裏切


 同刻、ミルラ・ルベルストンは自分の死を悟った。


 生まれも育ちも、彼女は組織の中では至って普通の部類であった。


 幼い頃からギャンブルを少々嗜んではいたが、遊び程度でハマることも無く、彼女はそれよりももっと大きなことにハマった。


 平和な生活を裕福な生活をしているほど、過激な世界に憧れを持つ。


 初めてダークヒーローの映画を見た。


 彼女は、人々からは悪として恐れられていたとしても、正義を執行するその姿に憧れてしまったのだ。


 そして、不幸な事にも彼女はその正義を執行できるだけの力を持っていた。


 否、持ってしまっていた。


影に潜む守護天使人形ガーディアンパペットエンジェル”。


 最大9体までの天使を操る能力。


 天使の力はAランクハンターレベルに強く、能力だけで見ればSランクハンターにも届く優れもの。


 化け物揃いの九芒星エニアグラムの中で護衛に専念しているためそこまで強いように思われてないが、実際のところミルラの能力は世界屈指の強能力なのである。


 そんな身の丈に合わない能力を手にしてしまった少女は、先ず親を裏切った。


 健やかに元気に育って欲しいという親の願いを裏切り、彼女はこの世界でダークヒーローとして生き始めたのだ。


 これが最も重い罪だろう。


 そして、その後、仲間達にも恵まれたが、生き残ったのはミルラ一人だけであった。


 同じ罪を被せられたと言うのに、彼女だけ生かされた。


 これもある意味裏切りだ。生も死も同じくしようと心に誓った仲間を裏切り、ミルラは生にしがみついてしまったのだ。


 その後、拾われた民間軍事会社の護衛専門として勤務していたが、今度は仲間の裏切りを押し付けられた。


 これは裏切りとは言えないが、犯人がミルラとされているため他の者からすれば裏切りに見えるだろう。


 会社を売って、ミルラは裏切り者としての十字架を背負いながら逃げ出したのだと。


 これに関してはミルラの責任では無いが、ミルラは裏切りの連続によって生きてきたのだ。


 そして、最後に辿り着いたこの場所まで、ミルラは裏切りたくなかったのは言うまでもないだろう。


「........くっ」

「話せば楽になるぞ?仲間のことを話すだけだ。早くしなければ、全身が凍りついて死ぬぞ?」


 第九圏“裏切”。


「コキュートス」と呼ばれる氷地獄。同心の四円に区切られ、最も重い罪、裏切を行った者が永遠に氷漬けとなっている。裏切者は首まで氷に漬かり、涙も凍る寒さに歯を鳴らす。


 更に、裏切りの質によって罪が決まるのだが、ここはダンジョンでありあくまでも神曲はモデルでしかない。


 仲間を裏切れば、助かる。


 本来封印されているはずのルシフェルが、悪魔の囁きをするのだ。


 仲間を売れば助かるぞと。


 膝下まで凍りつき、徐々に感覚が失われていく中、ミルラはその冷たさと痛さに耐えながらニヤリと笑う。


 ルシフェルは何も分かっていない。自分達が崇拝するボスの素晴らしさを。そして、彼が常に不可能を可能にしてきたことを。


「ボスの命令で、ボスは裏切れないんですよ。それに、こう見えてもボスにはそれなりの忠誠心を持っているのでね。貴方と違って」

「理解に苦しむな。それで死ねば終わりだろう?」

「死んでも守らなきゃならないものってのはあるんですよ。クソの掃き溜めのような場所で死にぞこなって、ようやく見えてくるようなものがね」


 ミルラはそう言うと、既に氷漬けとなっている天使たちを見る。


 先程から能力を使おうとしているのだが、まるで動かない。


 ミルラは自分の死に場所がここかもしれないと思いつつも、希望を捨てることは無かった。


 あの頭のイカれたボスは、あの頭のイカれた仲間達は、必ず助けにやってくる。


 いつもハチャメチャやっているが、彼らは、彼女らはそういう人間だ。


 仲間だけは決して見捨てず裏切らない。


 ミルラにはそれが眩しく、そして心地よかった。


 ならばミルラも裏切ってはならない。自分からその手を離してはならないのだ。


「まだ時間はあるのでしょう?その間私とゆっくりお話しませんか?」

「........理解出来ん。何がそこまで貴様を突き動かすのだ」


 ルシフェルは自分に攻撃を仕掛ける素振りがない。


 ならば、今は少しでも情報を集めるべき。仲間達が少しでも楽に戦えるように。


 そんな心を、ルシフェルは理解できない。


 ルシフェル、又の名をサタン。


 悪魔の王とすら言われる彼に、そんな人間の信頼は理解し難いものなのである。


「あはは!!アハハハハ!!貴方には分からないでしょうね。ルシフェル。人間とは、時としてこの命をかけてまで託せる相手が存在するんですよ。いつもは馬鹿ばっかりで、私がいなければ三度は死んでいるような人でも、私は忠誠を誓うのですよ。この世界に存在もしない神に祈りを捧げる信徒の様に、私はいや、はその神を崇めるのですよ」

「神が救ってくれると本気で思っているのか?」

「キリスト、イスラム、ヒンドゥー、仏教。世界的に主流な宗教の神は人を助けることはない。だが、私達が崇める神は、私たちを助けそして救い出すのですよ。あれこそが神。あれこそが、世界に救済をもたらす英雄。見れば分かります」

