第4話 召喚先④前世の記憶

「油断ならないな。私の嫁は」


 嫁!? なぜに、嫁呼ばわり?


「君の性格は把握した。王子たる私を最初から睨みつけ、責任者とわかったら噛み付かんばかりだったから予想はしていたのだが、まさに想像通りだ。

 そんな君だから側室になるのは嫌がると思って、脅して追い込むか、現状を伝えて悟らせようとしてみたのだが、どちらもうまくいかなかった。

 話し合いで納得してくれるのを望むが、どうだろう、側室は嫌か?」


 わたしは勢いづいて頷いた。

 最初から睨んでいたなんて、そんなつもりはなかったんだけど、行動に思いがにじみ出ちゃってたのね。


「そうか、残念だ。君は簡単に意志を曲げないだろうから、堂々巡りになる。だから、強制的に側室になってもらうよ」


 いつの間にか、わたしの両手首をまとめて持っている。びっくりして見上げると、ものすごいいい笑顔をしていた。なのに、なぜか身の危険を感じる。


「本当におばかさんなのかな? さっき言ったはずだよ。犠牲が生じても引かないって。従わないなら力業になるって。

 君が侍女になり、側室になるのは決定事項なんだ。君が自分の意志で、神殿にて声を張り上げたときからね。

 思い違いをしているようだけど、私は君の敵ではないんだよ。むしろ君を助けられるのは私だけなんだ」


 なんか、非常にマズイ。とにかく、ここではないどこかに行かなくては。

 手首の戒めを解きたいのに、どうやっても外れない。


「こんなに嫌がられると、逆に新鮮だ」


「わかりました! 侍女になります。逃げられないと理解しました。放してください」


「側室も理解したかな?」


「あのですね、フリだとしても、ありえないでしょう? おいくつですか? わたしは絶対あなたの親より年上ですよ? それに王子が、異世界の庶民と婚姻なんて許されるわけないじゃないですか」


 わたしはギャンギャン吠えた。とにかくなんでもいい、突破口を!


「はは、認識を間違えているね。王子だから可能なんだ。確かに正室に君を迎えるのは難しいが、君に侍女仕事を教え込むためとでも言って、半年ぐらいこの部屋から出さなければ、誰も寵愛を疑わない。その間に身籠ってくれれば、なおいいけれど」


 半年監禁、寵愛、身籠もる? 何言ってんの、この人。


「冗談、ですよね?」


「本気だが?」


 理解不能! 意味がわからない。


「下がれ」


 今までと全く異なる冷たい声音に、びくっとしてしまう。


「ああ、すまない。影の者に言ったんだ。閨事ねやごとを見られるのは、君は恥ずかしいだろう?」


 影って、ああ、王子だもんね。忍びみたいなのがついて、守ってるのか。

 ? ねや? 閨事って言った?

 

「しょ、正気になって。見てくれの悪い、脂ののったババァを側室にする、どこに利益が?」


「それを言ったのは義弟おとうとだ。確かに、君を嫁にしても今は私にはひとつも利はない。だが、利になることなんて、いくらでも作れる。たとえば、聖女ではなくおまけでついてきた君と婚姻を結べば、民から慈悲深い王子だと思われるだろう。

 ああ、年齢を気にしているのか。影もいないから特別に教えよう。私には前世の記憶があり、それと合わせたら精神は、私の親より上の、君よりずっと年上だ」


 はい? 前世持ち? 異世界転生者?


「日本人?」


 食いつきが良かったからか、王子は笑った。


「いや、ニホンとは君がいた世界かな? 異世界ではなく、この世界での記憶だ。……前世で私は勇者だったんだ」


 なんか雰囲気が柔らかくなった。


「勇者?」


「祭り上げられた勇者だけど、今世でも剣の腕と勘の良さには、随分助けられている」


 言葉とは裏腹に、どこか哀しで。


「そんな顔をしてくれるな」


 え? と思ったときには、どこがどうなったのかわからないが、押し倒されていた。


「君を巻き込んでしまった責任者として守るつもりだった。同時に嫌がらせにもなりそうだしな。そのつもり……だったんだが、君を側室にすることは最良な道のような気がしてきた」


 下は深い海の色の、毛足の短い分厚い絨毯で、転がされても痛くはなかったけれども、いつの間にかチュニックの毛皮がわたしの両手首で丸まっていて、上にあげられて逃げられないよう押さえられていた。

『最良の道のような気がしてきた』? どこがだね? どうにしてもわたしの意見だけは総無視かい!


「い、嫌がらせってなんで?」


 巻き込んでおいて、嫌がらせもって、酷くない?


