お前はお前じゃない


 ルーベルトが死人となりながら、今も尚その死を辱められている。


 その事実を知った俺は、自分が思ったよりも冷静だったことに驚いた。


 人間は、感情の制御がある程度できる。しかし、その感情も昂れば理性を超える。


 俺だってその例には漏れない。


 が、行き過ぎた怒りと言うのは一周まわって理性を取り戻すらしい。


 苛立ちに任せてこの国に核でも落としてやろうかとは本気で思うが、実行することは無かった。


主人マスター。ルーベルトさんを発見いたしました。どうやら、彼は今、人の世界に溶け込んでも違和感は無いのかというテストをしているらしいです」

「どういう事だ?」


 聞きたくなかった真実が明らかとなってから3日後。


 それぞれに指示をだし、俺もできる限りの準備を進めていた頃。レミヤがこのような報告をしてきた。


 ルーベルトは既に死んでいる。しかし、ルーベルトは生かされている。


 そんな矛盾した今が終わるならば、俺はどんな手段だって厭わない。


「死者蘇生の前身ともなる、死者の機械化。しかし、人間社会に溶け込めなければ生き返ったとしても意味がありません。今は人々の社会を学習する時間であると推測できます」

「........そういえば、レミヤは死者蘇生されたようなものなのか」

「あー、まぁ、そうともとれますかね?厳密には脳だけを移植したという方が正しいですが。私の体が死んでいるのは間違いありませんし」

「何が違うんだ?」


 レミヤもルーベルトと同じく機械化された人間だ。いや、人間と言うには、あまりにもその要素が少なすぎるが。


 脳だけが人間。残りは機械だし。


「ルーベルトさんの場合は、既に死んでいる........つまり、脳すらも機能していない状態からの機械化。ガワだけがルーベルトさんであり、完全に死んでから蘇らされています。対する私の場合は、生きた状態の脳を取りだして移植した........つまり、私は1度も死んでいないのです」

「体を変えただけということか?」

「そういうことです。服を着替えるのと同じですね。ですから、私の脳が死ねば私は死にます。寿命もちゃんと存在していますよ」


 へぇ。機械化した人間にも違いはあるんだな。


 もし、ルーベルトが脳を移植されたタイプの機械化だったら、またあのうざったい言葉を聞くことが出来たのだろうか?


 なんだっけ?ケンタッキー食ってた時に“お袋の飯はケツを舐めていた”とか言ってたっけ?


 ........また聞きてぇよ。その言葉。


 しかし、それが叶わない事実だと言うことは知っている。


 ルーベルトの機会化は元ある自我を持っていないのは明白。もし元々持っていた自我があるのならば、人間の社会に紛れ込む実験なんてしない。


 あいつは確かにちょっと変わったお人好しであったが、この組織にいる連中のように社会性まで終わっている訳では無い。


 もし元の自我があったのであれば、今頃子供相手に飴でも配ってる。


「ルートは分かるか?」

「ご安心を。ただ、おそらくですが内部に映像を送信する機能がついているようで、いきなり殺すなんてことは出来ないと思います。私たちの存在がバレてしまいますからね」

「ジャミングできるだろ?それで十分だ」

「その後ダンジョン攻略をするというのであれば、問題はできる限り起こさない方がいいかと思いますが........」

「レミヤ。ダンジョンなんざ何時でも行ける。誰も待っちゃいない」

「........失礼いたしました」

「それに、別に問題を引き起こしても俺達がいるってことがバレなきゃそれでいい。一日だけな。そのあとはゆっくりとする時間が取れる。天国ヘブンは、安全な場所なんだろ?神のお膝元でピクニックしようじゃないか」


 一日だけ自由に動ければ十分だ。俺たちを捜索するよりも先に、ダンジョンに逃げ込んだ時点だ勝ちである。


 チケットは買ったのだが、不法侵入させてもらうとしよう。


 ダンジョンなんだから、ちょうどいいだろ?死体の処理が楽になる。


「あの兄弟はもう動けるのか?」

「はい。木偶情報屋が既に手を打っています。何時でも動かせますよ。それと、場所の選定も終わっております。多少滅茶苦茶やっても問題ありません」

「アリカは?」

「終わってるぞ。ちょうどいいタイミングだな」


 俺がそう言うと、狙っていたかのようなタイミングで部屋に入ってくるアリカ。


 実は外でスタンバってた訳じゃないよな?滅茶苦茶タイミングがいいんだけど。


「よし。なら今晩動くとしよう。感動の再会とは行かないが、少なくとも、俺の手でしっかりと終わらせてやる」


 待ってろよルーベルト。今、楽にしてやるからな。




【バベルの塔】

 旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔。神話とする説が支配的だが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する。

