在庫は余ってる


 キリスト教のために戦った戦士達が俺達を出迎え、何が起きたのかベアトリーチェが驚いた顔をしていたが、この“火”の世界も特に問題なく突破した。


 あの戦士達が襲いかかってきたらワンチャン危なかったな。死ぬことは無いだろうが、ワンチャンピギーを抜くところだった。


 そんな事を思いながらも次の階層へ案内される。


 第五天“火星天”が終わったとなれば、次は第六天“木星天”だ。


 確か、 地上にあって大いなる名声を得た正義ある統治者の魂が置かれているとかだったか?


 特別な人物とか出てくることは無いはずだから、たぶんまたしても観光だな。


 本当に観光しているだけで終わるんだけど。このダンジョン、実はベアトリーチェを見つけるのが一番難関なのでは?


 恐らくだが、こちらから見つけることは不可能。ベアトリーチェの気を引かなければならないが、この世界にはいった者達の多くは神聖なる世界を見て神の存在を知るだろう。


 そして崇め奉る。


 過去に攻略しようとしたハンター達が口を揃えて“ここは神の世界”と言っているだけあって、誰一人として神の世界を崇めないことは無かったはずだ。


 そして、そんな中で焚き火をしながら料理を作り始める変人がいるかと言われれば、まず居ない。


 ベアトリーチェが美味そうな匂いに誘われてきたことを考えると、このダンジョンで肉を焼いてサンドイッチを作ったやつは俺達がはじめてとなる。


 まぁ、やってることは神社のど真ん中で火を起こしながら料理しているみたいなもんだしな。


 信仰という者がほとんど無い日本人ですら、神社やお寺では少し大人しくするものだ。


 子供は別だけど、少なくとも分別のある大人はできる限り礼儀正しくするものである。


 ........あれ?その理論で行けば俺たちは子供なのでは?


 何から何まで好き勝手に遊び、良い事と悪いことの区別がまだ付かない子供と言われても仕方が無いのでは?


 ま、まぁ、俺は一応まだ17歳で前の世界なら子供だし(この世界の成人は基本15歳)?この世界基準でもアリカとかまだ子供だからセーフセーフ。


 よくよく考えたら自分のやっている事がかなりやばい行動であったことに今更ながら気付いた俺は、弱冠背中に変な汗をかきながらも次の世界を訪れる。


 見えてきたのは、地球の守護神木星であった。


「おぉ........これが木星。写真では何度も見たことがあるが、実際にこうして見ると凄いデカいし壮大だな。迫力がある」

「太陽になり損なった可哀想な奴だ。だが、地球を守ってくれる守護神でもある。確か、地球に降ってくるはずの隕石とか止めてくれるんだろう?」

「凄いですよね。そのほとんどがガスや空気であると言うのに、重さは地球の314倍。密度で言えば地球よ0.24倍ですので、スッカスカなんですよ」

「中に入れば荒れ狂う風に粉々にされる。こんな大きさでも、宇宙の中では極小の惑星なんだから、世界は広いな」


 はじめて肉眼で見る木星は、写真で見た通りの見た目であった。


 デカい。とにかくでかい。


 太陽天を見た時も思ったが、こいつらは格が違うレベルでデカすぎる。


 しかも、これらを構成する成分の多くがヘリウムや水素などの気体なのだ。それでいながら、地球よりも断然重い。


 宇宙ってすげーな。こんな感じの惑星が無数にあるんだろ?


 世界はとっても広いんだな。


 そんなことを思っていると、世界が切り替わる。


 どうやら第六天の世界に入ってきたようだ。


「ここは第六天“木”。正義ある魂が置かれた地だよ」

「なんと言うか、前も見たという感想しか浮かばないな。魂の見分け方なんて分からねぇし」

「ふふっ、普通はそうだね。君達が初めてのお客人だけど、全ての人々がこの世界の1%も理解できないと思うよ」

「アレだな。考えるのをやめて適当に見てた方がいいな」

「それも1つの楽しみ方さ」


 このダンジョンで最も重要な存在のベアトリーチェの好感度稼ぎをしなければならないが、今更おだてても意味は無い。


 こういう時は、態度を崩さず少しだけ友好的に話すのが1番だ。


 相手が偉くなったら急に態度を変えるヤツとかいるが、見ている側からすれば滑稽でしかない。


 立場上そうしなければならない時は仕方が無いが、それ以外の場面ではいつも通りに接するのが一番相手の心象を良くする。


 ギャルゲーとかいう理不尽の塊みたいなゲームを無理やりクリアさせられ、挙句の果てには初見攻略すらも可能になった俺の会話テクニックを舐めるなよ。


 ベアトリーチェは、通常タイプ。スタンダードな会話の方が好ましい。下手に拝んだりするのはアウト、できる限り普通に仲良くするのがいいのだ。


 まぁ、そういうキャラって基本的にその後の好感度上げが難しいんだけどね。最初はめっちゃ好感度上がりやすくて“お、行けるやん”と思ってたら、意味不明な理不尽イベントが来て一瞬で好感度がガタ落ちするとか。


