金、陽


 第二天“水星天”もただの観光であった。


 本当に特殊なダンジョンだな。まじで見てるだけでサクサクと階層を昇っていくから、まるでダンジョンを攻略している気分にならない。


 天国と言う名を冠しているとは言えど、多少なりとも苦難が待ち受けているのではないだろうかと思ってたんだけどね。


 というわけでやって来ました第三天“金星天”。


 ここには、まだ生命あった頃、激しい愛の情熱に駆られた者の魂が置かれている。


 ピンク色の世界に漂う魂達は、その世界の雰囲気も相まって確かに激しい愛の情熱に駆られたように見えた。


 が、ここでも戦闘は無し。


 本当に安全なダンジョンだ。何だこのダンジョン、クソイージーだな。


「次は第四天“陽”か。太陽天と考えれば、いいのか?」

「そうだと思います。確か、聖トマス・アクィナスら智恵深き魂が置かれているらしいですね。戦闘が発生するかどうかと言われれば、おそらく可能性は低いかと」

「今までの五大ダンジョンを見習って欲しいな。これじゃ本当に天国の観光ツアーだ。新人向けのダンジョンだってゴブリンの一匹ぐらいは出てくるぜ?」

「いいじゃねぇかジルハード。安全な方が俺は好きだね。死の危険に晒されるよりかは、平和な世の中の方がみんな好きだろ」


 流石にここまで安全だと、みんなちょっとつまらなさそうにしている。


 血で血を洗う戦いを望むようなメンツでは無いが、多少は戦って攻略するのがダンジョンのはず。しかし、今のところずっと安全で観光ツアーをしているとなれば、ワクワク感は確かにない。


「退屈かな?」

「正直に言えばな。こりゃ死んだ後に天国に行く理由がねぇな。退屈という最大の敵が待ち受けてるんだから。だからと言って、地獄に行く気にもならん」

「もし行くならどっちがいい?」

「当然天国だろ。地獄を見たことは無いが、退屈よりも苦痛の方が幾分かマシじゃないか?それよりも、この退屈な世界で500年もの間1人でフラフラしてたお前はすごいな。俺なら発狂しているよ」

「君とは体の作りも何もかも違うからね。そこまで退屈ではないよ。それに、最下層には色んな人が来るからね。それを眺めているのも悪くないんだよ」


 動物園か?


 人々の様子を眺めて楽しむとはいい趣味をしている。


 そういえば、動物園にいる動物達も人間を見て楽しんでいるとか。


 少し前に流行病が蔓延した時、動物園に人々が訪れなくなった時期がある。


 すると、動物達は揃って鬱病になったり元気がなくなったのだ。


 専門家曰く、動物側も人間の反応や様子を見て色々と楽しんでいるんだとか。


 見ている側だと思ったら、見られている側だったというわけだ。


 この世界も同じような感じなのかもしれないな。ベアトリーチェにとって、人間は動物園に置かれた動物なのだろう。


「人が来なくなったら寂しくなるな」

「そうだね。今日は何故か君たち以外に訪れた人達が居なかったね。まぁ、その訪れてきた人が急に焚き火を初めてご飯を作るからビックリだよ」

「あー........今日は誰も来ないだろうな」

「なんでさ?」

「教皇庁に死体を送り付けたからね。今ごろ犯人探しとしてバチカンの周囲は封鎖されているだろうよ」

「???何を言ってるんだい?」


 俺の言っていることが理解できなくて首を傾げるベアトリーチェ。


 あ、ダンジョンの住人だから、教皇庁とかバチカンとか言われてもわかんないか。


「教皇庁ってのは、ローマキリスト教における──────」

「それは知ってるよ。ダンジョンの中で色々と話している人達の言葉を聞いてきたからね。確かは、キリスト教の総本山でしょ?そこに死体を送り付けたってのが意味わからないんだけど?」

「言葉の通りだよ。ちょっと教皇庁と揉めてな。宣戦布告として死体を送り付けてやったんだ。次はお前らをぶち殺すぞってね」

「神の信徒とすら言われる者達を相手に?」

「何が神の信徒だよ。相手は頭に弾丸をぶち込んだら死ぬ、ただの人だ。神から見れば、ただの人でしかない。それに、死者蘇生だなんて言う神の領域に手を伸ばした愚か者たちの集まりだぞ?批判されるどころか、両手を上げて感謝されると思うけどね」


 教皇だろうが枢機卿だろうが、所詮はただの人間に過ぎない。


 頭をぶち抜けば大抵は死ぬし、空から核でも落としてやれば誰だって死んでくれるだろう。


 教皇とか枢機卿とか、神の信者は所詮人間なのだ。それ以上でもそれ以外でもない。


 そんな人間の中では偉いだけのただの人類。俺からすればアフリカのスラム街にいるガキと何ら変わらないのだ。


 肌の色を黒くしてみたらいいんじゃないか?差別主義者の集まりがよ。


「君、中々にぶっ飛んでるね。私が生きていた当時でもキリスト教に向かって喧嘩を売るようなバカは数少なかったよ」

「その数少ないやつの1人が俺だったわけだ」

「ちなみに、君は神を信じるのかい?」

「存在という話なら、信じてる。というか、会ったことがある。でも、信仰という点においては全く信じてない。少なくとも、神が俺を救ってくれるならばこんな事にはなってないね」

