神の名の下に


 全ての準備は整った。


 陸、海、空、全ての軍隊の編成及び作戦立案を終え、後は神の名の元に宣戦布告を叩きつけるだけで、戦争が勃発する。


 大義名分はこちらにある。非合法な実験を繰り返し、あまつさえ天に見放された神の信者は天の罰を受けるべきだと。


 木偶情報屋があまりにも好き勝手に情報をばら撒きまくっておかげて、今やITA(イタリア)は同じ神を信仰するキリスト教徒からも目の敵にされている。


 非合法な実験はもちろん、政府との裏金や聖職者による性暴行の被害のもみ消しなど、20年ぐらいタンスにしまわれていた布団ぐらいに叩けばホコリが出てくるのだ。


 というか、非合法な人体実験以外にも問題だらけじゃねーか。


 日本はこうならないように気をつけようと思いつつ、俺はその時を待つ。


 今日がその日だ。今は待つしかない。


主人マスター、宣戦布告が完了いたしました。軍を動かしても問題ありません」

「ようやくか。全く、宣戦布告をしてからじゃないと殴りに行けないのは面倒だな。未承認国家ではあるから好き勝手にできるんだけど、一応守らないといけないだなんて」

「そういうものですよ。こちらが最低限のマナーを守っていれば、相手も守ってくれますからね」

「それは希望的観測っていうんだぞレミヤ。ところで、どんな宣戦布告の内容にしたんだ?」

「非人道的な人体実験や、政府の裏金の問題。その悪事は天の目にも余るほどのものであり、天の使いから裁きを下す許可を得た。熾天使と神の名の元に、宣戦布告する。と送りました。全世界に向けて発信したので、今頃緊急のニュースが流れてますよ」


 うーん。まぁ、第三次世界大戦を引き起こした時よりはマシだからいいか。


 うちの宗教、一応世界樹教なんだけどね。


 この国は世界樹の恩恵無しには生きていけない。そんな全ての面倒を見てくれる世界樹ちゃんに感謝しましょうがこの国の宗教だ。


 尚、その中に何故か俺もいるらしい。勘弁してくれ。


「現在、空軍、そして陸軍の一部がPOLに向けて飛び立ちました。彼らも同時に宣戦布告をしましたので、軍事通行権が降ります」

「ITA(イタリア)を庇う国は?」

「あると思いますか?エチオピアにすら負けるようなパスタの国を守る国なんてありませんよ。それに、今の情勢から見てどう見ても負け戦なのに参戦するバカがいるとも思えません。もし、いるのであれば、そいつは余程のパスタとピッツァ好きです」

「食い物のために命をかけられるなんてすごいじゃないか。アフリカ辺りが涙しそうだぜ」


 現在、ITAに宣戦布告したのは日本帝国を含めて四ヶ国。


 POL(ポーランド)とCZ(チェコ)、そしてAT(オーストリア)である。


 むかしは軍事通行権は戦争をしていなくとも渡せたはずなのだが、今の時代は少し法律が変わって軍事通行権を渡す=その国の味方となって戦争に参加するということになっいるそうだ。


 まぁ、交通を許可してるんだからそりゃ味方だよね。


 昔のスイス無いに西も東も関係なく撃ち落としているなら別だけど、片方だけに交通権を渡してたらそりゃそっちの味方だろうに。


 と、言うわけで、うだうだしてないでサッサと戦争しろという事になったらしい。


 まぁ、今の日本(前世)でも日本はUSA(アメリカ)に対して軍事通行権を渡しているからね。


「オーストリアが攻め込まれると面倒になりそうだけど」

「その点は問題ないかと。現在ITA(イタリア)国内は大混乱しています。市民の反発が強く、戦争所ではないそうです」

「そりゃあんだけのことをしてたらな。自分の知り合いや友人が攫われて死者蘇生の実験台に使われたなんて知ったら怒るだろうよ。そこにいる奴ら全員を八つ裂きにしたって収まらねぇ」

「........そういう訳でして、オーストリアに軍を配備する暇すらないのです。ついでに言えば、その軍は今市民と揉めていますしね」

「........?なんで?」

「簡単ですよ。権力者とは言えど、所詮はただの人。そんな彼らが市民の圧力に対してどうやって対抗するのだと思います?」


 あぁ。つまり、権力という力を使って軍を動かし、自分達を守らせているのか。


 とことん往生際が悪いな。お陰で俺の手で殺せそうで何よりだが。


「さらに言いますと、Sランクハンターまで招集したらしいです。かなり悪どい手を使ったのか、今の所大人しくその命令に従っていますね」

「人を攫ってヘラヘラしているような国だ。上の連中は自分たちに従順なペットがいるんだろうな」

神秘学会アルカナムという組織がそれに該当しますね。ローマ教皇庁直轄の部隊だったかと」

神秘学会アルカナム?また随分とスピリチュアルな名前をしてんな。なんだ?ゴミから金でも錬成するのか?それとも、ピクシーでも使って魔法をかけてもらおうってか」

「魔力系能力者の中でも優れた力を持つものたちを集めた組織です。暗部と言うにはあまりにも派手に動いていますが、その中には闇に生きるのが得意なもの達も多いでしょうね」

