第1話:チュートリアル・セッション
冒険者って仕事に、憧れを抱いていた。
凶悪なゴブリンたちを蹴散らして、危険な罠の待ち構えるダンジョンを踏破し、腕っぷしひとつで人々を守って賞賛を浴びる。ときには報酬を蹴ってでも、誰かを守るために戦う命知らず。子供なら、いや、男なら一度は夢見る、高潔な英雄たち。
それが冒険者だって、信じていた。そう信じて、明日の行方も知れない
きっとその先で、物語に出てくる主人公たちのようになれると、誰かのために命を賭けて戦う男になれると、そう信じていた。
その結果が、どうだ。
足下に転がっている、どこの誰だか知らない一般人の遺体を見下ろしながら、物陰に身を隠す。
○≪ケイ、あんたなにしてるの? いきなり突っ走るとか。ちょっとケイ、聞いてる?
網膜にパーティのグループチャットがテキスト表示されると同時に、送り主であるウィザード、シズルの声が耳朶の奥で再生される。感慨にふけっている場合ではない。
頭を振って雑念を打ち消すと、すぐに周りの音が戻ってくる。怒号、破砕音、それに銃声。ここはもう薄暗いダンジョンの中だ。ファイターたる俺は、各々身を隠しているウィザード、プリースト、そしてパラディンたちとパーティを組んで攻略に挑んでいるし、ついでに言えば、俺は先走った突入がとっくにバレて、ゴブリンたちの歓迎を受けている。
身を隠している壁が銃弾に砕かれる音を聞きながら、チャットに返信を送る。
●≫悪い、物見遊山に来てるバカがいたんだ。とりあえず、もう邪魔にはならない。
●≫そっちはどうだ?
しばしの沈黙。
○≪まあいいわ。こっちは連中のローカルネットに侵入完了。情報どおりレベルは50~60程度。頭数は多いけど雑魚ばっかね。
†≪どこがっすか! アタシやゴーリーはどっこいっすよ!
割り込むように喚くプリースト、キッカのメッセージに、ついつい笑みを浮かべてしまう。
確かに、キッカとゴーリーはレベル50ちょいで、いままさに敵対しているゴブリンたちといい勝負だ。そもそも、冒険者としてはレベル30で一人前、50でようやくベテランを名乗れるのだから、ここの連中はゴブリンとしちゃ相当な精鋭揃いと言える。
けれど、俺たちの敵ではない。俺とシズルのレベルは、もっとずっと高い。
●≫問題ない、打ち合わせ通りにいくぞ。シズル、カウントダウン。俺が突っ込んで戦線を崩したら、ゴーリーは前進して敵のキーマンを叩け。キッカは適宜サポートだ。
†≪了解っす!
◆≪わかりました。
それぞれの返事を確認し、ホルスターから両手にそれぞれ一丁ずつ、愛用している拳銃を抜く。
○≪始めるよ。3
クロムテック社製FMP-60。通称バスタード。それぞれ15発ずつ装てんされた45口径弾を、フルオートでばら撒くマシンピストルだ。両腕を肩までサイバーアームに置き換え、ようやく片手で撃てるようになったじゃじゃ馬だが、
○≪2
愛銃たちのご機嫌を窺い、シズルのカウントダウンに耳を傾ける。
○≪1
「うわ、なんだ!」「見えねえ!」「くそっ、ウィザードがいる、視界を奪われた!」
○≪Have Fun.
シズルの合図と同時に、銃撃が止み、男たちの狼狽えた声を聞きながら、俺は物陰を飛び出す。連中の視界もすぐに戻るだろうが、俺のほうがずっと早い。
二歩で踏み切り、トヨシバのハイエンドサイバーレッグ、グラスホッパーに換装した両脚が、身体を宙に打ち上げる。相手のバリケードを飛び越え、着古したカーゴジャケットやボディスーツ姿の屈強そうな男たち……ゴブリンズと名乗る、
ようやく視界を取り戻したゴブリンたちが、慌てて銃を向けるが、そんな反応速度で対応できると思うなよ。
防衛線の中に飛び込み、両手に握ったバスタードのトリガーを絞り、至近距離から45口径弾を叩きこんでゴブリンたちを容赦なく薙ぎ払う。かつては買い物客が押し寄せ、いまはギャングたちが押し寄せて
「
頭数ばかり多いゴブリンたちの銃口が、一斉に俺に集中する。それでいい。敵の目の前で大暴れして注目を集めるのが、
†≪バフかけるっすよケイ先輩!
