狼煙


 その日、DEU(ドイツ)各地でFR(フランス軍)に抵抗するレジスタンス達が集結した。


 場所の兼ね合いもありそれほど多く集まっては無いが、少なくともレジスタンスたちの中では過去最高クラスの人々が集まっている。


 その数、なんと五千。


 ボックスとシャーリーの働きにより、彼らはFR軍に最も大きな打撃を与える手段を得たと言うことを知ったのだ。


 そしてその大掛かりな作戦のために、多くの人が集まる。


 その中には、Aランクハンターの姿もあった。


「すげぇ。こんなに集まるなんて思ってもなかったな。史上最悪にして世界最強のテロリストグレイの名前を出しただけで、これほどまでに人が集まるだなんて」

「凄まじい数だね。過去に行った作戦は精々100人程度が限界だったのに、こんなに多くの人が集まるだなんて」

「全くだ。あの人の名前がそれだけ信頼されているってことだろうな。反FR思想の持ち主の中じゃ、一番実績もあるんだし」


 何度も言うが、グレイは別に反FR思想の持ち主ではない。


 偶々ダンジョンが吹っ飛んで、テロリストとして扱われるようになっただけだ。


 しかし、彼らからすればマルセイユテロを引き起こした極悪人にして希望の星。


 グレイは彼らの星となる存在である。


 そんな彼に渡された情報と言うのは、それだけで価値がある。


 グレイは捨て駒程度にしか思ってないが、彼らからすれば同志として期待しているように見えてしまうのだ。


 ありとあらゆることをやらかしたグレイの過去の虚像は、仲間達だけでなく世界の人々を盲信させる。


 グレイは、自分が思っている以上に自分の名前が大きいことを知らないのである。


「これならFR軍に大きな打撃を与えられるはずだ。俺たちの旗印グレイの名前にキズを付けないように、絶対に成功させないといけないぞ」

「もちろん。目指すは完全勝利パーフェクトゲーム。そして、パリマラソンの開催よ。ナチス・ドイツがかつて行った時のように、首都を占領して二度と大国と名乗れないようにしてやりたいわ」

「その為にも、まずはこの戦争を勝たないとな」


 ボックスはそう言うと、集まったレジスタンスの中でも影響力が強い者たちを集めて作戦会議を開く。


 彼らに軍事的計画性はない。しかし、独創的な発想は持っている。


 軍人視点と言うものに囚われない、自由な戦い方を行うことが出来るのだ。


 集められた彼らは必然的に幹部となる。トップの存在しない幹部。普通ならばトップに立とうとしたがるが、彼らの上には絶対的な者が存在する。


 彼らはいがみ合うことなく作戦を立て始めた。


「まず、集まってくれたことに感謝する。俺はボックス・レブナントだ」

「シエル・ファルクスよ。ねぇ。本当に貴方はあのお方から指示を受けたのかしら?」


 シエル・ファルクス。


 彼女はDEU(ドイツ)のAランクハンターであり、右翼思想に染った危険人物だ。


 特にFR(フランス)に対して憎悪的な感情すら抱いており、相手がFR人であるならば容赦なく罵倒し場合によっては殺す。


 ダンジョンは殺人に便利な場所。死体が出なければ、そもそも行方不明と扱われる。


 そんな彼女はグレイを心酔する、頭のネジがぶっ飛んだ狂信者だ。


 彼女がグレイのファンになったのは、マルセイユテロ事件の後。


 あの日、彼女は神の降臨を見たのである。


「こんな所でくだらない嘘はつかない。もし、疑うのであれば彼に連絡することも出来るぞ。全ての答えを教えてくれるとは思わないが、助言も聞けるだろう」

「なら連絡して欲しいわね。ここにいる多くが、貴方達の言葉を半信半疑で集まっているわ」

「それでも半数近く集まっていることを考えると、凄まじいネームバリューだな。俺はロットン・ウィスト。よろしく」


 そう言って銀の長髪をかき揚げる男。


 ロットン・ウィスト。


 彼は地元の工具店で働く元工兵であった。


 軍の訓練が合わなかったという事で軍を辞めたが、彼の右に出る者はいないと言われるほどに兵器の作成や知識が豊富である。


 今回の戦争の中で友人を殺されたがために彼はここに立っていた。


「ふん。こんなにも国のために戦わなかった若造がおったとはな」

「あら、老害が何かほざいてるわね。おじいちゃん、老人ホームはここじゃないわよ?」

「黙れ小娘。貴様のことは知っているぞシエル・ファルクス。極右テロリストにも近い貴様が、今更でばってくるとはな。若作りが酷いぞ?30過ぎのマダムの癖して」

「ハッ!!自分の財産を守るために今更立ち上がったジジィが、我が物顔でその席に座ってんじゃねぇぞ。その老いぼれた頭を吹っ飛ばしてやろうかしら。そしたら、少しは静かになるでしょう?」