「やはり理解に苦しむ」

「クソッタレた世界で生きてきたからこそ、見えるものもあるということですよ。この裏切りモンがマザーファッカー。ママのケツの穴をファックするようなクソには分からないでしょうがね。分かりたければ、パパのケツもファックしてみたらいいんじゃないですか?現代の地球はそこら辺寛容的ですよ。ゲイだろうがレズだろうが、ある程度は許されますから」


 刻々と時間が過ぎてゆく。


 ミルラの体は既に半分以上凍りついており、下半身は完全に機能を停止していた。


 それでも彼女は裏切るとこはない。最後になし崩しで入った組織は、ミルラにとってとても心地の良いところなのだ。


 それを裏切ってはならない。


 それを、壊してはならない。


「そろそろ死ぬぞ?自分の命が惜しくないのか?」

「さっきから言ってんだろド低脳。私たちのボスは、私達の神は、必ず救ってくださるんだよ。自分の保身だけを考えて、神に追放された無能のゴミクズは黙ってろ。自分の裏切りを正当化するのは、もう辞めたっつってんだ。それと─────」


 その時、ミルラの後ろにあった氷山の一角が崩れ去る。


 ルシフェルは目を見開き、そして素早く防御態勢を取った。


 パンパン!!と2発の弾けた音。


 ニィと笑ったミルラは、神の降臨を笑い。そして悪魔に対して舌を出す。


「あまり私達のボスを舐めんじゃねぇぞ。クソッタレが」


 地獄の底に神が舞い降りた。


 崩れ去った氷山から現れた八つの影。それはミルラの宝物であり、人々の希望である。


「おいおい。ミルラ。シャーベットにでもなるつもりか?勘弁してくれよ。お前が死んだら誰が俺のケツの穴を守るんだ」

「助かりましたよボス。ちょっと下半身の感覚がないので、割も真面目に助けてください」

「はいはい。心を強くもてよ。ピギー、壊せる?あ、行けるのね。じゃ、よろしく」

「ピギィェェェェェェェェェェェ!! 」


 地獄の牢獄が崩れ去り、地獄すらも死に陥れる鳴き声が響き渡る。


 ミルラを固めていた氷は下されて、ミルラはその男に抱き抱えられながらゆっくりと地面に寝そべった。


 裏切りは死によって乗り越えられた。


 後は、最後の罪を乗り越えるだけである。




【ルシフェル】

 又の名をルシファー。

 明けの明星を指すラテン語であり、「光を掲げる者」という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である。

 キリスト教の伝統においては、ルシファーは堕天使の長であり、サタン、悪魔と同一視される。神学で定式化された観念においては、悪魔はサタンともルシファーとも呼ばれる単一の人格であった。




 とりあえず全員と合流できたな。


 スーちゃんがミノタウロスを食べ終えて満足したので、先へと進む道を歩いていたら、行き止まりに辿り着いた。


 既にそこには仲間たちも数人集まっており、みんなが無事であることを確認。


 さらに暫く待って居ると、ミルラ以外の全員が集まったのだ。


 すると、行き止まりであった氷が崩れ去り、道が開けた。


 どうやら、全員が集まるまで通行止めのシステムだったらしい。


 そして見た。ミルラの体が凍りついている姿を。崩れ去る氷の中で僅かに見えたその影に向かって、俺は無意識に銃弾を放っていた。


 慌てて見るらの元へと行き、安否を確認。とりあえず生きていれば何とかなる。


 ミルラは下半身が動かなくなっているらしいが、命に別状は無さそうであった。


「アリカ、治せるか?」

「問題ない。こういう時のために私はいるんだからな。口を開けろミルラ。体温上昇の薬と、上級ポーションだ」

「わぁ!!アリカちゃんに膝枕されて介抱されてます!!あー顔が見えない!!そのたわわな胸が私の宇宙!!」

「........なぁ、やっぱり治療をやめてもいいか?」

「我慢してくれ。後で実験台にしてやっていいから」

「相変わらずだねぇ........ここまで来るとむしろ尊敬するよ」

「下半身よりも頭を見て貰った方がいいんじゃねぇの?」

「それはそうねん」

「フォッフォッフォ。余裕があるだけマシじゃろ。泣かれるよりかはな」

「泣いたら写真撮ってみんなで鑑賞会ですよ。ミルラの可愛い顔が見れます」

「みんな悪趣味っすね........まぁ、俺も死にかけたんで人のこと言えないんですけど」


 アリカに介抱されて、意味のわからないことを言い始めるミルラ。


 もう終わりだよこの子。ついさっきまで死にかけてたと言うのに元気すぎるよ。


 まぁ、死なれるよりはマシだし、怪我も治せない程じゃない。


 死体を持って親に報告することがないだけマシか。


「さて。ルシフェル。お前を倒せばこのダンジョンは終わりか?」

「貴様........死ぬ覚悟はあるんだろうな?」

「無い。が、お前を殺す覚悟なら幾らでもあるぞ。大人しく死んどけ、落ちこぼれの元天使風情が」


 まぁ、俺はサポートに回るんですけどね!!


 火力無いし、弱いから!!






後書き。

全員集まっているのは、人間は皆裏切りの罪を背負っているからだったりする。親の期待を裏切ったり、友情を裏切ったり。約束を破ったり(ある意味裏切り)。

みんな一度はしたことあるでしょ?そう言うこと。

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