暴力、悪意
グレイ達がそれぞれの罪と向き合っていた時、この男、ジルハード・ゴリレフもまた己の罪と向き合っていた。
ブルガリアで生まれ、親の顔も知らずに育った彼はいつの間にかギャングのボスへと成り上がっていた。
ある時はクスリを売りさばき、ある時は人を殺した。
積み上げた死体を数えるのは、遠い昔にやめてしまっている。
自分はこのまま地獄の中で暮らしていくのだろう。ジルハードはそう思っていた。
しかし、人生とは時として不思議なものである。
生きるために必死であったジルハードにも、女神は舞い降りたのだ。
それが、ジルハードの妻との出会いである。
子を授かり、安全のために海外へと逃がし、そして死んだ。
裏切り者の手によって始末されたあの日のことを、ジルハードは未だに覚えている。
そのことを誰かに詳しく語ることは無いが。
それから、生きる気力を失いつつも、彼は薄暗い場所をさまよった。
妻が最後に残した言葉だけを守って。
そして、2度目の転機が訪れる。
最悪の街グダニスクで出会った、人類史上最悪のテロリスト。グレイとの出会いが、再びジルハードの時間を動かしたのである。
「暴力の罪か。それにしても、いい趣味してんな。性格の悪いボスだってここまではしねぇよ」
そして今、彼は全ての罪に向き合っている。
第七圏“暴力”。
他者や自己に対して暴力をふるった者が、暴力の種類に応じて振り分けられる。
第一の環 隣人に対する暴力 - 隣人の身体、財産を損なった者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。
第二の環 自己に対する暴力 - 自殺者の森。自ら命を絶った者が、奇怪な樹木と化しアルピエに葉を啄ばまれる。
第三の環 神と自然と技術に対する暴力 - 神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる(当時のカトリック教徒は同性愛を罪だと考えていた)。
ジルハードが振り分けられたのは、第一の環。しかし、煮えたぎる血に漬けられることは無い。
その代わりに、今まで自らの手で殺してきた亡霊達がそこにはいた。
そして何より、正面にいたのはジルハードの妻であった。
地獄はこう言っているのだ。
“お前のせいで、彼女は死んだ”と。
「........チッ、たしかにいい気分では無いな。本能が言っている。あれは偽物だと。ボス、あんたがキレる理由がようやくはっきりと理解したよ。コイツは、あまりにも不愉快だ」
「ジル─────」
パァン!!
妻がジルハードに語りかけたその瞬間、ジルハードは脇目も振らずに拳を突き出して妻の幻影を弾き飛ばす。
人は同じ見た目の人を目の前にした時、それを本物であると認識する可能性が高い。
言動が違えば、言葉が違えば偽物であると分かるが、それでも攻撃の手が緩む事もあるだろう。
地獄もそれを期待したのかもしれない。
だが、ジルハードはその程度で手を止めたりはしない。見た目が同じだろうが、亡き妻はこの世界にひとつしか存在しないのだ。
「舐めた真似をしてくれやがって。俺の........俺の女神が地獄へ堕ちるとでも思ってんのか。地獄へ落ちるのは俺だけで十分なんだよ。妻も子供も、天国がお似合いだ」
一歩、ゆっくりとジルハードが歩き始める。
死した亡霊たちは、本来ジルハードを止めなければならなかった。
彼らはダンジョンの意思。ダンジョンを守るための兵士なのだから。
しかし、この時ばかりは誰もが一歩後ろに引いた。
亡霊達は本能で感じてしまったのだ。恐怖を。愛するものを偽ったことに怒りを満ちさせているこの男の、怒りを。
「退け。そして、道を開けろ。それとも、こいつら全員殺したらいいのか?」
「「「「........」」」」
凄まじい気迫に押され、亡霊達は道を開ける。
本来ならば、ここにいる全ての亡霊を叩き潰して道を開けなければならない。
だが、亡霊達は真の敗北を認めてしまったのだ。
ほかのダンジョンならば、無理やりにでも殺す必要があっただろう。しかし、このダンジョンは罪をどう乗り越えるかが焦点となる。
ジルハードは気迫と怒りで乗り越えたのだ。
愛する妻の幻影を見せたことによる怒りによって、暴力と言う罪を上からねじ伏せたのである。
ダンジョンとしては納得いかない方法であろうと、罪を超えたのであれば関係なし。
ジルハードの前に、第九圏への扉が開かれた。
「クソが。気分が悪ぃ。ボスからタバコでも貰えばよかったな。ニコチンはこういう時に効く」
ジルハードはそう言うと、静かに道を歩いていく。
亡き妻が最後に残した言葉“夢を追え”という言葉を胸に刻んで、彼は夢の果てを見に行くのだ。
【サリー・アンジェリーナ】
ジルハードの妻。享年27。
ジルハードの妻にして、ブルーギャングの優しき聖母。当時、悪さをしていたジルハードの頬を思いっきり引っぱたいた超メンタル強者にして、ギャングのメンバーにも慕われていたみんなのママ。
ジルハードとは色々とありつつも、二人の子供を授かりギャング総出で世話をしていたりする。
