つくつくぼうしのなく頃に
平中なごん
一 田舎暮らし編
それは、夏も終わりが近づく九月の半ば、ツクツクボウシが鳴く頃のことだった……。
高校へ上がるまで、俺は毎年お盆になると、両親と父方の祖父が住む田舎の村へ遊びに行っていた。
だが、中学三年のその年、何か親の都合があってお盆には両親と一緒に行くことができず、少し遅れて夏休みも終わった九月の中頃に、敬老の日の連休を使って俺一人で行くこととなった。
それまで一人旅というものをしたことがなかったので、そんな経験も兼ねてのものだったように思う。
辺鄙な山間にある村で、自家用車がなければなかなか行けないような交通の便の悪い場所だが、長距離夜行バスと本数の少ない電車や路線バスを乗り継いで目的地へ向かうのは、なんだかちょっと冒険のような感じでもあり、そんな苦労が思春期の俺にはむしろおもしろかった。
「──おお、よう来たな敬二。疲れたじゃろ? 飯はもう食うたか?」
「昼まだだったらなんか食べるか?」
一面、黄金色に色づいた稲刈り間近の田園風景の中、古い純和風建築をトタン屋根に変えた祖父母の家に着くと、爺ちゃんと婆ちゃんがいつものように笑顔で俺を出迎えてくれる。
ああ、俺の名前は
「──んじゃ、みんなに会ってくるよ」
「ああ、行っといで」
金曜の夜に自宅を出て、昼過ぎにようやく祖父母宅へ到着した俺は、夏野菜をふんだんに使った祖母の田舎料理で遅めの昼食をとると、この村では馴染みの遊び場へと出かけることにした。
「お〜い!」
祖父母宅から少し離れた山際、短い石橋から下を流れる川へ向かって俺は声をかける。
「…ん? あ、敬二くんだ!」
すると、その浅い清流に裸足で入って遊ぶ子供達が、俺の声に反応して一斉にこちらを見上げた。
俺とだいたい同い歳くらいの、この村に住む子供達だ。毎年村へ来ている内に仲よくなったのである。
今、こっちを指さして叫んだ白いワンピースの子は
「敬ちゃーん! 久しぶり〜! 早く降りておいでよー!」
次にそう催促してきたのは
「ああ、今行く〜!」
俺はすぐさま返事をすると、橋の袂にあるコンクリの階段を下って、彼女達のいる小川へと急いだ。
「敬二さん、なんでお盆に来なかったんですの?」
「そうだぜ? 来るの楽しみにしてたのによ」
莉央と美柑の他に、あと三人そこにはいる。
侮蔑するような眼を俺に向け、皮肉を言ってきた緑のジャンパースカートの子は南条佐奈子。ませているが小学校六年生だ。
それに続いて文句を言ってきた短パンにランニング姿なのはその兄で南条太志。やはり同級でこの村では唯一の男友達である。
「敬二くんは人気者なのです」
そう呟いた紺のワンピースを着る最後の一人は、村のお寺の娘さんで小手川莉奈ちゃん。佐奈子と同じ小六で、どこか神秘的な雰囲気を持った不思議な子だ。
この五人がこの村での……つまりは夏だけの友達だった。
「仕方ないだろう? 親の都合で来れなかったんだよ」
俺は言い訳をしつつ、靴と靴下を脱いで川の中へと入る……夏の暑さがまだ残る中、その冷たさがなんとも心地良い。
「よーし! お盆に来れなかった罰として、敬二くんに水かけちゃえー!」
「了解!」×4
俺が川へ足を踏み入れるやいなや、莉央の掛け声を合図に俺への一斉攻撃が始まる。
「うわっ! や、やめろ! ……くそ…おまえらなあっ!」
「きゃっ…! みんな、もっとやっちゃえー!」
集中砲火にしばし堪えた後、こちらも反撃を開始すると莉奈達もまたやり返してくる。
久しぶりのバカ騒ぎ……本気でふざけあうみんなとのこのやりとりが、どう表現していいのかわからないくらいにものすごく楽しい。
お盆には遅れたが、今年も夏の間になんとか来れてよかった……と、キラキラ輝く水飛沫を浴びながら、俺は心底そう思っていた。
そうして遊んでいる内に、ふと気づけば辺りは橙色に色づきだし、たまに感じるそよ風も幾分涼しくなっている。
まだ暑くとも秋は近づいており、日暮れの時間もだんだんに早くなって来ているのだ。
特に山間のこの村では、平地や海辺なんかよりも日没の時刻は早い。
「やっべ! もうこんな時間か。今日は敬老のお祝いするから早く帰って来いって言われてたんだ!」
外してあった腕時計を見て、そう言うと美柑が俄かに慌て出す。
俺も靴のとこに置いた腕時計を見ると、すでに五時を回っていた。
「じゃ、今日はそろそろ帰ろうか。敬二くん、明日もまだいるんでしょう?」
「ああ。明後日帰る予定だ」
時間も時間だし、美柑に合わせて解散となると、莉央が俺に予定を確認してくる。
「では、明日また遊べるのです」
「んじゃ、また明日なあ!」
「敬二さん、必ず明日も遊ぶ約束しましたからね?」
俺の返事に莉奈ちゃん、太志、佐奈子がそう続け、俺は明日も自然と…というか強制的に遊ぶこととなり、皆、それぞれの家のある方向へと散って行った……。
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