どちら様?
サラッと何故かいるアーサーを軽く泣かせ、泣いた顔も綺麗すぎて世界の不平等さを感じつつも祭りの開始の時刻がやってきた。
悲しきかな。俺はこのバカ騒ぎから逃れられない。
俺の仕事は、祭り開始の宣言となんかいい感じの演説の二つ。
ちなみに、原稿は用意されてない。
“グレイ殿ならば、我々が考えるよりも素晴らしい演説をしてくれるに違いない!!”とか言って、本当に全て俺に丸投げしてきたのだ。
職務放棄だよそれ。かの天皇陛下ですら、ご自身の誕生日の演説では原稿を用意しているというのに。
そんな訳で、ほぼ全部アドリブで話を進めなければならない。
今まで洗脳じみた演説しかやってこなかった俺にとってこれは滅茶苦茶大きな課題である。
で、なにか対策でも用意してきたのかと言われると、全く何も対策していない。
もうなるようになれだ。これでもし、祭りが失敗しても知ったこっちゃない。
「グレイ様。お時間です」
「あー........行きたくないけど行ってくるわ」
「頑張ってねグレイちゃん」
「君の演説、楽しみにしてるよ」
「頑張れよボス。後で鑑賞会するからな」
「お前マジで覚えとけよジルハード」
ニヤニヤしながらそんなことを言うジルハードに中指を突き立てながら、俺は壇上に登る。
そこには、数多くの人々が集まっていた。
エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、タイタン、人間。
全ての種族がこの場に集まり、壇上に上がった俺を見ている。
勘弁願いたいものだ。俺は本来、こういう舞台に立つ人間では無いというのに。
俺は、スーツの襟を直すと、頭をポリポリと掻きながら何を言おうか考えていた。
が、残念ながら何も思い浮かばない。
仕方がない。適当にそれっぽいことを言って、サッサと終わらせよう。
「あーあー。マイク入ってるな。あー、諸君、御機嫌よう。そんなに堅苦しい顔をせずそこら辺のおばちゃんと話すような気軽さで聞いてくれ。お前達がそんな真面目な顔をしていると、俺が緊張する」
最初は適当な掴み。
別にお笑いでは無いので、面白いことを言う必要は無い。
俺がお笑いだったら空気は最悪だ。何もかもが終わりだよ。
「今日は俺の誕生日。ちょっと口を滑らしたらこんなことになっちまった。4日前に決まったかと思えば、3日だこの舞台が出来上がった。さすがはドワーフ野技術力........と、むかしなら言っていただろう。だが、その中には多くのエルフやダークエルフ、タイタンの姿もあった。俺は嬉しいよ。4つの種族が1つに纏まったんだ。ちょいと前じゃ考えられなかっただろう?」
この部隊設置を主導して行っていたのはドワーフだが、ほかの種族も多くが手伝っていた。
全ての種族が、力を合わせる。世界樹が望んだ平和な世界と言うのが、そこにはあったのだ。
これをなんかこう、いい感じに纏めてそれっぽく言えば演説になるだろう。
これからも、みんな仲良くお手手を繋いで助け合いましょう。それを言えばいいや。
「今じゃその中に人間だって入ってる。この世界でこの国だけだ。五つの種族が仲良く団結しているのはな。だが、喧嘩することもある。俺たちは思考ある生き物だ。イラつくことも、嫌いな奴だってもちろんいる。それは仕方ない。生き物である以上、好き嫌いはあるもんだ。だが、そいつが嫌いだからと言って、その種族全てを嫌いになって差別しだしたら終わりだ。邪神ニーズヘッグが出現し、その邪神を崇める連中に国を乗っ取られつつあった奴らは分かるだろう?」
誰かを嫌いになることは仕方がない。全人類と仲良くなれるヤツなど、この世界には存在しない。
しかしだ。それを種族で囲んではならない。これだからエルフは。コレだからダークエルフは。
そういう種族としての枠組みで物事をとらえ始めると差別が始まる。
「嫌いなのはそいつ個人だ。エルフの中にも良い奴と悪い奴がいる。この世界全てに良い奴と悪い奴がいる。だが、それは個人の話であって種族全体がそういう訳じゃない。お前たちは学んだはずだ。わずか数ヶ月の変化で、他種族も自分たちとそう変わらない生き物であることを」
そう。悪いのはそいつ個人だ。種族全てが悪いわけじゃない。
しかし、それでも差別はなくならないだろう。俺に出来るかとは、あくまでも考え方を少し変えろということぐらいだ。
「差別をするな。再びニーズヘッグのような邪神が現れたその時、即座に手を取り合えるように。差別をするな。悪いのは個人だ。差別をするな。未来の子供たちが平和に暮らせるように、今の俺たちがもっと豊かになるように。俺は────」
と、いい感じに話せたのでまとめに入ろうかと思ったその時であった。
どこからともなく現れた黒いローブに身を包んだものたちが、警備を押しのけて舞台へと上がってきた。
えーと、どちら様で?
