五大ダンジョン“天国”
天国へ
その日、ITA(イタリア)はとんでもない騒ぎに見舞われた。
教皇庁の真ん前に死体が置かれ、次はお前だと言われれば嫌でも騒ぎになるだろう。
キリスト教を信じるもの達の中でも最も位の高い連中がいる場所に死体を放り込んだ時点で、大犯罪である。
ルーベルトの仇を打ったあと爆睡して昼前ぐらいに起きたが、テレビはどれもこれもがこの話題で持ち切りであった。
昼のぶらり旅が見たかったのに残念だ。良さそうな観光地や飯屋を見たかったんだがな。
「おーおー。話題になってんな。いや、話題にならない方が難しいか。人の形すらしてない死体を放り込まれて“日常だなー”だなんて普通は思わねぇし」
「グダニスクなら日常だぞ。少なくとも、送られた本人以外は知らんぷりして普段通りの日常を過ごすさ」
「あそこと比べたらダメだぜボス。あの街には法律なんて言葉がないからな」
テレビを見ながら退屈そうにしていると、ジルハード達がやってくる。
もう皆目覚めてたのか。普段なら誰かが起こしに来そうなものだが、今日ばかりは気を使ってくれたのだろう。
恩人を殺し、仇も打った。だが、心に空いた穴はまだ塞がらない。
クソが。最後の最後まで苦い味が口の中に広がってやがる。
「一応、人間だとわかるようにくり抜いた目も添えてやった。教皇庁は喜んで欲しいな。魔物の細胞を肉体に摂取した、またとない実験台だぞ」
「あんなぐちゃぐちゃの状態から蘇生出来たら、本当に神の領域に入れるだろうな。どう足掻いても無理だろうが」
「側すら直せないでしょうね。それで、今日はどうしますか?
「そうしたいのは山々だが、残念なことに俺達は追われる側になった訳だ。今はまだバレてないからいいが、そう遠くない内にバレると思うぞ。だから、サッサと天国へ行くとしよう。神が住むとすら言われている、エデンにな」
レミヤにお願いして、監視カメラの映像を差し替えてもらったりアリカの薬で俺達の痕跡はできる限り消したつもりだが、今どきの警察を舐めては行けない。
過去を見ることが出来る能力者なんていた日には、あっという間にバレてしまうだろう。
だから、俺たちがまだ自由に動ける間にダンジョンに逃げ込む。
今日は観光できるかどうか怪しいが、無理やり推し入っても問題ない。
どうせ、この国は消すからね。
「
「知恵の実を食って失楽園へと落ちたってか。だとしたら、アダムとエバは間違えたな。知恵の実を食っても人は賢くなるどころか、愚かになったんだ。欲に支配され、理性でそれを何とか押さえつけているだけの獣にな。ヤハウェも嘆いているだろうよ。いつしかその話は忘れられ、御伽噺となってケルビムすらも失ったんだから」
「ちなみに、ボスはその話を信じるのか?」
「俺が信じるようなタマに見えるのか?俺はダーウィンの方が好きだね。猿から進化したと言われた方が納得出来る。ほら、猿は本能に生きるだろう?俺達と同じじゃないか」
神が人を作るわけが無い。こんな愚かな生物が神の創造物であるなら俺は恥ずかしすぎて滅ぼすね。
だが、俺は神の存在だけは信じている。実際に見たし、あれば確かに俺達とは次元の違う存在であった。
まぁ、信仰はしてないが。
俺をこんな世界に送り込んだクソ神め覚えてろよ。
「ハハッ、キリスト教徒が聞いたら激怒しそうだ。なぜ人は人を特別な存在にしようとするのかね?」
「生態系の頂点に立ったから。それだけだよジルハード。火の使い方を覚えたから、人間は生態系の頂点に立って特別な存在だと錯覚するようになったのさ。運が良けりゃ、カラスがこの世界を支配していたかもな。奴らは道具を使うことを覚えている」
「進化論ですか。知ってます?進化論は当時──────」
ここて、レミヤが会話に入ってる。
が、それは止めさせて貰うとしよう。お前、生物学の話になると長いんだよ。
どうして研究者は自分の得意分野になると口が回るようになるんだ。
アリカも薬学についてはくっそ長い話をされるしな。一応聞いて理解しているつもりではあるが、流石に寝起きでレミヤの話を聞く気にはならない。
「レミヤ。30字以内で要約しろ」
「えぇ........酷くないですか?私にもお話させてくださいよ」
「長いんだよ専門分野の話になると。寝起きに雑学なんざ聞きたかない」
「アリカちゃんなら許してましたよね?」
「アリカは可愛いからな。分からないなりに頑張って理解するよ」
「これは差別ですよ差別!!私が可愛くないというのですか?!」
「少なくとも、可愛い子は全身が鉄でできては無いな。さと差別じゃない。分別だ」
「ゴミか?私はゴミなんですか?!」
知識を披露する機会を失い、ギャーギャー騒ぐレミヤ。
そんな馬鹿らしい機械を見ていると、少しばかり心が落ち着く。
