月、水


 ベアトリーチェの出現により、この世界がダンテ著書“神曲”であることが確定した翌日。


 俺達は早速ベアトリーチェの案内の元、天国の世界を旅することとなった。


 えーと、確か神曲の天国編は11章に別れてたっけ。


 今俺たちがいるこの場所が火焔天と呼ばれる場所で、ここでベアトリーチェに案内をされる。


 次は第一天“月天”。


 俺の記憶にある限り、敵となりそうな者は出てこなかったはずだ。


 天国の最下層で、生前、神への請願を必ずしも満たしきれなかった者が置かれる。


 それが第一天なのである。


「それじゃ、案内するよ。楽にしてていいからね」

「よろしく頼むよ。出来れば安全運転で」

「あはは。もちろん」


 ベアトリーチェがそう言うと、俺たちの身体がふわりと浮き始める。


 おぉ、凄い。相手の同意無しに空へと飛ばせる力か。もし、この場でベアトリーチェと敵対したら、並大抵の相手では普通に負けてしまいそうだな。


 俺はそんなことを思いながら、楽にしていいと言われたので胡座をかく。


 さぁ、天の世界はどのような景色を見せてくれるのだろうか。


「この天の国は全部で10階層に別れているの。ここはその階層にすら含まれないただの庭。いや、庭ですらないかな?」

「そんな場所を、人は神の地として崇めているんだぞ」

「笑っちゃうよね。多少感動するぐらいならともかく、神の存在証明だとかなんだとか言い始める姿を見るのは滑稽だよ。中には、土下座してそのまま動かない人も居るんだから」

「俺達みたいに途中から飽きてバーベキューパーティーを開くやつはいないのか?」

「居ないね。そんな変わり者がいたら、私が話しかけてるはずだし」


 居ないんだ。神のかの字も信じない輩がここに訪れれば、最初こそ景色に圧倒されても途中から飽きそうなものだけどな。


 神を信じないものすら虜にできるのが、この世界ということなのだろうか。


 そんなことを思いながら、ベアトリーチェと会話を続けて行く。


「さっき10階層あると言ったが、庭の次はなんなんだ?」

「第一天“月”。神への懇願が足りなかった魂が集まる場所だよ。ここも安全だから怪我をすることは無いね」


 ........つまり、安全じゃない階層もあるってことか。


 予想でしかないが、第五天辺りが怪しいな。あそこは確か、戦士に関連する魂やら何やらが眠っていたはずだし。


 天の国でも殺し合いか?世界は殺伐としてんな。


 しばらく適当な雑談をしながらベアトリーチェの案内に従っていると、ふと世界が切り替わる。


 なるほど。このダンジョンは、上へ上へと登らなければならないダンジョンか。


 しかも、ベアトリーチェの案内付きでなければ登れないタイプっぽいな。


 ........あれ?もしかして、このダンジョンの1番の難関ってベアトリーチェを見つけてあんないしてもらうことなのでは?


「わぁ!!すごいな!!ほんとに月へと続く道だ!!」

「おいおい、ついに宇宙進出か?俺達も大きくなったもんだな」

「アポロ11号以来の快挙のようですね」

「“私にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ”って言わなきゃダメか?」


 世界が切り替わり、やってきたはまさかのリアル月。


 もしかして、今から太陽系の見学ツアーが始まったりする?


 今の時代、生身で太陽系ツアーができるのか。化学の進歩ってすげーな(違う)。


「ふふふ。楽しそうだね。月をこんなに間近で見るのは初めて?」

「むしろ、見たことがあるやつを知りたいぐらいだ。俺が知っている限り、この距離で月を見たことがあるのは歴史上3人ぐらいなんじゃないか?」

「人類はすごいよねぇ。地球と言う世界だけじゃ飽き足らず、その先にある世界すらも求めるんだから。いつの日か、本当に神へと成り代わる時が来るかもしれないね」

「そんな日はゴメンだし、神へと手を伸ばした人類は滅びを辿るのが常だ。全知全能程退屈な時間もないだろうよ」


 そんなことを言いながら、月を眺めていると、月が光り輝き新たな世界へと誘われる。


 光が空けると、そこには人魂と思わしき魂が暗い世界を照らしていた。


 魂によって構成された世界。地上から見える満点の星空のように拡がったそれは、凄まじく美しい。


 これが第一天“月”。


 神への懇願が足らなかった者たちが残された、天国の最下層か。


「ようこそ、月天へ。この世界は君たちを歓迎するよ」

「歓迎されてもって感じだけどな。確かに綺麗ですごいとは思うが」

「まぁ、観光地だな」

「私、この景色を見たことがあるぞ、山奥で空を見上げたらこんな感じの景色だった」

「記念写真でも取ります?」


 本当に危険がないので、みんなワイワイ観光気分だ。


 今までのダンジョンと傾向が違いすぎて、正直困る。


 目の前のやつを倒したらクリア!!とかの方がやりやすいかもしれんな。次が予測できねぇ........


 そんな事を思いつつ、俺は記念撮影をして月天の世界を軽く観光するのであった。


 平和すぎるな。このダンジョン、ワンチャンこの調子でイージーゲームさせてくれないかな?




