第3話:プリプレイ
「やあケイ、それにみんなも! 無事でよかった!」
シルバーブレットの喧騒と冷たい光の奥。ボックス席で待ち構えていた細身の男は、俺たちを見るなり立ち上がり、笑顔で両手を広げてみせた。
「ユーリ。悪かったな、待たせたか?」
ユーリは俺と手を握り、肩を叩きあうと、人懐っこく笑みを浮かべて首を横に振る。
「ちっとも、僕も来たばっかりだよ。シズルもお帰り、少し見ない間にまたきれいになったね」
「バーカ」
シズルは軽くユーリの肩を叩いてから、ハグを交わす。キッカとゴーリーは、さすがにまだそこまで馴れ馴れしくはできず、軽く会釈をしてユーリに手を振り返されていた。
相変わらずの優男っぷりに苦笑いしながら、席に座る。ユーリは俺の幼馴染であり、いまどきチバシティじゃ珍しいくらいの好青年だ。
そして、俺たちの5人目のパーティメンバーでもある。と言っても、俺たちのように白兵戦や電脳戦スキルを育てているわけではなく、ダンジョンアタックや戦闘に参加することは基本的にない。つまり厳密には、このギルドで認められている冒険者ですらない。たとえ現時点でレベル72だとしても。
だがそれでも、彼は俺たちのパーティには欠かせない重要なメンバーだ。何故ならユーリは、コーディネーターなのだから。
コーディネーターは、戦闘系スキルによって現場を担当する冒険者と対照的に、企画運営や対人交渉術系スキルによって、攻略対象となるダンジョンや敵対勢力の情報収集、実働計画の立案等々、主にパーティの足回りを整える裏方仕事を生業にしている。スキル編成はモクレンらフィクサーにも近いが、依頼人と冒険者の仲介役を務めるフィクサーに対し、冒険者パーティ側に立ってマネジメントを担当するのがコーディネーターだと言えるだろう。
今回のゴブリン退治にしても、モクレン経由で請けた地元自治会からの依頼だったが、裏取りやアウトレットモール跡の情報、ゴブリンズの勢力調査を担当したのはユーリだった。現場に出ない彼らを軽んじる冒険者もいるが、俺から言わせればそんな連中は二流だ。ユーリの仕込みがなければ、セッションは何倍も面倒なものになってただろう。
寂れたレッドエリアの片隅で共に育ったあの頃から、ちっとも変わらない。ユーリが考え、俺が実行する。それが俺たちのやり方だった。
「ともかく飲もうよ、乾杯だ。セッションの成功を祝って」
めいめいにビンを、グラスを掲げて乾杯を交わす。フィフス・ビールのビンを開けて呷れば、安っぽい炭酸が口の中に広がり、合成香料が演出する風味と苦さを、疲れと共に飲み下す。
グラスを傾け軽やかな氷の音を立てながら、ユーリはテーブルに身を乗り出した。
「パーティに新しい仲間も加わって、いい流れが来てるね。キッカもゴーリーも、ケイたちと仕事してみてどうだった?」
「なによユーリ、普通そういうの、私たちに聞くもんじゃない?」
「こうして一緒に飲んでるってことは、シズルたちとしては問題なかったってことでしょ? それより僕は、ニュービーの感想を聞かせてもらいたいな」
違いない。それに俺としても、何度も同じ話をしたって仕方がない。
「確かにな……二人からは今回のセッション、どう見えた?」
「どうって、そりゃもう、経験値もバンバン入るってうはうはっすよ! それに、大先輩の動きを間近で見れて超アガるし! 憧れのケイ先輩のパーティに入れてもらえるなんて、それだけでイッちゃいそうっすもん!」
「モテモテじゃないのよ、ケイ」
シズルが肘でつついてくる。やめてくんない?
「なんか微妙に嬉しくねえんだよなあ」
「そんなあ! アタシこれでも前のパーティじゃ結構モテてたっすよ?」
「ゴーリーはどうだった」
しなだれかかってくるキッカを引きはがして話を振ると、ゴーリーはちびちびとグラスを傾けながら視線をさまよわせる。
「お、俺も、ポジションは違うけど、ケイさんの動きとかすごく参考になりました。む、むしろ、本当に俺らなんかが追加メンバーでよかったのかなって。俺たちはやっとレベル50超えたばかりで、レベル差もすごいあるのに」
「お前はパラディンだろ。パラディンの仕事はとにかく硬くなることだ。がっつり防御を固めた
実際のところ、レベル差が即座に戦力に直結するのは、俺やシズルのような攻撃を主体とするポジションだ。守りを固めるパラディンなどは、最低限の戦闘スキルさえ備えていれば、そこにいるだけで十分な脅威となる。もちろん俺と同レベルの相手なら、ゴーリーの守りを抜く方法はいくつも思いつくだろう。けれどどうしたって数秒は取られる。その数秒があれば、それこそ俺やシズルがどうとでも動けるというわけだ。
さらに言えばパラディンは、そもそも戦闘で受け身になりがちで経験値が溜まりにくく、必然レベルの上りも緩やかなのだ。高レベルパラディンは、それだけで貴重な人材だ。
「ケイ先輩、アタシはどうっすかアタシは。いるだけで癒しになれてたりするっすか?」
「存在がやかましい」
「なんでー!!」
プリーストもまあ、スラッシャーかハッカーかの違いというだけで、立場的にはパラディンと似たようなものだ。が、なにかと周りをちょろちょろしているキッカは、なんというか、犬型ボットの相手でもしている気分になってしまう。
「そんなこと言って、本当はまんざらでもないんじゃないの?」
ユーリがにやにやと肘で小突いてくる。やめんか。
「知ってる? ケイが冒険者になった理由。お話に出てくる、ヒーローみたいになりたかったからだもんね。女の子にちやほやされて、まさにヒーローみたいじゃない」
「やめろバカ、いつの話してるんだよ」
「えっ、なんすかそれなんすかそれ! ケイ先輩超キュートじゃないっすか! もっと聞かせてほしいっすよ!」
「あら、ケイの恥ずかしい話なら私もいろいろ知ってるけど」
「お前はマジでやめろシズル!」
この二人と飲むといつもこうだ。すぐに人を玩具にしようとする。レベルがいくつ上がっても、こういう場面では一生勝てる気がしない。
「やめやめ! いい加減仕事の話しようぜ。ユーリ、次はどんな仕事をさせるつもりなんだ? 笑ってんじゃないシズル!」
昔馴染みのからかいを、強引に話題を変えて切り上げさせる。
そもそも、大きなセッションを計画してるから、メンバーを、可能ならプリーストを追加してくれと言い出したのは、ユーリなのだ。これまで二人でダンジョンに挑んでいた俺とシズルは、その要請を受けてメンバーを追加することになった。今回のゴブリン退治は、そのための試運転というわけだ。
二人が戦力として申し分ないと分かった以上、そろそろその計画とやらを教えてもらわなければ、こちらも準備のしようがない。
「ごめんごめん、そうだったね。そろそろ話しておこうか。グループチャットに切り替えるよ」
※≪聞こえてる?