メッセージと共に神経強化
目の前に線が引かれる。ゴブリンたち構える銃の弾道。触れれば脳波を
身一つで敵の只中に飛び込んで、とにかく弾丸をばら撒き続ける。ただそれだけを続けて稼いだ経験値が、同じように身体を踊らせ続ける。
「なんだこいつァ、弾が当たらねェぞ!」「バカやめろ、味方に当たるだろ!」「ハッカーはなにしてる、早くあいつを焼け!」
【!CAUTION!】
網膜に不正アクセスアラートが表示されるが、相手にしている暇はない。事前にキッカの組んだ
○≪相手のWiz1、Pri1確認。Wizは対処済み。
一呼吸で懐に飛び込み、目を丸くしているゴブリンにバスタードの銃弾を叩きこみながら、視界の端でモールの奥を捉える。『格安!』と書かれた看板を掲げ、裸のマネキンが立ち並ぶ、割れたショーウィンドウの向こう。網膜に張り付いたタグが、ゴブリン側のプリーストの居場所を主張している。
ここから俺が走っても十分対処できる距離だ。そもそも、ここの連中相手なら俺とシズルの二人で十分制圧可能なのだが、それでは意味がない。
●≫ゴーリー、プリーストは任せたぞ。
◆≪突っ込みます!
「うおおおおおッ!」
「ぎゃ、なんだこいつッ」「止めろ止めろ!」「うわああ!」
前線に割り込まれ混乱していたゴブリンを蹴散らし、ゴーリーが敵陣の奥へと突進していく。ゴーリーは、身体の大部分を超高分子量ポリエチレンの重装甲サイバーウェアに換装し、アラミド繊維とセラミックの防弾シールドを携えた、大柄な
ゴーリーが店舗に駆け込むと、その場を逃れようと敵のタグが動く。だがゴーリーの持つトヨシバM2020、セミオートショットガンの銃声が二度響けば、タグはそれきり動くことはなく、その場で消滅する。
プリーストは、ハッカーに対する守りの盾でもある。敵の電子的防御を崩してしまえば、あとはもうこちらのウィザードの独壇場になる。
●≪はい、BANG!
「がッ!?」「腕が、あがががががッ!」
周囲のゴブリンたちの腕や足が、次々に火花をまき散らし、身体中に電流を走らせる。相手のサイバーウェアに侵入した、シズルの攻撃呪文である。相変わらずやることがえげつない。
しかしこれで、大勢は決した。残ったのは、痙攣してまともに動くことも出来ないゴブリンたちばかりだ。足元でのたうつゴブリンの背中を踏みつけ、頭部にポイントして引き金を引く。
とどめを刺して回るのは虚しい消化試合だが、わざわざ生かして返す理由もなかった。こいつらは男を殺してサイバーウェアを奪い、女は犯してから殺してサイバーウェアを奪う、シティの市民たちを脅かす札付きの無法者たちなのだ。
俺が45口径で、ゴーリーが16ゲージショットシェルで、ひとりずつ丁寧に息の根を止めて回る。
○≪ケイ、右。
●≫見えてる。
「死ね、クソ野郎あがばッ!」
棚の陰から飛び出してきたゴブリンに向けて引き金を引く。
そしてそれを最後に、動くゴブリンの姿は、今度こそどこにも見当たらない。
「私たち以外反応なし。お疲れ」
「終わったっすねー」
最後のひとりが沈黙し、ダンジョンと化していたモールが静寂を取り戻すと、物陰から二人の女が姿を現した。
ひとりは細身で、長髪の女ウィザード、シズル。ハンドヘルドタイプの
弾むような足取りでもうひとりの女、ショートヘアで小柄なキッカが近づいてくる。折り畳みタブレットタイプのグリモアを持った、プリーストだ。
「ケイ先輩! どうだったすかどうだったすか? アタシら結構イケてるんじゃないっすか?」
しかしこの、いちいち大きな胸を揺らして近づいてくるのは、わざとなのだろうか。
「ああ、悪くなかった。キッカの呪文も、ゴーリーの突破力も期待通りだったよ」
