自作自演
たった四人で敵の塹壕に突撃し、敵を見つけ次第ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返すリィズ達を横目に、俺たちは2時間かけて塹壕を迂回しながら敵陣営の後方へとやってきた。
流石に車で突撃すると目立ち過ぎるので、いったん車は乗り捨てている。
後で回収してちゃんと返すからね。一応支給品だから、できる限り綺麗に返してやりたい。
「あれが後衛陣地か。やっぱりちゃんと防衛が敷かれているな。正面からの突破は厳しそうだ」
「そりゃ、そうだろ。後方が安全なわけじゃない。相手もそこまで頭後足らない訳でもないさ。それにしても、後方に張られたテントってはどれも同じなのか?POL(ポーランド)陣地でも見たぞあのテント」
「軍事テントです。設営が簡単な割に頑丈で壊れにくいので、各軍隊で使用されます。違うのは色ぐらいですかね」
「あぁ、そういえばレイズは軍人だったな」
最近契約書ばかり書かされているから忘れがちだが、レイズは元MEX(メキシコ)軍所属のエリートだ。
上司との折り合いが悪くて、その頭に穴を開けて逃亡してきた過去がある。
中々にイカした人生を送っているものだ。そして、今その選択は正しいものになっている。
あのまま軍人として過ごしていれば、間違いなく戦争で死んでいただろう。
まぁ、今も戦争で死にそうなのだが。
ちなみに、CHから盗んだ能力者に関する研究と能力付与された契約書の作成に関してはドワーフやエルフ達が色々と試してくれている。
聞いた話ではかなり順調に事が進んでいるらしいので、もう時期レイズは契約書作成のために手を痛めなくても済むだろう。
「あの防衛。レイズならどう崩す?」
「正直、分かんないっす。俺は指揮官ではなかったですし所詮は戦争を経験してこなかったペーペーですらかね。ミルラの方がためになるんじゃないんですかね?」
「私ですか?私もそんないい案がある訳では無いですよ。ただ、ここを攻撃されたら嫌なんだろうなーとは思う場所がありますが」
「どこだ?」
ミルラは元民間軍事会社の傭兵。しかも、護衛専門の傭兵であった。
彼女は守り方について詳しく、また、どのように攻められると困るのかを知っている。
俺が助言を求めると、ミルラはとある場所を指さした。
「あそこで談笑する兵士達。彼らはこの防衛の穴です。恐らく、人を殺すことに慣れていないかと」
「理由は?」
「歩き方に緊張が見られます。初めての戦争、初めての護衛任務。もし失敗したら、もし自分が死んだらと彼らは考えてしまうのです。私もそうでしたし、教えてきた新人は皆同じことを言いました。そして、彼らはいざと言う時真っ先に死に綻びとなります」
「凄いな。歩き方で緊張が分かるのか?私にはさっぱりだ」
「ボス程ではありませんが、戦場に立つ者の姿ならばある程度の察しが着きますよ。特に、私はそういうお荷物を抱え、よく見てきましたので」
「あー、言われてみれば確かに歩き方に不自然さが出てますね。談笑をして無理やり自分の中の恐怖を押さえつけている感じですか」
なるほど。確かに観察していると、歩き方が僅かに不自然だ。
が、よく観察しないと俺でも分からないぐらいの違いしかない。
元々そういう歩き方ですと言われれば“あっそ”で済むのだ。
しかし、歩き方以外も見てみるとその違いがよく分かる。特に手の仕草。
自分を紛らわせるかのように手を動かす回数が多い。こんな戦場で銃から手を話して話しているあたり、彼らが穴であることは間違いなさそうであった。
ほかの兵士たちは銃に手をかけながら話しているんだからな。違いが良く現れているよ。
「よし、ならアリカ。楽しい楽しい実験の時間だ。あそこの兵士たちを避けて、ご自慢のキメラを襲撃させるぞ」
「あー、すまない。グレイお兄ちゃん。私の作ったこの生物は頭が無くてな。敵味方お構い無しに暴れ回る。私たちの近くで出せば、間違いなく襲われるぞ」
ちょっと申し訳なさそうにしながら、黒い液体の入った試験管を振るアリカ。
それ、最初に言って欲しかったな。まぁいい。それならその特性でも利用させてもらうとしよう。
大丈夫、そんなに落ち込まなくていいぞアリカ。しゅんとして申し訳なさそうな顔をしないでくれ。
何も悪いことをしていないはずなのに、罪悪感がやばいから。
「よし、ならそれを利用して真正面から行こう。狙いは向こうの緊張が解けない兵士たち。それと、ちょっと着替えるぞ。流石にこのコートやスーツは目立ちすぎる」
「着替えなんて持ってきてねぇよ?」
「ちょいと服をボロボロにするだけさ。ちょっと違和感があろうとも、経験のない連中は騙されてくれる」
「一体何をするつもりなんすか?」
レイズの純粋な質問に俺はニィと笑って答えた。
なにをするつもりかだって?そんなの決まってるじゃないか。
「俺達は今から、魔物に襲われて逃げ出した一般市民だ。幸い、近くにダンジョンがあることは確認済みだしな。子供も居るんだ。きっとお優しい軍人さんは助けてくれるだろうよ」
「........ボス、まさか─────」
