またしてもミルラが弄られて、焔が上へ上へと登らんとする世界でもがき苦しむ様を見せられつつも俺達は五大ダンジョン“天国ヘブン”の攻略を開始した。


 とは言っても、このダンジョンはびっくりするほど安全で何も無い。


 戦闘経験がないハンターですらない一般人が観光気分で入ってこれるような場所だ。魔物が出てくることもなければ、生命を脅かすようなトラップすらもない。


 とにかく神の世界を楽しむ以外に、やることがないのである。


 先に進む鍵を見つけなければならないが、この500年間、誰一人としてその鍵を手にすることは無かったのだ。


 昨日今日でやってきた俺たちが、あっさりと見つけられるような場所にあるはずもない。


 少なくとも、この迷子防止のために立てられた道なりに沿っていくだけでは、神のもとにたどり着くことなどできやしない。


「分かってはいたが、かなり異質なダンジョンだな。何もねぇ。本当に安全だ」

「安全性が担保されてなきゃ、観光地にはならないだろうよ。一応教皇庁の管理ダンジョンでもあるんだ。もし怪我でもすれば、教皇庁の責任になる」

「ここから次へと行くための鍵を探さないといけないんだろ?500年もの間誰にも発見できなかったその鍵がどこにあるのか。さっぱりだな」

「グレイお兄ちゃんが何とかしてくれるさ。私達は、不測の事態に備えておくだけでいい。食料についてもグレイお兄ちゃんが居ればなんとでもなるし、一応携帯食料は持ってきているから、逸れる事だけを気をつければな」

「みんなでお手てでも繋ぐか?」

「私は構わないぞ?だが、神の世界で横並びになりながら手を繋ぐ姿を見て神が何を思うのかは知らんがな」


 多分、困惑するんじゃないかな。


 何やってんだこいつらって。


 一応、このダンジョンは攻略不可能と言われるダンジョンのひとつであり、人類の手では未来永劫解放できることは無いとされているダンジョンだ。


 命の危険がない代わりに、激ムズギミックとかありそうで怖い。


 今までのダンジョンと違い、ボスわ倒してはいおしまいという訳にも行かなさそうなのがこのダンジョン。


 何をモチーフにしているのかさえ分かれば、クリア条件も見えてきそうなんだけどな。


「爺さんはこの世界を見たことがあるんだろう?なにかヒントがなかったか?」

「フォッフォッフォ。あったら言っておるわい。ただ死にかけて運良く生き残っただけのジジィにあまり期待してくれるな」

「そう入っても、今は藁も欲しいんだよ。このまま死ぬまでこの世界を彷徨い続けるのか?俺は勘弁願いたいぞ。今から何十年もこの世界にいたら、気が狂いそうだ」

「そうは言われてものぉ。わし、本当にこの世界を偶然見ただけだしあまり記憶にもないわい。もう500年も前の話じゃぞ?見覚えのある光景ではあったが、この世界と同じとも限らん」


 唯一、この世界をダンジョン以外から見たことがありそうなおじいちゃんになにかヒントがないか聞いてみるが、そこまで詳しく覚えてないらしい。


 まぁ500年前の記憶を鮮明に覚えている方が難しいわな。余程衝撃的な光景や記憶じゃなければ、そんなに長く記憶は続かない。


 俺だってもう物理学の話とか全部忘れてるもん。


 たった1年勉強しなかっただけで、大抵の知識は吹っ飛んだ。


 代わりに人の殺し方は覚えたが。


 なんでどうでもいい知識ばかり増えるのやら。人の殺し方を覚えたって、普通は役に立たねぇよ。


 普通は。


 グダニスクとか言う頭の悪い街では死ぬほど役に立ったが。


 そんなどうでもいいことを話しながら適当に歩き続けること数時間。


 ふと後ろを振り返ると、どこまで歩いてきたのか忘れてしまうほどに入口から離れてしまう。


 やべ、適当に歩きすぎて帰り道が分からねぇや。


 このダンジョン、目印とかがないから適当に歩きすぎるのはダメだったかも。


「グレイちゃん?」

「........飯にするか。時間的にはもう夕食時だろ」

「そうですね。それがいいと思いますよ。以前、主人マスターが黙示録のダンジョンに吹き飛ばされた際の話を考慮して、干し肉を幾らか持ってきています。多少は豪華な夕食になるでしょう」

「お、そいつはいいな。俺も肉は持ってきたけど」

「ボスが唯一出せない物っすからね。というか、食べ物ってどう考えてもおもちゃでは無いような........」

「それを言うなレイズ。何故か知らんが、マヨネーズまで出せるんだからな。塩コショウも」

「やっぱりおかしいだろそれ。ちなみに卵は?」

「出せる。昔、卵の殻を使って絵を書いたことがあってな。多分それが玩具判定になってると思う」


 懐かしいなぁ。卵の殻に絵の具を塗って画用紙に貼り付けて絵を書いたのが。


 モザイクアートみたいな絵を作っていたはずなのだが、どんな絵を書いたのかは覚えてないし何故それを作ったのかすら覚えてないけども。


 俺は軽く迷子になりかけていることから目を背けつつ、夕食の準備に入る。


 能力で薪を出し、能力で火をつけ、能力で調理を開始する。


 フライパンだって出せちゃうんだぞこの能力は。卓球のラケット代わりに使って遊んだこともあったからな!!


