第3話 召喚先③王子

「聖女にはやってもらうべきことがある。その報酬として、この世界で不都合なく生きられるよう尽力するつもりだ。でも君は巻き込まれただけ。不運だとは思うが」


 不運? それだけで片付けるわけ? わたしの今までと、これからを?


「あんたが召喚なんてことをしなければ、わたしは巻き込まれることはなかった! それを不運ですって? 立派な人災じゃない!」


 少し瞳を見開いた、驚いたような顔が絵になるのも、また腹立たしい!


「……なるほどな」


 ?


「魔王は静かに怒っていたのだな」


 はい? 魔王? 何?


「君と似て……いや似ても似つかぬが、黒髪と黒い瞳が同じだからか」


 なんかボソボソ呟いている。

 

 そういえば、この人はわたしが鑑定される前から聖女じゃないとわかっていたようだ。聖女ちゃんにはちゃんと説明するといい、わたし放置だったからね。なんでわかったんだろう?


「そうだな、確かに巻き込んだのは私だな。よし、一生面倒をみよう」


 ? 

 言うことが170度ぐらい変わった。『仕方なくおいてやる』が、積極的に『面倒みる』になった。


「結構です」


 考えがコロッと変わるなんて、この人アタマおかしい。そうね、召喚とかする人だもん。おかしくて当然だ。そんな人にまともな会話を望むのが間違いだった。


「かかわりたくないんです。わたしは出て行きます」


 立ち上がりついでに椅子を倒してしまったけれど、この際、無視だ。


「困るな。どうしたら納得するのだ? こちらとしては決定事項に従ってもらうまで。嫌がっても構わないが、従わないならどんどん力業になるぞ」


 力業? 嫌な響きだ。

 早足で行き着き、扉を開けようとしたところを、後ろ壁ドンで止められる。


「異界の者は、真名で縛れないのか?」


 ああ、やっぱり、名前を聞いてきて、有無を言わせず従わせようとしたのね、それでできなかった、と。ザマアミロ。


「私には願いがある」


 そのセリフには今までの軽薄さのようなものがなくわたしに届き、身がピリッとした。


「その願いは、多くの犠牲を伴うだろう。犠牲になるものには理不尽この上ないだろうが、だからといって引きはしない」


 何故だかわからないけれども、鳥肌がたった。動けずにいると、後ろだから見えないが、王子がさらに距離をつめてきている気がする。密着じゃないか、これ?


「調べている過程で、いくつかの禁呪を手に入れた」


 はい?


「真名で縛れなくても、いうことを聞かせるまじないがいくつかある」


 後ろから抱え込まれて、耳に囁かれる。


「放して!」


 暴れても、わたしを囲う手はびくともしない。


「ひとつは、心臓に直接呪いを込めるんだ。でも皮膚を切り裂いて心臓に到達する前に、ほとんどのものは死んでしまう」


 そりゃそうだろう! こわっ。病んでる!


「ひとつは、人間の核に直接呪いを込める。これは狂うことがあっても、死ぬ可能性は低い」


 耳元で、変なことばかり言ってくる!


「いうことを聞くなら、身の安全を保障する。貴族たちからも守ろう」


 はぁ? 散々、脅しておいて、どの口が『守る』だって? こんな酷いこともできるけれど、いうこと聞くなら守るよって? 信じられるか!

 もう、本当になんなの? とにかくわたしはここから、こいつから一刻も早く距離をとりたい。でも、束縛は緩まない。


「わたしに何をさせたいの?」


 話に乗るふりでもしないと、埒が明きそうにない。


「聖女の侍女になって、なんどきも味方になり、聖女を守ってほしい」


 守ってほしいって、一般人にどうしろと? 騎士さんとか魔術師とか力のある人が守る方が安心なのでは?


「……わたしじゃない方が、いいんじゃないですか?」


「聖女が君を望んでいる」


「……わかりました。だから、放して」


 奴が腕を緩めたので、急いで距離をとる。けれど、手首は解放されず、向き合う形となる。


「急に、物分かりがいいな?」


 簡単にいい返事しすぎたか? 内心焦りながら、なんでもない振りをする。


「いうことを聞けば、身の安全を保障してくれるんでしょ?」


「その場しのぎで、逃げ出そうと思っていないか?」


「ええ、逃げられるなら、逃げたいわね。碌でもないところに居たくないから」


 睨みつけ、逆説的に逃げられないと納得しているように伝える。

 奴はわたしから目を離さない。嘘をひとつも見逃さないように。

 だから、嘘は言わない。逃げたいことは隠さない、嫌味も忘れない。


「ふうん。従順なのに、手を放したら二度と戻ってこない気がするなぁ」


 いい読みをしているが、結局のところ、何を言っても信じないってことね。これ以上会話を続けても不毛だ。

 思い切りため息をつく。


「はー。わたしすごく疲れていて、休みたいんですけど」


「……ああ、そうか。そうだな、休もう」


 ん? なんかまた雰囲気変わった?

