砲撃


 CHE(スイス)軍を蹴散らしてから10日後、遂に俺達がいる部隊に命令が下った。


 簡単に言えば南部戦線から進軍し、北部中部戦線にいるFR(フランス)軍を後方から襲撃しろと言うものである。


 予想通りの展開だ。


 現在CHE軍は大きな損害を負ってしまい動くに動けない。五師団も投入したという事は、約五万人近い兵士が死んだのだから。


 CHE(スイス)が永世中立国を保てていたのは、その地形のおかげな部分が大きい。


 攻めにくく守りやすい地形があったからこそ、彼らは防衛に全てを尽くせるのだ。


 別に軍そのものが特段強い訳では無い。


 予備戦力や国土防衛のための軍を考えても、あと5~7師団程が彼らの使える人材だと考えるべきだろう。


 なりふり構わなければもっと集められるけど。


 そして、それらを投入するのかと言われれば否である。


 現在CHEでは反戦の動きが大きくなっている。


 おばちゃんの流した情報が大きく広がり、彼らは自国の敗北を悟った。そして、戦場で亡くなった兵士達の遺族が集まり、反戦運動を始めてしまっている。


 これをメディアの1部が取上げ、更に熱が加速。下手に軍を動かせば、政府は痛い目を見るのは明らかだ。


 どうも左翼メディアがいるらしいな。いつの時代もマスメディアと言うのは厄介ごとの種にしかならない。


 思想の統一と言うのはある意味統治において必要なのは明らか。日本帝国の教育も洗脳に近いやり方の方がいいかもしれんな。


 ........いや、既に洗脳に近い教育方針か。世界樹を崇める種族ばかりだから、必然的に世界樹の意志のために動く。


 あのニーズヘッグと戦う傍らで死んだ........えーとなんて組織だったけ。忘れちゃった。


 あのよく分かんなかった組織を絶対悪とし、ニーズヘッグを邪神として忌み嫌うものとして教えているのだから。


 宗教に近いからな。あの教育。


 国民の大半が世界樹出身だし、本当に加護を与えてくれているから教育論については口出ししてないけど。


「〜♪」

「随分と機嫌がいいなアリカ」

「こうしてグレイお兄ちゃんの膝の上に乗るのは悪くない。心地がいい。最近、甘えることなんてしなかったからな。どうやら、私は甘えん坊みたいだ」

「私にはよく甘えてくるんだけどねぇ。アリカちゃんによくハグしてたりしたし。グレイちゃんにはあまり甘えてなかったけど」

「まぁ........な。私が甘えすぎると機嫌が悪くなりそうだったし」


 進軍を開始した俺達。三個師団が一斉に動くということもあって、その歩みはかなりゆっくりだ。


 制空権は取れているので、空から降ってくるのは砲弾ぐらい。こうしてのんびり車で移動してもピンポイントで撃ち抜かれる可能性はかなり低いだろう。


 歩いていこうかと思ったのだが、どうやら貸してもらった車をそのまま使わせてくれるらしい。


 でも流石に9人が乗るには狭いので、こうしてスペース確保のためにアリカを膝の上に乗せてやっているのである。


 尚、アリカの機嫌が滅茶苦茶いい。


 どうやら、ボクちゃんを見て子供の仕事を思い出したようだ。


「こうしてみると、普通の子供に過ぎないんですけどね。兄に甘える妹みたいで」

「含みのある言い方だなレミヤ。私は普通の子供だぞ?」

「どの口が言うんですか。昨日もリーズヘルトさんを使って実験していたと言うのに。なんでしたっけ?神経毒の開発でしたっけ?」

「世界樹のダンジョンで取れたリノブレアスの成分を煮詰めると、猛毒になる。その中でも更に毒性の高い部分だけを抽出した後、麻酔薬としても使われるアガレスに混ぜて皮膚から侵食する神経毒を作ってた。いやー、あれは危なかったな!!」