昔馴染みのシズルに対して、キッカ、それにパラディンのゴーリーは、今回初めて組むことになった相手だ。俺やシズルとはレベルに開きがあるものの、足を引っ張るでもなく、状況に応じて求められる動きをしてくれていた。指摘しようと思えば出来ることはいろいろとあるが、それでもレベル50オーバーのベテランを名乗るに相応しい戦いだったと言えるだろう。
「ほ、本当ですかケイさん? 俺たち上手くやれてました?」
「もちろん。パーティの慣らし運転としちゃ上々だろ」
俺より頭一つ大きいはずなのに、背中を丸めて小さくなっているゴーリーの背中を叩いてやる。と、ビクリと肩が跳ね上がる。ベテランパラディンとは思えない小心っぷりだ。
しびれを切らしたキッカが、その脛を蹴り上げと、痛くはないだろうにゴーリーの背筋がピンと伸びる。
「あーもう! もっと自信持つっすよゴーリー! アタシらはいま、レベル99の大先輩に認められたんすよ!?」
それから、わざとらしく胸を押し付けるようにしがみついてくるキッカに、肩をすくめた。
レベル99。それがいまの俺だ。
人間の能力をレベルで表すようになったのは、いつからだっただろうか。
いまの時代、都市部に暮らす人間の大多数は、ニューロデッキと呼ばれる補助電脳を、頭蓋骨の内側に装着して暮らしている。人間が生まれ持っている生体脳の機能を補助・拡充するニューロデッキの登場は、ネットワーク通信をはじめとする各種アプリケーションのインストールや、サイバーウェアと呼ばれる機械義肢の装着を可能にし、人間の身体的限界を大きく塗り替え、世界的な科学技術の急速発展を招いた。
中でもレベルの存在は、社会的評価を決める重要な要素だ。
ニューロデッキを介した個人のあらゆる経験は、電子的に記録され、EXPストレージと呼ばれる記憶領域に保存され、戦闘技術、工作技術、対人交渉技術等々各種スキルに経験値として蓄積されていく。そしてそれらスキルの習熟度の総計から導き出されるのが、その人物のレベルであり、ようはそいつがどれくらい『デキる奴』かを表すステータスである。
そのレベルが99。のんびり生きてりゃ(のんびり、なんて生き方ができるかどうかはともかく)、年齢とほぼ同等になるというレベルが99。もちろん、前線を張る冒険者として、白兵戦やアスレチックスキルばかり伸ばしてきたわけだが、少なくとも冒険者としてはトップクラスだ。それだけの場数を踏んできた。
キッカを腕から引きはがす。逆に言えば、俺や、レベル96のシズルと、こいつらとで違うのは、場数だけだ。
「はしゃぐなよ。ここ一応まだダンジョンの中だぞ」
「えーっ、さすが先輩はクールっすね。わかった、それがこの世界で10年生き残って、偉大な冒険者になる秘訣ってわけっすか!」
「クール、クールかあ。ならキッカはもうちょっと落ち着いた方がいいかもね」
「どういう意味っすかゴーリー! アタシがクールじゃないみたいな言い方じゃないっすか!」
「そ、そういうところだよ」
たったいままで命のやり取りをしていたというのに、すっかり気が抜けてはしゃいだ様子を見せる二人に、ついつい笑みが浮かんでしまう。俺にも、こんな時期があった。
けれどたったひとつ、続けていく秘訣なら教えてやれる。
「金をかける、それが一番確実な秘訣だよ。わかったらさっさと引き上げて、報酬を貰うとしよう」
呆気に取られている二人を尻目に、廃墟の外へ向かおうとする。だがシズルの姿がない。パーティメンバーについているタグを確認すると、そばの空っぽになった店舗の奥に表示がある。怪訝に思いながら入っていくと、シズルはこちらに背を向けてしゃがみ込み、じっとなにかを見つめていた。
「シズル、どうした。なにか目ぼしいものでもあったのか?」
