愛してるゲーム


 飯の匂いに誘われてやってきた案内人、ベアトリーチェ。


 俺は戦闘態勢に入ったリィズ達を座らせると、後ろを振り向く。


 金髪の長い髪に整った容姿。なるほど。かの“神曲”を書いたダンテが彼女をモデルとするわけだ。


 その姿は美しく、見るものを魅了する。


 唯一違和感があるとすれば、フワフワと浮いている事ぐらいなものだ。


「案内人という事は、この世界のことを知っているのか?」

「もちろん。ここにきた人たちを案内するのが、私のお仕事だよ」


 俺はフランスパンや野菜を具現化し、みんなが食べていたサンドイッチを作り始める。


 それを見ていたベアトリーチェは、ニコニコとしながら俺の横に座った。


 ベアトリーチェ・ポルティナーリ。


 ダンテの著書“神曲”において、天国編の案内人として出てくるのが彼女だ。


 実在した人物であると言われており、ダンテの想い人だったとされている。


 ちなみに、人妻である。


 どっかの銀行員だったかなんだったかの妻で、別にダンテと結婚していた訳でもない。


 そう考えると怖いよな。旦那でもない赤の他人が、自分のことを永遠の淑女として書いてんだから。


 一歩間違えたら普通にストーカーとかになりそう。


 そんなベアトリーチェスコスコおじさんは、ベアトリーチェを神聖視し、この天国編の世界を案内する役目をとさ持たせた。


 つまり、彼女がここに出てきた時点で、この世界は“神曲”をモデルに作られたダンジョンだということが分かる。


 正確には、“神曲”の中にある“天国編”をモデルに作られたという事だ。


 地獄篇と煉獄編もあるからね神曲は。三部構成で地獄から天国までをダンテが旅をするのが神曲というお話である。


「どうやら、ボスの言ってたことが正しかったみたいだな。そして、既に呼び出し方も知ってたと。流石はボスだぜ」

「やっぱりグレイちゃんは凄いねぇ。なんでも出来ちゃうじゃん」

「フォッフォッフォ。ワシからのヒントなんざ、要らんかったな」


 そして始まる仲間たちのヨイショ。


 もう慣れた。はいはい、運が良かっただけでも俺が凄いですよ。これで満足ですかコノヤロー。


 パチパチと燃える焚き火を眺めながら、俺はやけくそ気味に卵を焼き始める。


 多分、これと干し肉を焼いた匂いに誘われてきたのだろう。


 この世界の案内人と言えど、飯テロには敵わないようだ。


「自己紹介が遅れたな。俺はグレイ。しがないただの一般人だ」

「ふふふ、よろしくね。いやー緊張しちゃうなぁ。ずっと誰かを案内したことなんてなかったからね」

「この500年もの間、誰一人として案内をしてこなかったのか?」

「うん。だってみんなつまらないもん。ここが神の世界だ〜とか言って、ずっと頭を下げるような人達ばかりだよ?そんな人に、この世界を昇る資格はないよ」

「俺達も似たようなものだったと思うけど........」

「確かに最初はこの世界にを見て感動していたけど、そのあとすぐにギャーギャー楽しそうに騒いでたでしょ?君に至っては、途中からつまらなさそうな顔をしてた。ここにいるお仲間さん達と話している時の方が、いい顔してたよ」


 だって同じ景色ばかりで目新しさがないし。


 確かに最初に入った時は、その理解できない景色に驚いたし感動もした。が、景色とは慣れればつまらないものに変わる。


 毎日のように景色が変わる世界樹の街や、感情を持つ世界樹ちゃんを見ているのは楽しいが無機質な世界に閉じ込められても慣れてそれが普通となる。


 結果、見ていて飽きない仲間達と話している方が楽しいのだ。


 こいつらはいつもバカばっかりだからな。


 予想してない言動や予想通りの言動を見せてくれて面白い。少なくとも、この退屈な世界よりは楽しいさ。


「ふふふ、君はお仲間が本当に好きなんだね。この世界に来た人達はみんな人よりも神を選んだというのに」

「神が俺を楽しませてくれて、話し相手になってくれるなら話は別だがな。空の上から観測だけを続けるだけの存在に用はない」

「あはは!!仮にも神の世界でよく言えるね。もしかしたら神様が起こるかもしれないよ?」

「怒れ怒れ。俺は信仰心なんてないからな。信仰を強制せる神に神の価値なんてないよ」


 俺はそう言いながら、出来上がったサンドイッチをベアトリーチェに渡す。


 ふと仲間達を見ると、全員恥ずかしそうにしていた。


 そして、リィズが俺の後ろに回ってきてそのまま抱きしめてくる。


 なんだ?


