四 昔話し編

「…………え?」


 一瞬、爺ちゃんが何を言ってるのか理解できなかった……それは、それほどまでに衝撃的な報告だったのだ。


「……ど、どういうことだよ? 殺されたって……なんで莉奈ちゃんが……いったい誰に!?」


 一拍置いた後、俄かには信じられないその事実を受け止めきれず、俺は詰め寄るようにして爺ちゃんを問い質す。


「誰だかはわからん……が、ったのは間違いなく夜叉御前さまに取り憑かれたもんじゃろう……」


「また、その名前……なんなんだよ? そのやしゃごぜさまって!?」


「昔からこの村に伝わる神さま…というか、一種の魔物じゃな……そんで、おまえが昨日見たという女がその夜叉御前さまじゃ」


「……!」


 さっきから何度も出てくる不可解なその単語に、ちょっとイライラが溜まって思わず声を荒げてしまうと、またしても爺ちゃんは衝撃的かな事実をその口にする。


「おまえにも話しておくべきじゃったな……夜叉御前さまというのはな、遠い昔、戦に敗れてこの村へ落ち延びてきた、さる豪族のお姫さまじゃ」


 続けて、その夜叉御前さまにまつわる恐ろしい伝説を、俺が催促するまでもなく爺ちゃんは詳細に語り始めた。


「ところが、落武者狩りの恩賞に目の眩んだ村の者達は、一行を騙し討ちにするとお姫さまを捕らえて敵方に渡そうと画策した。家臣を殺され、独り残されたお姫さまは、この村の者すべてを〝根絶やし〟にしてくれると呪いの言葉を残し、自ら懐剣で喉を突くと自害して果てたそうじゃ……」


 なんともひどい話だが、当時はそうした落武者狩りが普通にあちこちで行われていたと聞いたことがある……つまりは金田一耕助の『八つ墓村』と同じパターンだ。


「そして、その強い怨みから鬼女となったお姫さまの怨霊は、村の女こどもばかりを次々と祟り殺し始めた……そうして子孫を絶やし、呪いの言葉通り、村の者を〝根絶やし〟にするためにの。そこで、弱り果てた村人達はお姫さまの怨霊を夜叉御前さまとしてお祀りし、怒りを鎮めてくれるようお社を建てたんじゃ。それがそこの神社の境内にある末社の小さなお社だの」


「そうか。だからあんな恰好を……」


 爺ちゃんの話に、俺は昨日見たあの女性の姿を思い出す。


「……あれ? でも、それならもう夜叉御前さまが人を襲うようなことはもうないんじゃないの?」


「いや。夜叉御前さまは気まぐれでの。普段は鎮まっておられるが、夏の終わりのこの時期にふらっと現れることが数年に一度くらいあるんじゃ。そんな年には決まって村に死人が出る……今回のようにの」


 そんな疑問がふと頭を過り、またも爺ちゃんに尋ねてみる俺だったが、その希望的観測を爺ちゃんはさらっと否定する。


「だから、夜叉御前さまを誰か見た者があればすぐに村内の全員に伝え、被害者が出ぬよう警戒していたんじゃが……まさか、おまえが目撃していたとはのう……いつもはお盆に来てたんで、教える必要もないと油断しておった……」


 そうか……確かに今まで、俺が両親に連れられてこの夏の終わりの時期に村を訪れたことは一度としてなかった。数年に一度くらいと言っていたし、そんな頻度なんで、この村出身の親父もすっかり忘れていたのだろう。


 殺された莉奈ちゃん初め、みんなが話してくれなかったのも、爺ちゃんと同じような判断だったということか……。


「そ、それじゃあ、その夜叉御前さまが……俺の見たあの女の人が莉奈ちゃんを……」


「いや、出逢ったおまえが無事だったように、夜叉御前さまご自身は手を下されない……夜叉御前さまが現れると、必ず誰か村の女性が夜叉御前さまに取り憑かれてしまう……その者が犯人じゃ」


