第9話 とんずら④解除
わたしは今、森で迷っている。動物や魔物や人にいつ会うかわからない。見えなくなるパーカーは獣人や動物魔物には見破られる。だとしたら、せめて獣人対策として違う姿になっている方がいいかもしれない。
今までいなかった者が唐突にポンと現れることになるのだから、どこででもリスクはある。言い訳はもちろん考えるが、不審者が現れた場合、報告をあげるのは国にだろう。この国で不審者になった場合、最悪王都の誰かの目に止まったり、時期的なことから関連付けされてしまう可能性があり、面倒だ。だから念のため他国に行ってから姿を変えようと思っていたのだが、背に腹は変えられない。
覚悟を決める。頬を両手で触る、おでこ、まぶた、鼻筋、口、顎。
底辺な容姿だけれど、慣れ親しんだ、わたしだ。よくわからないけど、出てきた言葉は「ありがとう」だった。
ここで、生きるために、変わる、ね。なんとなく向こうの親に詫びながら、わたしは言葉にした。そう、生きるためだ。わたしはまだ諦めたくない。
「解除」
ツンとした冷たい気が全身を駆け抜け、ふわりと温かな何かが巡る。
つむってしまっていたらしい目を、そっと開ける。
んん??
手のひらが………………、小さくない? ぷくっとしたちっちゃい子みたいな手。
顔をペタペタと触る。ふにふにしてる。
体を見る。ちっちゃい、全体的に。上を見上げればなんか木々がさらに高くなっている、気がする。
なんかごわごわした丈の長い上着に、ズボンをはき、同じように縮んだと思われるパーカーを着込んでいる。
足がちっちゃい。
えええええええええええ?????????
どういうこと? 姿変えるって姿が変わるだけじゃないの?
わたし人族、指定したよね?
ひらひらっと何かが落ちてきた。
透かし紙のような洒落たカードにアラビア語みたいな文字? と思った次の瞬間、なぜかそれが読めた。
『希望通り、地味で目立たない、人族にしておいた。
20歳ほど、若がえらせたぞ。
何をするにも歳だと気にしていたからな。
これはほんのサービスだ。
魔素を取り込めば、姿が安定するだろう。
よい時を過ごしてくれ』
カードにあった文字は、わたしが読み終えると使命を果たしたように、浮かび上がっていって消えた。
一瞬、呆然とした。
いやいやいやいや、若返らせてなんて言ってない!
っていうか、マイナス20歳どころじゃないでしょ、幼児だよ、これ。
若返ること自体は、いつかはありがたーく思うときがくるかもしれないけど、今はこの姿じゃその『いつか』まで生きていられると思えない。
魔素を取り込む? 魔素を取り込まないと姿が安定しないってこと?
今、安定してないの??
魔素を取り込むって何? どうやって? 魔素ってどこにあるの?
なんか、さっきっから、いや最初から? 選ぶことが、ことごとく悪い方に向かっている気がする。
せっかくの武器のパチンコも、今のわたしには大きくて使うのは難しい。
ポシェットは大きな鞄だ。ショルダーのヒモの部分は結んで調節できるけれど。
迷った森で、動物や魔物がいる森で、幼児が無事にいられるとは思えない。
非力な大人より、さらにマズイ状況では⁉︎
ひとまずポシェットの紐を調節して、パチンコも中に放り込む。ついでに文字の消えたカードも。それを斜めがけして。
重い。嘘でしょ。これが重いって、何、この体!?
その時、がさっと向こうの茂みで音がした。
虎? トラ? とら?????
黄色がかった、虎に似ている獣がいた。
思い切り目が合う。
今のわたしからすると見上げる大きさで。その獣はふっとい足で軽々と、飛ぶように……。
わたしは何もできなかった。武器の種類だとか何かを投げる方がいいのかとか、そんな心配をする必要は少しもなかった。逃げようと思うことすらできなかったのだから。
わたしは動けなかった。口を開けたまま、黄色い虎から目が離せずに。目の前にやって来るのをただ見ていた。
黄色い虎が口を開けた時に、牙が見えて。本能的な恐怖で心臓がぎゅっとなって、ジョーって音がして、ぎゅっと目を瞑って。
ザラザラしたあったかい濡れたものが、わたしの顔を行ったり来たりした。
目を開けると虎の顔ドアップで、ベロンベロンと顔を舐められている。
「ふ、ぶ、ぎゃ、ぎゃん、ぎゃーーーん、ぎゃーーぎゃーぎゃーーーーーん」
ちっちゃい子の、火のついたような泣き声は、わたしから出ていた。
何故か虎はオロオロとしているように見える。
今度は涙をふき取るように舐め上げて。そして親猫が子猫を運ぶかのように、わたしの後ろ首のところを器用に咥えて歩き出した。
パーカーの首のところを咥えられているので、首は苦しいし、息もしにくいし、体勢も苦しいんだけど、抗議の声で出せたのは
「やーーーー」
って赤ちゃんか。っていうか、ほんとに苦しい……。
そっか、活きの良い状態の餌を家族の元に運ぶのか。虎たちが囲んだ食卓のご飯となるわけだ。想像するだけで気がおかしくなりそうな先行きに、物理的にも目の前が真っ暗になる。
意識をなくしかけていたわたしは、優しく地面に置かれて気がついた。
生きてる。
地べたに寝転んだまま、目を開ける。
いつの間にか森からは脱出していて、草原のようなところだった。
「ガルル」
黄色の虎が短く鳴いて、呼ばれたかのようにその人は振り返った。
逆光でよく見えないけれど、大きな人だ。
「お前、どっから拾ってきた」
盛大なため息に、頭が痛いというように、こめかみを押さえている。
よく響く心地いい声で、怒りを含ませた言い方なのに、どこかあたたかい。
「がりゅりゅ」
「捨て子か?」
「りゅ」
黄色の虎と会話が成立しているかのようだ。
その人はわたしのお腹あたりを両手で持って持ち上げて、座らせてくれた。
そのまま見下ろしてくる。
「坊主、名前は?」
坊主? わたしのこと? わたしは視線を落とし、とんでもないことに気づく。
非常事態だったから、よくわからなくなっていたんだけど、なんか冷たいと思っていたのだ。
半端なくびびったからな。幼児になっているとはいえ、こんな歳でまさかの……。
「喋れないのか? おい、話していることはわかるか?」
大きな人は腰を落として、目の高さを合わせようとしてくれる。
「しゃべりぇる」
う、うまく喋れない。そして声が高い。
「名前は? いくつだ? 親はどうした?」
「……ティア。年はわからにゃい。親はいましぇん」
「ディアンか」
ディアン? 以前ゲームをした時のキャラクターの名前にしてみたのだが、発音が悪かったのか、勝手に変換されている。
まぁ、なんでもいいや。
彼は一瞬後ろを向いて、振り返ると同時にわたしに剣を突きつけた。
「ディアン、お前、何者だ?」
キラリと光った剣先が目の前に!
向こうでは今まで40年以上生きてきて、気絶なんてしたことなかったのに。この世界にきてたった3日で2回目の気絶を経験していた。
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