地獄前域
地獄の門は開かれた。
最後の五大ダンジョンにして、世界最大の難攻不落ダンジョン“
門に書かれたのは“汝、一切の希望を捨てよ”は、地獄に足を踏み入れたもの達を返す気もないのだろう。
門が開き、足を踏み入れる。
その先にあったのは、地獄と言うよりは熱帯雨林であった。
アマゾン川の特集とかで見るような、歩きづらい木々の数々。
門に入った瞬間に襲われるかと思ったが、そうでも無いらしい。
俺達は一先ず、周囲の確認をしたあと、ゆっくりと歩き始めた。
「入った瞬間襲われるかと思ったが、そんなことは無かったな。思っていたよりも平和的な始まり方だ」
「嵐の前の静けさじゃなければいいがな。それで、どこに向かうんだ?このダンジョンがダンテ神曲地獄篇であるなら、どこかにアケローン川があるはずだ。地獄と現世の境目がな」
「大体予想が着くんじゃない?南米でそんな大役を任されそうな川と言えば、1つしかないでしょ」
「........おい、まさか今から歩いてアマゾン川にまで向かうのか?とんでもない時間がかかるぞ。車ですらヤバいってのに」
地獄篇では、地獄前域と呼ばれるこの場所の中にひとつの川がある。
アケローン川と呼ばれるその川を、ある人物の船に乗せてもらって渡ることで真の地獄を見に行くことが出来るのだ。
ちなみに、地獄前域はこの場所のことを指す。蜂と蛇によって支配された大地。地上が地獄の前座となるのだ。
まずやるべきことは、周囲の安全確認と川を見つけること。この川を見つけることによって、俺達は初めて真の地獄に足を踏み入れる。
そして、その川の役割として最も有り得そうなのが世界最大級の川、アマゾン川なのだ。
........今から歩いてブラジルまで行けってこと?ダルすぎるよ流石に。
「なんかこう、いい方法ない?」
「私とリーズヘルトさんは空をとべますから、それで移動するということはできます。ですが、全員を担ぐのは厳しいですよ?」
「こんなことならイカロスでも持ってくるべきだったな。予備は沢山あるんだし」
「今から車を取りに戻るのは?」
「このクソッタレた悪路を走れる車が用意できるなら名案だな」
流石にここから歩いてブラジルまで行きたくねぇ。とみんな思っているのか、どうにかして足を確保しようと考える。
しかし、残念なことに足は自分達の下半身にしか付いていない。
結局、名案など思い浮かぶはずもなく歩くこととなってしまった。
まぁ、疲れたら台車を出してあげるから。それに乗って交代ごうたいで歩けばいいさ。
レミヤに関してはそもそも疲れという概念がないし、ローズやリィズも疲れ知らずだからね。
人間、諦めも肝心である。
という訳でレッツウォーキング。
コロンビアからブラジルに流れるアマゾン川まで、耐久レースの始まりだ。
「そういえばレイズ、この前のデートはどうだったんだ?」
「ん?俺っすか?楽しかったですよ。また五大ダンジョンに行くと言ったら、拗ねてましたけど」
「へぇ。それで?お前自身はどう思ってんだ?」
蜂や蛇の襲撃がいつ来るのか警戒しながら歩いていると、ジルハードとレイズが話し始める。
話題はもちろんこの前のデートの話だ。かのクッソ可愛かったカルマちゃんを独り占めした、この罪な男。
俺は地雷になりかねなかったので聞かなかったが、ジルハードにそこまで空気を読む能力は無い。
だがよくやったジルハード。俺も正直知りたかった。
全員、話を聞いてないふりをしながらも耳を傾けているのがわかる。
こういう時の団結力は一丁前だよな。いやほんと。なんで普段はあんなにバラバラで自由奔放なんだ。
「どうもこうも、嫌いな相手の買い物を付き合いほど俺は暇人じゃないですよ」
「........意外だな。お前はてっきり運命の幽霊を見つけるものかと思ってた」
「運命の幽霊ってなんですか。確かに俺は幽霊が一番興奮しますけど、それが現実的でないことぐらいは分かってますよ」
「お、おう」
すげぇまともな事を言っているレイズ。
サラッと、アリカにナイフが刺さっているけども。
「ちなみにカルマは知ってんのか?お前の癖を」
「知ってますよ。最初に言いましたし。ですが、それでもお前を堕とすと言われたんですよ。で、事実堕ちてますしね。カルマ、あれだけタンカを切っておきながら、デートの時は滅茶苦茶恥ずかしがるんですよ。可愛いでしょ?」
知ってんだ。カルマもすげぇな。知った上でレイズにアタックしたのか。
幽霊大好きレイズの性癖を超えるぐらい、カルマが可愛かったということだろう。
実際くっそ可愛かったしな。あの照れまくるカルマは、普段のギャップを相まって可愛さ100倍である。
全人類を虜にできるよ。いや、冗談抜きで。
いやー、素晴らしきかな。あのレイズが、あの詐欺師が真面目にカルマと向き合っていたとは。
真顔で恥ずかしいことを普通に言うレイズに押されたのか、ジルハードですら“お、おう”しか言えなくなってしまっている。