 だいたい理解したつもりになって俺がそう呟くと、爺ちゃんがその単純な事件の構図をまたも否定してくれる。


「しかも、夜叉御前さまは狡猾で、常時はその正体を隠しているんで始末に悪い……正体を現すまで、誰が取り憑かれてるかもわからんというわけじゃ」


「そ、そんな……」


 どうやら、俺が思っていた以上に事態は深刻らしい……つまり、村の女性の誰がそうなのか特定できぬまま、殺人鬼が野放しにされている状況なのである。


「でも、なんで莉奈ちゃんが……もしかして、莉奈ちゃんの家族とか、近くの人間がそうだってことはない?」


「さあ、どうかのう……ただの偶然なのかもしれぬし、あの子は勘の鋭い子じゃったからのう。正体を気取られて…ということもあるかもしれぬ……」


 常識的に考えて、俺はそんな推理をしてみるのだったが、爺ちゃんはしっくりこない様子で首を捻る……とその時、またしてもジリリリリリーン…! とけたたましく黒電話が鳴った。


 なんだか、嫌な予感しかしない……。


「はい。背後山……なんじゃと! 本当なのか!? ……ああ、わかった。うちも用心する……」


 その電話に出た爺ちゃんは、案の定、俺の嫌な予感を肯定するかのようにして、そんな受け答えをしてから受話器を置く。


「また村長からじゃったが……南条さんとこの太志くんも姿が見えないと思ったら、さっき冷たくなって発見されたとのことじゃ……やはり、刃物で首を斬られての」


 その後に爺ちゃんの口から出た言葉は、俺の予感をさらに上回るような最悪のものだった。


「えっ! 太志が!? ま、まさか佐奈子まで……」


「いや。佐奈子ちゃんは無事らしい。今は家にいるようだからたぶん大丈夫じゃろう」


 すぐにその可能性も頭に浮かんで俺は確認するが、不幸中の幸いにも佐奈子の方に別状はないらしい……だが、莉奈ちゃんに続いて太志まで……。


 一日で二人も友人を亡くしてしまった……まさか、このまま佐奈子も麗音も美柑も…それに俺だって殺されてしまうなんてことも……。


 あまりの出来事に、そんな不安と恐怖に俺は囚われてしまう。


「で、でも、家にいるとこを襲ってくることだって……」


「それはないから安心しな。ほれ、あの御前さま除け・・・・・・をどこの家でも出しとるはずだから」


 大丈夫と言われても、爺ちゃんのその自信が理解できずに言うと、いつの間にか戻って来ていた婆ちゃんが今度は代わってそう答える。


 婆ちゃんの指差した玄関の外を見てみると、そこには竹籠に御札を貼り、さらに節分の〝いわしの頭〟の如く、棘のあるひいらぎの枝を付けたものが軒先にかけられている。


籠目かごめと言ってな。魔物や怨霊にはその籠の網目がたくさん眼のある怪物のように見えるんじゃよ。加えてお寺の御札と、魔除けの柊の枝も合わせてある。それを玄関と勝手口に下げたから、こちらが招き入れない限り、夜叉御前さまの取り憑いた者は家の中に入れん」


 その竹籠を怪訝な顔で見上げていると、爺ちゃんもやって来てそう説明してくれる。


 言っちゃ悪いが、こんな竹籠でほんとに殺人鬼を防げるのか? 俄かには信じ難いが藁にもすがりたい気分である。


「おまえもまだ子供の部類だからな。襲われる可能性は充分にある。誰が取り憑かれてるかわからん以上、外を出歩くのは危険じゃ。明日、爺ちゃんが駅まで送ってってやるから、それまでは家に籠って一歩も外へ出るなよ? いいな?」


 いたく真面目な顔でそう忠告する爺ちゃんに、俺は大きく頷くとおとなしく従うことにした──。

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