第20話 冒険に必要なこと①覚悟
「目が覚めたか?」
「おはようモードさん」
恒例の、モードさんの胸の中で、挨拶を交わす。
わたしの目が覚めると、本当すぐ気付くんだよね、モードさん。
ははは。いいかげん子供ぶるのはやめるべきなのは百も承知なのだが、如何せんモードさんと一緒に眠るのは魅力的すぎて。
やましい気持ちはあるが、誓って、いかがわしいものではない。子供の体って本当に本能に忠実なのだ。眠いとか、お腹減ったとか、我慢できない。体力が尽きたらどこででも、何をしていてもコテっと寝るし、お腹がすくと話せなくなる。本当に本能に忠実で、安心できる場所で眠りたくて、眠ってしまうだけなのだ。起きるたびに、本当の年齢を知られたら、とんだ痴女でどれだけモードさんに衝撃を与えてしまうかと思うと……、〝今日で最後にしよう〟を繰り返している。ベッドひとつの部屋ってのもあってね。自立は……ほど遠い。
「どうだ? 痛いとこないか?」
起きると必ずこれも聞かれる。心配性なのだ。
おでこに手を当てられて、熱を測ってくれている。
「もう、全快した。大丈夫」
体を起こして、ベッドから降りる。
熱が下がってからも、2日も様子見をしたのだ。確かに6日も寝込むと体力も落ちて、食べることも歩くのも危なっかしかったけど、もう大丈夫。
寝込んでいる間に、モードさんはわたしの洋服を新調してくれていた。こちらの服は体にぴったりフィットタイプではなく、ちょっと大きめのものを紐で結ぶなどしてダボっと着るので、前の服でも着られないことはなかったのだが。それも5セットと枚数も増え、靴もコートもだ。さらに夜着、いわゆる寝巻きまで3着。またお金を使わせてしまったが、……大変ありがたい。新しい服に着替えて身繕いをして、モードさんにお礼を言う。
「モードさん、本当にご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
「子供ってのは凄い高熱が出るんだな。キツそうで見ているのがしんどかった。無理はするな。体調が悪くなる前に言え」
「もちろんそうするんだけど、多分、あと何回かはこうやって熱出して大きくなると思う」
モードさんが目を大きくした。
「何かわかったのか?」
「ううん、ただの勘」
言いにくいことは時間をかければかけるほど、さらに言いにくくなるのは、嫌って言うほど経験済みだ。
考えるたびに気持ちは揺れた。モードさんに話しちゃえとケシかける自分もいれば、黙っているべきだと頑なな自分もいる。だって異世界人なんて、簡単に受け入れてもらえるものなのだろうか? そりゃ必要とされる聖女なら歓迎かもしれないけど、わたしはただのおまけだ。
モードさんは優しいから受け入れてくれるかもしれない。でも話してしまって、その優しいモードさんを巻き込むのもどうかと思う。一緒にいることですでに巻き込んではいるけど、異世界人という事実を知っているかどうかで、巻き込み具合は全く違う。王族が関係しているから、ことが大きくなりそうで怖い。
堂々巡りの思いは今もわたしを悩ますが、やっぱりモードさんには、今後、わたしといたことで何かあったとしても『わたしの素性は知らず、嘘の境遇しか知らなかった』ということにしたい。本当のことを言えず、突き放されるかもしれないけれど、モードさんに何かあったら嫌だもんな。
お腹に力を入れる。
「モードさん、わたし、モードさんが大好きで、信頼しているの。だから余計に言えないことが結構いっぱいある。そうなんだけど、その上で厚かましいんだけど、ここで生きていけるようにいろいろ教えて欲しいです」
モードさんの顔が見られなくて、モードさんの足元を見ていた。頭に大きな手が置かれて、わたしは顔をあげる。
「なんて顔してやがる。ほら、唇を噛みしめて、自分を傷つけるな」
下唇を引っ張られた。
かがんでわたしと目の高さを合わせる。
「Aランクの仕事ぶりを見せてやる。ちゃんと生きていけるようにしてやるから。厳しいのは覚悟しろ。よし、まずは飯だ」
覚悟しろと言いながら、抱き上げて運んでくれる。病み上がりで階段は危ないからだそうだ。
移動させてもらいながら、自分のズルさを顧みる。
全部を話せない。そう告げて、モードさんに呆れられる可能性はあった。じゃ、知らんと突き放される可能性もあった。でもモードさんは優しい人だから、情のある人だから。少しの間、面倒見てしまった子を、手のひらを返したように突き放せる人ではないだろう。
