第18話 保護者⑨花

 お医者さんが到着し、部屋からモードさんと医者以外を閉め出す。


 椅子に座ったおじいちゃん先生が、手首の何かを触って呟き、プレートみたいのを空中に出した。それをモードさんに見せる。


「私はこの街で医者をしております、ターナ・リブントンと申します。アルバーレンから領主を通して依頼を受けました。ある印が脚にあるかどうかみさせていただきます。ある理由のため、両足のズボンをまくっていただき、目視させていただきます。触れたりは致しません」


 モードさんは頷いて、ソファーに沈んでるわたしに説明する。


「このお医者様が足を見るって。触らないし痛くないからな、いいか?」


 わたしは頷く。


 モードさんがわたしのズボンの裾をまくりだす。クルクルとまくられて、短いぽてっとした足が晒される。その足を、おじいちゃん先生がチェックする。真剣な表情で一通り見て、にこりと笑う。


「最後に魔力残滓のチェックをさせていただいても?」


 王子はあの時、わたしに魔法をかけたのか? 不安がよぎる。


「痛いのヤ」


 とりあえず、子供ぶる。


「痛くないよ」


「怖いからヤ」


 くしょん。

 ズボンをまくっていたからか、くしゃみが出た。


「怖くないよ。風邪ひいちゃうから、さっさと済ませようね」


 神様、頼みますよ。神レベルの容姿替えですからね。魔力残滓なんてわかりませんよね。

 これが本当の神頼みだ。


 おじいちゃん先生が何かを唱え、……何も起こらなかった。


 モードさんがサササッとズボンの裾を下ろしてくれる。

 わたしを抱き上げ、部屋を出ようとする。


「すみません、騎士の方に伝えてきますので」


 おじいちゃん先生がドアを開けると、王子がすっと入ってきた。


「どうでしたか?」


「ホクロも魔力残滓もありません」


「協力はしたからな。俺たちは失礼する」


 モードさんにぴったりしがみついて、王子の方をなるべく見ないようにする。


「ご協力、ありがとうございます。お礼にお食事でもいかがですか?」


「結構だ」


「私は甥っ子さんを、誘っているんですよ」


 そう言って王子が少し屈んで、抱っこされているわたしと目の高さを合わせる。


「ニホンを知っている?」


「知あにゃい」


 まだ疑ってるのか?


「君は何歳?」


「さんしゃい」


 だったらいいのに。


「君、女の子だよね」


「おとこにょこでしゅ」


 なぜ嘘ばっかり言わせる。


「嘘つきだ。……ハナ?」


 嘘つき……ハナ? 

 花!?


「はにゃ??」


 え? わたしは抱っこしてくれているモードさんを見上げる。嘘をついたから? ホントに? わたし変わってる? 

 嘘でしょ? そんなバカなこと!

 ファンタジーだからって、そんなことまでありなの⁉︎

 でも、人を何かに変える、それは魔法の基本でありそうなことだ。


 自分の手や体、見えるところを見て、触ってみても、変わってないような気がするのに。わたし、花になっちゃったの? そんな馬鹿な!


 たまらずという感じで、モードさんが吹き出した。


「大丈夫、お前は花になってない。植物じゃない、人間だ」


 そのセリフに呆然としていると、目の端に涙を溜めて謝ってくる。口の端が上がっているので、笑うのを堪えてるのがまるわかりだ!


「悪かった。あれはそういう戒めがあってだな。話を盛っただけだ」


 なんですと? 


「人間でしゅ」


 恨みがましく王子を見る。めちゃくちゃ驚いたじゃないか。なんだよ、いきなり人を花だとか。


 クシャン。

 いいタイミングだ、わたし。


「お前さっきは咳してたし、風邪ひいたんじゃないか? すぐに休ませたいから失礼する」


 モードさんの肩に首を乗せた抱っこに変わる。モードさんが歩き出すとわたしは後ろの風景を見ることになる。王子を見るのは怖いので、目を瞑った。


 王子はなんで急に、嘘をつくと花になる戒めなんか持ち出したんだろう?

 子供を怯えさせようとして?


「にゃんで、嘘つきは花なんて急に言ったにょかな?」


「? お前にはそう聞こえたか? あいつの言った内容はあんまり意味はないんじゃないか? 試されてたんだ」


「試しゃれてたの?」


「やっぱ、お前、気づいてないのか。お前、今、何語話しているかわかってるか?」


 何語って日本語だけど。と言えないので口を噤む。


「大陸の公共語を話してる。あの騎士の最後の問いかけはゴート語だった。

 ゴート語の〝嘘〟は聞き取れたんだな。でも〝花〟ではないぞ。名詞だろう」


 名詞?


