第6話:ビトレイヤー

 銃火の間をすり抜け、アンデッドを撃ち抜き殴り倒し、ハリボテの建物の間に飛び込んでいく。景色はそのたびに変わっていった。とっくの昔に海に沈んだイタリアの水の都、ジャングルの奥地、チープなレトロフューチャーの未来都市。どれもこれもよくできた模造品だ。いまじゃ、そこかしこから湧き出てくるアンデッドどもの巣窟と化している。


 撃って走る、撃って走る。走りながらリロード。弾の消費が激しい。普段持っているもう一丁は、攻撃手段を亡くしたキッカに渡している。


「ケイ先輩、全然当たんないっすよこれ!」


「無暗に撃つなバカ! 目の前まで来たヤツだけ狙え!」


 一丁のバスタードを両手で構え、奇声をあげて接近してきたアンデッドに引き金を引く。胸に3発、頭に2発。45口径を5発使ってようやく動かなくなる。向こうの弾もいくらか食らったが、アンダースキンが弾き返した。痛いが、死にはしない。避けきれなくても、一番死なない場所に当たるように、積んできた経験値が身体を動かす。体力が続く限り。


 バックヤードへ戻る道は、すでに封鎖されていた。強引に押し破るには時間がかかり、もたもたしてれば圧殺だ。仕方なく俺たちは、パーク内を前進してアンデッドたちに包囲されては、薄い部分を突破することを繰り返していた。のだが。


 子供向けの絵本の中に入り込んだような、煤けたおとぎの国を走り回るにつれて、キャッスル・サンドリヨンの城館が迫ってくる。


「こ、これ、絶対おかしいですよケイさん……!」


 シズルを抱えて追随するゴーリーの悲鳴にも似た声に、つい舌打ちが漏れる。わかってる、そんなことは。


「ああ、間違いなく誘導されてる。向こうがそのつもりなら、もう飛び込むしかないだろ」


「そんなあ!」


 けれど好都合だ。罠に決まっているだろうが、キャッスル・サンドリヨンの最奥、アンデッドたちの懐にわざわざ迎えてくれるって言うなら、招待を受けてやる。ボスである吸血姫を狩れれば、逆転の目もある。シズルも助けられるかもしれない。


 その吸血姫が、シズルを焼いたハッカーだという可能性には、いまは目を瞑るしかない。


「覚悟決めるっすよゴーリー! どうせ逃げ出せなかった以上、手をこまねいてても死ぬしかないっすから!」


 キッカの言う通りだ。どうせもう、ほかに道はない。前を塞ごうとしたアンデッドを踏み倒し、頭部に5発。すぐさまリロード。止まることなく城館の最前屁と駆け込む。幸い、進むにつれてアンデッドの姿は減りつつある。嫌な予感は増しつつあるが。


 城の前は広場になっていた。奥には城館内部へ続いていると思しき大扉。「うげ……!」そして広場の真ん中には、頭部に赤いひとつ眼を光らせる、鋼鉄の巨人。


「マズい、隠れろ!」


 大慌てで下がりメリーゴーランドの陰に隠れると、ビープ音のようなひとつなぎの銃声が響き渡り、回転木馬をずたずたに引き裂いていく。笑えない威力。なにせ20㎜だ。


「サイクロプスの前に誘われてたなんて、冗談じゃないっすよ!」


 全身を覆うチタンの多重装甲、両腕に備えた20㎜ガトリング砲、各種センサーを備えたモノアイ。クロムテック製の軍用パワードアーマー、サイクロプス。


 電脳戦争当時、最前線に投入され猛威を振るったというサイクロプスは、装甲や火力はもちろんのこと、装着者の筋力や反応速度を向上させ、着るだけで戦力評価がレベル10はプラスされる恐るべき強化装甲服だ。あんなもんまで持ってやがったとは。さすがドラッグ中毒の傷痍軍人たちから始まったアンデッドどもだ。


 こんな壁の薄いメリーゴーランドに隠れていたところで、サイクロプスの攻撃はいくらも防げない。ゴーリーのシールドと装甲ですら、何秒持つか。


 だがまあ、倒せない相手ではない。


「二人とも隠れてろ」


「え、ちょ、どうするつもりっすか」


「無茶ですよケイさん、あいつは万全の状態でだって、スラッシャーが3人は必要な相手ですよ!」


 確かに。ハッキングも行えないキッカや、足の遅いゴーリーには荷の重い相手だろう。けれど俺は違う。


「お前ら俺のレベル忘れたのか。あんなの、いくつもスクラップにしてきた。ゴーリー、ショットガン借りるぞ」


「ちょっと、ケイさん!」


 二人を物陰に押し込み、ゴーリーからもぎ取ったショットガンを手に広場に進み出る。


 こちらの存在を認めたサイクロプスも動き出す。ガトリング砲が回転を始める。さすがにあれをまともに食らえば、俺のアンダースキンアーマーなんて簡単にぶち抜かれる。当てられるもんならな。


 両脚のグラスホッパーを最大限まで引き絞り、はじき出されるように前に飛び出す。肝心なのは思い切りだ。全力で駆け寄り、サイクロプスのガトリング砲が弾丸を吐き出し始めた瞬間、字面すれすれまで沈み込み、腰に提げていたハンドグレネードをサイクロプスの眼前に放り投げる。


 爆音、爆炎、破片、熱風。即座にサイクロプスの防御システムが反応し、グレネードを撃ち抜き炸裂させた。ハンドグレネード程度がひとつ目の前で破裂したところで、サイクロプスには大した効果がないだろうが、重要なのはそこじゃない。