それがわかっていたのだから。わたしはみっともなくすがるべきだったんだ。わたしがモードさんと一緒に居たかったのだから。これじゃあ、まるでモードさん自身が、わたしに教えることを選んだみたいじゃん、相変わらずズルいな、わたし。
そう、そうなんだけど。全力ですがって突き放されたりしたら……それは本当に恐ろしかったのだ。
宿の1階には食堂スペースがあって、そこでご飯をいただけるみたいだ。
「あら、ちびちゃん、よくなったのね。もう大丈夫?」
女将さんだろうか? 灰色の髪を上品にまとめあげていて、すらっとした茶色の瞳をした優しそうな人だ。なんとなく、仕事場の先輩を思い出した。
モードさんにおろしてもらって、女将さんらしき人にお礼をいう。
「おはようございます。あのスープとか、ありがとうございました。おかげで元気になりました」
熱がある旅人を受け入れてくれて、病人食を用意してくれて、体を拭くためのお湯とかを用意してくれたのも、多分女将さんだ。
「礼儀正しいのね」
テーブルに促され、椅子の高さがダメだったので、モードさんの膝の上に収まる。
湯気をたてたスープと、サラダとパンがすぐに運ばれてきた。
最初からわたし用に、小さなお皿も用意してくれていた。
振り返り見上げると、モードさんが頷いてくれたので手を合わせる。
「いただきます」
まずパンを手にとって。やっぱり硬いパンだ。なかなかちぎれずにいると、モードさんが割ってくれた。プラス2歳の進化は、まだあまり役に立っていない。あ、時々かみはするが、まともに話せるようになってはきている。
パンをスープに浸して、スプーンでスープに突撃する。自分で食べられるのもできるようになったことのひとつだ。成長、成長。
野菜の優しい味だ。体に染みわたるね。堅いパンもスープに浸せば柔らかくヘニョリとなる。
パンとスープを交互に口に運ぶ。
こうやってあったかいお食事をいただけるのはありがたいことだ。
ただ、もうすでに日本食が恋しくなってる。
米、醤油、味噌!
なんて素晴らしい食材だったんだろう。まさかこんなに欲する日が来るとは。
外は気持ちよく晴れていて、採集日和だ。
今日からわたしは冒険者となるべく、モードさんから教えを請うことになっている。
宿を出る前にモードさんが質問を受け付けてくれたので、気になっていたことを聞いた。
「魔素って、どこにあるのでしょうか?」
「そこからか」
モードさんは目頭を押さえた。わたしにちらりと視線を走らせ、決心したように息をついた。
「お前は大人並みに頭がまわる。だが常識がなさすぎる。いくら年老いた保護者と暮らしていたといっても、それでは追いつかないぐらい一般的じゃない。まるで他の世界からでも来たみたいだ」
思わず固まると、モードさんはわたしの額を指で押した。
腰掛けていたベッドがギシっといった。
「んな顔すんな。発言に気をつけろと言ってるんだ」
「……はい」
「魔素はだな、そこここに漂っている。人も魔物も魔素を取り込んで魔力として使っている」
「魔力のない人は?」
「正しくは魔力のないものはいない。魔力を放出できるほど魔力を蓄えられないだけだ」
なるほど。
「お前の常識のなさは計り知れないから、何がわからないのか、俺には思いつけない。だからわからないことを、その都度聞いてくれ」
「はい」
宿を出て森へと出発する。昨日はリハビリがてら街を探索した。旅人にも気さくに声をかけてくれるあたたかい人々と街で、ちょっと歩いただけで、わたしはこの街が大好きになった。
時折、街の人と挨拶を交わしながら、モードさんが教えてくれる。
「まず、基本中の基本だ。知っているとは思うが、行動を起こす前に自分のステータスをチェックする。ここで大切なのは」
「え? ステータス見られるの?」
「? お前、ステータス知らずに魔力使ってたのか? 恐ろしいやつだな。小さくなって魔力が減ったって言ってたから、てっきり」
モードさんが足を止めたので、わたしもストップする。モードさんは視線を落としてから、わたしをしっかりと見る。
「ティア、これから俺はお前の発言で、常識から外れていて不思議だと思うことは、そう言う。答えが欲しくて言うわけじゃない。何がおかしいと思われるのかを知ってくれ」
「はい、お願いします」
「じゃあ早速。ステータスが見られるとは思ってなかったのに、なんでステータスを知ってるんだ?」
「あーー」
確かに。ステータスというものを知っていることと、ボードを具現化させるのはセットで知っているべきことだ。ステータスボードでしかステータスは見られないのに、見たこともないわたしがステータスは知っている、これ如何に?
