第7話:ソウルイーター
クソったれ。いったいなにがどうなってる。ワケが分からない。ゴーリーとキッカは俺たちと出会う以前からの仲間だ。俺だけならともかく、なんの躊躇もなくキッカを裏切れるなんて。ゴーリーはそんなヤツだったか? 俺たちが見誤ってたのか?
「……ぁ、キッカ……」
不意に、ゴーリーの目に光が戻る。キッカの亡骸を見て、今度は涙を流しながら、俺を見ている。
「ケイ、さん……」
それで俺は、ようやく合点がいった。ああ、そういうことかよ。やっぱりあれは、ゴーリーじゃなかった。なんで最初に気付かなかったんだ畜生。
ゴーリーの手が動き、ショットガンの銃口が持ち上がっていく。
「助けて、ケイさぁが」
ゴーリーは涙を流しながら銃口を口にくわえ、引き金を引く。脳漿とニューロデッキの残骸を派手にまき散らしながら、巨漢のパラディンはあおむけに倒れ、それきり動き出すことはなかった。
ああ、畜生。
クソったれ。
クソったれ、クソったれ!
クソったれの大バカ野郎。どうして気付かなかったんだ。あれはハッキングだ。
あんな真似ができるだけの電脳戦スキルを持つ人間を、俺はたったひとりしか知らない。
「結局、あんたのお人好しは変わらなかったわね、ケイ」
いつからそこに立っていたのか。青髪の女が歩み出てくる。ここに入ってくるまで、鼻血を流し、白目を剥いて痙攣していたはずの女が。10年、ずっと仲間としてパーティを組んできたはずの女が。
「お、前……いったい、どういうつもりだ……シズル!!」
「言ったでしょ。お人好しを直さないと、いつか食われるって」
シズルは笑う。ついさっきまで、俺たちの仲間だった死体の前で。
「あんたのせいよ、ケイ。死にかけた私を置いて行けば、こんなことにはならなかったのに。回線を遮断したところまではよかったけれど、私をゴーリーに担がせたのが失敗だったわね。有線接続し放題だったわ」
「ふざ、け……が……ッ!」
シズルの足が俺を転がし、背中から踏みつけてくる。
「だからダメなのよ、あんたは。お人好しで、詰めが甘くて、非情になり切れない。これ以上組んでも足を引っ張られるだけ。そういうわけで、ケイとはここでお別れすることにしたの。どうせあんたは、私たちの計画に反対するだろうしね」
「なに……を……」
怒りと苦痛に明滅する視界の中で、いくつも疑問が飛び交う。計画? 私、たち……?
「まあ、そんなこと言わずにさ。一応本人の意向も確認しておこうよ」
聞こえてきたのは、この場に似つかわしくない、いかにも朗らかな声。知っている声だ。俺はずっと、この声といっしょに育ってきた。決して、ダンジョンの中で聴くことはなかった声。どうしてここにいる。なんでお前が。
ユーリ。俺の幼馴染は、いつもと変わらない、優男らしい笑みで歩み寄ってくる。
「やあ。こうしてダンジョンで会うのは初めてだね、ケイ」
すぐそばしゃがみ込み、顔を覗きこんでくる。掴みかかりたかったが、左腕はないし、右腕もシズルに押さえられている。
「……なんなんだ、いったい。お前ら、二人でなにを」
「ねえケイ。君は昔、言ってたよね。困っている誰かのために戦う、英雄みたいな人になりたいって。そう言って冒険者になったけれど、君は誰のために戦ってるの?」
なにを言ってる。
「決まってるよね。金を持ってるヤツのためだ。報酬のために仕事をして、次の仕事のためにその報酬でいい装備を買う。ケイが活躍すればするほど、いい武器が売れる。別にケイじゃなくても構わない。アウターギャングがダンジョンを作ってくれれば、冒険者が攻略のために武器を買う。僕の言いたいこと、わかる?」
「わかんねえよ」
「つまりさ、僕らはいままで、コーポのために戦ってたんだ。コーポに都合のいいように働いて、いらなくなれば捨てられる。そうでなくても、突出した冒険者はみんなコーポの子飼いになってる。君も知ってるだろ?」
知ってるさ。サスケ・ウルフも、マスター・ブシドーも、みんなコーポの雇われ傭兵に成り下がった。高性能なサイバーウェアや、貴重な装備の供給と引き換えに、コーポの力仕事を請け負っている。
ゴブリンの巣で見かけた、コーポ役員の死体が脳裏を過った。
