第4話:ミッドナイト・ショッピング

※≪『吸血姫』が何者なのかは、まだ詳細な情報は出ていない。というよりも、アンデッドのリーダーらしいという以外に活動の形跡が見られないんだ。おそらくゴブリンズのチーフみたいに武力でギャングを率いているわけじゃなくて、話術やカリスマで彼らの精神的、あるいは宗教的支柱になってるものだと僕は踏んでる。ドラッグジャンキーをメンタル面で支配するっていうのは、理にかなってるしね。ターゲットの子細な情報を仕入れきれてないのは申し訳ないところなんだけど、今回のセッションはとにかくスピード勝負になる。なんせ賞金額が3億パスモだ。いま動けば、まだ僕らが一番早い。さ、どうする?


 不敵に笑いながら、ユーリはそう捲し立てる。


 正直、即座に飛びつける美味しい話、ではない。なによりも吸血姫とやらの全貌が見えない。相手の情報がないまま挑むセッションほど、恐ろしいものはない。だいたい、このご時世に吸血姫とは。確かに俺たちの身体には、まだ血管も血液も通ってはいるが。


 それにもうひとつ。


●≫その賞金を懸けたのは?


 いくら危険極まりないキャッスル・サンドリヨンの支配者とはいえ、個人に対する賞金額としては大きすぎる。


※≪クロムテック。


 案の定コーポ絡みだ。コーポが絡む話には、たいていなにか裏がある。


※≪僕も気になって探ってみたんだけど、どうも彼らは、キャッスル・サンドリヨンを手に入れて、トーキョーへ進出するための前線基地にでもしたいみたいなんだ。けど、鎮圧のために大規模に企業兵を動かせば、どうしてもトヨシバやほかのコーポが黙ってない。そこで、冒険者を使ってトップをつぶしたうえで、キャッスル・サンドリヨンが自壊するよう仕向けたいみたいだね。


 であれば、少なくともセッション中にコーポに横やりを入れられる可能性は低いが。


○≪どうするの?


 気付けば、全員の目が俺を見ている。


 これは、渡るにはこの上なく危ない橋だ。不確定要素が多く、ゴブリンズのダンジョンを攻めるような、安定したセッションにはなりえない。


 けれど。3億パスモ。法外な金額だ。


 俺たち冒険者は、決して安定した収入を得られる仕事じゃない。報酬の額もまちまちで、たとえ稼げても、次のセッションを生き残るためには高額の投資が必要な自転車操業だ。大抵の奴はそのバランスを崩して、どこかで死ぬ。目端の利くやつは、ある程度実績を積んだところで引退して、どこかのコーポにでも雇われて安定した生活のために身を売る。冒険者を一生続けていく奴なんて、いやしない。


 けれど3億、5人で頭割りしても6千万。それだけの金額を一度に手にできたら。金のために足掻き回る冒険者とは、なにか違う存在になれるんじゃないか。そんな期待を抱いてしまう。金に糸目なんかつけず、誰かのために戦える存在になれるんじゃないか、なんて。


●≫……わかった、やろう。


 それに、ホットなビズに飛び込まないで、なにが冒険者だ。


 決行を承諾し、俺たちはビンやグラスを打ち鳴らした。



〔Break〕



 さて、そうと決まればいつまでも飲み明かしているわけにもいかない。ユーリの言う通り、こいつはスピード勝負だ。3億なんて賞金を狙う冒険者が、俺たちしかいないなんてことはあり得ないのだ。


 セッションの日取りを決め、俺たちは店を後にする。さらに情報を集めてみるというユーリと別れ、実働部隊である俺たち4人は、弾薬を補充し、装備を整えるため、ジャストコモールへと足を向けるのだった。


 チバシティでも最大のショッピングモールにして、最大のブラックマーケットであるこのモールは、例え夜中であってもネオンやホログラム看板の明かりを絶やすことはなく、日中よりもむしろ客足で賑わっているほどだ。複数の建物や改装を持つモール全体が、さながらひとつの街を思わせる規模を誇り、日用品に生活家電、食料品に医薬品、そして銃火器弾薬刃物にサイバーウェア、金さえあれば、ここで手に入らないものはないとまで言われている。