「前世を思い出してから10年かけて、この儀の用意をしてきた。長い道のりだった。犠牲者はなるべく出したくないから、術は練り上げて構成しなおした。針の穴を通すような条件に応えがあり、成功だったのに。喚ばれてもいない君がきて台無しだ。君にしてみれば訳も分からず、今までの環境から異世界に落とされて不満だろうが、私としても儀式を台無しにした君の存在が、全くもって不愉快なわけだ」


 ガツンと頭を殴られたような気がした。なぜだかショックを受けている。


「不愉快なら、見えない方がいいでしょ? 出て行くから、構わないでよ」


 暗い声が出る。


「駄目だ。ここを出たら君は排除されてしまう。納得する時間をあげたかったけれど、神官たちは怒りが収まらないようで、君の食事に何やら入れたみたいだ。事態は動き出してしまったからね」


 あ、あの食事のあれこれは、神官の仕業だったのか。


「わたしが排除されても、あなたに関係ないでしょ?」


「ここで君を見捨てると、本末転倒になる。いや、それもあるが。台無しにした存在という意味では不愉快だったが、君自体はむしろ好ましいと思っている。ああ、本当に思い通りにならないな。こんなことも久しぶりだ」


 好ましい? どこをとっても王子に酷い対応しかしてないのに。それをヨシとするなんて……つまりは変人?

 急に王子が顔を近づけてきたので、思い切り顔を背ける。


「うぎゃー」


 パニックついでにあげた叫び声は、もう片方の手で簡単に押さえられる。


「大きい声を出しても無駄だ。皆、わかっている。この格好は、伽をするものが着る服だ。伽を命じて君を来させたんだよ。まぁ、そうじゃなくても、この部屋に意見しに入ってこられるのは陛下ぐらいだがな」

 

 簡素な服の意味がわかった、嬉しくないけど。なんの用か聞いても答えてくれないはずだ。本当に最初から決まってたんだ。わたしが侍女と側室になることは。

 首を振ると、口の戒めはあっさり解けた。形だけで、本気で口をふさぐ気は無かったってことだ。

 色気たっぷりに顔を近づけられる。


「十分な嫌がらせになってるから。もうやめて」


 ムカつく。どうしたらダメージを受けるかよくわかっている感じ。嫌がらせのレベルが無駄に高い。力業が最低という認識がありながら、それを事前にアピールしているところも、伝えておいたのだから、そこからの非は自業自得だに行きつくように誘導されているところも、また腹立たしい!


 神様、詐欺です! 何が見栄のための召喚ですか?

 見栄なんてしょうもない理由で召喚しちゃうなら、ボンクラに違いないと思っていたのに。

 こんなわけのわからない変人に召喚されただなんて聞いてない!

 殺されるとか、そっちはちらりと考えてはいたけれど、こっちの身の危険の可能性は少しも思っていなかった。だって見てくれも悪い、脂ののったババァですから!

 

「確かに脂はのりすぎているけど、まぁそれも新鮮かな」


 いえ、新鮮ではなく、枯れてますから!

 暴れ続けてはいるけれど、手を抑えられているだけなのに、全然動けてない。


 一瞬、王子の手が離れた、と思ったら、背中と膝裏に腕が回され、ガバッと抱き上げられていた。

 え?

 スタスタとわたしを軽々と抱えたまま歩き、部屋の奥のベッドの中に放り込まれた。

 わたしの脂ののり方は伊達じゃない。重量もすごいのに、キラキラの細っこい王子はわたしを簡単に持ち上げて運んだ。わたしはフリーズした。


「理解が早くて助かるよ。そう、力でも勝てない。抵抗しないでおとなしく……抵抗されるのも、まあ、いいかな」


 うわっ、ダメだ。嫌がらせを本気でやるタイプの人だ。


「わかりました。側室も理解しました。だからフリでお願いします」


 わたしは叫ぶように言った。

 王子はふっと力が抜けたように笑った。壮絶にお綺麗な顔で。


「やっと、わかったか?」


「はい、わかりました」


 わたしは降参だと何度も頷く。隙があれば逃げる気でいるのは変わらないので、嘘はつきたくなかったから言葉を濁してきた。が、言質を取る、キッチリ詰めてくるタイプだったので仕方がない。


「よかった。無理強いは嫌だったから」


 ん?

 王子がベッドの上に乗り込んでくる。わたしは身をよじって距離を取ろうとする。


「だから、フリで十分ですよね?」


「フリでは神官たちには通じないからね」


 嘘ぉ!