「見てよこれ」
シズルの目線の先に転がっているのは、複数の人間……だったものだ。あるものは人工肺を抜き取られ、あるものは強化オプティクスを抉りだされ、反射神経ブースターをむしられている。どれも周辺に暮らしていた労働者か、あるいは浮浪者だったと見えるそれらは、ゴブリンどもが"商品を入荷"したその残りだろう。胸クソ悪くなるが、ゴブリンズのダンジョンじゃ見慣れた光景だ。
ただシズルの前に横たわっている男だけは、他の死体と趣が違う。
光沢のあるラテックスのスーツジャケットに、ノリの効いたシルクシャツ。シティ・セントラルで見かける、コーポの役員風の男。この街の支配階級。その死体を前にして、シズルは皮肉そうに唇を釣り上げる。
「笑えるわよね。毎日金を稼ぐために生きて、次の日には踏みつけていた連中と一緒くたに廃品扱いなんだから」
「……かもな。ほら、もう行こうぜ」
シズルの腕を取って立ち上がらせ、出口へ向かう。幸い抵抗することもなく、シズルは俺の手を取って歩き始める。
気付かれないように小さく息を吐く。あの死体を、コーポ嫌いな彼女にあまり見せたくはなかった。それに近くにいると、俺までニヒリズムに囚われそうだった。
連中と俺たちと、なにが違うのか。金次第でギャングを殺し、稼いだ金でまた殺しの準備をする。ダンジョン潜りだろうがゴブリン退治だろうが、結局は同じことだ。毎日金を稼ぐために生きて、次の日には死体置き場に転がっているかもしれない。
そんな虚無的な考えが、電子化してEXPストレージに溜め込まれそうな気がしてくる。
ふと、シズルの手が俺の腕を撫でる。
「ね、もうすぐレベル100ね、ケイ」
「ん? ああ、上手くいけば、次のセッションで上がるかもな」
「なにか変わるのかしらね、レベル100になったら」
するりと腕が絡み合い、細められた碧い瞳が俺を見上げる。そこはかとなく不安にさせられる笑みで見つめられ、言葉が詰まる。
シズルとはもう10年の付き合いだ。そりゃあ仲間としての情はあるし、命がけのセッションを乗り切ったあと、そのまま二人で
ただ最近シズルは、よくこんな表情をするようになった。わずかな期待を込めたような、どこか潤んだ瞳。レベル100になったら、なにかが変わるのだろうか。
「さあな、楽しみにしておくよ」
それだけ返事をして歩き続ける。キッカたちに合流する頃には、シズルも手を離していた。四人でスーパーマーケットの廃墟から出て、俺は目を細める。
街の外周部にあたるこの工業地帯は、陽が落ちると明かりもまばらで、人気はなく、夜な夜なアウターギャングたちが跋扈するのにおあつらえ向きな影が、そこかしこに蔓延っている。
なにより、遠目にもまばゆい都市部の光が、余計にその影を色濃いものにしていた。
とうに日の落ちた暗い空の下。星明りをかき消し、夜を祓うように煌々と光る街の明かり。墓標のように立ち並ぶビルが纏う、びかびかと目にうるさいネオン看板やホロ広告。中央にそびえ、威圧的に周囲を睥睨するひと際デカい建物は、トヨシバやクロムテックら、この街の支配者たるメガコーポのオフィスビルだ。中空には、そいつらのCMをどてっぱらに映すドローン飛行船が、人々を監視するように周回している。
ニューラルネットワークと欲望が回す電脳メトロポリス、チバシティ。
冒険者に憧れていた。けれどこの街じゃ、憧れなんて抱かない方がいい。
レベル99になった俺は、金のために命を賭けて、浴るのは賞賛なんかより、もっぱら硝煙と、ギャングどもの血しぶきばかり。待っていたのは、
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