黒歴史は最大のカウンター


 これほどの大事件が起きていると言うのに、警備をサボる激強メンタルをしている奴らのお陰で俺達は難なく五大ダンジョン“天国ヘブン”へと足を踏み入れることに成功した。


 どうやらこの世界の神は俺たちにこのダンジョンを攻略して欲しいらしい。


 でなければ、こんな事態の中で警備がサボるだなんて有り得ない。


 きっと神様よ思し召し。信じもしない神だが、都合のいい時はそうやって思っておけば奴らは調子に乗ってくれるだろう。


 そんなわけでなんの苦労もなく足を踏み入れた天国の世界は、とても幻想的であり何もかもが人間である俺には理解が及ばない世界であった。


 宇宙のような、炎の根源のような、なんかよくわかんないその世界は初めてピギーと出会った時に似ている。


 ピギーのように恐怖を感じることは無い。しかし、脳がこの世界を理解することは決してない。


 そんな摩訶不思議な世界を見て、俺たちはしばらく無言でその場に立っていた。


「........なるほど。確かにこれは神の世界と言われても無理はない。これは理解できない世界だ。ピカソが書いた絵が凡人には理解できないように、神の作った世界は人類には早すぎたらしい」

「凄いな。何もかもが理解できない。下を見てみろ。足場がないはずなのに、俺たちはここに立っている。こんな感覚は初めてだ」

「........ダメですいろいろと計測してみましたが、全てが不明という結果になりました。これが真の神の世界。私は神の存在など信じていませんが、信じたくなる気持ちは少し分かりますね」

「ほへーすごいね。確かに何も理解できないや。でも、すごいことは理解できるかも」

「数多くの世界を見て回ったけど、こんなにも理解できない世界も初めてねん。これが五大ダンジョン“天国”。分かってはいたけど、ここまで幻想的で美しいとは思わなかったわん」

「ネット記事に頭が理解することを辞めると書いてあったが、実際に体験すると不思議な感覚だ。ところで、この世界には植物とか生えているのか?」

「こんなところでも植物優先ですかアリカちゃんは。でもそこがいい!!」

「すごいっすね。人間という存在が以下に小さく愚かな存在なのかというのを分からせてくるような世界です。俺もこんな体験はしたことないなぁ........」

「フォッフォッフォ。昔、似たような景色を見たが、まさか神の世界だったとはのぉ」


 俺がポツリと口を開くの、次から次へと感想を口にする仲間たち。


 人間では到底理解できないこの世界は、同じく人間でしかない俺たちに理解出来るはずもない。


 ピギーだったら違う答えを出せるかもしれないが、そんなピギーちゃんは“ん?何か変?”と至って普通であった。


 さすがは世界を3度滅ぼした存在。この程度の世界では、感動のかの字のないらしい。


 ところでおじいちゃん。昔この景色を見たことがあるってマジ?


「見たことがあるのか?爺さん」

「フォッフォッフォ。今から500年ほど前にな。第一次ダンジョン戦争の際に、エルフを3人ほど殺して泉に落ちた時に見たのぉ。懐かしいわい。どうやら儂は、神の世界を一足先に眺めていたようじゃ」

「それ、三途の川に下半身が浸かってただろ........」

「フォッフォッフォ!!下半身どころか、脇下まで来てただろうな!!」


 ケラケラと笑いながら、自分の死にかけた時の話をするおじいちゃん。


 なるほど、どうやら死にかけるとこんな景色を見ることができるらしい。


 やったじゃないか。どうしても神の世界に足を踏み入れたかったら、死にかけるといいらしいぞ。


 そのまま戻って来れなくなる可能性の方が圧倒的に高いだろうが。


「ってことはここは死後の世界と言えるわけか?こんだけ綺麗な世界なら、死んだ後も悪かねぇな」

「馬鹿言え、俺たちは全員地獄行きだよ。悪魔にケツをファックされながら、一物で串刺しにされんのがオチだ。できる限り死後の世界は見たかないね」


 ここは天国。少なくとも、良き行いを続けたきた者がたどり着ける場所であり、俺達のようなアウトローは全員もれなく地獄行きだ。


 この中で天国に行けそうなのはアリカぐらいじゃないか?可愛いから、神様も贔屓してくれるだろうし。


「でも、何千人と殺してきた爺さんは天国を見たんだろ?俺達も行けるんじゃないか?」

「国を守るために人を殺すのと、私利私欲のために人を殺すことが同じ判定なら行けるかもな。試してみるか?」

「バッカ、帰って来れねぇのにどうやって死後の世界を伝えるんだよ」

「それが答えさ。所詮、この世界も死後の世界と決まったわけじゃないって事だな」


 さて、今までの五大ダンジョンにはある傾向が見られている。


 黙示録のダンジョンと世界樹のダンジョン。


 これらはどちらも神話の世界の話であり、現実には存在しない世界だ。


 この法則からして、おそらく何らかの元ネタがあるのかもしれないと思っているのだが一体どれが当てはまるのだろうか。


 天国に関する神話や御伽噺は多いからな。その中でも有名なものがこのダンジョンのモデルとなっている気がするが、それが何なのかはもう少し情報を集めないと無理そうだ。


 一応、仲間にも聞いてみるか。


「何がモデルの世界だと思う?」

「んー、これだけだと判断に困るな。もっとキーとなるものが欲しい」

「そうですね。これだけで判断するのは難しいかと。ボスならできなくはないでしょうが」

「ちなみにボスは何か思い浮かんだか?」


 分からないから聞いたんだが?