【神曲】

 13世紀から14世紀にかけてのイタリアの詩人・政治家、ダンテ・アリギエーリの代表作である。

 地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部から成る、全14,233行の韻文による長編叙事詩であり、聖なる数「3」を基調とした極めて均整のとれた構成から、しばしばゴシック様式の大聖堂にたとえられる。イタリア文学最大の古典とされ、世界文学史上でも極めて重きをなしている。当時の作品としては珍しく、ラテン語ではなくトスカーナ方言で書かれていることが特徴である。

 ちなみに、作者であるダンテが嫌いな人物は大抵地獄に落とされていたりする。教皇すらも地獄に行っているため、普通に復讐のものがたりとも言える。




 第一天“月”は本当に安全で、ただただ観光しているだけであった。


 何だこのダンジョン、まじでやる事ないぞ。


 この調子で平和な攻略が続いてくれることを願いつつ、俺達は次の階層へと向かう。


 第二天“水星天”。


 ここには、徳功を積みはしたものの、現世的な野心や名声の執着を断ち切れなかった者が置かれているらしい。


 太陽系の惑星、水星が俺達を出迎え、またしても世界が切り替わる。


 そこは、真っ青な青い世界であった。


「今度は青い空に星々か。また戦闘はなさそうだな」

「本当に異質なダンジョンだ。これが今の今まで攻略されてこなかった理由が分からねぇ」

「多分、最初のベアトリーチェさんを見つけるのが大変なんでしょうね。彼女の興味を引きつつ、それでいて尚案内をお願い出来るような人格。生粋のキリスト教徒では無理な話ですよ。彼らは神を盲信していますから」

「でも、この世界って割とキリスト教に喧嘩を売ってるよな?ダンテの神曲をモデルとして作られた世界なのは間違いないから、教皇は地獄行きだぞ?」

「それも分からない者を案内する価値はないのでしょう。ボスはそれを見抜いていたんですね。やり方は酷いですが。私の心は傷つきました」

「良かったな。メンタルが強くなって」


 オヨヨと言いながら泣き真似をするミルラを適当にあしらいつつ、真っ青な世界に浮かぶ魂達を見つめる。


 德功を積みはしたが、野心や名声への執念が捨てきれなかった魂........つまりは偽善者たちの集う世界か。


 やらない善よりやる偽善なんて言われているが、やはり真の善人にはなれないらしいな。


 正直、誰かのためになっている善は偽善では無いと思っているが。


 偽善っていうのは誰かが虐められていた時に“やめてあげなよ!!”とか出しゃばってくるやつだと思っている。


 あれは善ですらない。場合によってはイジメが加速するし、何より本人が勇気を出して自分から世界を変えなければならないのだ。


 辞めてあげなよという暇があるなら、その者の為に証拠集めでもしてあげた方がいい。


 そしてその証拠をこっそりと渡して言うのだ。“自分を変えるのは自分しかいない”と。


 時として、現実を突きつけるのも優しさである。その中で抗う術を身につけることこそ、善き行いだと俺は思っている。


 ただ金をばらまくのではない。色を与え、社会に復帰できるようにしてやることが善。偽善はただ飯を与えてやるだけ。


 そこら辺を理解してなかった奴らの集まりが、この場所なのかもしれないな。


 あー、学校のいじめ問題についてなんか対策しなきゃいけないん事を思い出しちゃった。王たちや教育者たちに放り投げてはいるけど最終的に俺が確認しなきゃならんのよな。


 帰りたくねぇ。帰ったら溜まってる書類が俺をおで迎えしてくれることになってしまう。


「この世界はどうだい?君の目には何が映る?」

「帰ったら待っているであろう書類の山だな。どうやら神の世界に足を踏み入れても、現実が俺を引き戻すらしい。正直、帰りたくない」

「........なんの話?」


 うん。俺もそう思う。


 だが、一度思い出してしまうと嫌になる。


 誰か俺の仕事を代わってくれ。ただの一般高校生に政治なんてやらせるなよ。


「あ、ボスが仕事のことを思い出して嫌そうな顔をしてるぞ」

「数少ない書類にサインを書くだけでは?」

「グレイちゃん、ちゃんと書類の中は読んでるよ。王達に相談されたり話題に出された時に対応出来ないと困るからって」

「ボス、意外とそういうところは真面目っすよね。まぁ、だからトップをやれるんでしょうけど」

「グレイお兄ちゃん、そこら辺はちゃんとしてるよな。私の話を聞き流さずに理解しようとはするし。薬学の基礎中の基礎はちゃんと理解してたぞ」

「フォッフォッフォ。ちゃんと考えておるのぉ。ワシがやってたら、頭空っぽでサインを書くわい」

「私もそうねん。長い文を読んでたら頭が痛くなるわん」

「ボスって案外真面目なんですよね。普段はあんなに適当なのに」


 仕事を思い出して頭を抱える俺と、それを見て笑う仲間たち。


 天の国に来てもなお着いて回る現実は、やはり最悪だ。


 思い出したくなかったよ。この先の観光は楽しめ無さそうだ。





後書き。

ここはまだ観光だからセーフ。

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