「僕たちはこの街で生きている限り、いつまで経っても、どれほどレベルを上げても、結局はコーポの養分に過ぎない。間違ってるだろう、そんな世界。困っている誰かのために戦うって言うなら、まず彼らを倒さなきゃいけなかったんだ。だから僕らは、そうすることにした。この街を支配するメガコーポたちを、残らずぶち壊すことにしたんだ」
「んなこと、できるわけが」
「できるよ。やるための力を手に入れた。そこで聞いておきたいんだけど。ケイ、僕らに協力するつもりはない? 物語の英雄みたいに、活躍してみない?」
「ま、確かにケイのスラッシャーとしての実力は、貴重だものね」
ダメだ、わからない。こいつらの言っていることが、なにひとつ理解できない。本当に同じ言語を話しているのかすら、怪しくなってくる。
メガコーポの支配をぶち壊す? それが困っている誰かのため? 物語の英雄のような活躍? 吐き気がしてくる。夢物語と反体制主義者の妄言がごっちゃになっている。俺の昔の憧れまで組み込みやがって。
ひとつだけわかるのは、こいつらが本気で、なにかしでかそうとしているということだけだ。
「どうする、つもりだ。街に火でもつけるのか」
「そうとも。それも、飛び切りドでかいやつをね」
「街に暮らしてる人間はどうなる」
「はあ……ここまで来ても変わらないのね、そういうところ。決まってるでしょ、戦いに犠牲は付き物なんだから」
だろうよ。聞くまでもない話だ。だったら答えは決まっている。殺されるだろうが、言ってやらないと気が済まない。
「くたばれよ、クソったれのテロリストども」
「ふふ。ケイならきっとそう答えるって思ってたよ」
なにを満足しているのか知らないが、こっちだってただでくたばってやるつもりはない。拘束されている右手で、そっと腰に提げているグレネードを探る。
「ねえユーリ、もういいでしょ。吸い取るわよ」
「そうだね、残念だけどケイ、ここまでだ」
【!CAUTION!】【不明な接続を確認】
【EXPストレージへのアクセスは許可されていません】
指先がグレネードに触れるよりも先に、首筋のソケットに何かを差し込まれ、目の間に一抱えほどの奇妙な筐体を置かれる。LEDライトを明滅させる、箱状のデバイス。なんだ、なにをするつもり……!?
「あ、が……ッ! な、なんだ、なにを……!」 途端に、身体中から力が抜けていく。腕どころか、指の一本も動かない。息ができない。違う、
【ケイ・ミヤモリ:レベル99】
【ケイ・ミヤモリ:レベル98】
【ケイ・ミヤモリ:レベル97】
レベルが下がっていく。頭の中から情報が零れ落ちていく。吸い出されているんだ。銃の撃ち方、回避の仕方、殴り方、効率的な身体の動かし方。EXPストレージに記録されていた俺のこれまでの戦いの経験が、軒並み吸い出され、俺の中から消え去っていく。
朦朧とする視界の片隅に、奇妙な光景が映る。俺の傍らに置かれた筐体……俺の網膜上に、そいつのスキャン結果が表示されている。
【ソウルイーター:蓄積レベル1】
【ソウルイーター:蓄積レベル2】
【ソウルイーター:蓄積レベル3】
俺のレベルが下がるのに反比例するように、筐体のレベルが上がっていく。
なんなんだ、いったいなにをされているんだ。
網膜に表示されているレベルが60まで下がった辺りで、ようやく身体が息の吸い方を思い出す。それでも、喘ぐように浅い息しか入ってこない。いままで水の中で暮らしていた魚が、不慣れな陸棲の身体に放り込まれたみたいに。
「な……だ、なにし、て……」
抵抗しようにも、身体の動かし方が分からない。その間にも、レベルはどんどんと下がっていく。
【ケイ・ミヤモリ:レベル56】
【ケイ・ミヤモリ:レベル55】
【ケイ・ミヤモリ:レベル54】
「言っただろう、力を手に入れたって。この街の支配構造をぶち壊す、これはそのための力なんだ」
「
あり得ない、他人の経験値を吸いだすなんて不可能だ。そう叫びそうになる身体を、いままさに経験値を吸われている頭が否定する。
消えていく。奪われていく。俺が戦ってきた記録が。俺が築き上げてきた記憶が。俺の技術が、俺の武器がなくなっていく。