 『安さ』『安全ですごく強い』『大特価』。目にうるさいネオンのジャングルを抜け、俺たちはそれぞれに必要なものを物色しにショップに入る。


「アンデッド連中はとにかく死ににくいからなあ。俺も今回はショットガンを持つか……?」


「ケ、ケイさんのメインウェポンはハンドガンですよね。なら、これとかどうですか?」


短銃身の水平二連マッドマックスって、完全に趣味の銃じゃねえか!」


 確かに俺だって、趣味で持ってるリボルバーをセーフハウスにしまっちゃいるが、アンデッドのひしめくダンジョンで使う気にはなれない。ショットガンはひとまず保留にして、弾薬を買い足す。ついでにハンドグレネードもいくつか。


 俺とゴーリーが覗いているのは、もちろんガンショップだ。生き残るためにまず金を掛けるべきなのは防具、とは言うものの、スピード重視の俺はアンダースキン以上に防具を積むと動きが阻害されるし、ジャガーノートと呼ばれる重装甲サイバーウェアを装備しているゴーリーも同様だ。


 というわけで、銃を見に来たわけである。なにより、武器を選ぶのはテンションが上がるしな。


「ケイさんは、ハンドガン以外は普段使わないんですか?」


「場合によるかな。シズルと二人で潜るときは、中距離用にライフル持っていくこともある。けどショットガンはあんまり使ってない」


 至近距離はバスタード。これが俺のスタイルだ。


「な、ならせっかくですし試してみませんか? ショットガン、楽しいですよ。お、俺、他にもおすすめのいくつかあるんで、よかったら」


「どーんっ!」


「うぉっ!?」


「ケイ先輩ケイ先輩、どうっすかこれ!」


 いつの間に来ていたのか、突然後ろから抱き着いてきたキッカが見せびらかすものを見て、俺は首を傾げる。


「なんだお前、グリモア見に行ってたんじゃないのか?」


 俺たちに備わっているニューロデッキは、サイバーウェアのドライバやらオンライン通信機能やら、生身の脳みそじゃ到底こなせない電子演算処理を賄ってくれる優れものだが、そんなデバイスを攻撃あるいは補助しようとするハッカーの呪文は、当然さらに高度な処理能力を要求される。


 そこでハッカーたちが使うのが、グリモアと呼ばれる外部演算装置である。このグリモアの性能によって、ハッカーたちの使う呪文の効果は大きく変わってくる。


 当然、キッカもそれを見繕いに行ったものかと思っていたのだが。


「いまアタシが使ってるの、だいぶグレード高いやつっすから。これ以上の買おうとしたら、とてもじゃないけどパスモ足らないっす。だから、現役トップレベルって言われてるケイ先輩のパーティメンバーとして、ナメられないようなコーデにしたっすよ! ジェリンの新作、よくないっすか?」


 両手を広げて回って見せるキッカは、装いが変わっていた。


 大きな胸をやっと隠すチューブトップに、クリアレッドなPVCクロップドジャケット。下は合成レザーのホットパンツで、へそやら太ももやら、着ている服よりも肌のほうが主張が激しいコーデになっている。


