なん......だと......


 本場の味だからと言っても、別に格別に美味しいわけじゃないということを知った俺は、ローマの街を観光していた。


 世界遺産が多くあるローマの街。しかし、その殆どは第一次ダンジョン戦争の時に魔物の手によって壊されてしまっている。


 そんな激戦の中でも残った世界遺産のひとつ、コロッセオにやってきた俺達は大きな闘技場を見て関心していた。


「まだ車おろか、採掘機すらなかった時代にこんなものが作られたと思うと、むかしの人類の凄さがわかるな。全部人力で作ったってことだろ?」

「娯楽のために作られたとは言えど、素晴らしい出来ですね。まさか、当時作った彼らもこんな封に未来の子孫が見るとは思ってなかったでしょうが」

「どんぐらい前に作られたものなんだ?」

「確か、建造時期は80年だったはずです。今から2400年ほど前だと考えれば問題ないでしょう」


 すごいね。2400年前。イエス・キリストが生まれてから約80年後にこんな建物が建てられたのか。


 コロッセオ。


 誰もが知るその円形闘技場は、その名の通り闘技場として使われ、6世紀頃まで使われていたという。


 娯楽のために作られたものとはいえど、これほど巨大で精密なものを人の手だけで作れただなんてすごい以外の言葉が浮かばない。


 ちなみに、現在は観光地でありながらハンター達が多く出入りする場所となっている。


 コロッセオの真ん中。闘技場のある場所に、ダンジョンが出現したためだ。


 どうやらこの時代になってもなお、コロッセオは戦いの聖地となっているらしい。それほど危険なダンジョンでは無いため、わりと新人のハンターが来るんだとか。


「これがコロッセオ。テレビで偶然見たことがあるが随分と大きいな」

「フォッフォッフォ。懐かしいのぉ。昔、ここら辺で仕事をしていた時によく訪れたわい。ダンジョンは死体の処理が簡単で助かる」

「おじいちゃんは来たことがあるのか」

「もちろんあるのぉ。この500年。多くの国を彷徨いながら、生きてきた。意外と世界を見てみるのも悪くないぞ?アリカよ。その国の歴史や特色を知ることは、存外馬鹿にならん。見聞を深め広めることも、人の成長として役に立つのだ」

「今日がなくても?」

「フォッフォッフォ!!現代の子供はこれだから困るのぉ!!」


 アリカの純粋な疑問に、困ったように笑いながら頭を撫でる爺さん。


 生きた伝説。不老の体を手にした化け物であり、500年間の歴史を見てきた爺さんとは言えど、やはり可愛い子供には敵わないらしい。


 爺さんもアリカには滅茶苦茶甘いからな。


 お菓子買ってあげたり、薬草採取に付き合ってあげたり。


 孫を甘やかすおじいちゃんみたいな人だからね。


「どうせならダンジョンにも入ってみるか?」

「いや、それはいいや。この後五大ダンジョンに入るってのに、今からダンジョンに入りたくない」

「それもそうか。ところで、“天国”へはどうやってはいるつもりだ?」

「大人しくチケットを買うさ。キリスト教に金を突っ込むのは癪だが、近いうちに神の地は消え去る。迷惑料として受け取って貰えれば十分だろ?」

「それだけで許されるとは思わんがな。免罪符が買いたいなら、少なくとも国家予算並の金額が必要だと思うぜ?」

「そんな金はウチにはない。そもそも、免罪符を買うんじゃなくて心ばかりの迷惑料なだけだ」


 今からダンジョンに潜るだなんて冗談じゃない。


 俺達は天国を攻略しに来ただけなのだ。


 過去の経験から俺は知っている。大抵寄り道した時はロクなことが起きないと。


 ダンジョンに入ったら、多分ボスと遭遇してダンジョン攻略しちゃって、マルセイユテロみたいにローマが吹っ飛ぶかもしれんからな。


 あれ?ローマがふっ飛べば間接的に天国のダンジョンゲートも吹っ飛ぶか?


 だったらやってもいいぞ。どうやってダンジョンをぶっ飛ばすのかは知らんけど。


 そんなアホなことを思いながら、観光を続けていた俺達。


 しかし、先程からリィズの顔色があまり優れない。


 俺は心配して、話しかけた。


「リィズ、コロッセオはつまらないか?」

「んーん。楽しいよ。テレビで見るのと実際にこの目で見るのでは結構違うんだなとは思ってる」

「........随分と顔色が悪そうだが?あの飯屋でピザを食ってた時からだ。もっと言えば、硬直していた時からあまり顔色が優れない。体調が悪いのか?」

「いや、体は至って元気だよ」

「いつもならそこそこはしゃいでるだろ?何があった?何を見た?」

「........まだ言えないよ。これは、軽々しく口にしちゃダメだよ。場合によっては、グレイちゃんを傷つける。もっと確定的な情報がないと」


 ........一体何を見たんだ?


 俺を傷つける可能性があるもの........ダメだ。パッと思い浮かばない。


「おばちゃんに連絡は取ったのか?」

「うん。今全力で調べてもらってる。最近は第三次世界大戦で忙しかったからね。こっちに仕事を割く時間がなかったみたいだけど、今回ばかりは融通してもらった。早めに真実を知った方がいい」

「そうか........とりあえず今日はホテルに泊まるか。ゆっくり休んで寝よう。それでいいだろ?」

「ん。そうする」


 一体リィズは何を見た?


