ボクちゃん来日


 五大ダンジョン“天国ヘプン”を新たな目標に定め、とにかく情報を片っ端から集める日々。


 誰もが入れるダンジョンということで、なんとなくの情報は手に入るのだがそれ以上の情報が手に入らない。


 観光地としての情報はかなり多く手に入ったのだが、攻略の役に立ちそうな情報は殆ど無かった。


 分かったことは、ダンジョンの中は安全な事ぐらい。


 世界一安全なダンジョンとまで言われているのだから、そりゃ観光地にもなるだろう。


 もう実際に行ってみるしかないなこれは。


 第三次世界大戦も終盤に差し掛かり、多くの国々は戦争を終えている。


 これが終われば多くの国がウチを国家として認めると言い始めるだろう。正式な国家となれば、俺も動きづらくなるだろうから早めに何とかした方がいいのは事実だ。


 次の五大ダンジョンに向けての準備をあれこれしていたある日、冬の風が冷たくなり始めるこの季節に新たな訪問者がやってきた。


「グレイ!!」

「おー久しぶりだなボクちゃん。元気にしてたか?」

「怖かった........よくわかんない人達がいっぱい来て、僕を睨みつけたり怒鳴ってた........」

「よしよし。怖かったなー。でも大丈夫だぞ。この国にお前をいじめるやつなんていないからな」


 俺はそう言いながら、半泣きになる合法ショタを慰めてやる。


 CHE(スイス)のSランクハンターにして、幼児退行してしまった合法ショタ。ライト・ブライト。


 POL(ポーランド)の捕虜として捕まっていた彼が、この国にやってきたのである。


 これで日本もSランクハンター保持国家となった訳だ。やったぜ。


「まさか本当に来るとは........今頃CHE(スイス)は困っているだろうな。幼児退行したとは言えど、Sランクハンターを失ったとなればダンジョンの攻略はもちろん、他国への抑止力も無くなる。下手をすれば、これが原因で攻め込まれて国が滅ぶぞ」

「DEU(ドイツ)が既に行動を開始してますよ。FR(フランス)と同盟国であった彼らを、許すつもりは無いらしいですね」

「また戦争すんのかよ。DEUも物好きだな」

「あそこは今、ボスの傘下となった組織が実権を握っていますからね。ここで、勝利し戦勝国となれば国民からの支持もさらに得られるとでも考えているのでしょう。その障害であったライトは、今こうしてここにいるのですし」


 俺に頭を撫でられて気分がいいのか、とても嬉しそうに笑うボクちゃんこと、ライト・ブライト。


 幼児退行してしまった彼が国に帰れば何が待っているのか。そんな事は誰だって簡単に想像が着く。


 国民からの批判はもちろん、政府も協会も彼に厳しい態度を取るだろう。


 自分が戦場に立ってないのに、一丁前に批判だけはする口先だけのクズどもにあれこれ言われるのだ。


 精神年齢が低くなくても逃げ出したくなるのは間違いない。俺だったら、ブチ切れて皆殺しにするかそんなクソみたいな国の為に働くのはごめんだと言って、別の国に逃げる。


 お国のために戦った戦士をバカにするとは許せない。愛国者ならば、例え負けたとしても自分たちのために戦った者には敬意を払うべきだ。


 でなければ、守るべき剣がこちらに向けられる。


 インターネットが普及した今の時代、殴れる痛みを知る者は減ってしまった。


 マイク・タイソンが言ってたな。SNSのせいで他人をバカにしても顔面を殴られない環境に慣れすぎているって。


 一旦全員グダニスクにでも行けば、そんな国なんざ開けないのにな。


 他人をバカにする時は、自分が弾かれる覚悟を持たないと。そして、相手を弾く覚悟を持たないと。


 仲間内とかなら関係値があるからいいけども、完全な赤の他人に喧嘩を売るような真似をする時は、必ず鉛玉が飛んでくると思っておいた方がいい。


「CHE(スイス)もたった一度の間違いでとてつもない窮地に陥ってますね。永世中立国として長年立場を保っていただけに、外交のやり方や他者との関わりを忘れたように思えますよ」

「全くだ。定期的なコミュニケーションは大事だな。散々恩恵にあやかっておきながら、ちょっとしくじったら手のひら返し。どこの世界もこんな奴らばかりだから困ったもんだぜ。ところで、ボス。彼は受け入れるのか?」

「もちろん。来る者拒まずだからな。犯罪者が来るならその頭を弾き飛ばすが、ただの難民なら受け入れるよ」

「難民を受け入れると治安が悪くなるなんて言いますが、この国の警備は滅茶苦茶厳重ですからね........聞きました?この間窃盗を試みたダークエルフが一瞬にして捕まったらしいですよ」