 ほんの一瞬。破裂した炸薬がサイクロプスのセンサーを塞いでくれれば。その瞬間には、俺の身体はグラスホッパーに打ち上げられ、宙を舞っている。


 単体で多数の歩兵を相手取ることを想定されたサイクロプスは、広範囲に弾をばら撒くため、隙のない広い視野と反応速度を持っている。ただし、横方向限定で、だ。生身の人間と同じ、縦に動く標的への反応はすこぶる鈍い。かつて出会ったサイクロプスとの戦いが、経験値として蓄積され、EXPストレージから俺の身体を突き動かす。


 俺は鋼鉄の巨人の肩に降り立ち、ショットガンを足下に向ける。狙うのは首の後ろ。命令伝達系統の集約した、搭乗者とのジャック端末。間髪入れずに6発。サイクロプスは、それで沈黙した。


「よし、出てきていいぞ二人とも」


「ちょちょちょちょ、なんっすかなんっすか今の! サイクロプスをひとりで倒しちゃうとか、意味わかんないっすよケイ先輩!」


「ど、どうやったらあんな動き出来るようになるんですか……?」


「あんなん出来るんだったら、パーツ剥ぎ取って大金持ちじゃないっすか!」


 えらく興奮しているが、いまの状況わかってるのかこいつら。俺たちはまだダンジョンでアンデッドに追われていて……シズルの呼吸は、だんだんと弱まっている。


「ファイターでレベル80超えようと思ったら、あれくらいできないと話にならんし、パラディンには必要ない動きだろ。だいたい、サイクロプスなんてそんなに出てこない。そんなことより、進むぞ」


 鼻息の荒い二人を押し止め、ショットガンをゴーリーに返しながら城館の大扉へ向かう。テーマパーク時代の名残か、扉は巨大な木戸を模されている。問題は、この奥になにが待ち構えているのか、だ。聞き耳を立てても聞こえてくる音はなく、少なくとも人の気配はない。


 いつまでも広場で悩んでいるわけにもいかない。いつまたアンデッドが押し寄せてくるかわからないのだ。


「開けるぞ」


 ゴーリーに背後を守らせ、キッカを間に挟んで扉を開ける。果たしてなにが出てくるのか。


 絨毯敷きのホールに、シャンデリア。ステンドグラスの窓に肖像画。想像していたのはそんな内装だったが、扉の中にはそのどれひとつとして存在しなかった。


 城館の内側にあったのは、無機質な柱と壁に囲まれた空間だ。なにもない。それどころか、床すらない。目の前には四角くぽっかりと口を開けた、深く暗い穴があるばかりだ。


「なんだ、こりゃ……」


「エレベーター、みたいっすかね?」


 言われてみれば確かに、穴の淵にはエレベーターシャフトらしき機械的な溝が彫られている。穴を見るに、大型車両を余裕で運搬できるサイズだ。エレベータというよりは、昇降リフトとでも言うべきだろうか。


「ここもバックヤードなのか。パレードのフロート車でも運搬していたのかもしれない、な……?」


 妙な気配を感じて、振り返った。目の前に、銃口がある。16ゲージショットシェルを放つ、ショットガンの銃口。


【!CAUTION!】


【!CAUTION!】


【!CAUTION!】


 いくつものエラー警告が視界で明滅する。なんだ、なにが起きてる。左腕のサイバーウェアが重度の損壊。人工血管を緊急遮断。右目のサイバーアイも破裂している。何故だ。至近距離からショットガンで撃たれ、咄嗟に左腕でかばったからだ。胸に受けた弾はアンダースキンが弾いたが、衝撃で息ができない。撃たれた? 誰に?


「ゴーリー……? なに、してるっすか」


 吹き飛ばされ、地面に這いつくばったまま、ノイズの走る視界でゴーリーを見上げる。呆然とするキッカの向こうで、ゴーリーは俺を撃って満足したのか、銃口はだらりと下に向けられ、亡羊としたように立ち尽くしている。まるで趣味の悪い甲冑人形のように。


「ゴー、リ……お前……」


 巨漢の黒い影が歩み出る。あいつは誰だ? まるでゴーリーと同じ姿で、けれどさっきまであったはずの少し気弱な目の光が、どこにもない。抱えられていたはずのシズルの姿もない。裏切られた? 騙された? いつから? 何故? シズルをどうした?


 疑問符が駆け巡るニューロンを激痛がかき乱し、警告音がやかましく鳴り響いて、思考がまとまらない。違う、考えている場合じゃない。ゴーリーが近づいてきている。マズい、絶対にマズい。


「止まるっすよゴーリー!」


 キッカが俺の前に立ちふさがり、貸していたバスタードを向ける。ダメだ、そんなんじゃ意味がない。45口径でゴーリーの装甲を抜くのは無理だ。


「キッ……カ、逃げろ……」


 ほとんど声が出ない。ゴーリーがまた一歩近づいてくる。やめろキッカ、とにかく走って逃げてくれ。頼むから。先輩の言うことを聞いてくれ。


「いい加減にするっす、なんの真似か知らないっすけど、これ以上ケイ先輩に」


 ショットガンの銃口が、額を指す。


「ゴーリー?」


 キッカの頭が、はじけ飛んだ。赤い飛沫をまき散らし、身長のわりに大きな胸を揺らしながら、頭部を失った身体が崩れ落ちる。


 少しだけ、キッカのことを疑っていた。どうせ彼女は俺のレベルに媚を売ってるだけだろうって。でも彼女は、俺を守ろうとした。素直にその好意に答えて、一度くらい抱いてやればよかったかな。小さな後悔が浮かんで、消えた。

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