ニ 顔隠し編
「──じゃ、敬二くん、また明日ねえ!」
「ああ、また明日!」
木製の電信柱に裸電球の街灯が燈る淋しげな四辻で、方角的に途中まで一緒に帰って来た麗音とも手を振って別れる。
「でも、帰るにはまだ早いよな……」
だが、せっかく一年ぶりに来た田舎の村。このまま帰るのもなんだかもったいないような気がした俺は、もう少し近所を散策してみることにした。
四辻は今来た川に行く道、麗音の家の方へ向かう道、祖父母の家がある方の道と、最後のもう一つは山麓に建つ神社の下へと続いている……なんとなく、その四つ目の道を俺は進んで行ってみる。
その神社は村の鎮守さまで、小山の上に大きな社と、もう一つ小さな祠のようなものが狭い境内の裏にひっそりと建っている。こじんまりとした無人の神社だが、なかなかに風情があっていいロケーションだ。
黄金の波がさざめく田んぼの中の一本道……その先のこんもりとした小山の樹々を断ち割るようにして、橙色に染まる長い石段と石の鳥居が俺の眼に映る……毎年、なんかどうか来てるので慣れた道である。
だが、その年だけは、いつもと少々状況が違っていた……。
「……ん?」
小山の下までたどり着き、ツクツクボーシ、ツクツクボーシ…と、うら寂しく蝉の声が木霊する石段を俺が登り始めると、夕闇の迫るその石段をこちらへ向かって下りて来る者がいる。
萌葱色の着物を着て、編笠を被った女の人だ。その編笠には薄布が下がっていて、顔がよく見えないようになっている……なんだか大河ドラマとか、時代劇に出てきそうな恰好である。
でも、田舎の山村だし、そんな人もいるのだろうと気にせず俺は石段をそのまま登り続ける。
すると当然のことながら、石段の中程で俺とその女の人とはすれ違うこととなる……そのすれ違い様、チラっと彼女の方を覗うと、薄布の隙間からその顔を拝むことができた。
雪のように白い肌に、涼やかな切れ長の眼をした超絶的な美人だ。
「……あ、ど、どうも」
思わず見惚れて足を止めてしまい、慌てて取り繕うようにお辞儀をすると、美女はにこりと静かに微笑み返し、そのままま石段を下りて行ってしまった。
黄昏時の神社で出逢った幻想的な美女……そのあまりに現実離れした光景に、俺はその後姿をしばらくの間見送ってしまった。
あれだけはっきり見えたのだから幽霊ではないのだろうが、なんだか狐か狸にでも化かされたような気分だ。
「あんな美人、この村にいたっけか……?」
俺は怪訝に思いながらもとりあえず石段を登りきり、一応、神社でお参りしてから祖父母宅へと帰った──。
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