 俺はそれが気になったが、リィズが俺に不利になるような隠し事をするはずがない。


 だから今は聞かないでおこう。


 真実が明らかになれば、きっと話してくれるはずだ。


 その真実が俺の最も知りたくなかった事だとは、俺が最も憤る事だとはこの時は何も考えてなかった。




【コロッセオ】

 ローマ帝政期の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝とティトゥス帝によって造られた円形闘技場。英語で競技場を指す colosseum (coliseum) や、コロシアムの語源ともなっている。建設当時の正式名称はフラウィウス円形闘技場(ラテン語: Amphitheatrum Flavium)。現在では、イタリアの首都であるローマを代表する観光地である。

 コロッセオで行われた剣闘士競技の記録は434年、野獣狩りの記録は523年のものが最後。これは、ローマ帝国のキリスト教化に伴い血生臭い剣闘士競技は禁止されたと言われている。

 現在(この世界)では、ダンジョンの出現に伴い観光地でありながら狩場でもある。ダンジョンの難易度はそこまで高くないので、新人ハンター御用達の場所だ。




 その日の夜。


 俺達はホテルを取って休憩していた。


 天国へ行くためのチケットを手に入れるのは結構難しいらしく、なんと1週間後のチケットをかろうじてゲット出来ただけであった。


 随分とボロい商売をしているものだ。神の元へと行くために、金を払えとは俗物な神様が居たものだよ。


 しかも、チケットの値段もかなり足元を見てやがる。


 大人は1人3万ゴールド。子供は一万五千ゴールドと来れば、以下に宗教家が金という力を欲しているのかがわかる。


 値上げされた東京ディズニーランドですら1万ちょっとだったはずだ。


 アトラクションもない、ただただ世界を見て回るだけのツアーが3万ゴールド。馬鹿げている。


 しかし、敬虔なる信徒達はなんの疑いもなくこれに金を払う。


 神の名を使って金儲けする連中にろくな奴はいないとは知っているが、キリスト教も似たようなもんだな。


 ウチの御神木たる世界樹ちゃんを見習え。あの子が求めるのは、自分の世界の平和だぞ。


 金なんて要らないし、ごく稀に精霊ちゃんがやってきて遊ぶぐらい。やはり、真の神は世界樹なのかもしれん。


 そんなことを思いながら、ポチポチとゲームをやっているとリィズの電話が鳴り響く。


 俺はチラッとだけリィズを見て、すぐに興味を無くした振りをした。


「ん、おばちゃん。わかった?........うん。うん........うん........」


 徐々に、徐々に声が小さくなっていくリィズ。


 そして、少し電話をした後、電話をスピーカーにして俺に話しかけてきた。


「グレイちゃん。いい報告と悪い報告がある。どっちから先に聞きたい?」

「んじゃ、いい報告から」

『やぁやぁ色男にそのお仲間の皆様。アリカのお嬢ちゃんは元気かい?あのポンコツメイドがまたやらかしてないかい?』

「私は元気だ。久しぶりだな」

「お世話になっております」

『ハッハッハ!!元気そうでなによりだ。悪いね。最近は第三次世界大戦の後処理やら何やらでかなり忙しかったんだ』


 おばちゃんはそう言うと、一呼吸おいてからある事を話し始めた。


 それは、約1年ほど前に起きたとある出来事についてだ。


『色男。どこぞの馬鹿がマルセイユテロを引き起こしたあの日の事を覚えているか?』

「忘れるはずもない。今でも奴らを探している」

『それは良かった。人の憎しみってのは長くは続かないからな。燃え尽きている可能性すら考えたよ。喜べ色男。どうも、あの二人はローマに逃げ込んだらしい。まさか、ここまでの大都市に逃げ込むとは予想外だったな。別にITA(イタリア)にツテがある訳でもないってのに。完全に私の読みが外れた。許して欲しい』


 ミ、ツ、ケ、タ。


 あのルーベルトを殺した腐れファックどもは、どうやらこの都市に逃げ込んだらしい。


 あぁ。ようやく、ようやく奴らを補足した。


 このペンダントを見る度に思い出す。炎の挙がった瓦礫を背に、俺たちを逃がす為立ち向かった英雄の顔を。


 ルーベルト。お前の仇は必ずとってやる。誰がなんと言おうが、今からこれが最優先事項だ。


 俺は今すぐにでも居場所を聞いて飛び出したい衝動を抑えながら、静かにつぶやく。


「大丈夫だ。おばちゃんならいつの日か見つけ出していたはずだよ」

『その慰めは染みるねぇ。さて、これがいい報告だ。色男にとっては、素晴らしい報告だっただろう』

「あぁ。それで、悪い報告ってのは?」

『........聞いて後悔しないか?』

「内容によるだろ」

『いや、結局のところは言わなきゃならん。先に真実を告げなければ、色男、君が絶望に染まるだろうからな』


 おばちゃんはもったいぶった前置きを入れたあと、静かに真実を告げる。


 それは、確かに俺が聞きたくない真実であった。


『色男の........いや、グレイとリーズヘルトを守った英雄、ルーベルト。彼はどうやら、その死体を利用されて死した機械兵となっているらしい』


 なん........だと........?





 後書き。

 イタリア君、一番やってはならないことをする。あーもう終わりだよこの国。

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