 その点でいえば、ロウきゅーぶとかのギャルゲーは優しかったよなぁ........ロリゲージさえ管理しておけば、どんなことをしても問題なかったし。


 でもあれはアレでミニゲームがちょっと難しかったか。勝ち方を見つけるまでは割とえぐかった気がする。


 そんな過去のギャルゲーを思い出しつつ、俺はその世界を眺める。


 うーん。特に何も無い。


 ただ魂がそこにあるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。


「んじゃ次の─────」


 仲間達もある程度観光できたし、そろそろ次の階層へと行こうとしたその時であった。


 ふらりと俺の前にひとつの魂がやってくる。


 一瞬、俺はなんだ?と首を傾げそうになったが、俺はその魂を見て悟った。


 あぁ。取りに来たんだな。遅せぇよ馬鹿野郎。


「──────」

「この階層は正義ある魂が置かれた場所........なるほど、お前がいてもおかしくないなルーベルト」

「──────」


 魂の見分けは付かずとも、俺によってきて“よう、久しぶりだな”と言わんばかりの態度をとる魂なんて1つしかない。


 今回のITA(イタリア)の旅は、随分と過去が押し寄せてくるな。


 この魂は間違いなくルーベルトの者だ。あのガワだけが同じな機械じゃない。魂が同じであり、肉体を捨てた中身が今ここにいる。


 銃弾をぶっぱなす必要は無さそうだ。こいつは間違いなく本物なのだから。


 俺の態度が急に柔らかくなったのを見た仲間達は、何も言わず静かに俺とルーベルトを眺めるだけ。


 こういう時だけはちゃんと空気が読めるんだよな。いつも空気を読んでくれ。


「そっちの生活はどうだ?」

「─────」

「ははっ、悪いが、なんて言ってるのか分からねぇや。だが、悪くなさそうなのは分かる。良かったな、最後の最後でこんなガキを守るなんて言う正義ある行動をしたおかげで、天国へやってこれるなんて」

「─────」

「お前が守ったガキは、今や世界のお尋ね者だ........五大ダンジョンを二つ攻略して、今3つ目を挑んでる。まさか、ここでルーベルトと会うとは思ってなかったがな」


 やばい。話したいことが多すぎて、何から話せばいいのか分からない。


 だが、それでも俺は話した。


 この激動の1年をまるまる話し、仲間達を紹介しリィズと共に感謝を述べた。


 もちろん、イタ公がルーベルトの体を弄んだことも伝え、既に火葬したことも伝えてやった。


 最後までルーベルトの声は聞けなかったが、ルーベルトの魂は楽しそうにそして自分の子供を見るかのように俺達の話を聞いてくれていた。


「─────」

「本当に、ありがとう。ルーベルトのお陰で、俺達は歴史の教科書に乗れたんだ。もし、俺の伝記が発売される日が来るなら、お前の名前は絶対に書いてやるよ。というか、もう日本の教科書に書くか」

「いいねそれ。私達が死んで、ルーベルトの事を伝える人が居なくなっても、ルーベルトの功績と名前は永遠に残せるし」


 いいね。そうしよう。


 なんかこの前俺に関する資料をまとめて、新たな教科書を作るみたいな話があったし、どさくさに紛れてルーベルトの名前も乗せてもらうか。


 世界は俺達が世界を変えていると思っているが、俺からすればこの男こそが世界を変えている。


 俺があの場で死ねば、何も始まらなかった物語だ。ある意味、ルーベルトが始めた物語でもある。


「........随分と長話になっちまったな。話したいことは話せたし、もう行かないと。いつまでも魂に縛られてちゃ、先に進めやしない。それと、コイツを取りに来たんだろ?遅すぎるぜコノヤロウ」

「──────」


 俺はそう言うと、ルーベルトから預かっていたセンスのない髑髏のペンダントを魂に返す。


 取りに行くと言っていたのに、結局俺が届けてしまった。


 男は約束を守るもんじゃないのかルーベルト。遅すぎて、俺から会いに行くとは思わなかったよ。


 ルーベルトの魂はペンダントを受け取ると、そのペンダントはどこかへと消える。


 そして、“もう行け”と言わんばかりに、俺の傍から離れて行った。


 ........もう少し、もう少しだけ話したかった。だが、それに甘えたら、俺は多分ここから出られず死人となる。


 寂しいが、この先に進めるのは生者の特権だ。悲しいが、先に進まなければならないのである。


「行くか。ベアトリーチェ、待たせて悪かったな」

「いやいや。流石に死人との再会を邪魔するほど私も空気が読めない訳じゃないからね。保管された魂との再会を見たのは初めてだけど、中々に感動的だったよ」

「そりゃどうも。これ一つで小説がかけそうだ」


 俺はそう言うと、次の階層へと向かい始める。


『楽しかったぜグレイ。80年後にまた会おう。その時は、美味い酒のとタバコ、それとツマミを持ってこいよ。こっちの世界じゃ在庫がねぇんだ』


 ふと、そんな声が聞こえた気がした。


 後ろを振り返るが、そこには誰もいない。だが、その声は間違いなくルーベルトのものであった。


 なんて強欲な奴だ。だが、それでこそお前だよなルーベルト。


「おう。その時は、くそ安いワインとmarlboroのメンソールライト、そしてケンタッキーでも持ってきてやるよ。こっちの世界じゃ在庫が有り余ってるからな」


 俺はそう言うと、死人に別れを告げるのであった。





 後書き。

 更新遅れました。ごめんなさい。

 ルーベルトの伏線回収。次に会う時はきっと天国で。

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