 しかし、天国の中で有名な話となればある程度は絞れる。というか、俺にそこまでの知識がない。


 という訳で、俺の知っている天国の中でも有名な話を上げてみることにした。


「........神曲とか?」

「神曲って言えば、ダンテ・アリギエーリが書いた本のことか?確か、地獄篇、煉獄編、天国編で構成された本だったよな?」

「ベアトリーチェに執着した痛々しい本ですよね。これが後世まで残っているの、普通に拷問ですよ。黒歴史を全世界に見せているようなものです」

「ミルラで言えば、ダークヒーローのコスプレをした写真を全世界にばらまかれる感じか」


 うーん、自殺案件だな。俺だったら恥ずかしすぎて自殺してしまうかも。


 でも俺に黒歴史なんて........あぁ、腐るほどあるわ。この話はやめておこう。俺のメンタルに来る。


「そんな事をされた日には真面目に自殺しますよ。いや、自殺する前に私の手でこの星の人類も抹消します」

「あー、あれ可愛かったよな。バットマンのコスプレをしてた幼きミルラ。なんであんなに可愛い子供がこうなってしまったんだと思ったよ」

「ちょっと待ってくださいアリカちゃん。なんで知ってるんですかそれ」

「え?ご両親が見せてくれたぞ。どうも私と昔のミルラを重ねているようでな。子供自慢を聞かされた。良い親だよ本当に」

「あぁぁhxuいdjdndるkllsgztxu?!」


 もはや言語として成立していない悲鳴をあげるミルラ。


 あー俺も見せてもらったなミルラの可愛い時期の写真。


 ミルラのご両親は結構な親バカで、昔のミルラの写真とか結構見せてくれるのだ。本人は嫌がるから言わないでいたのだが、心が純粋なアリカちゃんはこういう時容赦がない。


 純粋な刃ほど人の心をエグるものは無いんだな。


 ちなみに、写真のミルラは7歳の時だったらしく、それはもう可愛らしい子供であった。


 本人の名誉のために言っておくが、バットマンのコスプレをしても可愛いと思うぐらいにはちゃんと似合ってたし、当時は今ほど変態でもなかったはずである。


 今となってはペドレズだけどね。


「ぁぁぁぁぁぁぁ........」


 アリカに見られたくないものを見られてしまったミルラは、天国の世界で打ちひしがれる。


 正直、そこまで気にすることなのかとは思うが、こういうコンプレックスと言うのは他人が気にしてなくとも本人がとても気にしてしまうものなのだ。


 見るらの場合は、過去がコンプレックスだな。


 ........どうしようもないじゃん。助けてドラエもーん!!タイムマシンを出してミルラの過去を変えてあげてくれー!!


「........なにか悪いことでも言ったか?」

「いいかアリカ。アリカは別に平気でも、人によっては耐えられない苦痛というのがあるんだ。ミルラの場合は過去だな」

「ミルラは変わっているな。過ぎたことなんて忘れればいいのに」

「それが出来ない奴もいるんだよ。例えば、俺たちが死んだあとアリカはそれを忘れられるか?」

「無理だな。この記憶は生涯忘れることは無い。たとえ私がボケたとしても、グレイお兄ちゃんたちの顔と名前だけは絶対に忘れないよ」

「そいつはありがたいな。それと同じだ。忘れたくても忘れられない過去なんだよ、ミルラにとってバットマンのコスプレはな」

「なるほど。それは申し訳ない事をしたな」


 うーん。アリカちゃんは賢いねぇ。


 俺は思わずアリカの頭を優しく撫でてやりながら、未だ悶えるミルラを見る。


 その横では、ミルラの過去の写真を携帯で見る仲間たちがいた。


 お前らに人の心とかないんか?


「え、これミルラ?すごく可愛いじゃん」

「これは純粋な子供って感じだな。まだ正常だ」

「いいじゃないですか。私が今年の頃は、既にトカゲを解体して遊ぶような子でしたよ」

「何気にえぐい事してるっすね........」


 ワイワイとミルラの過去を眺めて騒ぐ仲間たち。しかし、普通に可愛いので“ええやん”という感じてみんな和んでいた。


「ぼ、ボス。私を殺してください........」

「この世界を見てる神も困惑するだろうよ。こんな神の世界に来てまで過去に悶えて死にたがるアホを見てな。ほら、行くぞお前ら」


 こんなにも緊張感がなくてダンジョンが攻略できるのだろうか?


 俺はそう思いながら、半泣きするミルラも優しく撫でてやるのであった。


 なんと言うか、流石に可哀想な気がしてきたからね。少しは優しくしてあげないと本当に泣いちゃう。

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