 天にも届く神の領域まで手を伸ばす塔を建設しようとして、崩れてしまった(神に壊された)という故事にちなんで、空想的で実現不可能な計画の比喩としても用いられる。




 ルーベルト・ガッデム。


 彼の生涯は途中まで平穏なものであった。ハンターと言う職業柄、どうしても命の危機に瀕することはあるがそれでも最後の3日間よりは平穏と言えるだろう。


 自分によく似た少年、グレイの面倒を見て、暗部組織に終われ、最後は格好つけた死を迎えた........はずだった。


 気がつけばルーベルトという人間は死につつも、ルーベルトと言う体は生かされている。


 そんな状態にされてしまった今、彼の目の前には懐かしい顔が並んでいる。


「よぉ。1年ぶりだな。随分と死んだ顔してんじゃねぇか?顔色がわりぃぞ」

「久しぶりだねルーベルト。死後の世界は見てきたの?」


 自分と重ね合わせ、我が子のように思ってしまった少年と、ことの元凶ではありつつも恨めはしない少女。


 1年ぶりに再開したその2人の顔は、どこか成長しているようにも見える。


 しかし、ルーベルトの記憶に彼らはいない。彼の記憶と魂は、天へと導かれ神の元へと還ったのだから。


「誰だ?」

「........おいおい。悲しいじゃないか。たかが三日しか過ごさなかったガキの顔は忘れたってか?お前にタバコを教えられ、お前に救われたってのに........吸うか?」

「随分と機械的な声になっちゃったねぇ。カーチェイスをしていた時のように、馬鹿げた声を聞きたいよ」


 少年はタバコを取りだして火をつけると、ゆっくりと煙を吐き出す。


 そして、タバコの入った箱をルーベルトに投げてきた。


「これは?」

「吸ってみるといい。火をつけて、肺に煙を入れるのさ」

「それになんの意味が?」

「........けっ、何かに縋ってなきゃ人は生きられないと教えたのはお前だぞ。人が知りたきゃ縋ってみやがれ」


 ルーベルトは言われた通りタバコを加える。


 すると、少年がライターの火をつけて顔の前まで差し出した。


「........ありがとう」

「はっ、ご丁寧にどうも。リィズ。今日だけはお前も吸え」

「もちろん。断る理由がないよ」


 こうして、3人が同じタバコに火をつけ静かに煙を吸う。


 ルーベルトはこの行為に意味があるのか理解できなかったが、少なくとも目の前にいるふたりの表情を見てなんとなくその意味を悟った。


「........お前は、過去の記憶を持っているのか?」

「ない」

「そうか。お前は生きたいか?死にたいか?」

「........分からない」

「俺はお前に死んで欲しいと思ってる。随分と高性能なAIが頭に入っているらしいな。人間の感情は理解できるのか?」

「分からない。人の感情と言うのは定義が定まっていない」

「けっ、小難しい回答をしやがって。まぁいい。お前は死んだ人間は生き返ると思うか?」

「そのような能力者がいた場合は可能だ。だが、現時点で死者蘇生の能力を持った者はいない」

「んじゃ、お前は生きているのか?死んでいるのか?」

「今の回答を元に答えれば、ワタシは死んでいると言える。この体は元々死した人間のもの」

「わかってんじゃねぇか。返せよ。その体。本来の持ち主によ」

「........命令に反する。ワタシはこの体で生きるように命令されている」


 タバコの煙が空へと登る中、なんでもない普通の会話が続く。


 ルーベルトはまだ学習期間が短い。この言葉に意味があるのか、人間はどのような考えを持つのか。そのような学習としての問答をしていると思っていた。


「命令に従うだけが人生か?全世界の人間が、命令に沿って動いていると思うか?」

「........回答に困る」

「答えは否だ。人類がみないいこちゃんなら、今頃お前は生まれてねぇ。死者の体を弄び、神への冒涜をする奴らによって生み出されることもなかった。理解できるか?」

「犯罪となるのは理解できる」

「そうだ。犯罪だ。では、そこ体の本来の持ち主に悪いとは思わないか?」

「分からない。その者は既に居ない」

「これだから人の心を理解しない機械ってやつは。ターミネーターですら人の心は理解していたぞ?まぁいい。犯罪を犯したらどうなる?」

「司法によって裁かれる」

「では、今のお前はどんな裁きが妥当だ?」

「.......ワタシがこの体から出ていき、埋葬されること。もしくは私を人間と定義するならば禁固刑屋罰金。執行猶予はあるかもしれない」

「分かってんじゃねぇか」


 パンパン!!


 二発の破裂音が鳴り響く。何が起きたのかとルーベルトが自分の心臓部を見ると、そこには穴が空いていた。


 バチバチと機械が故障した音が聞こえる。心臓部には魔力を貯めるためのコアがあり、そこを的確に破壊されたとなれば生きることもできない。


「な、に、を........」

「悪いなルーベルト。いや、ルーベルトに取り付いた哀れな機械よ。俺はその体の持ち主を知っている。返しきれない恩もある。だから、せめてその死を辱めないでくれ。恨むなら、お前を作った犯罪者たちを恨んでくれよ」

「........」

「チッ、別人だと分かっていても気分がわりぃ。二度も........二度も俺にルーベルトを殺させやがって」


 最後にその機械が見た景色は、雲ひとつないはずの空から落ちる雫であった。





 後書き。

 グレイ君、二度目の涙。ルーベルトの時だけ泣いてるルーベルト思いないい子。

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