「んふふ、神よりも私たちの方が好きなんだ」

「当たり前だろ。天の世界よりも良き隣人だよ。人は人の横に成り立ってるんだからな。リィズだって何の役にも立たない神よりかは、仲間の方が好きだろ?」

「もちろん。私は皆大好きだよ。クソッタレのファッキンゴッドよりもね」

「つまり私たちはボスにとって、神様よりも上の存在という事ですか?もっと敬って下さいよボス。神より偉い存在が目の前にいるんですよ」

「黙れペドレズの厨二野郎。また、黒歴史を掘り返して欲しいのか?」


 神よりも上の存在だと知ったミルラが、目に見えて調子に乗る。


 普段弄られている仕返しのつもりなのだろうか。


「ふふん。なんと言われようが今は私の方が有利ですよ!!ほら、私に“愛してる”とでも言ってみてくださいよ!!」

「愛してるよミルラ(爽やかボイス)」

「え、あ........その........えっと........」


 まさかガチトーンの“愛してる”が来るとは思ってなかったのか、顔を赤くしながらあたふたし始めるミルラ。


 自分から煽っておいてドデカイカウンターパンチを貰うとか、ミルラは煽りの才能がないな。


 それにしても、ミルラってちゃんとしてれば可愛いんだよな。ちゃんとしていれば。


「お?ついにミルラがマトモになるのか?」

「あらあらあら。グレイちゃんも罪な男ねん。そんな真っ直ぐな目で“愛してる”なんて言われたら、どんな女だって孕むわよん」

「フォッフォッフォ!!これは面白いものが見れたわい。2年ほど一緒に行動してきたが、ここまで照れるミルラを見るのは初めてじゃの!!」

「顔が真っ赤っすね。詐欺師の才能は無いようで」


 急に乙女モードに入ってしまったミルラを見た野郎共が、“いいぞもっとやれ”と言わんばかりに野次を飛ばす。


 楽しそうだね君たち。野次馬根性で見る愛してるゲームの味は格別ってか?


 なら、お前らも巻き込んでやろう。みんなで“愛してる”って言い合おうぜ。


「ローズ、ジルハードに愛してるって言ってみろよ」

「ふふふっ、ジルハード、愛してるわ(クソイケメンボイス)」

「........オエッ、全身に鳥肌が立ったぞ」

「あら、乙女心が傷ついたわ。これはぶん殴らないとダメそうね」

「はぁ?!理不尽だろそれ!!」

「レイズ、命令、おじいちゃんに“愛してる”って言え」

「いつも助かってます。愛してますよ」

「フォッフォッフォ。それ、愛してるの意味違くね?」


 野郎が野郎に“愛してる”を言うという地獄絵図。ここは天国なのに、地獄を形成できるとは流石は俺の仲間たち。


 侮れないね。


「グレイちゃん、愛してるよ。死ぬまでずっと死んでもずっと」

「俺も愛してるよリィズ」


 野郎共が盛り上がっている様子を見ていると、ふと耳元で小さくリィズが囁く。


 もうリィズと出会って1年だ。リィズがいなければこの世界を生き抜くことは出来なかったし、五大ダンジョンの攻略も出来なかっただろう。


 本当に、本当にリィズには感謝しかない。


 俺の性癖を歪めた事に関しても許してやる。だから、死ぬまでそばにいてくれ。


「んー?これは私も言った方がいい流れか?レミヤ、愛してるぞ」

「........なるほど、これは確かに破壊力が凄まじいですね。アリカちゃん例え冗談でもそんなことを言ってはいけないですよ。私は耐えられましたが、多くの人間は理性が弾けて貴方を襲います」

「あれ?思ってた反応と違うぞ?」


 こうしてワイワイと騒ぐ仲間たち。まさか愛してるゲームをこのメンツでやるとは、阿鼻叫喚ものだな。


 そして、レミヤが若干危ない扉をノックされている。


 アリカ、実は同性キラー属性でも持ってんのか?あのレミヤですら、落ち掛けてんじゃねぇか。


 既に膝の上にアリカを乗せて頭を撫でてるし。


「あはは!!アハハハハ!!君たちは本当に面白いね!!こんなめちゃくちゃな団体様は初めてだよ!!神のことはそっちのけで遊び始める人達はね!!」

「みんな、神の信仰よりも大切なものを知ってんのさ。人は1人じゃ生きていけないって事だな」

「君達なら、この天の国を登っても問題なさそうだね。あ、ご飯美味しかったよありがとう」

「どういたしまして。口にあって幸いだ」


 俺はそう言うと、コーラを取りだしコップに注ぐ。


 そしてそれをベアトリーチェに渡すと、タバコに火をつけた。


「........あ、ここって禁煙か?」

「ん?何それ?」

「タバコ。ダメなら火を消すけど」

「いいよいいよ。よくわかんないけど、この世界は神の元に許される場所だからね。というか、私も吸ってみたい!!」

「いいぞ。肺に入れて吐き出すんだ。正直、最初のうちは美味かねぇけどな」


 俺はそう言いつつ、タバコをもう一本取りだしてベアトリーチェに渡す。


 そして火を付けてやると、ベアトリーチェはふぅーと煙を吐き出した。


「........なんというか、変な味だね?」

「そいつの美味さが分かるようになったら立派な大人らしい。残念ながら、俺も美味さは分からねぇけどな」

「ならなんで吸っているの?」

「さぁ?初めて吸った時の感覚が忘れられないからじゃないか?」


 こうして、案内人と仲を深めた俺達はその日はダンジョンに泊まるのであった。


 ちなみに、夜遅くまでみんなで(ベアトリーチェも含めて)ゲームをやっていたので、翌朝目覚めるのが遅くなってしまったのは仕方がない。


 ゲーム初心者でも楽しめるように配管工のおじさんが出てくるパーティーで遊んだが、結構盛り上がれたな。




 後書き。

 普通にしてればミルラは可愛いんだよ。普通にしてれば。

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