召喚に巻き込まれましたが、せっかくなので異世界を楽しみたいと思います
seo
序章
第0話 白い狭間のプロローグ
そこは、ひたすら白い空間だった。
天も地も、左右も、見えるものが全て白く、そして遥か遠くまで何もないことを物語っている。いや、もしかしたらそれはただの目の錯覚で、わたしはすぐ近くにある白い壁に囲まれているだけなのかもしれない。
何? 何なの? ここどこ? 何があった?
自身を抱きしめるようにしていた。
自分にだけ色があって、それが拠り所だ。
が、服の色はまた白く、ノースリーブのワンピースを着ているっぽい。
ありえない!
わたしはノースリーブなんか絶対着ない。なぜなら見せられる二の腕ではないからだ。それに歳が歳だからね。
って、具体的にいくつだと思い出そうとすると、なんとも奇妙な感覚のまま、思い出せない。
いや、それより何があったんだっけ?
えっと、仕事を終えて、電車で帰れたんだっけ? そう、終電じゃなくて、いっこ前のに乗れて……。
一瞬、スーツの集団(ちなみにお酒臭かった)の後ろに乗り込んだ絵面が見えた気がしたけれど、すぐにあやふやになり霧散した。
え? やだ、本当に思い出せない。何これ?
「再築が始まってるようだ、早いな」
目の前に惚けて目が離せなくなるくらいの美丈夫がいた。どっから湧いて出た?? 今まで何もなかったのに急に『人』が湧いて出たのだ。『人』かどうかはわからない。神話に出てくる神様のような格好をしていて、めちゃくちゃ綺麗だ。外国のモデルのような容姿で、彫りの深い大層なイケメンだった。
その人はわたしに向かって片手をあげた。見えなかったけれども〝何か〟がわたしに降りかかったのを感じる。
「それ以上、記憶が飛ばないようにした」
美しすぎる無愛想な男性は、先ほどと同じく流暢な日本語で言った。
「……あの、ここは?」
パニックになりかけているのを押さえ込みながら、現状把握を試みる。
「狭間だ」
説明が続くかと希望的観測をして待ってみたが、それ以上の言葉はない。無愛想なのは見た目だけではないみたい。
「あなたはどちらさまで?」
「俺は管理者だ」
「……わたしは何故、ここにいるのでしょうか?」
「俺の世界のものが、……召喚した。そんなバカなことをする奴がまた現れるとは。見逃してしまった俺のミスだ。申し訳ない。できる限りのことをしようと思って、ここに喚んだ」
世界のもの? 召喚? 果てしなく嫌な予感しかしない。出てくる単語が、読んだことのある小説のようだ。
「あの戻していただきたいのですが」
「悪いが俺にはどうしようもない」
召喚したのはこの人じゃないから?
「わたしを召喚した人なら、戻せますか?」
「いや、召喚できたこと自体が奇跡だし。奴らは戻すことなどハナから考えていないだろう」
そんなところで奇跡を使って欲しくない。
「それとだな、正確に言うと、お前さんが召喚されたわけじゃないんだ」
はい?
「この世界には魔物が活性化される瘴気がある。その瘴気を浄化できるものを聖女と呼び、聖女はこの世界では生まれない。よって異世界からの召喚が行われ、応えた個体がいた。あんたはその座標のひとつに重なっていたみたいで引っ掛かったようだ」
どこかで聞いたことがあるような。そんな小説を読んだ気がする。巻き込まれ召喚ってやつ?
「お前さんはお前さんのいた世界の輪廻から外れた状態だ。こっちの世界に定着しないと、消滅することになる」
噛み締めている唇がワナワナしてきた。感情に任せて不平不満を撒き散らしたくなるのを、ぐっと力を入れて堪える。
「そんなに瘴気がまずい状態なんですか?」
聖女を召喚しなくちゃならないくらいに? どうしようもなくて助けを求めた?