全員がサムズアップを返し、キッカがICEを張る。この辺は慣れたものだ。
※≪単刀直入にいくよ。今回はあるダンジョンに潜って、賞金首を狩ってもらいたいと思ってる。
●≫あるダンジョン?
※≪マイハマ・ドリームランドにある、キャッスル・サンドリヨン。
は?
聞き間違えたかと思ってログを見ても、まったく同じ文字が記録されている。マイハマ・ドリームランド、キャッスル・サンドリヨン。
†≪キャッスル・サンドリヨン……マジっすか?
◆≪あ、あそこってヤバいんじゃ。
キッカやゴーリーが慄くのも無理はない。チバシティで冒険者をやっていて、キャッスル・サンドリヨンを知らないヤツはいない。
マイハマ・ドリームランドがどこかと言えば、チバシティ最北にある一大埋め立て地だ。
川を挟んでトーキョーに接するこの地区は、電脳戦争の折、核攻撃で荒廃したトーキョーからの避難民を受け入れる形で、一挙に人口を増幅させた。戦後しばらくはトーキョーの復興最前線として、あらゆる技術や人材の拠点として賑わっていたマイハマだが、トーキョー復興計画の中止と、チバシティを出島とした鎖国体制が決まると、資本を投入していたコーポは次々とマイハマから撤退。残されたのは、人材受け入れに使われた大量のコンテナハウスや、無秩序に建設されたバラック。そして行き場をなくした避難民たちだ。全域がホットゾーンと化したトーキョーの前に取り残された彼らが、ストリートギャングめいた自警団を結成するのは自然な成り行きだろう。
今ではチバシティで最も危険なスラム街となったマイハマ・ドリームランドだが、なかでも異彩を放っているのがキャッスル・サンドリヨンである。
元々はマイハマで営業していたテーマパークだったそうだが、市政の目がマイハマから離れた途端、ここをある団体が占拠した。電脳戦争で傷つき、マイハマの避難民たちに合流していた傷痍軍人たちだ。彼らはテーマパークを瞬く間に城塞化すると、周辺住民やトーキョーから入り込んでくるギャングたちを抱き込み戦力を肥大化していく。
そうして出来上がったのが、チバシティ内で現在確認されている最大規模のダンジョン、パーク中心部にあった城の名前を取って呼ばれるようになった、キャッスル・サンドリヨンだ。これを超える難易度を持つのは、トーキョーにあるスカイタワー・ダンジョンか、シンジュク・ダンジョンぐらいだろう。
●≫ずいぶん大きく出たな……勝算はあるのか?
※≪もちろん。調べてみたところ、キャッスル・サンドリヨンを根城にしてるギャングたちは、レベル60前後が中心みたいなんだ。ケイを中心にしたフルパーティなら、十分攻略可能だと踏んでるよ。
†≪レベル60って、なんか低くないっすか? 難攻不落のダンジョンって言うくらいだから、もっとやべーのが揃ってるんだと思ってたっすけど。
※≪もちろん理由があってね。彼らはアンデッドなんだ。
○≪げー……。
●≫なるほど、それでプリーストか。
アンデッドと呼ばれるのは、ギャングの中でも、軍用の電子ドラッグをオーバードーズしている厄介な連中だ。
痛覚遮断やセンサー鋭敏化をもたらす電子ドラッグは、プリーストが使用する呪文と似たような効果を発揮するが、ニューロデッキを通した情報伝達を制御するハッカーのプログラムと異なり、ハードウェア側の出力をブーストすることで能力を向上させる危険なシロモノだ。身体への反動が大きく、使用後は全身に激痛が走り、ひどければ錯乱状態に陥るとも言われている。
そんな電子ドラッグを服用し続けているアンデッドたちは、レベル以上の能力を持ち、感覚を失い撃たれても切られても立ち上がる、まさに死なないように見えるギャングたちというわけだ。
面倒な相手だが、確かにプリーストがいれば強力なアドバンテージを取れる。レベル90台も後半の俺とシズルがいれば、確かに無謀な話とは言い切れない。
●≫そこまでは分かった。それで、賞金首って言うのは?
※≪このアンデッドたちのリーダーが『吸血姫』って呼ばれてるのが分かってね。で、この彼女(姫って言うくらいだからたぶん女だと思うんだけど)に、賞金がかかったんだ。その額なんと、3億パスモ。
今度こそ、全員が言葉を失った。
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