第2話 召喚先②初、創造力

 1時間ぐらいたっただろうか。ドアがノックされ、メイドさんらしき人々が軽食と飲み物を持ってきた。給仕も断ったのに、なぜか後ろにいる。


 お腹が空いているような気もするが、状況的に喉へ通っていかない気もする。

 でもいざという時動けなくても困るし。無理矢理にでも食べるかとテーブルにつく。念のため心の中で『鑑定』と唱えた。

 すると、全ての食べ物に何かしら入っている。

 たとえば水。『眠くなる水:飲むと意識を奪われる』と出てくる。

 意識を奪って何をする気だ?

 わたしはフォークを持った手を下ろし、テーブルに置いた。


「いかがされました?」


「気が高ぶっていて、今は食べられそうにありません。あとでいただきます」


 わたしは椅子から立ち上がる。


「ヤマダハナコさま。殿下がお呼びです。お食事が終わりましたら、湯浴みをして身なりを整えていただき、お連れしたいのですが」


 本名は多分わかっているのだが、こちらで名を聞かれ、ヤマダハナコと名乗っておいた。

 昔よく目にした名前だ。銀行とか役所とかで記入例に出てくる。男性の名前は山田太郎、とか鈴木一朗をよく見かけたな。女性は山田花子。そういうことの方が、ふと思い出せるから笑える。


 魔法のある世界だから、本名を言って縛られたら嫌だなと思った。これも名前を思い出そうとしたら、小説の一節を思い出したんだよね、真名で従わせる禁呪をかけるってやつ。聖女ちゃん、言っちゃってたみたいだけど。

 本名はきちんと思い出せた訳ではない。ふと浮かぶ光景や、シーン。聞こえたこと、言ったこと。それらをつなぎ合わせて、それがきっと名前だろうと思い当たったのだが。まぁ、ここでは口にする必要はないのだろう。


 っていうかさー。王子が呼んでて。眠らせて。何がしたいわけ? ほんとに。

 呼び出しは第一王子の方だろうな。何で呼ばれたのか聞いても、殿下から聞いてください、で全くわからないし。

 出ていけ、なら呼び出す必要ないよね? まさか殺されたりとか? あり得なくは、ないか。手をきつく握りしめていた。爪が食い込んでいて、地味に痛い。


 はぁ。この世界に来て2時間ぐらいしか経っていないだろうに、精神も身体もクタクタに疲れきっていた。だから、とりあえずお風呂はありがたい。もしこれで神様から話を聞いてなかったら、わけがわからなすぎて不安でおかしくなっていたかもしれない。

 身体を洗ったりなんだりを手伝うというのを本気で断り、使い方だけ教えてもらって、お風呂に入る。

 こちらの世界ではほとんどのものは魔力で動く道具『魔道具』で動いているそうで、魔力か魔石で魔力を注ぎ、道具を使うそうだ。

 わたしは魔法がない世界から来たと伝え、魔石を借りた。魔力がないとは言っていないから、嘘はついていない。魔石は淡いピンク色の、手で軽く握れるほどの大きさの石のように見えた。


 脱衣所でひとりになると、『創造力』でアイテムボックスもどきを作ることにした。なんとなく身から離したものは、取り上げられそうな気がしたから。

 腰に巻きつけていた赤いブランケットで、『箱』を折る。よく広告紙で作っていた。簡易ゴミ入れにぴったりなのだ。布なのでへろへろしていて、ボックスにはならないけれど、イメージしやすくなるだろう。

 さぁ、うまくできるかな。


 イメージ。

 ……イメージ? アイテムボックスのイメージって何? 『ボックス』としか思いついてなかった。アイテムボックス、便利だなぁ、本当にあればいいのにとは思っていたのよ。別空間に荷物を置けて、取り出せて。イメージというか、わたしは言葉にする方が強く思える。うん、定義ならできそう。


 へろへろ布のボックスがしゃんとたった、箱のイメージで定義する。

・わたししか開けられない、別空間にある箱である。

・わたしが思うだけでいつでも出し入れできる。誰からもこのボックスは見えない。

・ボックスの中は時間の干渉を受けない。

・びっくりするぐらい容量が大きい。ん? ええと、びっくりするぐらいとは、7階建マンションひとつ、じゃなくて3つ分!

 なんか中途半端じゃない? 他に大きなものを想像できなかったのかと眉をひそめてしまうが、思いつかなかったのである。多分7階建マンションは、住んでいたところだな。怪しい記憶でも、『大きい』から慣れ親しんだものを連想したに違いない。でも、3つって何? 慎ましやかすぎる。ちっちゃいな、自分。

 つむっていた目を開けると、ブランケットのボックスは見えなくなっていた。

 成功?

 脱いだルームシューズをボックスにしまってみる。わたしの目の前には見えない透明の箱があった。シューズは入れた瞬間に、わたしの目にも見えなくなる。

 シューズを出す。そう思ってみると、手にはシューズがあった。

 成功。

 おお。わたし、凄い! ははは、スキルが凄いわけだけど。今ぐらい、自分を褒めたっていいよね? しみったれていても、ん?、マンション3つって大きいよね、うん。成功は成功!

