第1章 居場所を求めて

第1話 召喚先①スルーするにもほどがある

 はい、落ちました。

 地面にぶつけた半身が痛い! 

 神様、切実に着地にも配慮して欲しかった。


「成功だ!」

「聖女様が召喚された」

「え?」

「2人?」


と声が聞こえる。


 言葉が聞こえ理解もできる。わたしは少し安心した。上半身だけ起こして、座ったまま周りを見渡す。

 石造りの神殿みたいなところだ。手をついているところに、白い何かで魔法陣みたいなものが描かれている。


 これでやりやがったのか。


 体格のいい騎士っぽい格好をした人たち。ローブを着た魔術師っぽい人たち。十字をあしらった背の高い帽子を被った神官職っぽい人たち。映画か、ファンタジー小説の挿絵みたい。

 鑑定、と座り込んだまま心の中で呟く。まるでグラフ図の、内訳の説明をするかのような罫線が、魔法陣から引っ張り出され、『魔法陣:異界の聖女を呼び出すためのもの』と注釈が出る。

 おお、鑑定できた。神様、ありがとう。鑑定はこういうふうに出るのか。


「なんなの?」


 後ろから聞こえた、思わず漏れてしまったような呟き。

 首だけ振り返ると、美少女がいた。ツヤサラの何色って言うんだろう、ピンクがかったブロンド?なロングヘアーに、ちっちゃい顔。

 制服を着ているんだけど、えらくデザイン性がある。学校のと言うより、アイドルが着ている衣装寄りだ。

 神秘的な紫がかった濡れたような瞳に、ぷるんとしたピンク色の唇。

 人としてあり得ないくらい可愛いけれど、なぜか同郷な気がした。

 あまりの出来事に呆然としていても、美少女は損なわれない。地べたに愕然と座り込んでいても。

 

「どれ、聖女とやらの顔をみてやろう」


 ファンタジーの住人たちの後ろの方から20前後とおぼしきキラキラした男性がやってくる。

 わたしをみつけた瞳は、細くなり、暴言を吐いた。


「これが聖女か? 見てくれも悪い、脂ののったババァじゃないか」


「王子様、聖女様になんてことをおっしゃるんですか」


 周りの取り巻きがいさめようとしてみたが、王子は振り切ってさらに歩みを進め、わたしの後ろの美少女を発見する。


「聖女はこちらか! 聖女さま、失礼いたしました。ようこそ、アルバーレンへ。この国の第二王子、ロダンと申します。聖女さま、お名前を教えていただけますか?」


 跪かれ、手を差し出されて、美少女は頬を染めて王子の手に、手をのせる。


「……宮前みやまえひなです」


 みやまえ……MIYAMAE? 唐突に頭の中にローマ字で書かれた何かが見えた気がして、でもすぐに霧散した。


「ミヤマエヒナさまですね。ここは寒いですから、あちらでゆっくりと……」


 実に優雅に美少女の手を自分の腕にかけて、スマートに歩き出そうとしたところに声がかかる。


「ロダン、何をしている」


 キラキラその2が現れた。その1はちょっとやんちゃ感がある美青年で、その2はもう少し年上に見える。とにかく造形が美しく、冷たい感じがするけれど、華やかさもあった。ふたりとも輝きを生み出しているような金髪に、碧い色の瞳。パッと見はタイプが違う美形で、似ていないけれども同じ王族だろう。王子を呼び捨てにするのだから。


 ロダン王子は不服そうな顔をして口を開く。


「義兄上がエスコートをされないから、わたくしが代わりをかってでたのですよ」


「この件にはかかわらないよう、陛下や継母上ははうえから言葉があったはずだが?」


 ロダン王子の顔が曇る。

 その2はわたしを少し見て、その1と同じように目を細め、短く息を吐く。

 美少女ちゃんに向けて礼をとる。片手は胸にもう一方を腰の後ろに置き、目礼する。洗練されているだろう所作しょさって、初めて見るものにも感動を与えるんだね。


「第一王子、カイルと申します。この召喚の儀の責任者です。場所を移してご説明いたします。ロダン、朝露の間にご案内しろ」


 王子は嬉しそうな顔をして、聖女ちゃんをエスコートして出て行ってしまった。

 キラキラその2、第一王子のカイルが、この馬鹿げた騒動の責任者ってわけね。

 自分の中のどす黒い何かが沸き立つ。


「エルヴィック、最後の術の写しをここへ!」


 けれども、その2もわたしには一言もなく、苛立ちのこもった恐ろしい声音をあげ、奥へと歩いていってしまった。


 ………………………………。

 責任者、放ったらかしのままいなくなるなよ。仕方がないから残っている人にこちらから話しかけることにする。出方を待っていようと思ったのだけど、石の上は冷たいのだ。このままでは体が冷えてしまう。ババァに冷えは大敵なのだ。


