聖トマス・アクィナスの問いかけに答えた俺は、ベアトリーチェの案内にしたがって第五天“火”へと向かう。


 第五天“火”つまり、“火星天”はダンテの先祖カッチャグイダをはじめとする、キリスト教を護るために戦った戦士たちが置かれているらしい。


 いや、誰やねん。


 ダンテの先祖であることは分かるが、その御先祖様のことまで知っているほど俺は別にダンテのファンではない。


 ちなみに、レミヤに聞いてみたところ、おそらくひいひいおじいさん(もしくはおばあさん)の事らしいのだが、詳しい内容までは分からなかった。


 本当に誰だよ。


「これが火星か。いつの日か、人類がこの地に移り住むこともあるのかねぇ?」

「どうだろうな?人類の移住先として候補には上がっているが、母なる地球での暮らしになれている人類が移住できるとは到底思えないな。水もなければ草木もない。きっと火星での死刑方法は宇宙空間に放り出されることだぞ」

「嫌すぎる死に方だ。血管が沸騰してぶっ殺されるとか勘弁願いたいね」

「現在も火星への移住計画は立てられていますよ。まぁ、どっかの誰かさんが派手に暴れすぎたせいで、かなり計画が延期していますが」

「人類の新たな歴史を邪魔するとは、そいつは中々にクレイジーな野郎だな。ちなみにどこの国が開発してるの?」

「USA(アメリカ)が主に主導していますね」


 あー、なるほど。


 そのどっかの誰かさんは何も関係ないですね。


 世界の警察ことUSA(アメリカ)さん、ついこの間真っ二つに割れていたしそんな中で計画を進めるのは無理があるだろう。


 物資の輸送や人々の移動に大きな障害となっているからな。


 でも、その原因は俺じゃないのは確か。だって俺は何もやってないし。


 なんかダンジョンをクリアして戻ってきたら、USA(アメリカ)大陸が真っ二つになっていただけなのである。


 いやまじで俺のせいじゃない。なぜか俺のせいになっているけども。


「火星に移住?人は空を飛ぶ手段を見つけたの?」


 そんなことを話していると、ベアトリーチェが興味深そうに俺たちの話に入ってくる。


 そうか。彼女は中世ヨーロッパに生きた元人間。当時の技術力では空を飛ぶなんて夢のまた夢だったし、ましてや地球を飛び出して宇宙に行くなんて考えられなかっただろう。


 それから1000年後の今では、当たり前のように人は空を飛び宇宙には人間が作ったゴミがごまんとある。


 そういえば、この世界でのスペースデブリはどうなっているのだろうか?


 俺が前の地球にいた頃は、数百年後には人類は宇宙へ飛べないみたいな事を言っていた気がするのだが。


「空を飛ぶ術を得るどころか、地球から飛び出して月へと行く事すらできるよ。人類は月に足を踏み入れ、今じゃ天王星を写真に収めることすらできるんだからな」

「すごいね。私はこの体になってから空を飛ぶことが出来たけど、今の人類はあっちこっち飛べるんだ」

「見たことも無い人種の奴らがこのダンジョンを訪れなかったか?違う大陸、違う場所からわざわざ空を跨いでやってくるのさ。各言う俺達も、空からこの場所にやってきたしな」

「どうやって空を飛ぶの?」

「鉄の塊を気合いで飛ばす。人類の進化は侮れないね」


 俺はそう言うと、飛行機のおもちゃを具現化する。


 懐かしい玩具だ。一時期飛行機にハマって、プラモデルを買ってもらったっけ。


 そして、これをブーンとか言いながら飛ばしていたら転んで壊した。まだ五歳とか六歳の頃であったが、かなりショックだったのか号泣したことすら覚えている。


 その後、お袋が接着剤を使って治してくれて、俺はまたこの飛行機で遊んだのだ。


 かなりの思い出の品であり、俺が向こうの世界で死ぬ前も部屋に飾ってあったな。


「これがその模型だ。実物はこれよりもさらに馬鹿でかいぞ」

「なにこれ。こんなのが空を飛べるの?」

「そう。こんなものが空を飛ぶのさ。人類の進化は凄いだろう?今じゃ世界一周旅行だって気楽にできる。パスコダガマのようにフィリピンの部族と決闘なんてしなくていいのさ」

「ちょっと何を言っているのか分からないけど、こんなのが飛ぶのかー。これが火星に行くの?」

「いや、こいつじゃそこまで速度が出ないから、それ専用の期待を作る。えーとなんだったかな。第一宇宙速度?だっけなんかよく分からんけど、この地球から飛び出す速度を出せるものを作るのさ」

主人マスター、火星に行く場合は第三宇宙速度が必要ですよ。第一宇宙速度では地球の重力圏から逃れることすらできません」


 そうだったっけ。


 宇宙って着いてるからてっきり、第一宇宙速度の時点で行けるのかと思った。


 違うのか。ひとつ賢くなったな。


 と、ここで俺が“ありがとう”と言ってレミヤの会話を打ち切るべきであった。


 元々研究者であり、意外と解説をするのが好きなレミヤのスイッチを押してしまったのかレミヤは急に饒舌にペラペラと話し始める。


「第一宇宙速度とは地球の重心を中心として速さ 𝑣 の等速円運動をした時に物体の質点を原点とする慣性系で観測した場合質量 𝑚の物体に働く遠心力は 𝑚𝑣^(2)/𝑅 となります。このとき物体に働く重力は 𝐺𝑚𝑀/𝑅^(2)。第一宇宙速度 𝑣1 は遠心力と重力が釣り合うとして求めるので───────」

