みんな強すぎ


 恐らくこいつを倒せば、このダンジョンは終わりを迎える。


 堕ちた堕天使ルシフェル。


 又の名をサタン。


 七つの大罪にも数えられ、その傲慢さから傲慢の罪を背負った天界の追放者。


 それが、ルシフェルという存在である。


 まぁ、ダンテ神曲の中では裏切りの地獄で凍りついてるだけのやつなんだけどね。


 しかし、ここはダンジョンであり、あくまでもモデルはモデルでしかない。


 氷漬けにされていたはずの堕天使は、このダンジョンにてボスという大役を任されているのだ。


 出世したもんだ。


「あー、治りました。ありがとうございますアリカちゃん」

「良かった。これで動けるな。護衛を頼むぞ」

「えぇ。天使達は回収出来ましたし、この命を掛けてでもアリカちゃんは守りますよ」

「それは頼もしいが、私だけじゃなくてみんなを守ってくれ」

「ふふふっもちろんです」


 目の前で敵が回復していると言うのに、ルシフェルはまるで動かない。


 空気が読めるのか、それともこちらを侮っているのか。


 真実は定かではないが、とにかくルシフェルは大人しく待っていてくれた。


 多分、魔法少女の変身シーンとかも待ってくれるタイプだ。いいね。好きだよそう言うの。


「あのー所で皆さん当たり前のようにしてますけど、なんですかあの犬。私の目が確かならば、地獄の番犬ケルベロスに見えるのですが」

「見えるも何も、事実、ケルベロスだからね。可愛いでしょ?」

「クゥーン」

「おーケルベロス。期待してるぞー」

「炎とか使えそうだし、暖房には良さそうだな」

「その暖房、私達まで燃やすぞ」

「フォッフォッフォ。犬を飼ったことは無かったのぉ」

「あの、え?これ私がおかしいんですか?え?」


 みんな当たり前のように受け入れているが、何故かここには地獄の番犬が居る。


 なんかリィズ曰く、軽く脅したら懐いたそうだ。


 まぁ、そんな時もある。世の中には食い意地だけで天下の人間様に飯をたかるスライムだって居るのだ。


 本能で死を感じたから従うケルベロスの方がまだ納得出来る。


 スーちゃん、よくよく考えなくてもメンタルイカれてるからな。


 貴方、一応最弱の魔物出あるスライムですよ?俺じゃなかったら多分殺されてたからね?


 今となっては頼もしい子に育ったが、最初の頃はただのスライムでしか無かったからね。


 しかも、掃除機代わりだったし。


 そんな経緯があってスーちゃんを仲間にしたり、ナーちゃんを仲間にしているから、今更ケルベロスの一匹二匹程度で驚くことは無い。


 いいじゃんケルベロス。意外と人懐っこくて可愛いぞ。


「ケルベロス........貴様、覚悟はあるのだろうな?」

「グルル」

「そうか。ならば死ね!!」


 ルシフェルがそう言うと、漆黒の矢が飛び込んでくる。


 ルシフェルの周囲に魔法陣が現れ、そこから銃弾のように射出された一撃は、雨のようにケルベロスに降り注ぐ。


 おぉ、いかにもラスボスって感じの攻撃だな。ちょっと感動してしまうよ。


 対するケルベロスは、その矢に対して炎で対抗。


 口から炎を吐き出すと、その矢を丸焦げにしてしまった。


 ケルベロスもケルベロスでやべぇな。そして、それを従えるリィズが如何に凄いのかがよく分かる。


 確か、戦わずに強さを認めさせたんだっけ?


 あれ?その理論で言えば、リィズ1人でルシフェル倒せるんじゃ........


 俺はそんなことを思いつつ、ルシフェルの動きを封じるためにワイヤーを具現化。


 ルシフェルの身体を縛り付けたその瞬間、爺さんが動く。


「フォッフォッフォ。死ねい」


 神速の一撃。


 500年の歴史が積み上げられたその一撃は、最早人のそれではない。


 世界を揺るがすレベルの神速の一撃は、空間を切り裂いてルシフェルを襲う。


 しかし、ルシフェルもこの程度でどうにかなる相手ではなかった。


 爺さんの剣は確実にルシフェルを切り裂いたが、僅かに肉を切るだけに留まる。


 化け物め。そこは生物としてぶった切られておけよ。


「ぐぬ........」

「む、内部がかなり硬いのぉ」

「なら、私の出番ねん」


 内部が硬い。それ即ち、気功術の出番。


 ローズはそう言うと、凄まじい勢いでルシフェルに近づいて拳を突き出す。


 対するルシフェルは、もちろん迎撃に入るが、お前は俺の存在を忘れたのか?


「させねぇよ」

「ぬ?!」


 昔懐かしの玩具箱トイボックス、発動。


 小学生の頃に遊んだおもちゃは時として武器となる。


 ワイヤーでルシフェルの動きを止めると同時に、バケツを具現化して視界を奪う。


 どれだけ力だ強い相手と言えど、不意の拘束は一瞬のタイムラグを生み出すものだ。


 そして、強者同士の戦いにおいて、そのラグは命取りとなるものである。


「ぬぅん!!」

「がふっ........!!」


 ローズ、渾身の一撃。


 内部へと浸透する一撃は、あまりにも強大すぎて強すぎた。


 バケツを被った堕天使が血を吐くとかいう中々見られない光景が映っている。


 明確な隙。


 その隙を逃すほど、俺の仲間たちは優しくない。


「「リミット解除」」


 ローズが二発目の拳を叩き込んだその時、リィズとレミヤが動き出す。


 2人は今のままでは有効打が無いと思ったのだろう。


 事実、ローズの一撃はルシフェルにダメージを与えてはいるが、致命的では無い。


 しかも、殴られながらワイヤーを引きちぎる元気まである。


 俺がちぎられた傍から拘束しまくっているが、それでもブチブチと簡単に切られているのだ。


 あの、当たり前のように俺の主戦力であるワイヤーを切らないで貰えます?