「アリカ、弱めのやつを出してくれ。あの軍人達でもある程度余裕を持って倒せるぐらいのな」
自作自演。魔物を作り出せるってのは簡単でいいね。
【魔導植物】
アリカが作り出した一種の禁忌。魔力水と植物の種、そして様々な成分による育成促進と成分による擬似的な遺伝子改造により動く植物となる。
魔石こそ存在しないが、魔物の1種として分類されるためアリカは個人で魔物を作り出した大犯罪者となっている。現在は知能獲得のために研究中。もし、知能を獲得し友好的な植物となった際は薄い本が厚くなるかもしれない。
SHE(スイス)軍の後方陣地は、塹壕から5kmほど離れた場所にある。
現場を指揮する者と後方で作戦を考える者。指揮官が死ねば軍は烏合の衆と化し統率の取れないただの死者に成り下がる。
そのため、後方は前線から離して作るのが当たり前だ。
できる限り離れつつも即座に対応が可能な場所から、彼らは命令を下すのである。
「なんか騒がしいな」
「攻撃を仕掛けたんだから当たり前だろ。俺達は後方の防衛で運が良かった。見ろよ。何もしてないのに手が震えてやがる」
「ハハッ。俺もだ」
そんな後方を防衛する2人の兵士。彼らは今自分達がいるこの場所が安全だと錯覚していた。
塹壕ではたった四人が暴れ回り全てを蹂躙していたが、彼らがそれに気がつくことは無い。
自称超高性能AI搭載のポンコツ兵器が、ありとあらゆる情報を遮断して報告や映像を置き換えているからだ。
超高性能を自称するだけあって、その手腕は凄まじい。
時間が経てば違和感に気がつくだろうが、少なくとも数時間は時間が稼げてしまう。
戦場で敵を殺し、味方のサポートをしながら情報の遮断と操作をするのは誰がどう見たって異常だ。
僅かに聞こえてくる喧騒も、仲間達が奮闘しているだけに聞こえる。
そんな中、兵士の1人が遠くから走ってくる者達に気がついた。
「........なんだ?」
「どうし........!!ほ、報告!!接近する影あり!!あれは........魔物に追いかけられている冒険者........いや、市民がいます!!」
彼が“市民”と言ってしまったのは仕方がないと言えるだろう。
冒険者の多くは、それらしい格好をして武器を担ぐものだ。しかし、彼らの見た目はどう見てもただの市民である。
能力者という存在が生まれてから武器を持って戦う冒険者は減ったが、それでも武器を持つものは多い。
人類の英智は今も尚受け継がれているのだ。
そして何より、二名ほど子供のような姿をした影がある。
1人は完全に子供で、もう1人は少年から青年に近い身長。
この世界では15歳から大人として扱われるが、15歳はまだまだ子供なのだ。
一気にざわつき始める司令部。さらに報告が入る。
「子供もいます!!どういたしますか?!」
『どのような魔物だ?』
「植物のような見た目をしています!!その数、一体!!」
『ここで彼らを見捨て死なれてしまっては、今後の軍の規律や士気に関わる。彼らを保護しつつその魔物を排除せよ。私も現場に向かう』
「了解!!人助けの時間だぜ」
「おうよ!!魔物相手なら軍事訓練でなんともやってきたんだ!!」
「手伝うぜ。俺は元冒険者なんだ」
「私も援護するわ。魔法系能力者なのよ」
襲われる市民を放っては置けないと、彼らは集まり逃げてくる市民に手を振る。
ここまで来ればもう大丈夫。あとは任せろと言わんばかりに。
「追いつかれそうだ!!牽制しろ!!」
「ハッ!!魔物ごときが人間を食おうとしてんじゃねぇよ!!おっ死ね!!」
「やっちまえ!!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
巨大な植物の魔物に向かって放たれる銃弾。
銃弾を受けた魔物は、その職種を弾き飛ばされて痛みに震える。
走る速度が僅かに遅くなった。その間に市民たちは軍の防衛陣地に何とか逃げ込む。
「今だ!!やつをぶっ殺せ!!」
最初は四人で対応していたはずが、いつの間にか10人ほどに増えている。
軍用魔弾を用いた弾丸の雨と、能力による烈火を受けた植物の魔物は塵となって消えてしまった。
そうだ。民間人は。
兵士の1人が振り返ると、そこには息を切らして今にも死にそうな顔をする5人の家族。
「はぁはぁはぁ........」
「はぁはぁ........」
かなり遠くから走ってきたのか、魔物に襲われた跡もいくつかあり、所々から血が流れている。
特に酷いのは黒髪の青年。大きな傷はないが、切り傷や擦り傷がとにかく多かった。
人種が違う。が、今どき違う人種で結婚するのは当たり前だし、別に違和感を感じることは無い。
それよりも今は、この運良く生き延びた5人を休ませてあげるべきだろう。
「大丈夫ですよ。あの魔物は我々が討伐いたしました」
「はぁはぁ........た、助けていただき、ありがとうごさいます」
まさか、そこらじゅうを怪我した者が世界を騒がすテロリストだとは思いもしなかっただろう。
SHE(スイス)軍は、敵をその陣地の中に招き入れてしまったのである。
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