第10話 保護者①大きな人
ぐぅー。いい匂いにお腹が反応する、その音で目が覚めた。
薄く目を開けると、黄色の虎の毛なみに包まれていた。もふもふに包まれて、幸せだ。手触りがいい上にあったかいのがまたいい! 顔ですりすりして堪能したい。わたしが起きたのがわかったらしく、顔をペロペロと舐められる。もう食べられるんじゃないかという恐怖はなかった。これ、あれだね、子猫とか子犬とか、そういう扱い。わたしは黄色の虎、略して
辺りは薄暗い。焚き木の爆ぜる音がして、そこだけ明るい。あたたかいのは黄虎の毛なみのおかげだけでなく、火の気があるからみたいだ。
ザッザと草を踏みしめる音がして。
いい匂いのするお椀を手にして屈み込んだのは、さっきわたしに剣を向けた大きな人だった。
「とりあえず、食え」
大きなスプーンも添えられている。
体を起こしながら、躊躇していると、わたしの手にお椀を持たせる。
あれ? わたしは服じゃなくて、大きなタオルでぐるぐる巻きにされている。
なんで? と思ったけれど、匂いの誘惑に負けて、わたしはお椀を口に持っていって、スープを啜った。
野菜とお肉の味がする。シンプルで優しい味。おいしい。
小さな手だとスプーンごとお椀を持つので精一杯で、操れそうにない。
わたしは夢中で汁だけを飲み干した。
大きな人は、わたしの手からお椀とスプーンを奪う。意地汚くもわたしの視線はお椀に釘付けだ。だってまだ野菜が残っている。大きな人はスプーンを動かして野菜を掬い、わたしの口の前に差し出した。わたしは口を開けて、スプーンを迎えにいった。大きなスプーンは口に入らなかったので、顔の角度を変えてなんとか野菜を口にする。
もぐもぐしていると、また口の前にスプーンがきたので口を開ける。今度はスプーンの先端に野菜があって食べやすかった。
すっかりお椀がからになると、わたしはお腹が随分落ち着いたことに気づいた。
「もっかい眠っとけ」
その言葉に誘導されたように、わたしは意識を手放した。
次に目を覚ました時、わたしはスープをくれた大きな人に、抱きかかえられた状態で横になっていた。
毛布の中、素っ裸で。幼児だから問題ないけどね!
大きな人のシャツ越しから聞こえる、トクトクいう心臓の音はものすごく安心できて、こっちの世界に来てから初めて安心して眠れた感がある。
剣を向けられたのに、スープを食べさせてもらったからか、心臓の音で安心したのか、怖いという思いは、どこかになりを潜めていた。
起こすべきではないと思って、動かないようにしたつもりなんだけど、彼は片目をうっすら開いた。
「ん? 起きたか?」
わたしは頷いた。
「体は平気か? 痛いとこないか?」
わたしはまた頷く。
大きな人が動くと隙間から冷たい空気が入ってくる。思わずぶるっとしてしまう。
彼は焦ったように尋ねてきた。
「あ、お前、排泄、おしっことか自分でできるか?」
「ひとり、できりゅ」
慌てて言うと、彼はホッとした顔をした。ぶるっとしたから、尿意を催したかと思ったんだろう。
「キトラが、お前がまだちっちゃいから、自分でできないんじゃないかって言うからさ」
黄虎、キトラっていうんだ。合ってた。見たまんまだ。
そしてこの人、黄虎とやっぱり話せるんだ。
そうか、黄虎にそんな心配をさせてたのね。実際、ジャーってしちゃってたしね。
うん、自分でできるよ。あれは体の機能を自分じゃ御せなくなるほど、黄虎に怯えたからなんだよ。
「服、乾いたと思う。ちょっと待て」
わたしだけを毛布でくるんで、焚き火の向こうに干されていたわたしの服を取りに行く。
まだ夜が明けたばかりのようで、静謐な空気が満ちている。
草の先には朝露をたゆわせ、陽が渡ってくるとあちこちでキラキラ輝いて、妖精でも生まれてきそうな神秘的な光景だった。多分昨日の草原だ。ここで野宿をしたみたいだ。
「そのなりじゃ害になりそうもないと判断しているが、お前魂と器が合ってないのは変だ。おかしな行動とったら、怪我じゃすまないからな」
