第19話 熱
レティシアの東隣の国がミルデン、そのさらに東隣がメリスト。メリストの南はエリュシオンとセイラルという国だ。買ってもらった地図で確認する。
今回はセイラルという国に降り立ち、メリストのドーラという街に入った。その北にあたる大きい国、ハーバンデルク。そこがモードさんの拠点としている国であり、街があるそうだ。
わたしは空を飛んで大興奮したからだと思ったのだが、地上に降り立った時、立てなかった。すっごい高熱が出ていて、モードさんも慌てたらしい。
毛布にわたしを包みこみ、そのまま街からの入国となった。
街に入る審査を受ける、長い列ができていたのだが、子供が熱を出したというと、みんな先に先にと譲ってくれて、入国審査も後回しにして、お医者様に見せてくれたらしい。
そこで毛布をとって、息をのんだのはモードさん。わたしが縦に伸びていて、驚いたらしい。見かけが5歳ぐらいになっていた。
お医者様がみたところ、特に大きな問題はなく、疲労が溜まったのだろう、と。その疲労は深く、起き上がることができたのも6日もたってからだった。
確かにこちらに来てからハード&ノンストップだったからな。
うなされもしていたようで、モードさんに心配をかけて悪いことをしてしまった。
魔素がどこにあって、どう取り込むのかわからないまま、わたしは2歳ぐらい進化した。
寝ていた間に、いっぱい夢をみた。夢というか、元の世界のことを。向こうでの記憶がかなりはっきりした。
前からよく見るのが母と姉、姉家族の映像で、父親だけが見当たらないことには気がついていたが、父はわたしが中学生の時に亡くなっていた。
体調が悪いと病院に行った時には、もう治せないところまでいっていたらしい。姉はどうだか知らないが、それはわたしには知らされていなくて。わたしはちょっと具合が悪くて入院しているぐらいに思っていた。大丈夫っていう言葉を、信じたくて信じてしまっていたのだ。何も変わらないと信じたくて、迂闊にも深く考えようとしなかった。
試験が近いという理由で、お見舞いもそんなに行かなかった。
ある時、たまたま、病室でふたりになって、屋上にでも行くかと連れ出された。
『お前はふてぶてしく見えるけれど、臆病で繊細なんだよなぁ。そのことでこれからいっぱい傷つくことがあるかもしれない。でもな、時ってのは流れるから。誰にも平等に訪れるから。だからな、辛くても、どうしようもなくても、そん時は逃げてもいいから、いつかまた立ち向かえばいいから。うつむかなきゃそれでいいから。お前が強くて優しくていい子なのは俺が知ってるから、大丈夫だからな』って、言われた。
なんでそんなこと言うんだって言ったら、入院していると暇で暇で、ついいろんなこと考えちゃうんだよ、なんて言わせてた。
お前は本当は強い子だから、お母さんとお姉ちゃんを頼むなって。
もっと寄り添うべきだった。もっと話せばよかった。もっと労って、孝行して、大好きって伝えればよかった。ありがとうって言いたかった。
全部できなかった。目の前の試験に気をとられて、信じたいことだけ信じて、深く考えなかった。
わたしは不思議だった。こちらに来て、元の世界のことをきちんと思い出していないのに、なぜか帰りたくて、戻して欲しくて。未練があって。思い出せていないのに。
思い出してみれば、いい思い出ばかりではないのに、やはりわたしには大切な時間と人たちで。
わたしにはとても大切な場所だった。思い出せなくても、とても大切だってことはわかっていたんだと思う。わたしはあの場所を気に入っていたんだと思う。
父の最期に向き合っていなかったことは、わたしにとって、とても辛いことで思い出さないようにしていた気がする。でもそれは根深くいつもわたしの奥底にあり、それからのわたしを形成するのに度々顔を出していたようにも思う。
元の世界の記憶が曖昧だったのは、わたしがこの記憶を、思い出したくなかったからなのかもしれない。わたしにとって傷で、痛みを思い出したくなくて、思い出さないようにしていたんじゃないかと思う。この時のことを思い出したら、あとは本当になんの障害もなく思い出すことができたから。
お父さんからお母さんとお姉ちゃんのこと頼まれたのに、わたし果たせなかったよ。そう自覚すると、また泣いてしまった。
わたしはファンタジーの世界に来てしまったけれど、そうだね、ここでも時は流れるだろう。
ここで立ち向かえるかな。うつむいてもまた立ち上がれるかな? そう生きられるかな? 思い出したことで精神的にもきて、余計に寝込んでしまったのだ。
思い出せたのだから、同じ過ちをしたくないと思う。向き合わずに後悔することは二度としたくない。だから、ちゃんと考えよう。今まで逃げることに精一杯で流されるようにここまで来たけれど。
ちゃんと考えて答えを出そう。ひとつずつ。
うん、召喚云々はコトが大きすぎて、まだ消化できそうもない。今はモードさんとのことだ。モードさんはいろいろと怪しいのに目を瞑ってくれている。
モードさんが信用できなくて話さないんじゃない。むしろ逆。巻き込むのがなー。王族が関係しているから。話が大きくなりすぎていて、そんなおおごとに関係していたっていうのも嫌で、そこをモードさんに知られたくなくもある。今も盛大に迷惑をかけてしまっているし。
そしてモードさんに頼りきりなのは恥ずかしいと思う。本当はいい大人なのに。だからきちんと自立して生きていこう。その上で、モードさんと一緒にいられたらいいのだけれど。
うつむいてもいいけど、また顔をあげること。そう約束したからね。頼まれたことは果たせなかったから、約束だけでも守りたい。ほっぺたを叩いて気合を入れる。
ぐずぐずしていっぱい泣いたのも、感傷的になったのも熱のせい。
わたしは大丈夫だ。
ここでやっていける。
「スープだぞ、食えるか?」
モードさんが部屋にスープを運んできてくれた。
わたしは食べたいと頷いた。端をちょっと握りしめてしまった地図を横に置く。
モードさんがスープを食べさせてくれる。量とか温度とか、速度とか完璧。いつでも、いいお父さんになれるね。そう思うと父を思い出して、また鼻の上の方が痛んで、目頭が熱くなった。
「お前、あの騎士にそうとう執着されてたな」
モードさんの爆弾発言に涙が引っ込んだ。
「怖いこと言わないで」
あんな怖い人に執着されるなんて、恐ろしすぎる。
「お前、最初から怖がってたな」
ああ、やっぱりモードさんはわかっていたんだ。そりゃそうか。怖くて何度もしがみついて、助けを求めちゃったもんね。
「変態、怖い」
わたしはまっすぐモードさんを見た。
「変態?」
「子供の足見たがるなんて、どんな理由があっても問答無用で変態だよ」
嘘偽りない気持ちはモードさんに届いたのか、
「確かに、変態は怖いな」
と憮然とした表情で頷いてくれた。
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