管理者さんの表情がさらに曇った。
「今は別段、瘴気が溢れて瀕しているわけでもない。……権力を自分のものにしたくてやってみたら成功した感じだ」
なんだそりゃ。
管理者さんの表情が曇ったのも納得だ。くだらない見栄のために、わたしの人生は寸断されたのだから。
「その、どうしょもない世界に定着しなければ、わたしは消滅、なんですね?」
管理者、恐らく神様か神様に近い、人と違い、はるか上の存在なのだろう。
八つ当たりチックなのも多少自覚はあるものの、嫌みたらしくならずにはいられない。
「その通りだ。そうだな、お前さんの世界では俺は神と呼ばれるものだな。それから鼻息では消滅させられん」
心の声、ダダ漏れだね。
「強く思ったことだけしかわからん」
……。
ダダ漏れは
消滅かぁ。
「どんな世界ですか?」
「どんな?」
「瘴気があって、魔物がいるんでしたっけ? 召喚ってことは魔法があったり?」
「ああ。中世的な、お前さんの世界のいうところの、剣と魔法のファンタジーの世界だな」
終わった。わたしは両手で頭を抱えた。
「消滅を免れても、生きていける気がしません」
「……あんたは巻き込まれただけなのに、俺にも生きていけるようには見えないから、新たな世界での力を3つ授けよう。それ以外に言語、読み書きは困らないようにする。生活魔法の基本もだな。新たな世界で好きなように生きるといい」
有難いとほんの少し思いながらも、簡単に言ってくれると、口が尖っているんじゃないかと思う。
無茶振りだと思ってしまうけれども、この神様にそう思うのはお門違いだろう。
消滅には……抵抗がある。でも、こんなに何もできないわたしが生きていけるものなのか。
そういえばわたしは召喚に巻き込まれたはずだ、馬鹿どもの。
「その世界で生きていくとして、召喚先と違うところに行くことはできますか?」
神様は、腕を組む。
「召喚だからな、巻き込まれたと言っても、召喚先でしか魂は定着しない」
そこに行かなきゃならないのは避けられないのか。どうしたら、そこから逃げられるだろう?
「巻き込まれだから、すぐに放り出してくれますかね?」
「……どんなものだったとしても手放すまい。いずれどう役に立ったり、害になるかわからないから、手の内で監視されるだろう」
「授けてくださる3つの力で、逃げ出せますかね?」
「知恵と力とタイミング、お前さん次第だな」
知恵も力もタイミングもめちゃくちゃ自信ない。でも、顔を上げて生きるって決めているから。それが約束だから。
約束? なんだっけ?
いや、今それよりも、3つの力だ。
言葉とよくわからないが生活魔法はくれると言った。それだけでも十分恵まれているはずだ。
聖女でないのも、巻き込まれた点では、おまけでこんな被害なんて冗談ではないと怒りたくなるが、心から聖女なんて重要人物でなくてよかったと思う。こんな歳食ってからやってらんない。
気持ちを入れ替えようと、大きく息を吐き出して、吸い込む。
悲観するのは後からでもできる。今はこれからのことを考えて、最大限に良い力を授かって、できるだけのことをしなくては。
自分の記憶が不思議だ。思い出そうとすると霧でもかかっているかのように思い出せない。けれども、『わたし』はわたしの中に確実に存在し確立している。そして、ふとしたことや、キーワードから絵面や考えが浮かんだりするのだ。
そう、わたしはこんな状態に陥った人の、活躍したり、しなかったりする人の物語が好きで読んだ。ありえないと思いながら、欲しい能力はなんだろうと考えたことがある!
