第5話:キャッスル・サンドリヨン
翌日。
俺たちを乗せたワンボックスは、複雑怪奇に入り組んだバラックの間をするすると潜り抜けていく。まだ昼過ぎで日も高いというのに、マイハマ・ドリームランドの埃っぽい空気は緊張をはらみ、誰もが息を潜めている気配を感じさせる。すれ違う人々の、あるいは物陰や廃墟の窓から覗く視線が、いかにも物々しい。
住民の大多数が浮浪者で、運のいい一握りが工場勤務の労働者だと言われるマイハマだ。誰も彼も目が荒んでいるのは致し方あるまい。
いや、それだけじゃない。誰もが恐れをはらんでいる。重武装で乗り込んできた俺たちに対してか、あるいは。
「見えたっす」
助手席に座っていたキッカが振り返って知らせる。座席の間からフロントウィンドウの向こうを覗くと、確かに目的地が見えている。
コンテナや鉄骨を組んで造られた武骨な城壁。上には有刺鉄線が張り巡らされ、おまけとばかりに駆け巡る高電圧が火花を散らしている。城門らしき大きなゲートには、巨大な可動式バリケードが築かれ、足元には車両のタイヤを狙うスティンガースパイクが敷き詰められている。ゲート脇から周囲を警戒するアンデッドの見張り付きだ。そんな重厚な守りの奥に姿を見せる、中世ヨーロッパ風の城の尖塔。
キャッスル・サンドリヨン。おとぎ話に出てくるには殺意が高すぎる、チバシティでも指折りのダンジョンだ。
「予定通り行くしかなさそうだな」
廃屋の陰に車を止めて様子を窺うが、情報通り、やはりそう簡単に進入できそうな構えではない。俺たちは車を降り、グループチャットを立ち上げる。
●≫ここからはチャットだ。始めるぞ。
全員が頷いたのを確認し、先陣を切って城壁に沿うように回り込む。ゲートとは反対方向へ進めば、行く手にもうひとつの門が見えてくる。正面ゲートよりも小さいが、古く、より機能的に設置されたゲートだ。このキャッスル・サンドリヨンはかつて、マイハマ・ドリームランドに建築されテーマパークだった。つまり従業員が存在していたのだ。ここは、彼らのための通用口なのだという。
ユーリの調べによれば、もともと一般に向けて解放されるものではなかった通用口には、従来から厳重な警備システムが導入されている。それ故、ここを占拠したアンデッドたちの警戒は、オープンな設計だった正面ゲートに集中し、大して通用口へはあまり目を配っていないらしい。
シズルがゲート脇の端末に取り付き、システムへの侵入を試みる。
●≫破れそうか?
○≪ここが生きていた頃には、最先端システムだったんでしょうね。でも今の私たちからすれば、お粗末なICEが張ってあるばかりだから……。
ゲートが口を開く。鍵でも持っていたかのようにあっさりと。
○≪ご覧の通りよ。
●≫GJ。よし、行くぞ!
いよいよダンジョンアタックだ。両手に銃を握り、十分な予備マガジンがストッカーに刺さっていることを確認し、通用口を潜った。
4人で城壁の内部へと侵入してばらくは、テーマパークというには無機質で、コンクリート造りの建物が連なる、面白みのないエリアが続いていた。おそらくは従業員専用のバックヤードだったのだろう。倉庫や食堂を示す看板も残されている。
ハリネズミのように周囲を警戒しながら進んで行くと、時折ふらふらとおぼつかない足取りで、銃だけはしっかりと握った男女の姿が目に入る。アンデッドだ。頬はこけ、貧相な身なりに焦点の定まらない目をした胡乱な連中だが、スキャンしてみればレベルは62。十分脅威となるレベルであることに加えて、戦闘用の電子ドラッグを常用している危険な連中だ。
迂闊にセンサーに引っかからないよう、慎重に身を隠す。
「右に回った仕立て屋から大いなる針の導きによって大地を割った天空へのきざはしより来る巨人の足跡は雨水の波紋を広げてカオス理論に基づき哀れなる子山羊の脚を降らせ危機の到来を告げるものであるとするならば電気柵を登って降りて登って降りて登って降りて」
電子ドラッグ中毒者特有の支離滅裂な繰り言を聞いていると、こっちまでどうにかなってしまいそうだ。
まともな人間とは会話など試みるべくもないイカれた連中だが、どうしてか彼ら同士では意思の疎通が図れているらしい。つまり侵入がバレれば、ダンジョンのあちこちからアンデッドたちが押し寄せる大騒ぎになることを意味している。
このセッションの目的は、あくまで賞金首である吸血姫なのだ。アンデッドとの戦闘を極力避けるため、俺たちは息を殺して歩を進めていく。
まあ、そのまま平穏無事にダンジョンの最奥、キャッスル・サンドリヨンの城館に辿り着ければ万々歳なのだが、もちろんそう簡単に事が進むはずもない。
●≫前方にUnd4。シズル、ルートは?