「そうだ。悪いのは個人だな。グレイ。貴様もまた悪人。ならば、この手で殺してやろう」
「........あー、みんなストップ落ち着いて。折角の祭りなんだから、血を見るようなことはしないで。この舞台、お子様だって見えるんだR18指定を見るにはまだ早い」
剣を向けるローブの人達。その数は100人近くもおり、一気に舞台を制圧してしまった。
警備兵たちは........よし、怪我もなさそうだな。あまりにも急なご登場に対処できなかっただけっぽい。
でも、後で滅茶苦茶怒られそう。
それと、おじいちゃん、今生中継中。あんたが刀をブンブンしたら放送事故になるから、間違ってもその刀は抜かないでね。
子供も見てるの。さすがにお子ちゃまも見ている番組で人殺しを映すのは不味いって。
「随分と余裕そうだな。今から死ぬというのに」
「どちら様で?俺は黒装束の客人を招いた覚えはないんだけどなぁ」
「忘れたのか?ならば思い出させてやろう」
黒のローブを来た者達が一斉にフードを下ろす。
........うん。誰?本当に知らんやつが来たって。
種族は様々。さすがに人間はいないが、そのほかの種族が全て揃っている。
それはいいんだけど、本当に顔に見覚えがない。
「すまん。顔みても思い出せん」
「なんだと!!この私が誰なのか忘れたというのか!!私は財政管理をしていたガーロットだ!!忘れたとは言わせんぞ!!」
「あーはいはい。ガーロット君ね。財政管理の」
誰???
今は適当に話を合わせたが、本当に知らんやつが来たってこれ。どちら様?
いや何となくはわかる。多分、こいつは俺たちが国を統一した後、アバート王によって職を失ったやつのひとりだ。
当時腐っていたエルフの政治家達の中で、財政管理をしていたということは金の横領が原因かな。
ちらりと舞台袖を見れば、今にもガーロットを殺しそうな形相をしているアバート王の姿が。
うん。多分正解だな。なんとなくだが、状況がわかってきたぞ。
こいつら全員、邪心ニーズヘッグが滅んだあとリストラされた奴らだ。
組織の中に異教徒が紛れ込んでないか色々と調べられて、不正がバレたものたちである。
そして、職を失い権力を失った彼らはかつての栄光を取り戻そうと、原因の一旦となった俺を殺しに来た。
そんなところだろう。
馬鹿だろ。俺を殺したところで、彼らが得るのは罪だけだ。
そんなところにまで頭が回らないから、不正をあっという間に暴かれるんだよ。
半端に頭が回るヤツほど馬鹿なんだよな。自分は馬鹿だとわかっているやつの方が実は頭が良かったりする。
だって、それをやったらバレるだろうなって分かってるから。
「今日が貴様の命日だ。グレイ」
「生中継なんで、あまり強い言葉を使わないで貰えます?」
俺はそう言うと、この状況をどうやって綺麗に収めようか考えるのであった。
迷惑とはいえど、折角みんなが頑張って作った祭りだ。台無しにするような真似はしなくないんだけどなぁ。
【解放状態】
リーズヘルトが唯一使える力。体内に埋め込まれたエンシェントドラゴンの力を引き出し、エンシェントドラゴンより少し劣る力を発揮できる。
簡単に言うと、エンシェントドラゴンの人間バージョン。当たり前だかクソ強い。
実はニーズヘッグとの戦争の際に行使しようか迷っていたのだが、なんかグレイがほぼ無力化して引きずり下ろしてしまったので使わなかった。
体内にこの力を行使するためだけのエネルギー器官が存在しており、魔石や食事によってそのエネルギーを補給することが出来る。
突如現れた空気の読めない者達。
彼らによって祭りが台無しにされかけている今、舞台袖に控えていた者達は全員殺気立っていた。
「フォッフォッフォ。殺して良いかの?」
「ボスが待てって言ったんだ。大人しくしておかないと後で怒られるぞ。それにしても、不愉快な連中だな。祭りの時ぐらいは大人しくしてろよ」
「既に頭に照準を合わせてありますので、今すぐにでも殺せますよ」
「だからやめろって。ボスの命令だぞ」
今にもここから飛び出して、皆殺しにしたいのか、吾郎の殺気がじわりとジルハードの体に粘り着く。
しかし、ジルハードは平然としていた。
昔ならその殺気に冷や汗を流したが、今となっては慣れたものである。
何故ならば、ピギーの方が圧倒的に怖いからだ。
ピギーと比べれば全然可愛いよなということで、ジルハードは平然としているのである。
「どうする?殺す?」
「お前ら本当に人の話を聞かねぇな。ボスが待てって言ってんだから待て。それに、うちのボスがこの襲撃を予測できない訳がねぇ。俺たちを止めたって事は、最初から対策しているはずだ」
否。何も対策などしていない。
テレビ中継されているから血は映せないという事で、大人しくしているだけであって、普段ならばグレイは仲間に助けを求めている。
ジルハードもまた、グレイを狂信する信徒なのだ。
何をやっても必ずそれを予測し対策を持っていると思い込んでいる。
悲しいことに、グレイの理解者は苦笑いしながら狼を撫でる英雄王だけであった。
(多分、グレイは普通に困って助けを求めてるよ。でも、彼の事だからなんとでもなりそうなんだよなぁ)
アーサーはそう思うと、どうせ死にはしない友人がどう対処するのか少し楽しみに待つのであった。
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