そんな前置きの割には甲斐甲斐しく世話をしてくれて、朝ごはんもご馳走になる。お礼を言うと、剣を向けた詫びだと言った。小さな子に剣を向けるなんてと黄虎に怒られたそうだ。剣を向けたことは謝ったからなと念を押してくる。相当、黄虎が怒ってくれたんだな。今はいないけど、黄虎にあったらお礼言わなくちゃ。
「さて、お前、何者だ?」
今度は剣こそ突きつけられはしなかったけれど、彼は尋ねた。
「人間でしゅ。ちっちゃくにゃっちゃって、森で迷ってましゅた」
彼の表情は〝判断しかねる〟なのがありありとうかがえたけれど、言葉はみつからないみたいだ。
まぁ、当事者のわたしが一番わけわからずにいるんだから、許してほしい。
「うちゅわと魂があってにゃいって、どういう感じでしゅか? どんにゃ風に見えるんでしゅか?」
今後、会う人会う人に危険視されるなんて勘弁してほしい。
「お前をしっかり視ようとすると、ダブって見える感じだ」
「だゃぶって見えるんでしゅか」
わたしは自分の頬を両手で確かめる。普通に触れられるけど。あ、パーカー着ていたのに、黄虎はわかるけど、この人にはなんで見えたんだろう? ちっちゃくなって効力切れ? でも、アイテムボックスは大丈夫っぽいけどなぁ。
「あ、看破は俺のスキルだ」
「スキルでしゅか」
看破がどんなスキルかは知らないが、文字通りいろいろ看破するのを含むのだろう。よく視るとは本質を見抜くとかそんなところか。普通に目に入ったぐらいではダブって見えないんだよね? 良かった。これから出会う人みんなに、剣を突きつけられるのは避けられそうだ。
「小さくなった原因はわからないのか?」
神様のサービスの副作用? と思いながら首を傾げる。マイナス20歳の原因はわかっているけれど、幼児化までは謎で、嘘はついていない。確証はないけれど、魔素ってのが安定したら、そのマイナス20歳になれるんじゃないかと思う。そりゃ、器と魂違うわ。魂は40半ばですから! その看破のスキルのある人にはこれからも剣突きつけられるのかな? それは嫌だな。でもそれはまた、これからの話だ。
「キトラは近くで神気を感じ、行ってみたらお前がひとりでいたそうだ。近くには他に人の気配もなく、小さなお前ひとりでほっとけないから、俺のところに連れてきた」
「新規?」
「ああ、キトラは神獣だからな」
「黄とりゃ、神獣?」
彼は頷いた。
神獣だって。すっごい! ファンタジーきた!
「黄とりゃは?」
辺りには見当たらない。
「ああ、常に一緒にいるわけじゃないからな。そのうちまた来ると思うが」
そうなんだ。残念。神獣さまをもふり倒して、お礼を言いたいのに。
神獣ということは新規じゃなくて神気か。あれだね、解除だね、カード付きの。なるほど。
人類に会えて、お腹も満たされ、本当に助かった。で。はて、ここは?
「ここはどこでしゅか?」
「……レティシア国の国境付近だ」
レティシア国? ん? 知らない国名だ。元々この世界で知ってる国名は4つしかないんだけどね。隣接している国でないのは確かだ。なに、あの森、不思議の森だったの? 国、いくつか超えちゃったんじゃない? これはなかなかに都合がいい。
「お前はどっから来て、保護者がいないのはどういう理由だ?」
わたしはお湯を入れてもらっていたカップをじっと見た。時間稼ぎだ。こういう時に不自然じゃなくバックレる理由を探す。
魂と器が合ってないって言われたから小さくなったのはバラしたけれど、全部話すのは……疲れそうだ。大人にしてはこの世界の常識がないだろうから、子供の方が都合がいいかも。子供がさらに子供になり森で迷って、保護者がいなくても理にかなう設定。
「森にいまちた。おばーちゃんとくらちてまちた。おばーちゃんに、自分がいなきゅなったら、街に行くよう言われてまちた。だかあ、森から出ようとして、そしたらちっちゃくなっちゃって……黄とりゃに咥えられまちた」
大きな人は瞬きをした。
「かーちゃんとねーちゃんじゃないのか?」
?
何を言っているんだろう? わたしは見上げる。
その時初めて大きな人をちゃんと見た。
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