 そのあとめちゃんこ怒られたけども。


「何飲む?」

「オレンジの炭酸が飲みたいな。あれ、結構美味しかったんだよ」

「俺はコーラで」

「私はお水がいいわん」

「お前ら、色々と出すのは面倒なんだから一つにまとめてくれよ。いいけども」


 俺はそう言いながら、コップを出すと飲み物を注いでいく。


 1人1本出してもいいのだが、ほら、アリカとかまだ子供だからジュース沢山飲みすぎると体に悪いからね。


 ジルハードも最近健康のことを考えているらしいし。


 ........健康のことを考えてたらコーラなんて頼まなくね?


 そんなこんなで夕食が完成。


 夕食にしては軽いご飯だが、黙示録でのサバイバルを体験した俺にとっては十分な食事である。


 何気に野菜もちゃんと取れてるし、ポテトだってある。すげーな俺の能力。やはりこういう場面では俺の能力は便利だ。


 でも、攻撃力が欲しいよ........攻めてオークを殺せるぐらいの火力が欲しい。


 グレネードぽいぽいしないと勝てないのは厳しすぎるだろ。しかも、口の中に詰め込まなきゃ行けないし。


(ポヨン)

「スーちゃんは量があればいいから、これでいいな」

(ポヨヨン!!)

「んで、ナーちゃんはこれ。じゃがいも丸かじりが好きってのも変わってんね」

「ナー!!」


 俺たちの食事が出来たら次は可愛い魔物達の分。


 俺は山盛りの食材を具現化させると、スーちゃんに食べさせてやる。


 スーちゃんは基本なんでも食べる悪食ちゃん。多分人生ゲームを出して“これがご飯ね”とか言っても、文句を言わずに食べるのかスーちゃんである。


 対するナーちゃんは、何故かじゃがいもか人参ばかりを食べる。


 君、一応魔物とは言えど猫だよね?なぜにじゃがいもと人参が好きなのか。


 もちろん、ピザなどのジャンクフードも食べるが、あまり油っこいものが好きでは無いのかナーちゃんは野菜の方が好きらしい。


 好き嫌いはないけど、別に好き好んで食べる訳では無い。


 それがナーちゃんである。


「ピギーも食べれたら良かったんだがな。悪いな、いつも食べてる姿を見せちまって」

『ピギー!!』

「え?食べてる姿を見るのも好きだから気にするなって?ピギーは良い奴だな。ちなみに、ピギーって腹が減ったりするのか?」

『ピギッ。ピギー』

「あぁ。やっぱりお腹は減らないし、食べたいとも思わないんだ。生命体かどうかすら怪しいもんな」


 ピギーはどちらかと言えば、概念的な存在だと思うし。


 あれだな。困ったらこの世界をピギーにぶっ壊してもらうか。行け!!ピギー!!封印解除だ!!って。


 ........地球まで滅びそう。


 そんなことを思いながら、俺はパクパクと美味しそうにじゃがいもを食べるナーちゃんを撫でながらフランスパンに挟んだなんちゃってサンドイッチを食べる。


 うーん。ダンジョンの中で食べるにしては贅沢飯。


 長期間ダンジョンに潜るなら、現地での食料確保は必須。パンなんて食べれないし、サンドイッチなんてできるはずも無い。


 さらにこのダンジョンに限って言えば、食料調達も厳しい。長期間の探索をメインとするならば、コスパのいい食べ物を選ぶ事になるだろう。


 そう考えると、フライドポテトとか作って食べてる俺たちは異常だな。あぁ、クソ。肉でも遊んでおけば完璧だったのに。


 豆腐は出せるからタンパク質に困ることは無いんだけどさ。


 俺が豆腐で遊んだ記憶が無いから、多分赤ちゃんぐらいの時に何かやらかしたんだと思う。


 肉でも遊んでおけよ昔の俺。


「〜〜♪」

「スーちゃん、相変わらずご飯の時はノリノリだねぇ。ポヨポヨ揺れてるよ」

「いつもの事だな。あれだけ美味そうに食ってくれると、見ていて気分がいいよ」

「そういえば、何気にスーは古株だよな。俺が加入した後に入ったし」

「そういえばそうですね。私が加入した時には既にいましたよ。当時はただのスライムだと侮っていましたが、今ではスライム似あるまじき戦闘力を有していますからね」

「スーちゃんが出す酸、くっそ強力なんだよな。実験で使えないかと思って出してもらったら、試験管の方が溶けやがった。耐酸性のかなり良い奴だったのに」


 ご飯を美味しそうに食べるスーちゃんを見て和みながら俺達も食事を取っていたその時、ふと後ろに気配を感じる。


 俺は動かず、リィズ達が目を見開きながら戦闘態勢に入り、スーちゃんはご飯に夢中であった。


 さすがは命をベットして俺に飯をたかりに来たスーちゃんだ。その激強メンタルは見習いたいね。


「おー、美味しそうだね。私の分も作れたりする?」

「少なくとも、自分の名前を名乗ってくれない人にやる飯はねぇな。それに、急にふらっと現れて驚かせるような真似はやめた方がいい。俺の心臓が弱かったら、今頃あの世行きだぜ?」

「んふふ。君、面白いね」


 今にも襲い出しそうなリィズを目の合図だけで止めていると、その気配の持ち主は静かに名前を名乗った。


「私はベアトリーチェ。この世界の案内人だよ。ご飯をくれたら案内してあげる」


 それは、この世界の先に進む鍵であった。




 後書き。

 この世界のモデルはダンテ著作「神曲」です。グレイ君、当然のように正解する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る