「見たことなかったのか? 教会で5歳の祝福受けてないのか?」
うんと神妙に首を縦に振る。モードさんは少し考えて。
「5歳になったら、教会で洗礼を受け真名を授かる。そして祝福を受ける。それによってステータスが見られるようになり、スキルもわかる」
「洗礼って?」
元の世界と同じ洗礼かしら?
「真名を授かることだが。意味合い的に言えば、住んでいる街などの教会に子供が生まれたのを報告することだな。保護者のつけた名前で5歳の子供がいますと初めて登録するんだ。祝福ってのは神官のスキルで、悪しき魔を払う呪まじないをかけてもらう」
「なんで5歳?」
生まれてすぐに登録しないの?
「赤子は死にやすいからな。5歳まで生きられれば、生きていける可能性がぐっと広がる」
壮絶。5歳ぐらいまで成長できれば、生きられるとみなされ、名前をつけて住人として登録できると。うわー。
「ものは試しだ。お前のばーちゃんが、お前の知らないうちに連れて行ってくれてるかもしれないからな。ステータスって言ってみろ」
「ステータス!」
びょん。わたしの目の前にステータスボードが現れた。ちょっと透けていて、ボードの向こうもなんとなく見える。
おお。
「出た」
これはちょっと感動だね!
「ちなみに、オープンまでつけると、他の人にも見えるから気をつけろ」
名前:ティア(5+$$) 人族
性別:女
レベル:1
職業:???
HP:38/38
MP:307/307
力:7
敏捷性:3
知性:79
精神:47
攻撃:7
防御:3
回避:3
幸運:97
スキル:言語マスター
生活魔法(火F・水F・風F・土F・光F・闇F・聖F・無SS)
鑑定
創造力
称号:管理人の憐れみ
うわー、ゲームみたい。能力を数値化できるなんて凄いな。どういう仕組みなんだろう?
でも、解説ないとコレわからない。
モードさんに見せるのはいいけど、なんか称号がちょっと嫌なんだけど。
わたし、神様に同情されてるの?
そういえば、あの時、わたしが生きていけるようには思えないって言ってたね。激しく同情かわれてたんだ。
なぜだか巻き込まれてかわいそうっていうテイストかと思っていたけど、巻き込まれについては同情してなかった気がする。ひょっとして、この数値は大きくなろうがあまり変わらないのかもしれない。これがそのままわたしのステータスで、それで生きていけると思えないって言われた気がする。ひと桁が多くない?
「モードさん。よくわからない。ステータスオープン」
「見ていいのか?」
頷くと、モードさんはかがんでわたしのボードに目を走らせた。頭が痛いというようにこめかみを押さえる。
「なに、そんなにダメ?」
「ひと桁は初めて見た。5歳のステータスっつったって、これはねぇ。レベル1ってなんだ? 最初は最低でも1年に1上がるはずだから5歳なら5なはずだぞ、5スタートなはずだ。1ってなんだ、1って。生まれたてなのか、お前は? 魔力はスゴイな。敏捷性、皆無じゃねーか。防御も回避も絶望的だな。スキルはツッコミどころ満載だ。お前、コレ絶対誰にも見られるなよ」
「変?」
見えるところに人は誰もいないのに、モードさんは声をひそめる。
「変っていうか。見たことも聞いたこともない。生活魔法7種、すべての属性持ってるやつ初めて見た。4つ持っていたら宮廷魔術師からスカウトがくるぐらい稀なことなんだぞ、でもFか。……それに8個目の無は聞いたことがない。コレがSSってお前何もんだって話だよ。で、お前誰に憐れまれてんだ?」
「この世界の神様?」
な、はず。
モードさんは無表情になる。突っ込まない方がいいと思ったようだ。
「あんま戦闘には向いてなさそうだな」
と総評がくる。
「生産職目指すから、それはいいんだ。ただ、採取は一人でもできるようになりたい」
「わかった」
とにかく動き出す前には、ステータスをチェックすることと念をおされた。そして再び歩き出す。
「わかってると思うけど、HPが0になったら死ぬんだからな。ステータスはすかさずチェックして、常にHPは満タンにしておけ。38なんて、恐ろしすぎだ。突風にでも吹かれたら死ぬんじゃないか? ポーションじゃダメだな。エクスポーションを常備しないとだ。アレはどこで手に入るんだっけかな。とにかくケチるなよ。死んだら終わりだかんな」
エクスポーションってポーションの仲間だよね、きっと。だったら作れるといいんだけど。
困るのはギルドに登録すると、ギルド側にはステータスがみられるとのことだった。
隠蔽できる何かを探らないとだ。ただ、登録は幸か不幸かまだ先のことなので、猶予はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます