「ディアン、ここにいろ」


 一歩二歩、その助走だけでモードさんは跳び上がり、木の側面を蹴ってもっと高く跳び上がるを繰り返して、跳んだ!

 そのコングが入った名前の魔物の下の方の毛並みは見えていた。薄汚れたまだらな灰色で、この森の陽を遮る背高な木よりさらに大きい魔物だろう。

 モードさんは剣を翳しながら降りてきて、魔物は地響きするような鳴き声をあげた。実際揺れもした。


 足がガクガクして動けない。

 モードさんは? 魔物は?

 あ!

 わたしは魔物に鑑定をかけた。



 グスコングス

 HP 3333/98748



「モードさん、3333!」


 モードさんはもう一度跳び上がる。

 剣が閃き、魔物が倒れた。


 わたしの後ろで荒く息をするふたりは、魔物の断末魔を聴きながら崩れ落ちる。


 震える足を打って気合を入れ、タッタッタとモードさんに駆け寄る。怪我はしていなさそうだ。と、でっかい魔物の屍を見て、腰を抜かしそうになる。


「モードさん、強い」


 モードさんは魔物の毛皮で、剣の血を拭っている。


「お前も、ありがとな」


 やっぱり、わかってくれてたみたいだ。


「あんた、強いな。上位ランクか?」


「俺はあんたたちに聞きたいよ、何ランクだ? 逃げるにしてもこのままだと街に連れて行くことになったんだぞ?」


 トサカさんと魔術師さんは、顔を青くしている。


「その通りだ。面目ねぇ。あんたのおかげで最悪な状況からは免れた。ありがとう」


「ありがとうございました」


 トサカさんの後に魔術師さんがぺこりと頭を下げる。


「それにしても、あんた強いな。グスコングスなんて、ギルマスが出てくる案件だったぜ」


 こんな強い魔物が街に近い森にいるのは大問題だそうだ。

 少し前までは、領主からギルドに定期的に見回りするよう依頼がきていたのだが、領主が代わってそれがなくなったそうだ。彼らは森での採集のついでに見回りを兼ね、ちょっと中心部まで足を伸ばしたところ、グスコングスに牙を剥かれ、追われたそうだ。


「ところで、サンサンサンサンって何の呪文だ?」


 え?


「……頑張ってていう応援です」


 呪文と勘違いしてくれたので、それにのっておく。


「お前みたいにちっちゃいのが外に出てあぶねーんじゃないかって思っていたが、こんな強い人と一緒なら大丈夫だな。あ、まだ名乗ってなかったな。俺はモンクのデリックだ。こっちの魔術師がスンホ」


「モードだ」


「ディアンです」


 ペコっと頭を下げる。トサカ、じゃなかったデリックさんに頭を撫でられる。モンクってなんだったっけ? 聞いたことがある気がする。読んだことかな?

 子供っていいな。この頭撫でられるの。大きくなるともうしてもらえないのは、寂しく感じるかも。


「で、ふたりはどんな関係?」


 どんなって。


「師匠」

「弟子」


 見事に同じタイミングで言っていた。

 よかった。モードさんに弟子って思ってもらっているんだ。恥じない弟子になりたい。


 灰色のゴリラを、モードさんのマジックバッグに入れる。そこでデリックさんとスンホさんはあんぐりと口を開けていた。


「非常識な大きさのマジックバッグだな」


「ああ、優秀なバッグで助かっている」


 モードさんがわたしの頭に手を置く。褒められたようで嬉しい。


「ダンジョン産か? どこのダンジョンで出たんだ?」


「デリック」


 今はそんな時じゃないだろうとスンホさんがたしなめている。


 4人でギルドに戻ることにする。強い魔物が街のそばで出たら報告の義務がある、と。昨日きっと聞いただろうに、全然頭に入ってないや。

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