 わたしは脱いだものをボックスにしまいこみ、ぶるっと震えてから、お風呂に入った。



 タオルで体を拭いて、用意されていた着替えを着込んで出ていくと、着方を間違えていたみたいで、メイドさんに直された。

 長袖のダボっとかぶるタイプの薄いワンピースに、チュニックみたいな半袖の毛皮を上から着込むもの。紐がいくつかぶら下がっていたので作務衣のように結んでみたが、結び方が違ったらしい。

 下着については、かーなーりー喜ばしくない。とにかく不安定。手触りはいいのだが、絶望的に意味のない下着には適さないだろうと思えるものだった。こっちの下着ってこんなんなの? 仕方ないので、ボックスから着ていたものを取り出して、また着た。

 洋服は薄い生地なのに、なぜかとても暖かかった。柔らかい皮っぽいものでできた靴は裸足で履いても痛くなく、そして寒くもなかった。

 わたしが見かけたのは騎士っぽい格好、魔術師、神官、王子、メイドさんだったので、一般人の格好は知らないのだけれど、王子に呼ばれたのになんとなくこの格好はラフすぎる気がした。

 ゴッテゴテのドレス出されても着ないけどね。っていうかわたしの着られるサイズのドレスはないと思う。

 身分の高い王族に、こんな格好で謁見して本当にいいわけ?


 濡れた髪の毛は魔法だろう、一瞬で乾かしてくれて、サイドの一房を編み込みヘアバンド代わりにし、あとは下ろしている。ピンやゴムも使わずに、どんな技が使われたのか、全くわからない。器用だな。

 化粧をしてくれるというのは断った。王宮で悪いものを使っているとは思わないけど、乾燥肌だから合わないの使うととんでもないことになる。この状況に痛みやカユミがプラスされたら、ストレス過多すぎる。


 なんてことを考えているうちに、両開きの扉の前に着く。


「ヤマダハナコさま、中へどうぞ」


 扉の前は騎士さんが守っていて、扉を開けてくれる。

 中は20畳ぐらいはありそうな、広い部屋だった。

 入った正面には、窓がいくつかあり、陽の光が遠慮なく入り込んでいる。明るさで昼ぐらいかとあたりをつける。爽やかな、ほのかにいい香りがした。

 右側には広い机に、豪華な調度品。

 左側は広めのテーブルと椅子、奥には天蓋付きのベッドらしきものがある。

 これってひょっとして王子の私室とかなんじゃないの?

 いや、わたしはてっきり、王子と会うといって、応接室か仕事部屋に呼ばれるんだと思っていた。

 回れ右をして出ようと思ったけれども、無慈悲にも扉は閉じられた。


 奥から現れたのは、キラキラ王子その2、召喚の元凶の第一王子だった。着ているのは白いバスローブに見える。

 明るいけど昼じゃないのかな? わたしが王子に会わせられるのに、こ綺麗さを求められるのはわかるが、昼間っからなぜに風呂に入ったんだろう? 汗かいた? あ、バスローブじゃなくて部屋着か?

 胸元が大きく開いていて、引き締まった筋肉を惜しげも無く晒している。これが俗に言う細マッチョっていうやつか。


「何も口にしないと聞いたが?」


「食べたくなかったので」


 盛った薬に気づいて食べなかったのか、の確認だろうか?

 王子は一呼吸置いてから、椅子にわたしを促した。


「すぐにお暇するので結構です」


 そう告げると、彼は目を細めた。

 座るぐらい座ればよかったのかもしれない。威圧感がすごく、怖すぎて心臓はバックンバックンしてくるし、手とかも震えそうになる。美形って凶器になるわ、これ。

 でも口から出てしまった言葉は、もう戻せない。

 それに元凶に屈したくはない。


 王子は言った。


「君は聖女召喚に何の力もないのに、おまけで付いてきたようだな。君の面倒をみる義務はないのだが、慈悲深い聖女が君を欲するから、聖女の侍女としておいてやろう」


 はぁ? どこまで腐ってるの、この王子?

 責任者からの説明がやっとかよと思ったら、それかい。


「結構です」

「感謝するがよい」


 言葉が被って、王子が鼻で笑った。


「何の力もないくせに、我が国の庇護なくしてやっていけると思うのか?」


「やっていけなくても、庇護されるよりマシです」


 すっと王子の周りの温度が下がった気がした。

 いらぬこと言った?


「お暇します。さっきからそう言ってるのに、引き止められて閉じ込められたんです。それでは失礼します」


 一気に言って、扉に手を伸ばしたのに、片方の腕をとられる。


「話は終わっていない」


 絶対零度だ。


「なにが不服だ?」


 この世界に来たことから、今のあんたの発言まで全部だよ、と言えたら、少しは溜飲を下げられただろうか?


「まぁ、いい。君の意見は関係ない。君は聖女の侍女になる、これは決定事項だ。頭が悪いな、私に逆らうのか? これは先が思いやられるなぁ。君にまず教えなきゃいけないな、誰があるじなのかを」


 王子の碧い色の瞳が暗さを増す。

 逃げ出したくなる。わたしは部屋から出ようと振り返ったのに、手を引っ張られる。

 そのまま椅子に座らせられた。


「本当に頭が悪いな。聖女以外保護する義務はない。あの場にいたのは貴族だぞ。皆の前で憤ったそうじゃないか。君の命に保証はない。消されるぞ?」


 消される? 消すぞの間違いでしょ? まるで自分にはその意思がないような言い方だ。

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