 どう見ても構図的にいって、若いツバメだ。

 わたしは全力で嫌がっているのに、第三者から見ると、わたしが報酬で関係を持っているようにしか見えないやつ。


 じりじり距離を詰めてくる。本気じゃないよね?

 顔を見て確信する。絶対、嫌がらせの延長だ。


「王子様なら、フリでも神官を納得させられますよね? 言うことを聞きますから!」


 できれば場所を移して、普通の話し合いで!


「ふぅん。じゃあ、答えて。誰に何を吹き込まれた?」


 え?


「何のことですか?」


 王子の目が細まった。不機嫌を露わにする。

 今までと違う怖さ。怖い。上半身を起こして逃げようとしたら、足をとられた。引っ張られ、スカートがめくれる。慌てて裾を両手でガードしたが、下にはおろせず、あまり意味がない。


「逃げる気でいるよね? 誰と?」


 何を言ってるの? 

 困惑していると、王子の視線がわたしの足に向く。


「……小花みたいなホクロだ、なんかかわいいな」


 王子がわたしの足に……。

 ひっ!!!!!!!!!!

 何すんの? やめて、本当にやめて!

 足をめちゃくちゃに動かすと、かかとが王子のどこかにぶつかり、王子が崩れ堕ちた。


 え?

 ええ??

 えええええ???

 死んだ?

 ピクリともしない、動かない。うつ伏せになっている上半身の肩を押すと、グリンと仰向けになった。ピクッと眉が動いて、息はしているようだ。


 死んでなかった。

 び、び、びっくりした。殺してしまったのかと思った。

 心臓がドクドクとうるさい。

 心情的にはそうされても当然だろと言いたいが、本当に息をしていなかったら、わたしの心が壊れるところだった。


 ……力では勝てないかもしれないけれど、わたしの肉付きのいいあちこちは、加速がついてぶち当たると、結構な武器になるんじゃないかと思っていた。それが証明される。だけどこれは当てるわたしも痛いのが難点だ。でも今は感覚が麻痺しているからなのか、痛くはなかった。

 わたしなんかに倒された王子を見て、自業自得だと思いながらあがってる息を整える。


 それより、逃げなくちゃ!

 わたしはベッドから降りて、手首で丸まったチュニックを取った。

 情けないことに、足も手も震えていて、なかなかに時間がかかってしまった。


 扉の向こうには騎士さんがいるはずだ。正面突破は無理よね。

 窓? 窓から下を見ると地面が遠い。3階とか4階以上だね。

 どうやって降りる? 映画や小説であるように、シーツをロープ代わりに?

 のぼり鉄棒もできなかったわたしが?

 わたり鉄棒もだね。うん、鉄棒もできなかった気がする。唯一できたのは、スカート回り。前回りはできていると思っていたら、もう半回転するのが前回りと言われてぶーたれた映像が。

 今ほどではないけれど、小さい頃からぶくぶくしていたわたし。ささやかな握力では重すぎる体を支えられなかったのだ。そして、年月が経ち、さらに重量が増えた。


 絶対落ちる。怪我する。動けなくなる。捕まる。神官たちに拉致されるか、側室? 

 いや、王子を足蹴あしげにしてしまったんだもん、処刑になるんじゃない?

 処刑? 処刑って処刑?????

 いやーーーーーーーーーーーー、嫌すぎる!!!!!!!!

 待て。落ち着け、落ち着け、わたし!

 落ち着いて、素早く、考えて行動しよう。


 わたしはこの城から逃げ出したい。国から逃げ出したい。

 ドアから出る正規の方法では逃げられない。

 窓からの脱出も、能力的に無理。

 みつからずに逃げられればいいのに。……見えなければいい。ふと思い出す。

 透明○ント!

 わたしは両手を組んで祈るように感謝した。

 世界的絶賛ファンタジーさん、ありがとう! そんなシーンあったよね。

 未来のロボットさんもありがとう! なんか道具あったよね。

 そう、そんなスンバラシイものがあったじゃないですか! 人から見えなくなるマントや道具が! 小説や漫画の中にだけど。

 イメージできれば、わたし創りますよ! 逃げきるために。


 わたしはアイテムボックスからパーカーを取り出した。

 パーカーを着込んで、定義する。

 これを着て、わたしが見えなくなると願えば、誰からも見えなくなる。

 気配さえもわからなくなる。わたしは見えなくなっている。

 声も息遣いも聞こえず、物理的にも……とさらに条件をつけようとしたのに、すっごく気持ち悪くなり、目を開けていられず、わたしは座り込んで、そのまま意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る