 あーそれ聞いたな。巡回兵の中に犯罪行為に対して敏感な奴がいて、先に張っていたって話か。


 エルフやダークエルフは魔法が使えるから、人間とはまた違った警備のやり方がある。


 俺は口出ししてないのだが、素晴らしい成果を毎回あげているんだとかな。


「治安の良さで言ったら、世界で1番レベルか?犯罪なんてほぼ起きないしな」

「どの口が言ってんだ。祭りの日に殺されかけたのをもう忘れたのか?」

「あれは例外でしょ........」


 殺されかけたって言うか、世界樹ちゃんが殺してたし。


 こうして、ボクちゃんと言う新たな国民を受け入れた俺は順調に人間の数も増やすのであった。


 尚、ボクちゃんはその後画家となって本当に絵だけで食っていくようになり、この国で最も有名な画家として人気を博するのだが、それはまた別のお話。




【十字軍遠征】

 中世に西欧カトリック諸国が聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のこと。

 すごくざっくり言えば、キリスト教とイスラム教の宗教戦争。ちなみに、十字軍はとんでもなくバカで大抵負けていたらしい。




 その日の夜。ボクちゃん達を含めた歓迎会を終えた俺は1人で海に来ていた。


 宝石箱をひっくり返したかのように綺麗に輝く星空を眺めながら、俺はサメちゃんの上に乗って静かな時間を過ごす。


 偶にどうしても思い出してしまうのだ。


 俺がこの世界にやってきて直ぐに俺のために犠牲となった馬鹿な男のことを。


「なぁ。ルーベルト。お前が生かしたガキは、今となっちゃ一国の大統領だ。マルセイユでテロを引き起こし、国際指名手配をかけられたにしては随分と出世したとは思わないか?」


 この世界に来てもうすぐ一年が経つ。長いようで短かったこの1年間は、俺にとって怒涛の1年であった。


 しかし、そんな人生を歩めたのは全部俺を生かしたルーベルトのお陰だ。今でも思い出す。最後に俺とリィズを残して殿を務めたその背中を。


 たった3日しか交流のないガキを守るために、最後まで戦った男の姿を。


「五大ダンジョンは気づけばふたつも攻略しちまった。一緒に調べてくれるって話だったのにな。残念だよ。生きていれば、この星空も見ることが出来たはずなのに」


 俺はそう言いながら、サメちゃんを優しく撫でる。


 サメちゃんはパタとヒレを動かしたが、声を上げることは無かった。


 俺が感傷に浸っている時はサメちゃん達も空気を読んで大人しい。サメちゃんだけではなく、ナーちゃんやスーちゃんだって何も言わずに静かに俺の独り言を聞くだけだった。


「次はな。ITA(イタリア)にある天国ヘブンに挑むつもりだ。神が作った世界なんて言われる馬鹿げたダンジョン。その先に何があるのかは知らないが、お前も一緒に見に行くか」


 俺は首に下げたネックレスを持ち上げると、天に掲げる。


 相変わらず悪趣味な骸骨のネックレスがなにか言葉を発することは無い。しかし、これを持っていると近くにルーベルトがいる気がする。


 この世界に来てペーペーだった頃、俺の面倒を見てくれたお人好しの馬鹿野郎が近くにいる気がするのだ。


「お前が俺に約束してからもう1年がすぎようとしている。俺は約束を守ってるんだ。早く取りに帰ってきてくれよ。俺は逃げも隠れもしてない」


 このネックレスはいつの日かルーベルトが取りに帰ってきてくれると信じている。


 その可能性が薄いことも知っているが、ゼロではない。お前が取りに帰ってくる日を俺はいつだって待っている。


 この世界で唯一誓った約束事を守っているのだ。リィズを守り(ほぼ守られてる)続け、絶対に死なせないようにしている。


 まぁ、あんな化け物を殺せるやつがこの世に存在するのかだいぶ怪しいが。


 聞いたか?ルーベルト。


 リィズはその体の中にエンシェントドラゴンの魔石を埋め込まれ、その力の一端を使うことすらできるんだぞ。


 かつてアフリカ大陸の南を全て滅ぼした伝説の力を引き継いでいるのだ。


 事実、普通にボコしてたしな。エンシェントドラゴンが弱いわけが無い、リィズが強すぎるだけだ。


「早く逢いに来てくれよ。こいつを取りに帰ってきてくれ。ガキがこれほどまで待ってるんだぞ?大人として恥ずかしくは無いのか........?」


 声が滲む。


 分かっている。ルーベルトは死んだのだ。


 死体は見つかってないが、Sランクハンターの中でも上位の戦闘力を持つとすら言われているあの成功例達を相手に、生きていられる確率は相当低い。


 リィズも“諦めた方がいい”と言うほどには、絶望的なのも知っている。


 それでも、死体が見つかってない事やルーベルトらしき人影を見つけるとどうしても期待してしまう。


 いつの日か、ひょっこり顔を出してこのネックレスを返せと言って頭を殴ってくれることを。


「なぁ。お前は約束を守る男だろう?お袋の飯を食ってないで、ウチのパンでも食いに来いよ........」


 弱々しく呟いたその声は、天高く見下ろす星空の下に消え、俺は自分の無力さを改めて感じるのであった。


 仇だけは取ってやる。だから、早くネックレスこいつを早く取りに来てくれよ。


 俺が死ぬまでは、待っていてやるからさ。




 後書き。

 これにてこの章はおしまいです。いつも沢山のコメントありがとうございます。全部読んでるよ。

 神様掲示板回は平和すぎたので無し。私だってちゃんと平和な話は書けるんだぞ‼︎

 まぁ、次からは普通に人が死にますが。

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