 冷えで思い出したが、わたしはなんつー格好をしているんだ! 

 思い出そうとして浮かんだビジョンが帰りの電車に乗り込む所だったので、そこらへんでこんな馬鹿げたことに巻き込まれたのかと思ったけれど、それは違っていた。


 ルームウェアーの上下に裏地がファーのパーカー。もこもこ膝上靴下にルームシューズ。赤い地色に白い雪の結晶の模様を散らしたブランケットを、お腹から下に巻きつけている。髪の毛は上でひとつにまとめているはずだ。

 これはわたしの、冬の完全防寒対策をした部屋でのくつろいだ格好だ。もちろん外に出ない、人に見られないのが必須条件の部屋着である。重複するけど、断じて人に見せるべき格好ではない。部屋でくつろいでいるときに、こんなことに巻き込まれたのだろう。


「召喚っておっしゃいました? わたしは皆様が望んでいるものとは違うと思いますので、元の場所へ帰していただけます?」


 高くもなく、低くもなく、普通の声音で威圧もかけず、わたしは淡々と願いを述べた。

 最初に反応したのは魔術師っぽい格好の人だった。

 全体にだけど、ここの人たち顔面偏差値、高い。見るぶんにはいいものだが、こんなことに巻き込んだ元凶の国の人だと思うとそれさえもイラっとする材料だ。


「聖女様は、我らが呼びかけに応えてくださったのです」

「聖女様のお力を鑑定させていただきたくございます」


 後ろから神官職っぽい人が、顔を伏せたまま寄ってくる。

 片手を出して何か呟く。瞳孔が青みを増したように見えた。彼はよろける。


「聖女様ではない」


 ニヤリとしていないといいのだけれど。


「ほら、証明されたようですし、元のところへ帰してください」


 我慢強くグダグダ修飾語をつけまくられた話を聞くと、結果はやはり、まぐれ当たりの召喚で、帰す方法はないらしい。


「なら、喚ぶな」


 低い声で言ってやると、皆が一歩下がる。

 神様情報だと、浄化が必要なほどの瘴気ではないということなのに、何が望みなんだろう。浄化の力があると頼み込み、もてはやし、おだて上げ、囲みこむつもりなのだろうか? まあ、いい。この国の事情なんか知らない。

 わたしは怒りを収められずにいる。

 帰してもらえないなら、ここにいる必要もないので出て行く旨を告げると、必死に止められた。神殿っぽいところから出て、廊下を長く歩いた先の、広い部屋に閉じ込められる。


 どうやって逃げ出そう。転移の何かを作ったとして魔法が使えるとわかって価値を見い出されても困るし。

 生活魔法っていうのがあるぐらいだから、少しはみんな魔力を持ってるものなんだよね?

 情報知りたいけど、ここの人とは話したくない。大嫌いなままがいいから。

 そう、人ってのは厄介なもので、かかわると大なり小なり情を持ってしまう生き物なのだ。


 トップがろくでもない国だからといって、国民もろくでもないというわけではないのはわかっている。けれどそんなトップが治める国、わたしはごめんだ。だから、この国に情をひとつも持ちたくなかった。

 とにかくここを出られれば、目立つことなく、なんか生きていける気がする。

 けれど今は、わたしの常識だけで何かしちゃうと、そこから足がつく気がする。

 聖女ちゃんのことは気にかかるけれど、どうにもできないしなぁ。

 呼び出したんだから、きっと大切にするはず。

 それに、聖女ちゃんも神様からの狭間喚び出しがあったはずだ。


 後から思えば、わたしはここでためらうべきではなかったのだ。できるかできないかなんて二の次で、とにかく思いついたことをかたっぱしからやってみてでも、ここから離れるべきだった。

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