「へぇ、以外。神の存在すらも否定すると思ってたのに」

「俺はちょっと特殊でな。常人ではできない体験をしているのさ。少なくとも、このクソ長い旅路が夢だったなんでオチじゃない限りは、俺は神の存在だけは信じているよ」


 俺はそう言うと、あの神々しいクソッタレの神様を思い出して“死んでくれねぇかな”と思うのであった。


 ファッキンゴッド。


 だが、平穏な一生を過ごし友人も恋人も居ないような人生を歩むはずだった所をねじ曲げ、馬鹿げた仲間たちと過ごせることだけは感謝している。


 でも、やっぱり死ね。俺はお前がクソ嫌いだ。


 俺はそう思いながら、第四天に向かうのであった。




【トマス・アクィナス】

 世ヨーロッパ、イタリアの神学者、哲学者。シチリア王国出身。ドミニコ会士。『神学大全』で知られるスコラ学の代表的神学者。

 カトリック教会と聖公会では聖人、カトリック教会の教会博士33人のうち1人。イタリア語ではトンマーゾ・ダクイーノ (Tommaso d'Aquino) とも表記される。

 ちなみに、調べた感じでは結構良い奴。神学教授をしていたらしいが多くに人々にしたわれる性格をしていたそうだ。




 第四天へと足を踏み入れた俺たち。


 そこには、非常に太った色黒なハゲ頭の聖職者が俺達を待っていた。


 聖トマス・アクィナス。


 正直俺はキリスト関係の人物などほとんど知らないのでよく分からないが、レミヤ曰く聖人と言う位置に属するなんかすごい人らしい。


 知らんがな。俺は別にそこまで歴史に詳しいわけじゃないからな。


「初めましてお客人よ。第四天“陽”へ来たことを歓迎いたします。私はトマス・アクィナス。ご存知ないとは思いますが、どうぞお見知り置きを」

「初めまして、ミスタートマス。一応名前だけは知っているよ。調べたからね」

「ハッハッハ。後世に名が残っているとは驚きですな」


 トマス・アクィナスはそう言うと、愉快そうに笑う。


 確かに見た目はちょっと圧があるが、話してみると意外と人が良さそうな感じだ。


 なんというか、優しい怪物って表現がしっくりくる。クソ失礼だけど。


「さて、ここでは貴方様方に私から質問をさせていただきます。よろしいですか?」

「どうせ断ったら先に進めないんだろ?ちなみに、望まない答えだった場合もアウトか?」

「いえ、先に進むことは出来ますよ。答えずともね。もちろん、どんな回答をしようとも先へ勧めますよ」


 という事は、この答えによって今後なにかが変化すると考えた方が良さそうだな。


 質問の内容にもよるが、できる限り満点の回答をめざしたいものだ。


「........どうやら、あなたは頭が回るようで」

「何の話だ?」

「いえ、こちらの話です。それでは、行きましょう。あなたは神という存在や思想に着いてどうお考えですか?」


 すげぇアバウトな質問だな。


 どう考えるかって、どうも思ってないよ。興味無いもん。


 神はクソだの神の信者はゴミだの散々な言い方はしてきたが、それはあくまでもジョークとしての意味合いが強い。


 俺自身の思想としては“ぶっちゃけどうでもいい”というのが本音である。


 もちろん、他者に迷惑をかけない範囲であればそれはそれを尊重する。だが、押し付けがましい思想はご遠慮願いたいね。


 ........ここは素直に答えるか。相手が何を望んでいるのか分かんねぇし。


「どうでもいいってのか本音だね。どう思おうが人それぞれなんじゃないか?」

「そうですか?貴方は神を毛嫌いしているように見えますが........」

「正確には、神の思想を押し付けがましく他者に強要するやつが嫌いだ。もちろん、ジョークでクソだのfuckだの言うことはあるがな。神の信者はどいつもこいつも自分が正しいと思っているからタチが悪い」

「ほう。では、他者に迷惑をかけない限りは神の存在や思想については自由だと?」

「自由だね。少なくとも、個人で楽しむ分には自由さ。むしろ、思想の統一をしようとしている方がおかしいだろ?個性ある人間という種族をひとつに纏めるというのは、無理がある。それが出来ていたら、今ごろ世界はもっと平和だ」

「なるほど。ですが、答えになっていない気もしますね。貴方はどう思っているのですか?」

「言っただろう?興味無い。神の存在も思想も、本当に興味が無いんだよ。そんなのは興味があるやつにやらせればいい。宗教と言うものが嫌われる原因は興味のないやつにも押し付けがましく思想を説くからだ」


 俺がそう言うと、トマスは大きく頷く。


 そして、彼はベアトリーチェをちらっと見た後、俺を見た。


「あなたの考えはよくわかりました。実に興味深いお話でしたよ」

「貴方が望んだ回答かどうかはわからんが、役に立てたら良かったよ」


 こうして、第四天の世界も俺たちは突破した。


 果たして、この回答は正しかったのだろうか?




 後書き。

 ここまではどのルートを辿っても同じなのでセーフ。

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