裏切り者であった幹部も彼女を殺すのは嫌がったが、ジルハードが死んだ後担ぎ上げられるのは間違いなく彼女であるとわかっていた為泣く泣く殺すしかなく、彼女が死んだ後に建てられた墓にこっそり花束を添えている。
立場上狙われることも多かったが、少しでも手を出すとブルーギャング総出でマンハントが始まるとかいう、裏ボスみたいな立ち位置の人であった。
レイズ・アッカダモンの人生は、波乱万丈に満ちていた。
生まれはメキシコ。そこでは日夜カルテルが人を殺すような世紀末であり、レイズの両親は幼い頃にカルテルに殺されている。
その後、なんやかんやあって軍に能力の有用さから拾われ、エリート軍人として働くようになった。
が、人が集団に属する以上、仲の悪いやつはどうしても出てくる。
その日のレイズは、お気に入りであったコップが割れてしまい虫の居所が悪かった。そして、募りに募った苛立ちも相まって、上司の頭を弾いて逃亡。
能力を使ってヨーロッパに逃げ込むと、最悪の街グダニスクへとやってくる。
そこで、彼の人生は大きく変わった。
詐欺師をしていたレイズの前に現れた一人の男。彼は、ポーカーの勝負を仕掛けてきた上に、とんでもないものを賭けたのだ。
負けたら相手に絶対服従。
そして、レイズは負け、気がつけば九芒星の一員としてこんなところまで来ている。
最初は逃げたいという気持ちの方が大きかった。それもそのはず、彼のボスは世界中から恨みを買ってあちこちから命を狙われていたのだ。
そんな男の傍に誰がいたいと言うのか。
そういうのは頭のイカれた者だけで十分である。
しかし、日が経つにつれレイズの周囲も色々と変わっていく。
今となっては、一国の王(元)と恋人同士になるぐらいには、幸せな日々を送っていた。
「ゴホッ........」
口から滴り落ちる血。
レイズは自分の命が蝕まれていくのを感じている。
第八圏“悪意”。
この階層では悪意を持って罪を犯したものが、十の罪の中から振り分けられる。
レイズが振り分けられたのは、第十の姦“詐欺師”。
ダンテ神曲を作成時は、錬金術が流行っていた。もちろん、当時の錬金術等詐欺同然。真面目に研究して居たものもいたが、その数以上に詐欺をする者も多かったのだ。
そんな彼らを裁くために、この罪は悪疫をもたらす。
レイズの体は、悪疫によって蝕まれ、口から血を吐いたのだ。
「まずい。これはどうしようもないかも........」
レイズはアリカでは無い。
彼女のように即座にその症状から的確な対抗薬や治癒薬を作れるはずもなく、ただひたすらに罪に耐えるだけの時間が続く。
「ここが俺の死に場所っすか........?せめて、みんなのいる前で死にたいんですがね」
自分を拾ってくれたボスに看取られてせめて死にたい。
レイズは自分の人生を振り返り始めていた。
特に、ボスとカルマへの謝罪が頭から離れない。
レイズはふと、カルマから貰ったお守りを手に取る。
「悪い。先に死ぬ俺を許して────」
さて、レイズが最後の言葉を残そうとする前に1つ、お守りについて話すとしよう。
このお守り、カルマがただレイズの安全祈願を願って作ったものでは無い。
死にゆく人を生還させるため、ありとあらゆる禁術や秘術が織り込まれたかなりやばいものである。
どこぞのお節介なエルフの王や、どこぞの研究者であるドワーフの王や、意外とこういう事に対して乗り気なタイタンの王が、折角カルマが惚れた男なんだからということで、世界樹にある技術を結集して作られたガチのヤバいやつなのだ。
なお、生まれた時からカルマ王の姿を見ている世界樹ですら、ノリノリで協力していたりする。
世界樹の場合は、カルマのためと言うよりはグレイの為だが。
それこそ、使い方次第では世界を滅ぼせるレベルの。
ドワーフの技術によって組み込まれたエルフとタイタン、そしてダークエルフの禁術、秘術がレイズを助ける。
一人の乙女が願った生還は、世界樹の加護の元に実現される。
「........へ?」
お守りが緑色にひかり、レイズの苦しみを全て取り払う。
かつて、人々は不老不死を望んだ。ダンジョンが現れたその日から、彼らはエリクサーを捜し求めたのだ。
しかし、不老不死というものは理論上不可能である。
だが、ありとあやゆる病と怪我を治す薬は理論上作れるはず。
エリクサーはやがて、どんなものでも直せる万能薬として世界にその名を広めた。
唯一、実物がないという点だけが残っていたが。
しかし、今この日、愛する人のために作られた技術の叡智がそれを生み出す。
レイズだけに許された、レイズだけのエリクサー。
「........え?えぇ?」
そのお守りは、レイズの全てを治して再びただのお守りへと戻る。
悪疫は克服され、レイズは罪を乗り越えた。
「えぇ........?」
しかし、レイズは何が起きたのか全く分からず、困惑し続けるしか無かったのであった。
後書き。
愛の力で乗り越える二人。尚、愛の形が違う模様。
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