出来れば、このクソうるさい仲間たちを見せてやりたかったよ。本来のお前にな。
「酷くないですか?!私、自分で言うのもなんですが見た目は綺麗だと思いますよ?!」
「いや、お前の顔作られてるじゃん」
「ジルハードさん。その言葉が最後の言葉でいいですかね?」
「ハ?!お、ちょ、待て!!こんなところでぶっぱなしたらホテルの階層がひとつ減るぞ!!」
「お?喧嘩?やれやれー!!レミヤ!!ジルハードをぶっ飛ばしちゃえ!!」
「どっちにかけますか?私はレミヤさんで」
「私はジルハードにするか」
「私もジルハードねん」
「フォッフォッフォ。わしはレミヤ殿にするかの」
「俺もレミヤさんで。ボスはどうします?」
「とりあえずお前ら全員正座で。今騒ぎを起こしたらダンジョンに行けないだろうが」
どうしてこいつらはいつもいつも馬鹿なんだ。
俺は大きくため息をつき、頭を抱えながらもこんな馬鹿げた日常が楽しいんだろうなと思うのであった。
さて、飯を食ったらダンジョン攻略だ。神は死んだ。ニーチェの言葉でも再現しに行こう。
あ、お前ら喧嘩するなら腕相撲辺りにしておけよ。ミサイルとかぶっぱなしたらマジで怒るからな。
【
エデンの園。旧約聖書の『創世記』2章8節から3章24節に登場する理想郷。
『創世記』の記述によれば、エデンの園は「東のかた」にあり、アダムとエバは、エデンの園を耕させ、守らせるためにヤハウェによってそこに置かれ、そして食用の果実の木が、園の中央には生命の樹と知恵の樹が植えられた。
また、エデンから流れ出た1つの川は園を潤し、そこから4つの川(良質の金とブドラフと縞メノウがあったハビラ全土を流れるピション川、クシュの全土を流れるギホン川、アシュルの東を流れるヒデケル川(チグリス川)、ユーフラテス川)に分かれていた。
ヤハウェはアダムとエバが禁じられていた知恵の樹の実(禁断の果実)を食べたことを咎め、エデンの園から追放する(失楽園)。生命の樹に至る道を守るため、ヤハウェはエデンの東にケルビムときらめいて回転する炎の剣を置いた。
尚、エバは日本で言うイヴ。
その日、キリスト教の総本山とも言われるバチカン市国の教皇庁は混乱に満ちていた。
それもそのはず、朝方何者かが人の死体を肉塊にして持ってきたからだ。
しかも、そこには血文字で“次はお前だ”と書かれていれば、嫌でも自分たちが次の被害に会うと思ってしまう。
警察組織や教皇庁周辺は、凄まじい警戒態勢となり、もう数時間もすればバチカン市国に入ることすら禁止させる勢いである。
そんな中、教皇庁にいるものたちの中でも位が上のもの達はこの事件について心当たりがあった。
昨日、生き返らせたりはずの機械が命令を無視してどこかへと消え、それを連れ戻すために指示を受けた2人の兄弟。
並外れた戦闘力を持った彼らならば、既に帰ってきてもおかしくない時間だと言うのに、未だに帰ってきていないことを考えるとこの死体がそれであるも思ってしまう。
つまり、相手はSランクハンターすらも凌駕した力を持った化け物だと言うことが分かるのだ。
「地下の状況は?」
「今のところ問題ありません。何せ、バレる要素がありませんからね。警察内部にも我々の組織のものが入り込んでいますし、政府も下手に私達の内部を捜査するなと釘を指していますから」
「ならば、中がバレることは無いな。では、相手が誰かわかったか?」
「監視カメラや残存魔力など調べておりますが、今のところそれらしい手がかりが見つかっておりません。相手は相当な手練かと」
「ふむ........」
報告を受け取るその者は、顎を何度か擦りながら考える。
この状況を引き起こして、一体誰が得をするのか。真正面から教皇庁に喧嘩を売るほどのバカがそう何人もいるとは思えない。
「マフィアか?」
「いえ、既に確認を取りましたが、全員否定しております」
「それは当たり前だ。ここではいそうですよというバカがいるなら見てみたい」
「しかし、声色が本物でした。おそらく嘘はないかと」
「........能力か」
人の声で嘘を見抜く能力者。彼がこの地位にまで上り詰めたのは、この信徒を手ごまにしたからだ。
嘘かどうかを見分けられれば、裏切りすらも見えてくる。
彼は、次に内部の裏切りに関して考えることにした。
「裏切りの可能性は?」
「今はまだそこまで着手できておりません。もうしばらく時間をください」
「まぁ、まだ事件が発覚して数時間程度だからな........仕方がないか」
彼はそう言うと、昼間からワインを飲む。
こうして、見当違いな犯人探しが始まった。等の犯人たちは、この隙にダンジョンに潜り込み、神の世界を探検しているというのに。
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