【ケイ・ミヤモリ:レベル3】
【ケイ・ミヤモリ:レベル2】
【ケイ・ミヤモリ:レベル1】
【ケイ・ミヤモリ:レベル0】
「ぐ……が、か……」
ない。なにもなくなった。考えるよりも早く俺を突き動かしていた経験値が、ひとかけらも残っていない。腕はどうやって動かすんだ。指は? 考えなければ、まばたきの仕方までわからなくなる。
【ソウルイーター:蓄積レベル99】
ただ、まるで入れ替わるように、傍らに置かれたデバイスのステータスが自己主張をしていた。
シズルが俺の上から退いたが、それもユーリと並ぶ姿が見えて、ようやく理解できた。身体の感覚が、きれいさっぱり消えてしまった。
「終わったわ。この抜け殻はどうするの」
「放っておいてもどうせアンデッドに殺されるだろうけど、念には念を入れておくよ、と……重たいなあ、ケイってば」
ユーリに襟首を掴まれ、引きずられる。どうにか動かし方を思い出した腕で殴りつけるが、肩たたきほどの力も入りやしない。
「いたた、やめてって。親友の死体なんて見たくないっていう、繊細な幼馴染の気持ちを汲んで欲しいな」
リフトの穴の淵に転がされ、足をかけられる。身体が半分、穴の淵からはみ出した。
「ユー……リ……」
「じゃあね、ケイ。バイバイ」
俺は落ちた。暗い穴の底へと、真っ逆さまに。
〔Break〕
アラートがうるさい。苛立ちに寝返りを打とうとして、身体中に激痛が走った。
「が……ッ!」
あまりの激痛に、一気に目が覚める。目が覚める? 俺は眠っていたわけじゃない。しっかりしろ、混乱するほど時間は経っちゃいない。
俺は落ちた、落とされたんだ。ユーリに裏切られ、穴に蹴落とされ、リフトの底に真っ逆さまに。よく死ななかったものだ。
ここが天国か、なんて寝ぼけるには、視界に明滅する警告表示がやかまし過ぎる。うるさい、わかってる。左腕のサイバーウェアが重度の損壊、右サイバーアイの破裂、全身至る所で内出血。内臓は辛うじて無事。
けれど損傷の大部分は、ショットガンで撃たれたものだ。落下の衝撃は、強化人工筋肉とチタンの骨が受け止めてくれたのだろうか。
それだけじゃない。なにかが緩衝材になっている。なんだこりゃ。感覚の戻ってきた右手に、ごわごわとした毛皮と、その中にある硬い骨組みの感触が帰ってくる。辺りを見回そうとして、ぎょろりと見開かれた眼球と目が合った。
「え、うわっ!」
思わず飛び退き、転がり落ちる。なんなんだ、いったい。
俺の下にいたのは、自立稼働する機械人形……ボットの山だった。どれもこれも、サルやウサギやラットや、動物のキャラクター着ぐるみを被ったボットが、無数に折り重なっている。おそらくここがテーマパークだったころには、動き回ってゲストをもてなしていたのだろう。
尻餅をついたまま、異様な光景を呆然と眺める。まだ立ち上がれるほど力も戻っていない。
「今日はまたずいぶんと、マナーのなっていない客が来たものね」
そんな俺は、背後からかけられた声に振り返り、また呆気にとられることになった。
暗く、だだっ広いホールの中。ほとんど明かりもないというのに、日傘を手に立っているのは、まだ幼さを残した、あどけない顔立ちの少女だ。線の細い身体に、ゴシックな黒いドレス。肌は白く、緩やかにウェーブする長い髪は、プラチナに輝いている。深紅に輝く瞳は冷たく、値踏みするような視線で俺を刺し貫く。まるでこの場に似つかわしくない、出てくる物語を間違えているかのような出で立ちだ。
なによりも、泰然として、静まり返った水面のような佇まいが、刹那の間、ここに至るまでの騒動を忘れさせかける。
だが。
習慣で反射的に少女をスキャンした俺は、今度こそ呼吸が止まりそうになった。
【レベル256】
あり得ない。そんなレベルには、100年戦い続けたって届き得ない。ユーリたちの攻撃で、スキャニングまでおかしくなったか?
いずれにしろ、確かなことがひとつだけある。
「それで、あなたは何者? 侵入者さん」
やけに尖った八重歯を見せて話す彼女こそ、『吸血姫』に他ならない。
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