 それされたら俺、何も出来ないんですが。


「レミヤ、合わせて」

「了解しました。活動限界は5分です」


 2人が簡単なやり取りをしたその刹那、裏切りの大地に重火器の演奏が響き渡る。


 普段は6つの武器を出して暴れていたレミヤだが、今日は違う。


 10........いや20近い武装がレミヤを覆い、それぞれが独立して重火器をぶっぱなしていた。


 ドガガガガガガガガガ!!


 と、思わずみ耳塞ぎたくなるレベルの爆音。


 それに合わせて、リィズが動く。


「カァ!!」


 ドゴォォォォォォン!!


 エンシェントドラゴンが放っていたあの一撃。それを模倣した一撃が、ルシフェルを襲う。


 それでもルシフェルは傷だらけでありながらも生きていた。


 ラスボスにふさわしい耐久力と言えるが、耐久力が高いだけのサンドバックは意味が無い。


「........これ、俺いります?」

「奇遇だなレイズ。俺も同じことを思った。俺ら要らなくね?」

「おいおい、最後の戦いだ!!と思ったら、何も出来ねぇよ。俺も暇なんだけど」


 何気に戦闘力が低い野郎ども、あまりに苛烈過ぎる戦いでついていけない問題。


 おれはサバイバル向きの能力だし、レイズは契約専門。ジルハードは固くなるだけなので、正直やることがない。


 アリカみたいに薬も作れないので、本当にやることがなかった。


 俺もワイヤーをちょろっと出してはいたが、雀の涙程度の援護だしな。しかも今は戦闘が激化しすぎて下手な援護は返って悪手となりかねない。


 あれ?野郎ども、実は戦闘においては無能?


 そんな悲しい事実が発覚しつつも、暴れまくる仲間達を眺める。


 ルシフェルは、確実にボコられて次第に弱っていた。


「最後の最後で何も出来ないのはちょっとモヤモヤするな。だからといって、あんな世紀末な争いの中に入る気にもならんが」

「同感だ。俺はプライドよりも命の方が大事なんでね」

「俺もっす。と言うか、あの人たちがおかしいんですよ」


 ボコスカに殴りまくり、ボコスカに蹴り飛ばす。


 最初は“ボス戦だ!!”と気合いを入れていたが、なんかフルボッコにされて可哀想になってきた。


 五大ダンジョンの多くに言えることだが、こいつらって実は強い敵がいるんじゃなくて環境による初見殺しが強いだけでは........?


 そういえば、強すぎて攻略不可と言われていたわけじゃないな。情報も持って帰れないから攻略不可能のダンジョンと言われているし。


 初見殺しが強いダンジョンで、その初見殺しゾーンを突破されたらどうなる?


 そりゃこうなる。


 ルシフェルも強いが、正直どこぞの邪神と比べたら明らかに弱い。


 ピギーとか使わなくても勝てそうだもん。と言うか、勝ってるもん。


「しまらんなぁ........もっとこう、ニーズヘッグの時みたいにみんなで総力戦を期待してた」

「まぁ、安全なだけいいじゃないっすか。1番強かった敵と一番最初に戦ったのはちょっとアレでしたけど。それに、罪の罰はけっこう難敵じゃなかったですか?」

「ある意味な」

「ピギー達が何とかしてくれたわ」


 野郎ども、完全に蚊帳の外。


 悲しい事に、この人外魔境の戦いに参加できるほど俺たちは強くない。


 最後の最後でハブられるとか言う悲しいラスボス戦になってしまったが、まぁ、こんなもんか。


 映画や漫画の世界では無いのだ。毎回最後に見せ場が来る訳でもないしな。


「タバコ、吸うか?」

「俺は遠慮しておく。嫁に怒られるからな」

「俺は貰いますかね。偶にはいいでしょ。偶には」


 タバコに火をつけて、煙を吐き出しながらのんびりとその戦いを眺める。


 こんなにゆったりとしているが、目の前で起きている戦いは神話そのものだ。


 斬撃が、衝撃が、破壊が、重火器が、たった一つの罪に対して罰を下す。


 ルシフェルは知るべきであった。


 罪は己であり、罰を下される側であることを。


「........!!」

「あ、死んだ」

「フォッフォッフォ。終わったわい」

「これで終わりねん。いい運動になったわん」

「終わったのか?薬で援護するまでもなかったな」

「護衛もクソも無かったですね........」


 うーん。みんな強すぎ。


 最後の五大ダンジョンにして、最後のボスルシフェル。


 彼は、ちょっと見せ場を作ってあっという間にフルボッコにされてしまったのであった。


 見た感じ結構強そうだったんだけど、ニーズヘッグの方が強かったな。


 戦う順番間違えたかも。これ、漫画とかだったらブーイングきそう。


 俺達らしい最後ではあるが。


 そう思いながら、とりあえずけが人が出なくて良かったと安堵しながらタバコを吸っていたその時。


 俺は光に包まれて視界が切り替わるのであった。


「おめでとう!!君は神の試練を乗り越えた!!」


 そしてそこには、クソッタレのクソ神野郎が居たのである。





 後書き。

 次回、最終話。

 ぬるっと死ぬラスボス。ルシフェル君さぁ、君、ラスボスとしての自覚ある???

 ちなみに、ピギーを除けば最強はニーズヘッグだったりする。

 お前は早く出てきすぎなんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る