 ぐいっと肩を抱いてきて、奥へと歩みだす。


「ちょっと、何ですか?」


 ふりほどくと、意外そうな顔をする。


「疲れたのだろう? ベッドで休もう」


「だから、なんであんたのベッドで休むことになるのよ? わたしは部屋に」


「信用ならないから、見張る。それとも、核に呪いの方がいいか?」


「あなた王子なんでしょ? 偉いのよね? だったらわたしを部屋に入れて見張りかなんかつければいいでしょ? あなたが見張ることはないじゃない」


「逃げようと必死だな。誘っておいて」


 奴は鼻で笑う。

 誘っておいて?

 なんとでも言うがいい。こいつはヤバイ奴だと、手に負えないと、わたしの勘が言っている。そんなのの近くにいるのはゴメンだ。怖すぎる。


「この部屋から出たら、君はすぐ死ぬぞ」


 また脅し? こいつはさっきからキャラがコロコロ変わる。軽薄な感じだったり、冷酷で隙を見せたら最後みたいな怖いことを言っておいて急に真面目になったり、つかみどころがなくて変な感じがする。どれも本当ではないみたいな。


「君の考え方も態度も、貴族社会では無礼だと殺されても仕方のないものだ。異世界では考え方が違うなど、誰も思いやってはくれぬぞ。聖女であれば王族と同等の地位となるが、君では立場が違う。わかるか?」


 頭のおかしな人のくせに、至極まっとうなことを言われた。見上げると、思いの外、実直な瞳があった。確かに王政の国・貴族社会では、わたしの思考はわたしの身を危険にさらす。


「だから生きていたかったら、頭を使え。自分の立場が弱いことを理解しろ。君が生きていくには、庇護を受けるしかない。聖女の侍女になるのは必須だ。おとなしくしていたのなら、それだけで守れただろうが、君は神殿で侮辱の言葉を吐いた。それが神官たちの怒りをかった。聖女が選んだ侍女という立場だけでは、守れなくなった」


 あ。さっきの場所で言葉返したね、確かに。侮辱した覚えはないけど、そうとられるわけね。そっか、王子が率いる儀式にいたのは相応の身分のある人たちに違いない。貴族に言い返したんだ、わたし。


「……ご忠告をどうも」


 本で読んだ貴族にもいろいろいた。この感じからすると、自分より身分の下のものには、人権はないと思っているタイプが幅を利かせているとみた。殺すことも厭わない迷惑この上ないタイプ。

 理解して足が震えてきそうで、それを王子に見破られるのは嫌だった。

 ひと呼吸する。


「少しは冷静になったか? 聖女の特別な侍女だけでは弱い。君を守れない。だから私の側室にする」


 ……………………はぁ??


「側室ぅ?」


 声が裏返った。


「聖女ではないから、正室には難しいんだ」


 いやいやいや、正室ではないことに反応して、聞き返したわけじゃないから。

 正室じゃないと嫌と駄々をこねたいわけでもないから!

 ダメだ。根本的なところで噛み合ってない。


「あのですねぇ、あなたはこの召喚の責任者なんですよね?」


 王子は頷く。


「想定外のことでも、責任ないなんて言いませんよね?」


「だから、私の側室にすると……」


「それは結構です。責任をとってくれるなら、わたしを外に逃してください」


「……それはできぬ」


「なんでですか? わたしは侍女には向きません。貴族さんたちに無礼なこと言って、すぐに死ぬことになります。無理なんです。逃がしてください。勝手に逃げたことにしてください」


 わたしは必死だった。必死すぎて涙がでた。


「それは、聞けぬ」


 ぐっと引き寄せられて、なぜか王子にぎゅっと抱きしめられている。

 え?

 ええ?

 えええええーーーーーー???????

 一生懸命、王子を突き放そうとしても、全然緩まない。


「ちょっと、タイム、タイム、タイム、タイム!」


「タイム?」


 王子が不思議そうに首を傾げ、やっと隙間ができる。


「待てって意味です」


 一時中止だったっけ? 広い意味で同じだよね。


「顔が赤いな」


 ニヤニヤしているのに、品がいいのがまた頭にくる。


「わたしが勝手にトンズラしますから、見逃してください」


 わたしは真剣に王子に頼む。


「やはり、逃げるのを諦めていなかったんだな」


 王子はその言葉を待っていたと言わんばかりに、優雅に嗤った。

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