 まあ確かに、ストリートの荒くれ連中にナメられないコーデは、チバシティで生きていくうえじゃ立派な防具ではあるが。


「……あー、いいんじゃないか?」


「ちょっと、全然心こもってないっすよ先輩! ほら、もっとよく見るっすよ!」


「んなこと言われても、俺はあんまそういうのわからないんだって」


「や、やめなよキッカ、ケイさん困ってるから」


「むー、ゴーリーは邪魔しないでほしいっすよ!」


 ゴーリーに割って入られ、キッカは頬を膨らませる。かと思えば、俺の腕を取って引き始めた。


「お、おい、キッカ?」


「来るっすよケイ先輩! 先輩にぴったりのボンバージャケット見つけたから、着てみてほしいっすよ! ゴーリー、先輩借りてくっすから!」


 そのまま俺は、キッカに腕を引かれ、吹き抜けになっているモールの通路に出る。だがそのまま俺を先導するキッカのつま先は、アパレルショップに向かう様子を見せなかった。


「なあおい、どこ行くんだ? ジャケット見るんじゃなかったのか」


 キッカがくすくすと笑い、腕に抱き着いてくる。肘のあたりに、暖かく柔らかい感触。


「もう、そんなの口実に決まってるっすよ。このまま二人で、カンオケ行きましょうよ」


 ぎょっとしてキッカの顔を見返してしまう。金色の瞳を細め、頬を赤らめて俺を見上げていた。


「ケイ先輩、全然反応してくれないんっすもん。アタシってそんなに魅力ないっすか?」


「い、いや、別にそんなことは」


「じゃあシましょうよ。あ、それともカンオケじゃなくって、その辺の物陰とかのが燃えるっすか? アタシは全然それでもいいっすけど」


 赤い舌が、唇を舐める。抱き着かれていた手が取られ、キッカの胸元に導かれていく。手のひらに伝わる、柔らかく張りのある感触に、思わずそれを振り払った。


「やめろって、俺はそんなつもりないぞ」


「えー、いいじゃないっすか。セッションが始まっちゃえば、アタシら生きて帰れる保証なんてないんすから、楽しめるときに楽しみましょうよ」


「だからって……だいたい、ゴーリーはいいのかよ」


 いざダンジョンに潜り始めたときに、男女の確執で揉めるなんて、目も当てられない。そう思って名前を出すと、どうしてかキッカは腹を抱えて笑い出す。


「マジっすか先輩、気付かなかったんすか。そのセリフ、ゴーリーに言った方がいいっすよ」


「どういう意味だ?」


「だってゴーリー、彼氏いるっすよ。なのにケイ先輩にべったりだったじゃないっすか、めちゃめちゃ色目使ってたし」


「えぇ?」


 全く気付かなかったゴーリーの嗜好に呆けてるうちに、またキッカが手を取って歩き出す。


「ほら、なんにも心配いらないっすから。ケイ先輩ならどんなプレイだって応じるっすよ」


「いやそうじゃなくて、待てって……!」


「ダメよ、そんな誘い方じゃ」


 キッカの勢いに押され、腕を引かれるままにホテルへ向かいそうになっていた俺への救いの手は、思いがけないところから差し伸べられた。


「ケイはウブなんだから、勢いに任せるなら、セッション終わりで頭沸いてるときにしなきゃ」


 吹き抜け通路の欄干にもたれ掛かった青髪の女が、にやにやと笑っている。


「それに臆病。出会ったばっかりじゃ、相手が何企んでるのか警戒しちゃうんだものね」


「げ、シズル先輩……アタシ別になにも企んでなんかないっすよ。ただ、レベル高い人と寝たら、経験値上がんないかなって思っただけっすもん」


「ベッドで上がるのなんて、寝技のスキルくらいよ」


「っておい、どういう魂胆だよっ!」


 慌てて腕を振りほどくと、キッカは頬を膨らませて地団駄を踏む。


「むーっ! いいっすよ、だったら今度のセッション終わり、覚悟してほしいっす! 絶対抱いてもらうっすからね!」


 舌を出して、とんでもない捨て台詞と共に去っていくキッカを呆然と見送っていると、隣から深々としたため息が聞こえてくる。


「あんたね、その押しに弱いところ、いい加減直しなさいよ。マジで食われるわよそのうち」


「別に俺だって、最後まで付いて行く気はなかったさ」


「どうだか。いつも言ってるけど、お人好しは卒業しなさい。今日だって、どこの誰だか知らないバカのために飛び出したでしょ」


「それは」


 事実だ。とうの昔に手遅れだったが。


「ねえケイ」


 シズルは正面に立つと、細く白い手をそっと俺の胸に当てる。そしてまたあの、なにかの期待を込めたような、不安を覚える表情で、碧い目を細めた。


「あんたは変われるって、私は信じてるから」


 結局それがどういう意味だったのか、俺はついぞ理解しないままだった。

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