「いい加減にしろ。爺さんも姉さんも。特に爺さん。あんた、デュラル財閥の会長だろ?表向きでも仲良くするすべを知っているはずだ大人気ないぞ」


 この中で最も歳をとっている老人は小さく溜息をつくと、杖の頭を撫でる。


 ロウジ・デュラル。


 デュラル財閥と呼ばれる、DEUの中でも有数の財閥の会長を務めるのが彼だ。


 FRに国を占領されてから、財閥に圧がかかり財産を奪われそうになったがためにここにいる。


 本来ならば自ら動くことは無いのだが、あの世界のお差がわせものグレイの名前を聞いて飛び出さざるを得なかった。


 何故ならば、彼はグレイのファンなのである。


 退屈なこの世界に次から次へと馬鹿げたニュースを持ってくる彼は、老人すらも魅了してしまったのだ。


 本人に許可が取れれば、グッズを売ろうと本気で思っているぐらいである。


 その他にも、敗戦した軍人、どこぞのハンター、とある地域ではそれなりの権力を持つ市長。愛国心の強い政治家などが集まっている。


 そんなちぐはぐな彼らの上に立つのがグレイだ。


 正確にはボックスが祭り上げて、本人も知らないうちにその場に立たされているのだが。


「あ、グレイさん。お久しぶりです。はい、はい。えぇ、かなりの数の人が集まりました。5000人近く集まっています........はい。それでですね。ここに集まった人達に声を聞かせてあげて欲しいのです。えぇ。まぁ鼓舞みたいな感じで」


 電話を始めると、その場の空気が一変する。


 先程まで雑談をしていたもの達は誰もが静かになり、そして、誰もが言葉を発さなかった。


 ボックスは電話をしただけでこれかと、改めてグレイの凄さに感心しつつ電話をスピーカーにする。


「スピーカーにしました」

『OK。で、何を話せばいいんだ?頑張れって声をかければいいのか?』


 そこから聞こえてきた声は、間違いなくグレイのものであった。


 しかも、態々ボックスはビデオ通話に切りかえている。


 グレイは単純に“どんな人が集まったんだろうなー”と言う観光気分でビデオ通話に切りかえたが、これが失敗であった。


 彼らはグレイの顔をよく知っている。グレイは知らないが、世界中にグレイのファンはいるのだ。


 そんな一種のアイドルとも言える彼が、気軽にビデオ通話に出てしまうということは、それだけこの組織に対する期待があると捉えられてしまう。


 自分がいつの間にかレジスタンスの旗印にされているなどグレイは知るるはずもなく、結果としてグレイは知らない間にこのレジスタンスのボスとなってしまったのだ。


「あぁ........グレイ様だわ。本物よ」

「おぉ、俺でも知ってる顔だ」

「ホッホッホ。この歳になっても、憧れた者を見ると興奮するな」

「グレイさん、何かアドバイスや激励をお願いします」

『アドバイス?あー、空には気をつけてな。どこからともなく砲弾が飛んできやがる。それは相手も一緒か。それと激励だが........頑張ってくれ。期待しているよ』


“お前ら捨て駒だし負けてもどうでもいいよ”とは流石に言えないのはグレイも分かっている。


 なので、それっぽい言葉を適当に並べた。


 並べてしまった。


“期待しているよ”


 つまり、グレイはレジスタンスに大きな期待を寄せているのだ。あの天地の革命を起こしたテロリストが、期待していると言っているのだ。


「ありがとうございますグレイさん。それでは、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

『おう、ボックスも気をつけてな。あれ?シャーリーは?』

「ここにいるよ。見ててね。すごい成果を上げてやるんだから」

『ハッハッハ!!それならまず、砲撃の命中精度をあげないとな!!それじゃ、頑張れよ』


 そう言って電話は切られる。


 永遠にも思える静寂。其の静寂を破ったのは、ロットンであった。


「嘘は無いみたいだな。あの顔は間違いなく史上最悪のテロリストの顔だった。情報も信用できそうだ」

「支援としては十分だろうな。結局のところ、儂らで国を取り返さねばならん。1度でも優勢になれば後々人が増えるはず。ここが最も大事な場面ということか」

「グレイ様グレイ様グレイ様〜!!あぁ、やっぱりグレイ様は素晴らしいお方!!電話越しとは言えど、そのお声が聞けるだなんて!!」


 シエルの蕩けきった顔。


 30代でありながら、未だに10代でもギリギリ通用するその美貌がだらしなく歪んでいる。


 その目の奥にあるのは狂気。正しく、悪魔を心酔した狂気の沙汰であった。


「........なぁ爺さん、姐さんはどうしちまったんだ?恋する乙女を通り越して、イエス・キリストを崇める信徒そっくりだ」

「放っておけ。反FRの代表とも言えるミスターグレイの声を聞けて興奮しているだけだ。愛とは違って狂信となると怖いな。まだアイドルを追っかける方が健全かもしれんぞ」

「そりゃ健全だろ。アイドルテロなんてやらかさねぇんだし」

「それはそう」


 1人圧倒的にヤバいやつがいると、周りはそれを話の種に仲良くなる。


 ロウジとロットンは、この日以来酒を飲み交わす良き仲になるのだがそれはまだ先のお話。


 ともかく、こうして彼は集まった。


 いつの間にかレジスタンスのトップはグレイになり、挙句の果てにはグレイの“g”を取った旗を作成し彼らは反撃の狼煙をあげるのである。


 まさか捨て駒として使おうとしていた本人は、こんなことになっていると思わないだろう。


 グレイは知らない間に、DEUに自分の勢力を作りつつあったのだ。

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