「ゴート語で聞いてきて、それに公共語で返した。最後、嘘つきと言われ、お前は〝花〟と聞き間違えて、迷信を信じて取り乱してたけれど。ゴート生まれが本当か探ってきたんだろう」


 あいつ、そんな罠を仕掛けてきてたのか。


「……宿屋のばーちゃん、あの人が話すのはデシュエルトの奥地訛りの言葉だった。俺だって危うかったのに、お前わかってんだもんな。だからデシュエルト出身なのかと思った。でもお前が話すのはきれいな公共語だし。ゴート語もわかるんだな。それなのに、どこの国の言葉って理解はない。お前、本当怪しいな」


 あ。

 わたしが親子に見えちゃったねとモードさんに言った時、変な感じだったのは、わたしが訛りの強いデシュエルト語も理解していたからだったんだ。

 いくつかの言語がわかっているのに、どこの言葉ってのはわかっていない……。


「だからって置いて行かない。心配するな」


 ぐりぐりと頭を撫でてくれる。力強くてちょっと痛いのに、不安がほどけていく。


 そうだったんだ。言葉の意味がわかるのはありがたいが、どこの国の言葉か違いがわからず理解しているのは、怪しまれる。


「おい、宿になんか大事なもん置いてきたか?」


 領主の屋敷を抜けると、モードさんが聞いてきた。


 わたしは首を横に振る。買ってもらった服や物などはアイテムボックスだし。荷物は元から少ない。っていうか貧乏性を発揮して身から離したら、荷物は全部アイテムボックスだ。


「前払いしているだけだから、このまま消えても問題ないだろう。なんかイヤな予感がするんだよな。名前も出してないし、この国からこのままズラかろうと思うんだが、お前、どうしたい?」


 この街からではなく、モードさんはこの国からと言った。なんてありがたい!


「モードしゃんと一緒がいい」


 ぎゅっと抱きつく。

 わかったという合図か、モードさんが背中をトントン叩いてくれる。


 ふと目をあけると、人混みに紛れて、騎士の格好をしている人が見える。あの様子はつけてきてるね。


「モードしゃん。つけりゃれてる」


「ちょっと走って、街から出る。人通りがなくなったら、キトラで飛ぶ。お前は目を瞑ってろ」


「わかっちゃ」


 目を瞑ろうとするより先にモードさんが横道に入ったと思ったら、跳んだ。屋根上に。

 騎士さんが裏道に入ってきて、見失ったと焦っている。左右に分かれて、騎士さんたちが走り出す。それを見送ってから、跳んで降りて、何かを唱えて早足で歩き出した。あっという間に門まで辿り着き、門をくぐり街から抜け出す。そしてさらにびっくりする速さで、モードさんは駆け出した。


 モードさん人間離れしてるよ。能力高すぎ!


 人が見当たらなくなると、モードさんは髪と瞳の色を元に戻し、指笛を吹いた。

 澄んだ音が響き渡ると、黄虎がどこからともなく現れた。

 ひと鳴きしてから、わたしの顔をベロンとする。わたしももふもふの毛並みに突進した。


「メリストのドーラに行きたい。ティアがいるから、安全にな」


 黄虎はもちろんというように、短く鳴いた。


 そういえば黄虎で飛ぶっていったけど、黄虎、空飛ぶの? 黄虎に乗るの? そんで空飛ぶんじゃないよね? それに黄虎は大きいけど、モードさんを乗せるほどではない。


 なんて思っているうちに黄虎がグーンと大きくなった。

 へ?

 そして翼が広がった。

 ええええええ?????

 どこに翼を収納していたの??

 すごい。すごい黄虎。すっごくきれい。神々しいっていうか。きっとコレが本来の姿なんだ。そっか、神獣だもんね!


 浮遊感。モードさんに抱き上げられ、そのまま黄虎に乗る。

 ふぁ、もうすでに高いんですけど。


「怖かったら、目を瞑っとけ」


 そうわたしに声をかけると、馬の腹を足で叩くみたいにして「はっ」と声を上げる。


 黄虎が飛び上がった!


 飛んだ。飛んでる‼︎ わたし、空を飛んでる!


「しゅごっ。黄とりゃしゅごっ‼︎」


 黄虎は嬉しそうに鳴いた。


 風がビュービュー言っているのに、荒ぶった風は感じないし、寒くもない。尋ねると、なんとモードさんの魔法でわたしも守られているらしい。


 モードさんも、すごっ!


 わたしは大興奮で『すごっ』を連発した。

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