「えーと、彼女は何を言っているんだい?」

「安心しろ。俺にも分からん。おい、誰かレミヤのクソかったるい話でも聞いてやれ。悪い癖が出てる」

「無理言うなよボス。第一宇宙速度の求め方なんて知らねぇし興味ねぇよ」

「偶にレミヤって悪い癖が出るよねぇ。普段は大人しいのに」

「もっとわかりやすい解説をするべきだな」

「フォッフォッフォ。何を言っておるのかさっぱりだわい」


 こうして、俺たちはレミヤによる宇宙速度の求め方を聞かされながら、第五天“火”へと入るのであった。


 ちなみに、一応レミヤの話は最後まで聞いていたのだが、結局理解出来たのは“第三宇宙速度は地球の遠心力を使わなければ到達するのは難しい”ということだけであった。


 もっと優しく解説してくれ。求め方の式を言われても理解できねぇよ。




【宇宙速度】

 地球および太陽に対して、軌道力学的に、地表において物体にある初速度を与えたとして、衛星軌道などの「宇宙飛行」と言えるような軌道に乗せるために必要な速度のことである。対象に合わせて、第一宇宙速度・第二宇宙速度・第三宇宙速度と呼ばれている速度がある。軌道力学一般的には脱出速度と呼ばれる。なお、通常は重力のみを考慮し、空気抵抗・浮力等は加味しない。

 簡単に解説すると、第一宇宙速度は地球から脱出できず、第二宇宙速度は地球から脱出できる速度、第三宇宙速度は太陽系から脱出できる速度となっている。

 第三宇宙速度を超えた人工物体は多くなく、またスイングバイと呼ばれる地球の遠心力を使った加速方法が用いられている(第三宇宙速度は秒速16.7km。時速に直すと時速60100kmとなる)。




 レミヤのクソ分かりづらい宇宙速度講座を聞いた俺達は、第五天“火”へと足を踏み入れる。


 そこには確かに戦士のような格好をした者達が多く存在しており、全員が綺麗に並んで出迎えてくれていた。


 何万、いや、下手をしたら億単位で並んでいる彼らを見るのは流石に壮観で、ちょっと観光に飽きてきていた俺達は僅かに盛り上がる。


 これだけの人が集まっていると、迫力があるな。


 今までは魂だけであったが、ここまで来ると多くの人が見られて楽しいよ。


 そんなことを思いながら地面に降り立つと、戦士達が一斉に剣を胸の前に構えて地面に突き刺す。


 一瞬、敵対しているのかと思ったが、そんなことは無かったようだ。


「歓迎されているみたいだな」

「神を守った戦士達に歓迎されるほど、俺達は偉大な人物なのかね?」

「正直偉大では無いけどな。まぁ、敵対されるよかマシだろ。この数に襲いかかられたら、この天の世界に破滅を呼ぶことになる」

『ピギー?』

「いや、まだ出番じゃないよ」


“呼んだ?”と言わんばかりに声を上げるピギー。


 出来ればこの世界でピギーを出したくないので、大人しくしててね。


 ピギー歯世界に破滅をもたらす存在。そしてこの世界は神の世界と言われている。そんな世界に破滅を呼んでしまったらどうなるのか?


 想像はしたくないが、絶対ろくな事が起きないと俺は思っている。


 そもそも、ベアトリーチェが消える可能性だってあるしな。案内人が消えると普通に困るので、ピギーは大人しく俺の中でおねんねしてましょうね。


『ピギー........』

「また遊んであげるから、機嫌を直してくれよ」

『ピギー!!』


 遊ぶ約束をしてあげるだけで機嫌を直してくれる世界に破滅をもたらすヤベー奴。


 やっぱりピギーって優しい怪物って感じだよな。手を握る強さが分かってないだけで、心は至って優しい存在だ。


 空気も読めるし、普通に良い奴なんだよ。


 世界を滅ぼす力さえなければ、きっと多くの人々から慕われていたはずだ。


「........そんな馬鹿な........誰一人として動かないなんて........聖トマス・アクィナスが満点を出したって言うの?」


 そんな優しき怪物ピギーのご機嫌を取っていると、後ろでブツブツと何かをつぶやくベアトリーチェの声が聞こえる。


 何を言っているのか分からないが、独り言を言っているな。


「ベアトリーチェ?どうしたんだ?」

「あ、いや、なんでもないよ」


 ダウト。今の顔は明らかになにかに驚いていた顔だ。


 だが、敵意は感じないから、単純に驚いているだけっぽいな。


 なら言及しなくてもいいか。ベアトリーチェとの仲を深めることは、おそらくこのダンジョン攻略に置いて重要な要素。


 つまりギャルゲー!!ベアトリーチェの好感度を稼いで、天へと導いてもらうある種のゲーム!!


 なんか楽しくなってきたな。


「楽しそうだねグレイちゃん」

「そうか?そうかもしれないな」


 俺はそう言うと、ベアトリーチェの好感度稼ぎを始めるのであった。


 でもあからさまに態度を変えるのは不自然だから、気持ちもう少し友好的に話すところから始めようかな。





 後書き。

 何かやっちゃったグレイ君。ワンアウト。

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