「一歩間違えたら外にまで毒が漏れてたねぇ。自軍の兵士たちを毒殺するところだったよ」


 おい。ニッコニコで話すことじゃないだろそれ。


 神経毒の実験とか聞いてないんだが?しかも、空気中に散布して皮膚から侵食する毒とか絶対ヤベーじゃん。


 おれはアリカの頭に優しく手を乗せると、頭をナデナデしてやりながらも注意する。


 それ、この戦争中は研究禁止ね。危なすぎるから。


「アリカ。その研究禁止ね。少なくとも、国に帰るまでは」

「えー!!今いい所なのに!!」

「安全確保がしっかりできてない中での実験はダメ。空気中に紛れ込む毒とかどう見ても危ないだろうが」

「いや、でも第一次世界大戦とかで使われてたぞ!!」

「ほぼ使われてなかっただろうが。主に風のせいで。ここでせっかく築きあげた信頼を失うのは困るから、絶対にやったらダメだぞ。固形の毒とかなら許すから」

「そんなぁ........」


 そんな可愛い顔をしてもダメです。


 おい誰だよこんなクレイジーロリっ子マッドサイエンティストを生み出したのは。


 毒物の実験ができなくてしゅんとする子供とか聞いたことがねぇよ。


 まだ、ライターで木を燃やして遊ぶ子供の方がましに思えるよ。


「じゃぁ、その分グレイちゃんに甘えたら?大丈夫、グレイちゃんならなんでもやってくれるよ」

「俺にも限界はあるからな?言っておくが実験体になるとか無理だからな?」

「グレイちゃん、体は弱いもんねぇ」


 違う、お前が強すぎるんだリィズ。


 人は毒を食ったら死ぬし、殴られたら痛いの。銃弾で頭を弾かれたら普通に死ぬし、なんなら階段から落ちただけで骨を折るの。


 君やそのまわりがおかしいのだ。なんで生身の人間が銃弾を跳ね返せるんだよ。


「ん、それなら私を思いっきり抱きしめてくれ。この前のあれ、すごく良かった」

「はいはい。わかったよ。それでこのイカレマッドサイエンティスト様の実験が止められるなら安いもんさ」


 俺はそう言いながら、ギュッとアリカを抱きしめてあげる。


 正直、アリカは胸がデカすぎて手が当たらないようにするのが大変だから、抱きしめにくいんだけどな。


 アリカだって年頃の女の子。多分本人はあまり気にしてないが、男である俺は紳士でならなくては行けない。


 興奮はしないんだけどね。先ずは、人の形を捨ててからどうぞ。


「........もう少し強く」

「はいはい」


 俺はアリカの要望通りさらに強く抱き締る。


「ふふっ、私もよくやるけど、アリカって強く抱きしめられるの好きだよねぇ」

「わ、わたしが変わってあげましょうか?」

「お前は黙ってろペドレズのファッキンビッチ。アリカに指一本でも触れたら殺すからな」

「そんなぁ........」


 おかしいな。ミルラって最初の頃は割と常識人がわだと思ってたのに。


 化けの皮が剥がれたか。この変態め。




【リノブレアス】

 世界樹に生えている草のひとつ。魔力が多く含まれる土に生えている草であり、煮詰めると猛毒になる性質を持っている。

 更にその毒から毒性を抽出すると、一滴で数万人殺せる。それを使って実験しているアリカは割と狂ってるし、それに付き合うリーズヘルトも狂ってる。




 進軍を開始したPOL軍。


 その指揮を行うジョンソン・デアラートは、車から降りて歩いていた。


 一日中車に乗っていては体が鈍る。


 今は敵軍からの攻撃もない事だし、少し体を動かしてもバチは当たらない。


 ついでに言えば、こうして歩く姿を見せることで自分への不満を少しでも減らそうとしている。


 人は辛い時ほど人の粗を探したがる。ジョンソンは“自分もみんなと同じく歩いてますよ”と言うアピールをして、ヘイトを減らしているのだ。


「散歩日和だな」

「ミスターグレイ。貴方も散歩を?」

「ずっと座ってるだけじゃ体が固まる。健康のためにも歩くべきさ」


 そんな彼に気軽に話しかけてきたのは、たった九人で5師団を壊滅させた化け物の長。


 Sランクハンターを捕虜に取るという偉業を成し遂げたにもかかわらず、なんとも言えない顔をしていた変わり者だ。


 ドローンで戦場を見ていたが、これは凄まじいものであった。何度も映像が途切れたが、その後に見せられる光景は全てが破壊尽くされた跡地。


 塹壕などそこにはなかったのように、クレーターが出来上がって死体の山が転がるのだからジョンソンも笑うしかない。


 恐れよりも先に笑いが来るとは思ってもなかったが、事実笑うしか無かったのだ。


「ボクちゃん、元気にしてるかね?」

「ライト・ブラストの事でしたら、恐らくは問題ないかと。心が壊れ、見た目通りの精神となってしまった者を痛めつけるほど、我々も愚かではありませんから。それに、我が軍に被害が出ておらずにも失っていない状況です。彼らは怒りよりも同情の方が大きいと思いますよ」


 捕虜となったライトは、現在後方で待機を命じられている。


 グレイ達を離れることをかなり嫌がったが、グレイが何とか彼を説得してくれたおかげだ。


 そして比較的優しい性格やした女性軍人に面倒を見させている。


 余程のことがない限りは脱走などもしないだろう。


 そんなことを思っていると、グレイが空を見上げ何かをじっと見つめる。


 何事かと思ったその瞬間、彼はジョンソンの腕を引いて自分の前に持ってきた。


「危ないぞ」

「なっ──────」


 ドゴォォォォォォォン!!


 次の瞬間、砲撃が近くに着弾する。


 一瞬何が起きたのか分からなかった。自分は最後列におり、砲弾は後ろに着弾したため被害はない。


 が、もし先程自分のいた場所の先にあった車両に穴が空いてしまっている。


 おそらく、砲弾の破片が飛んできたのだろう。


 下手をしたら、いや、下手をしなくとも死んでいたに違いない。


「........WOW。危ねぇな。生きてっか?」

「おかげさまで」


 まるでそこに破片が飛んでくる事が分かっていたかのように、まるで焦ることなく淡々と言い放つグレイを見てジョンソンは自分の評価すら彼を過小していたのだと理解する。


 誰も気づかなかった砲撃にいち早く気が付き、更には砲撃の破片が飛んでくる場所まで理解できるだなんて人のなせる技では無い。


 これが世界最悪のテロリストと呼ばれた男。


 ジョンソンは命を救われたこともあって、グレイを心の底から尊敬するようになるのであった。


 なお、真実は違う。


 空を飛んでいた鳥達が、ジョンソンの頭の上にクソを落としそうだったので引き寄せてあげただけだ。


 そしたら、偶然砲撃が降ってきて破片がジョンソンのいた場所を貫いただけである。


 グレイはまたしても、神のイタズラによって自分の評価を上げてしまったのであった。






 後書き。

 グレアリ満足。また書きたくなったら書くぞ。尚、二人とも癖が終わっててそれ以上に発展しない模様。

 グレイ「人の形を捨ててからどうぞ」

 アリカ「植物になってからどうぞ」

 この世の終わりかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る