○≪連中の奥にあるゲートを通る必要がある。あいつらは要排除。
城館に向かうためには、このバックヤードから内部のゲートを越えてパーク内部に侵入しなければならない。当然、ゲートを警備するアンデッドを倒す必要があるが、馬鹿正直に銃撃戦を始めては、ここまで殺されてきた息が報われない。
ではどうするべきか。こんなときのために、パーティにプリーストを加えたのだ。
●≫キッカ、やってくれ。
†≪任せるっすよ!
威勢よく応じたキッカが、折り畳みタブレット型グリモアをいじり始める。得意満面だが、さて、どれほどの効果が出るものか。
†≪そんじゃ、行きますよっと!
「さあ始まりました今世紀最大の馬上槍試合右手に赤いサーコートに身を包んだ騎士殿左にあおごごごごごごごごごッッッッ!」
「ああああああやめろやめろやめろ来るな這いあがってくるいやだやめろあああああああ」
「……げええええええぇぇぇ……」
キッカがグリモアをタップした途端、ゲートの前に張り込んでいたアンデッドたちが、次々にもだえ苦しみ、頭を抱え錯乱し、あるいはその場に嘔吐し始める。
プリーストはパーティのサポート担当、ハッキング攻撃に対抗する守りの壁であるが、仕事はなにもハッキングを防ぐことに限らない。身体感覚のかく乱など、デバフ効果をもたらす呪文を味方が受けたとき、それを解呪するのもプリーストの役割である。そして解呪スキルはそのまま、電子ドラッグの効果を停止させるのにも使用できるのだ。
アンデッドたちは、たったいままで効いていたはずの電子ドラッグを突如停止され、強烈な禁断症状にのたうち回っているというわけだ。
†≪どんなもんっすか!
●≫いいぞ。無力化して先に進む。
悶絶するアンデッドたちに駆け寄り、ナイフで頸椎を切断して沈黙させる。どんなサイボーグも、首と身体が離れれば死ぬ。
素早く見張りを倒し、ゲートをくぐった俺たちは、全員で思わず足を止めた。
●≫なんだ、こりゃ。
◆≪わ、わあ……すごいですね……。
ついさっきまで俺たちは、無味乾燥な小さな田舎のオフィス街のような場所にいたはずだ。だというのに、ゲートをくぐった途端、景色が一変している。
立ち並ぶ古びた木造建築に、扉には両開きのスイングドア。割れたランタンを吊るした軒先には、丸いタイヤの付いた荷車の残骸に、横長の水桶。ご丁寧に、手押しポンプ式の井戸まで添えつけられている。挙句の果てに、足元はざらざらとした砂道だ。
あたかも、古いムービーアーカイブでしか見たことのない、西部開拓時代の街に迷い込んでしまったかのようだ。
○≪元テーマパークとは聞いてたけど、ずいぶん気合入ってたみたいね。
荒唐無稽な光景に唖然としていたが、シズルの言葉で思い出す。そうだ、テーマパークだったんだ。俺たちが別の時代、別の世界に来てしまったわけではない。よく見れば、どれひとつとして本物など存在していない。どれもこれも電脳戦争後の荒廃を耐え忍んでいる、精巧な風景レプリカなのだ。
そうと分かれば、なにも動揺する必要はない。落ち着いて辺りを見回せば、人の気配のないハリボテの町が広がっている。
●≫驚かせるなよな、まったく。よし、ともかく進むぞ。シズル、ルートを。
○≪急かすんじゃないわよ。いま……ちょっと待って。
ハンドヘルド型グリモアをタップするシズルの表情に緊張が走る。嫌な反応だ。へその下に錘が入ったような感覚に、バスタードのグリップを握る手に自然と力が籠る。キッカやゴーリーも生唾を飲んでいる。
○≪まずいわね、侵入がバレた。
●≫内郭まで進めただけもった方か。アンデッドどもは近くまで来てるか?
○≪いえ、まだ……ウソ!? 右!
「忘れられた狼たちの大名行列はさも勇敢な羊飼いが規定する一大煉瓦倉庫よりも膨大でがバ……ッ!」
警告よりも先に手が動いた。
すぐ右手の建物から、なんの前触れもなく飛び出してきたアンデッドに45口径弾を撃ち込む。空中で叩き落されたアンデッドは、それでもまだ起き上がろうとしていたが、駆け寄ったゴーリーの16ゲージに頭を吹き飛ばされた。
◆≪な、なんですか!? こいつ、いままでどこに!?
†≪たったいままで、誰の反応もなかったはずですよね!? どうなってるんですか!?
●≫騒ぐな、まだ来るぞ!