わたしがいいなと思ったのが、「鑑定」「アイテムボックス」「錬金術」だ。
でも、どうしてもひとつ、お願いしたいことがあるから、2つに絞らなくちゃ。錬金術でアイテムボックスを作れないかな? でもなんとなくアイテムボックスって空間魔法とか、イベントリ? ストレージ? クラウド? の領域? あれは作れるものじゃないのか。そうすると錬金術っていう固定したものにしない方がいいね。
そう、考えたものを作り上げられる能力とか、創造魔法とかになるのかな? 見た目は錬金術っぽくがいいんだけど(まぁ、それは単にわたしが形からはいりたいだけなんだけど)。
ポーション作りよね、やっぱり。中世ぐらいの感じなら怪我した時が一番怖い、まさに命取りだ。ポーションがあれば安心できるものね。売って生活費にできるし。アイテムボックスなんかも作れちゃったりしたら、大量に運べるから一番便利で、そしたら生きていけるよね。ひとりでも。
方針は決まった。あとはお願いを聞いてもらえるかと、逃げ出す算段だな。
「……容姿は、希望があるか?」
「え? 容姿、変えられるんですか?」
「種族は、人族、エルフ、ドワーフ、獣人あたりならいいぞ」
「人族以外、いるんですね」
本当にファンタジーだ。
「竜人もいいかもしれん、寿命が長いしな。同族意識が強いから仲間にみつかると空の城に連れていかれるが、それでよければ」
いや、空の城って。響きは憧れるけれど、……地面で暮らしたい気がする。
「人族でとにかく目立たないのがいいです。記憶に残りにくい、思い出しにくい、地味な人にしてください。あっ、それって時間差でとかお願いできます?」
「時間差?」
神様の目が少しだけ見開いた。
「例えば『解除』と言ったら、その新しい容姿になれるとか。召喚先から逃げ出してから容姿を変えられれば逃げやすいと思いまして」
「……まぁ、いいだろう」
やったー! 言ってみるもんだ。
「それで願いとはなんだ」
ああ、ダダ漏れですね……。
「しっかりと思い出せてはいないんですが、わたしは母と二人暮らしをしていたような気がするんです」
あとは姉がいた。おねーちゃんは結婚して家を出ていて、甥っ子がいたはずだ。初めてのご対面でちっちゃなぷくぷくの握りしめた手に小指を滑り込ませて、『これからよろしくね』と挨拶した。そんな絵面が浮かんでは消えた。
母と一緒にずっといるはずだったのに、ひとりぼっちにしてしまった。
これからの母のこと全部を、姉に丸投げしてしまった。
「母がこれから慎ましやかでも穏やかで良い人生を送れるように、姉の家族も幸せであるように。わたしに授けてくれる力のひとつで、それをお願いできませんか?」
「……責任を持って、元の世界の管理者に頼んでおく」
よかった。これでちょっと心が軽くなった。
「それと、『鑑定』と『考えたものを創り出す創造力』だったか?」
わたしはこくこくと頷いた。
考えが読めるって便利だなぁ。
「お前は面白いな。今しか干渉できないのが少し残念だ」
調子に乗って、身の丈に合わない欲求すぎたからかしら。
だけどね、ファンタジー世界に憧れはあるけれど、わたし、冒険、剣、絶対無理だと思うのよ。
運動能力が皆無だ。ダンジョンとかあるなら、ちょっと見てみたい気はするけど、戦うのも無理だろうし、無敵ヒーローになれる能力を授けてもらったとしても、心がやられてしまうと思う。魔法無敵もしかり。憧れるけれど、性格で向いてない、きっと。歳も歳だしね。
だからね、生産職がいいと思って。作って売って、稼いで、静かに暮らすんだ。新しい世界に紛れてね。
「考えたものを作り出すといっても、全ては許容できない。世界を破滅に導くようなものは、弾かれるだろう」
そんな恐ろしいものを作る気はないけれど。
「錬金術にするとお前が言うアイテムボックスは作れないだろう。作り出すための素材がまず手に入らない。お前はイメージが得意か?」
わたしは首を横に振った。
「今まで見知ったものは思い浮かべられると思います」
「お前が強く思い浮かべたものに近いものを創り出せるスキルにしよう」
スキル。聞いたことある。ますますあれらの小説の世界っぽい。
「ただし、素材自体は作り出すことができない。無理のないところの掛け合わせで新しいアイテムが作れる、と言うものだ」
イケメン神様は、誰もが魅了されてしまいそうな笑みを浮かべた。
「解除といえば、容姿が変わるからな。新しい人生を、楽しんでもらえたら嬉しく思う」
「ひどいことも言いましたが、いろいろ融通をきかせてくださってありがとうございます。感謝します」
神様はふっと微笑んだ。イケメン度、スゴイ。破壊力、すごい。
見とれているうちに、わたしを構成している物質がひとつ、またひとつと消えてゆき。
恐ろしく思う間もなく、わたしは落ちた。
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