そして、その目があまりにも懐かしそうな目であった。
多分、既に他界した妻のことを思い出してしまったのだろう。それか、昔の自分を見ているのか。
「........レイズ、今からでも帰ったらどうだ?ボスには俺から言っておく」
「何が言いたいのかは分かりますが、嫌ですよ。俺はボスの部下にして、この
「おいボス。何か言ってくれよ」
「悪いが、男が覚悟決めてんだ。女々しいことを言うんじゃねぇよジルハード。カルマには悪いが、男には男の生き様があるんだよ。お陰でカルマに毎度クレームを入れられるがな」
「ボスゥ!!」
俺だって置いていきたいさ。俺はリィズと共に歩む道を選び、こうしてここにたっている。
レイズも自分の意思で選んだのだ。たとえそれがカルマを孤独にしてしまう選択だとしても、俺は尊重する。
自分のケツは自分で拭け。死んだらあの世まで追いかけで殺すけどな。
「つーか、一番だめなのはお前だぞジルハード。死地のど真ん中で恋愛話をしたやつは死ぬフラグだって映画で学ばなかったか?それとも、お前が見てきた映画は全部ハッピーエンドものばかりだったのか?」
「アメコミばっかりだな」
「ならキッチリフラグをたてて死んだやつもごまんといるだろ。お前マジで空気読めよ」
「それは思ったな。ここでその話をするのかとは。まぁ、気になっていたから聞いてしまったが」
「本当に空気の読めない肉ダルマですね。お前が代わりに死ねよ」
「フォッフォッフォ。祖国に帰ったら幼なじみと結婚すると言って死んだ戦友を思い出したわい」
「ちょっとおじいちゃん?それ、シャレにならないから冗談でも言わないで頂戴?」
「ジルハードさん最低ですね。まだボスの方がマシですよ」
「おいミルラ、どういう意味だコラ」
ワイワイと賑やかになり始める俺達。
死亡フラグを立てるんじゃねぇ。俺は悲しんでいるカルマを見たかないんだよ。
別れるにしても、レイズが寿命で死んで安らかに別れて欲しい。
........いや、カルマならワンチャン不老不死の薬とか寿命を伸ばす手段を見つけてきそうで怖いけど。
「なんで俺こんなに責められてんの?」
「空気が読めないからだよバカ。罰として今からアリカとレイズを台車に乗せて運べ」
「なぜ私も?まだ歩けるぞ」
「子供なんだから甘えておけ。アリカが倒れるとそれはそれで困るんだよ。ウチの生命線だぞ?ロリっ子ドクターなんだからな」
そんなことを話していると、ガサガサと木が揺れる。
刹那、全員が武器を抜いて動き出した。
今の話の直後だ。全員過剰反応するのも無理はない。
俺は躊躇無く銃弾を音の方に弾き、爺さんは神速の一撃、ローズは山をも消す一撃、リィズとミルラはレイズの近くに待機し、レミヤはガトリングをぶっぱなす。
アリカも薬の準備をし、なんならナーちゃんはレイズの周囲を影で覆っていた。
「「「「........」」」」
沈黙が流れる。
数秒間の沈黙の後、レミヤが吹っ飛んだ木々に入るとアナコンダレベルのデカい蛇の死体を持って来る。
ちなみに、バカクソに打ち込んだお陰でオーバーキルだ。
原型が残っているのが奇跡である。
「食べれますかね?」
「鉄と硝煙の味しかしねぇよ。豚にでも食わせておけ」
「だそうですよジルハードさん。今日の夕食です」
「豚か?俺は豚なのか?」
ジルハードが悪いからね。しょうがないね。
罰ゲームとしてそれを食べなさい。大丈夫、毒があってもうちのドクターが何とかしてくれるから。
「皆さん過剰すぎやしませんか?」
「今の話の流れから反応しないやつの方がどうかしているだろ。こちとらおてて繋いで嬉しそうなカルマの顔が見たいんだよ」
「あれは良かったですよねぇ。可愛すぎました」
「正直あの時ばかりはレイズを殺そうか悩んだな。毒、いるか?」
「可愛かったねぇ。ちゃんと乙女だったよ」
ナチュラルオブ乙女のカルマを見られる機会はそう多くはない。
みんな見たいのだ。カルマの可愛い姿を。
「あの、なんでこの前のデート内容知ってるんですか?」
「「「「「........あ」」」」」
やべ、思わず口が滑った!!
ニコニコとしながらも、どこか圧を感じるレイズ。
やばい、確実な怒ってる。あの一度も怒ったことがないレイズが怒ってる!!
「全員、正座してください」
「いや、あのー」
「正座」
「はいぃ........」
こうして、俺達は五大ダンジョンの中でデートを覗き見したことを怒られるとか言う前代未聞の珍事を引き起こすのであった。
ダンジョンくん、今頃大困惑してそう。
なお、その後途中から“お守りを貰ったんですよ”とか惚気話に走っていたのは、言うまでもない。
俺は楽しそうな、嬉しそうなレイズも見れて嬉しいよ。ところで、そろそろ正座を辞めてもいい?足が痺れてきた。
後書き。
五大ダンジョン「なんで正座させられてんだコイツら」
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