経験値に裏付けされた鋭敏な感覚が、方々の建物に湧き上がるように現れた気配を察知する。刺し貫くような殺気立った視線が、あちこちから飛んでくる。まるでハリボテの町全体が、突然俺たちに殺意を剥き出しにしたかのように。
「駆け落ちる月よりも白く輝く白熱灯の焼け焦げた匂いにも似た」「四匹目の七星テントウは五つの環状列島の二つ右から」「銃弾装てん銃弾装てん銃弾装てん」
意味をなさない胡乱な言葉の羅列と、引き裂くような銃声が、立て続けに俺たちに襲い掛かる。つい先ほどまでの静寂が嘘のように、サルーンから、コートハウスから、バーバーから、絶え間なくアンデッドたちは湧き出してくる。いったいどこにそんなに潜んでやがったのか。
クソッたれ、盛り上がってきやがった。
●≫仕方ない、突破するぞ! ゴーリーは後ろを、キッカは片っ端からドラッグ解呪だ。シズル、ルート!
射線を掻い潜って前方に飛び込み、右から左から迫ってくるアンデッドどもに45口径を返しながらチャットを飛ばす。
いくらか銃弾を受けたところで、アンデッドはしつこく起き上がってくる。眼球にぶち込めればブルズアイだ。ゴーリーの16ゲージも、至近距離でなければ効果は薄い。猛威を振るっているのはキッカの解呪だが、それも一度に処理できる人数には限りがある。
そしてとにかく、数が多い。動かなければ。一か所にとどまっていては押しつぶされる。
†≪あーもうめちゃくちゃっすよ!
◆≪キッカ、ケイさんのラインからずれないで!
前進しながら銃弾を躱し、銃弾を返す。俺がターゲットを引き受け、ゴーリーが守り、ハッカーたちが焼く。状況は厳しいが、それで突破できる。この程度の猛攻は、何度も潜り抜けてきた。死ににくい連中だが、殺せないわけじゃない。レベル99は伊達じゃない、ただ撃ちながら迫ってくるだけの相手だったら、いくらだって捌いてやる。100人のアンデッドと戦うな、1人のアンデッドと100回戦え。レベル99対レベル60なら、100回だろうが200回だろうが戦える。
今回だってなにも変わらない。そのはずだった。
「あ、しまっ……ぎ、ああああああァァァァッ!」
「なっ……」
足が止まる。背後から聞こえた甲高い悲鳴。まさか、まさかまさかまさか。あり得ない。
「シズルッ!」
シズルが白目をむき、鼻から血を流し、後頭部から煙を吹いて崩れ落ちる。力なく倒れた身体を受け止め、ハリボテのコートハウスの陰に飛び込む。ゴーリーが壁になって銃撃を防いでくれている。けれど。
「シズル、おいしっかりしろ、シズル!」
「が、ば……ッ……」
呼びかける声にも応えず、シズルはただ泡を吹き、後頭部をスパークさせて痙攣している。間違いなくウィザードによる攻撃呪文だ。そんなバカな。シズルが? レベル96ウィザードが、焼かれた?
「全員回線を閉じろ! チャットもなしだ!」
当たり前の話だが、ハッカーの攻撃はネット回線を通じて送り込まれる。回線を閉じてしまえば、直接的な呪文攻撃を受けることはない。同時に、俺たちもネットに繋がったあらゆる行動を制限されることになるが。
「じょ、冗談っすよね、それじゃアタシなにも」
「シズル以上のウィザードに対抗できるやつがいるか!? いまここに!」
湧いて出てくるアンデッドどもなら、いくらだって相手に出来る。だがいくら白兵戦で最強だとしても、電脳戦に関しちゃ素人も同然だ。打てる手は、回線封鎖しかない。
「ど、どうしますかケイさん。連中どんどん押し寄せてきますよ……!」
どうするもこうするもない。
「撤退だ。ネットにアクセスできないんじゃ相手を探すことも出来ない。シズルは……」
「置いて行くしかないっすよ」
背筋に氷の芯を入れられたような響きだった。いつになく冷たく、キッカはシズルを見下ろしている。
「乙ったヤツは置いて行くのが鉄則っす。アタシとゴーリーも、そうしたっすから。前のパーティで」
ダンジョンで死ぬのは、死んだヤツの責任だ。そんなことはわかってる。けれど。
「まだ息がある。連れて行くぞ」
「ちょ、マジで言ってるっすか?」
「大マジだ! ゴーリー、シズルを担いでくれ。道は俺が拓く、2人はとにかくついて来い」
見捨てるなんてできるか。10年一緒に戦ってきたんだぞ。いや、例えキッカやゴーリーでも、俺はこうする。じゃなきゃ、俺は。
「わ、わかりました!」
「ああもう、どうなっても知らないっすよ!」
どれほど血と硝煙に塗れたって、俺は、俺の性分だけは裏切れないんだ。
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