「それでSランクハンターを脅してんのか。つくづく見下げた根性だ。右の頬を殴ったら親が出てきそうだよ」

「少なくとも、左の頬を出すことは無いでしょうね」


“右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ”。


 お前たちが信じるイエス・キリスト様が言った言葉を実現できないとは、やはり彼らは信徒を名乗るにふさわしくない。


 右の頬を打たれたら、権力使って身を守れだなんて。


 イエス・キリストが見たらきっと泣くぞ?自分達の子孫はこんなにも愚かで醜い生き物になってしまったのかと。


「その神秘なんちゃら達はアレだな。王達に任せるか。好き勝手に暴れてくれるだろ」

「あの人たち、普通に強いですからね。いやほんとに。ニーズヘッグとかいう邪神が居なければ、この世界でも最強格ですよ」

「おじいちゃんやリィズとどっちが強いかねぇ?」

「リィズさんの方が強いんじゃないですかね?あの子、エンシェントドラゴンの肉体が含まれてますし」


 やっぱりリィズが最強か。


 ピギーを除けばウチの戦力の中では最強かな?


 こうして、戦争は始まった。いや、戦争ですらない。


 これはただ、亡き恩人に捧げる鎮魂歌レクイエムでしかないのだ。




神秘学会アルカナム

 ローマ教皇庁直轄の魔導師部隊。一応軍隊としての役割もあるが、基本は護衛としての任務が多い。

 尚、これは表の顔であり裏の顔はゴリゴリの国家マフィア。拉致、誘拐、はもちろん、政敵の暗殺や他国への妨害工作及び諜報活動までも担っている(一応言っておくが、普通に生きてたらまず出会うことは無い。一般市民に危害を加えたりもないからね)。




 その日、日本帝国及び欧州三ヶ国がITA(イタリア)に対して宣戦布告した。


 宣戦布告を受けとり、素早く軍を動かし始めた空軍元帥バラガードは、今回の戦争に対する思いが1つだと言うことを理解している。


 バラガードは軍人だ。戦争をする理由など知らなくていい。


 国に従い、国家の犬として働くことが絶対。それが軍人としての心構えである。


 しかし、ふとした瞬間に理由を知ってしまう時もある。


 例えば、どこぞの酔っ払ったおっさんがその理由を話してしまうとか。


(ジルハード殿曰く、この戦争はグレイ様にとって偉大なる恩人に捧げる鎮魂歌。ならば、我々は盛大にその歌を歌わねばならない)


 そして、この話はかなり多くの軍人が知っている。


 酒に酔ってポロッと話を漏らしてしまったジルハードの言葉は、グレイへの忠誠心をより一層深めさせるものであったのだ。


 滅多に飲まない酒を飲み、口を開いてしまったその言葉。


 それは、理由も知らずに戦争をしようとしていた兵士達の士気をあげるには十分すぎた。


 全ての種族がグレイに対して大きな恩がある。そんな恩人を救ったさらなる恩人。


 顔も知らぬ恩人によって世界樹に生きる者達は、救われたと言っても過言では無い。


 偶然かもしれない。しかし、その偶然によって自分たちは生かされた。


 ならば、せめてもの恩は返すべきだろう。


「我々が盛大な鎮魂歌レクイエムを奏でるのだ。盛大に騒ぎ、爆発と鉄が弾ける音で曲を奏で、かの偉大なる恩人達に報いるのだ」

「分かってますよバラガード元帥。そのために態々こうして、馬鹿げたものを持ってきたんじゃないですか」


 輸送機に乗るバラガードの横に座っていた兵士のひとりが、とある兵器を持ち出す。


 それは、エルフの魔法とドワーフの技術を結集して作られた兵器であった。


 しかし、あまりにも実用性にかけるため、生産されることは無く。残された一つだけがドワーフの工房にあったのである。


 作戦とは随分とかけはなれてしまうが、せっかく盛大な鎮魂歌を歌うのだ。


 ならばこれぐらいは許してくれるだろう。


 バラガードはもしもの時は自分が全責任を負うつもりで、その兵器の持ち出しを許可したのである。


「少なくとも、グレイ様に迷惑をかけないようにしないとな」

「そうですね。世界樹様と同等に我らの守護者たるグレイ様のためにも、俺たちは頑張らないといけないんですから」

「........一度でいいから見てみたかったな。その恩人と呼ばれたお方を」


 ジルハードはその名前を言うことは無かった。


 なので、彼の名前は知らない。


 しかし、自分たちの未来すらも変えたその人類史に残る偉業を成し遂げた人物の顔を、1度ぐらいは見てみたいと思ってしまうのであった。


「さぁ、暫くは暇になる。我々はのんびりとしようではないか。殺し会う前から気張っていても、疲れるだけだしな」

「あ、トランプ持ってきましたよ。やりますか?」

「賭けは喧嘩の元だから禁止だぞ」


 こうして、グレイの知らないところで兵士達は団結する。


 たった一人の男のために奏でる鎮魂歌を成功させるために。





 後書き。

 この章はここでおしまいです。

 いつも沢山のコメントありがとうございます。全部読んでるよ。

 というわけで、準備回でした。次回はみんな暴れ回ります。

 先に言っておこう。RIPイタリア君。

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